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10月 part 1-1

「………」 午前2時の、バー・アンベリールの店内。 なんだ、この沈黙の空間… 気まずい…非常に気まずい… 歌舞伎町の桐谷といろいろあってから、三日ほど経った。今日は、久しぶりに七星と閉店後に残っている。…のだが… 七星は無言でスツールに腰掛け、カクテルレシピ本を読んでいる。だけど、さっきから同じページばかり見ている。よほど熱心に読んでいるのか、心ここにあらずなのか。 俺はドライ・ジン『ロンドンヒル』45ml、ライムジュース15ml、シュガーシロップ1stpをシェーカーに入れる。シェークすること33往復。カクテルグラスに注いで、無言で七星の前に差し出した。 七星はカクテルを飲む。だが、沈黙を貫いたままだ。 「なあ。なんか言えよ」 耐えきれなくなった俺が発した言葉に、七星は顔を上げ、重い口を開く。 「えっと…こんなこと言ったら失礼かもしれないですけど。…あの時の拓叶さん、すっげえエロかったです…」 首まで赤くなった七星のセリフに、俺は思わずカウンターに頭をぶつけてしまう。 「痛っ!…違うわ!誰がそんな話してるか! そのカクテルの味はどうなんだって聞いてんだよっ!」 俺の言葉に、七星は反射的に背筋を伸ばす。 「あっはい!ごめんなさいっ! えっと、泥水のようなギムレットですね」 「もはや悪口じゃねえかそれ!」 まあでも、俺も全然集中できてないしな。俺はカクテルを作ることを諦め、カウンターを出て、七星の横に座った。

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