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第105話
次の日、父さんはまた病室に現れた。
今度こそ勘当されるか。
兄さんも今日はいないようだし。
父さんは眉間にシワを寄せながら俺のベッドに近寄る。
「なんだよ。」
「夏乃、怪我の容態は。」
「別にすぐに退院できるって。」
「そうか。」
それだけ言ってやはり無言を貫く父。
何を言い淀んでいるのか知らないが、勘当でもなんでもさっさと言えばいい。
「吹雪と昨晩話をした。」
「そうかよ。で?俺を勘当でもするってか?」
「勘当?何を勘違いしている。勘当なぞ、するわけがないだろう。」
「ならなんでここに…。」
「息子の見舞いに来て何が悪い。」
「あんたは俺を息子だなんて思っていないだろ。良くて会社の駒か。」
「ふざけるな。私はお前達にそのような感情を抱いたことはない。純粋に息子として接してきた筈だ。」
「あ?んなわけあるか。仕事の為にあれしろ、これしろって命令し続けて、一ノ瀬家の恥にならない行動をとか言って縛り続けてきただろ。挙げ句の果てに友人は考えて選べだのなんだの。」
「何を言っている。父親として何も間違ったことは言っていないだろう。」
んなわけあるか!!
「もういい。出て行ってくれ。あんたがどう思おうがどうでもいい。」
起こしていた体をベッドに沈め、布団を被る。
「あんたは変わった。母さんが死んでから、何に対しても見向きもしなくなった。俺にも兄さんにも。俺はもうあんたに期待しない。」
「…私は父として捨てられたのだな。」
ひっそりと布団の隙間から父さんの顔を盗み見る。その顔は母さんが死んだあの時と同じ表情。
なんで、あんたがそんな顔をするんだ。
なんで…。
もだもだと悶えていると、温かい温もりが俺の頭を撫でた。
撫でた…
は?
は?
は?
思考が止まる。
なんだこれなんだこれ。
撫でられた!
「と…さ?」
仏頂面。
相変わらず仏頂面。
俺の頭を撫でるだけ撫でて出て行った。
謎の奇行。
あの会話の後の謎の行動。
なんだあれ。
仕事のし過ぎて壊れたのか。
父さんに頭撫でられるなんて久々過ぎてどうにも反応ができない。
何故こんな出来事が起きるのだ。
父さんと入れ替わるように病室に入ってきた兄さんに問いただした。
あの奇行はなんだ。
頭に異変があるのか。
とうとう入院か?と。
「入院はしない。あれで正常だ。俺も最近知ったことだが、息子が寝入った後にこっそり覗く奇行を毎晩繰り返していたらしい。」
「なんだそれ。あの顔でっ…。」
「顔は仕方ない。」
実は息子を溺愛してましたって面してねぇだろ。おかしいだろ。
「本当の話だ。…最近、俺たち兄弟は紛れもなくあの父の子なのだとそう思い知らされる。口下手で思った事を正直に話せない。
素直でないところは本当に。
親父もお前に怪我して欲しくないんだ。入院も重なって、心配している。
一ノ瀬家の心配でなく、一ノ瀬であるお前が周りにいろいろ言われるのを危惧しているだけだ。
俺も今まであの人のことを勘違いして生きてきた。だが、お前のことがあって、もう一度父と向き合ったときあの人が不器用な愛を変わらず向けてくれていたのだと知った。
…でなければ、仕事を放棄してお前の見舞いに行こうとするはずが無い。
夏乃、もう少し俺たちはあの人をきちんと見るべきなのかもしれん。
俺たちと似た、いや、俺たちが似てしまった父親に。」
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