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第104話

多々と橘が病室から去ってから、兄さんは口を開いた。 「気を遣わせてしまったな。まぁ、助かる。お前にはまだ話したいことがあったからな。」 「話し…?」 「親父が明日見舞いに行くと言っている。」 「父さんが見舞い?そんなわけないだろ…。」 「俺にも親父の考えていることは分からない。ただ、俺も同伴するつもりだ。親父が夏乃に何かするつもりなら即刻病室から出て行ってもらうから安心してくれ。」 「…ああ。」 父さんが見舞いなんか来るわけがない。 息子が何をしようと無関心な人だ。口を開けば仕事仕事。仮に話をしても一ノ瀬家として恥ずかしくない行いをしろと言うだけ。 ああ、いよいよ勘当でもされるのか。 それならそれで別に構わないけど。 世間体を気にする父だ。 勘当とはいかずとも見放され家から放り出されると言う可能性は大いにある。 そして、翌日。 父さんは兄さんと共に病室に現れた。 相変わらずの硬い顔。父さんが笑っているところなんて記憶にない。 母さんが生きている時から無愛想なのは変わらない。だと言うのに、恋愛結婚だなんて言うんだから驚きだ。 その父親が初めて口を開いた。 叱られるのか。 勘当を言い渡されるか。 「夏乃、怪我の調子は。」 「すぐに退院できる。」 「不良と付き合ってるからそんな怪我を負うんだ。付き合う相手を選べといつも言っているだろう。はぁ…高校に入って落ち着いたかと思えばまた不良の真似事をして。お前は一ノ瀬家の人間の自覚がないのか。」 ああ、やっぱりこの父親とは分かり合えない。 「なんだ、その目は。」 「俺はあんたの為に生きてる訳じゃねえんだよ。付き合う人間くらい自分で決める。」 「なんだと…。」 「そこまでだ。夏乃、落ち着け。親父、あんたは夏乃の見舞いに来たんだろ。」 兄さんが俺の肩を押す。 兄さんの後ろにいる父さんをそれでも睨みつける。 空白の間。 父さんはため息をついて出て行った。 「はぁ…、やはりこうなるか。」 「俺は分かり合えるとは思えない、あの父親と。」 「そうか。あれでも夏乃の心配はしていたんだがな。」 どうだか。今の父さんに人を心配できる心は持っていないだろう。 「夏乃、親父は確かに母さんが死んで仕事一筋になった。だが、俺もお前も間違いなく親父の息子で、親父は俺たちの父親だ。」 「我慢しろって?」 「違う。人はそう簡単に変わらないということだ。」 昔の父さん。 母さんが生きていた頃の父さん。 まだ人間味のある頃の父さん。 薄ら微かに残ってる父さんは今と変わらず仏頂面だった。 だが、そんな父さんでも俺を持ち上げて高い高いをしていた。 仏頂面のまま。 ジッとこっちを見つめて。 母さんがそれを見てクスクスと笑っていた。 「あなたがそれだとこの子にも写ってしまいますよ。」 だなんて、兄さんの手を繋いだままそんな事を言っていた。 父さんはその後、引きつった笑みを浮かべていた気がする。それを兄さんが真似をして、そんな光景にクスクスとまた笑う母さん。 当たり前で、微笑ましく、穏やかな日常。 父さんが無理やりだが笑っていた唯一の記憶。 確かにあの人は優しい父だった。 でも、それも今は見る影もない。

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