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第65話
「予想以上に早かったな。」
「は?」
瀬野は扉に目を向ける。落ち着いた耳で遠くの音を拾う。微かに男の叫び声が聞こえた。
何かが来た…?
数分もしない内に扉にガンッガンッと強い衝撃が走った。
「タイムアップみたいだね。」
瀬野はゆっくりと体を起こし、俺の腕を引っ張った。そのまま流れるように唇を俺の唇と合わせられる。
ちゅっと音を立てたそれに抵抗しようと体を捻る前に今度を後ろに引っ張っられた。
唇を手で塞がれ、抱きかかえられる。背中から回ってきた腕が誰のものなのか分からない。ただ、どこかで嗅いだことある香りにいるはずのない人間を思い出させた。
「これ、腕についてる手錠の鍵。じゃあ、また会おうね。夏乃君。」
瀬野は窓を開け、飛び降りていった。
まだ遠くから聞こえる騒音。ただ、室内はシーンと誰も話さない。
いや、正しくは俺もそして後ろにいるやつも言葉を発さないのだ。沈黙を破ったのは後から入ってきた多々だった。
「夏乃!!って、なんで会長に抱かれてんだよ。」
ああ、やっぱり。後ろにいるやつは…。
「なんで、いんだよ…。」
「助けに来た。」
「お前に助けられる筋合いはねぇ。」
声をあらげ後ろを振り返る。
「お前は勘違いしているだけだ。」
「違う。」
「話を聞け。」
「いやだ。お前の話を聞く気はない。」
憎らしい、憎らしい。
こいつの事を好き…?
ふざけるな。
そんな筈がない。
俺より転校生の方が大事なくせに。
俺を裏切ったくせに。
俺に気付かなかったくせに。
「夏乃、取り敢えず帰ろう。」
「多々…。」
多々の声ではっと意識が戻る。そういえば、多々は大丈夫だったのだろうか。見る限りだと立っているのもキツそうな感じだ。
「野原、先行っちゃダメ、言った。」
多々を追いかけたのか能天気男も後から入ってきた。俺を見るなり能天気男はふにゃりと笑った。
「冬乃、無事、良かった。一緒帰ろう?」
「夏乃…。帰ろう。」
「ん…。」
腕の手錠を外してもらい、立ち上がる。が、足に力が入らずそのまま俺様男にぶつかる形になった。
「立てないのか。」
「違う。」
再度立とうと試みる前に俺様男に抱きかかえられた。
「おいっ…。」
「立てないなら言え。」
ここでごちゃごちゃ言ってもまた怪我になるだけか。ため息をついて、体を預けることを決めた。温かいぬくもりにホッとする。
ああ、俺、怖かったのか。
認めたくないことを認めさせられる。
ああ、いやだな…。
ああ…。
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