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第89話

ガッシャーン  遠くで何かが壊れる音が聞こえた。 何も聞こえない。 聞きたくない。 ただドタバタと部屋に誰かが入ってくると、錠を外し、腕を引っ張った。 瀬野の部下だ。 スーツを着た男に連れられて、地下通路を抜け地上へと上がった。 久々の外の空気は冷たい。 全てを諦めた俺の思考も冷えて、刺激が与えられた。 ふと、気になったことを言葉にした。 「なにがあった。」 「奇襲だ。瀬戸組の奴らが組に喧嘩売りやがった。」 「俺は今からどこに連れて行かれるんだ?」 「空港だよ。若がお前を連れて行けと言った。若は後から合流する予定だ。」 ペラペラと話す男だ。 瀬戸組といえば真斗のとこの組。仲が悪いと聞いていたが、警察の目があるというのになぜ急に喧嘩を売ったんだ。 まさか真斗に何かあったのか? いや、それにしては男の発言はおかしい…。 何かが起こっているのか。 これを機に逃げられるのではないか。 脳裏に過ぎる逃げるという手段。 だが、そんなことしたら、また同じことが繰り返されるだけ。 言うことを聞くことが1番あいつらに迷惑かけない。 「ほらっ、乗れ。」 男に促されて車に乗り込もうと前のめりになった瞬間… 腕を掴まれ後ろに引っ張られた。 後ろに重心が倒れる。 トンっと俺の腕を引いた奴の胸に頭が当たった。 俺より背の高く逞しい身体付き。 どこかで嗅いだ匂い。 首だけを捻って、男の顔を見た。 「えっ…あ?な、なんで…。」 「そんなに驚くことはないだろ。」 ニヤリと笑うのは、死んだはずの男。 会いたくても、一生会えるはずがなかった男。 愛してやまない男。 「巽…。」   必死で必死で声を出す。 「死んだはずじゃ…。」 「勝手に殺すな。俺はそんなヤワじゃねぇ。」 体温が伝わる。 ああ、本当だ。 生きているのか。 生きていたのか。 そして、身体から全ての力が抜けた。 勝手に涙が出てくる。 生きてた、生きてた、生きていたのだ。

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