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第75話

あんな、あんな奴。 廊下を走り、屋上へと続く階段を登ろうとした時、男にぶつかった。 体がよろけ、尻餅をつきそうになる。 しかし、グイッと腕を引っ張られ男の胸に倒れてしまった。 「何をそんなに急いでんだ。」 聞き覚えのある声に顔をあげる。そこにいたのは今一番会いたくなかった男がいた。 「俺様男…。」 「お前、俺のことそんな風に呼んでんのか。まぁいい。ついて来い。」 「あ?なんで。」 「どうせサボりだろ。ついてきたら公欠にしといてやる。」 「公欠って…んなのどうやってすんだよ。」 「お前だってたまに使っていただろ。生徒会役員の生徒会活動は公欠になる。」 「何言ってやがる。俺はとっくの昔に生徒会を辞めてる!」 「あ?誰がそれを受理した。お前が勝手に辞めたと思ってるだけだ。」 「はぁぁぁぁ?」 ありえねぇ。 ふざけてやがる。 なんだそれ、なんだそれ。 俺がまだ生徒会の役員だっていうのか? だって、だって、そんなのおかしいだろ。 「わかったらこい。人手が足りてねぇんだ。」 腕を引っ張られ、近くの資料室に連れて行かれた。 相変わらず、埃ぽっい教室に咳き込む。 「おいっ、これ、入れとけ。」 渡された資料を元の位置に戻す。 長く沈黙が続く。どうにも言葉を発し難い。チラチラと俺様男を見るがなんとなく声をかけるのは躊躇われた。 しかし、俺様男は突然前触れもなく言葉を紡いだ。 「お前はまだ生徒会を辞めてない。放り投げるつもりがないなら戻って来い。誰もお前が生徒会にいることを否定しない。」 「俺はもう戻らない。」 「じゃあ、お前はそのまま放り投げるのか?全てを。」 「ちがっ。」 「違うなら戻って来い。待ってるからな。」 こいつはなんで、なんでいつも…。 俺が欲しい言葉をくれるんだ。 なんで…。 手が震える。 震える。 「あっ…。」 本棚に体重をかけたせいか、本棚がふらふらと揺れ棚上に置いてあった荷物が落ちて来た。 一直線に落ちてくる荷物にギュッと目を瞑る。 その時、ふわりと暖かい体温が俺を覆った。がしゃんと音を立てて落ちる荷物は、俺にあたることはなかった。 「大丈夫か?夏乃。」 「なんで…。」 「これで貸し一つな。戻って来いよ。」 ニヤリと笑った目の前の男は俺の頭を撫でる。 身体中の力が抜けた。 目と目が合う。 男の瞳を見つめて、そして…ぶわぁぁぁと熱が篭る。 篭る…。 『例えば自分じゃない誰かと好きな奴が一緒にいたら嫌だろ?でも、自分が好きな奴と一緒にいれたら嬉しい。結構単純だよ。』 俺は二階堂萌斗に嫉妬していたのか。 俺は巽大和という人間を好きになったのか。 そうか、そうなのか…。 認めてしまえばなんて単純なんだ。今までのこいつに抱いていた感情に意味が理由がついてしまった。 そして、この感情を忘れて無くしてしまうことなんてもう、出来なくなってしまった。 だから、俺は逃げるように走った。 資料の手伝いも全部ほっぽりだして逃げた。 認めたところで思考が追いついていないから。 まだ、まだ、ダメだ。    あいつにバレたくはない。 嫌われて拒否なんてされたくない…。 「俺は、弱いな…。」 ポツリと呟いた言葉は誰かに届くことはなく、溶けて消えていった。

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