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拓叶のサイドカー

〈サイドカー〉を作り終わった者から、オーナーのところに持っていき、試飲してもらう。 俺も、出来上がったばかりのサイドカーを、銀のトレーにのせ、オーナーのもとに運ぶ。 「どうぞ」 オーナーはまず、カクテルの色や見栄えをチェックし、手元のボードに記入する。 そして、カクテルグラスを持ち、香りを確かめ、カクテルを口に含んで、味を確かめる。そしてまた、ボードに何かを記入した。 「この〈サイドカー〉を作る上で、気をつけた点は?」 オーナーの言葉に、俺は答える。 「基本のレシピは、ブランデー、ホワイトキュラソー、レモンジュースを、2:1:1の分量で入る、というものです。 けれど、近年は、ホワイトキュラソーや、レモンジュースの割合を減らし、ブランデーの風味をより豊かに感じられるように仕上げる傾向にあります。 今回、使用したのは、コニャック『ヘネシーVS』、コアントロー、フレッシュレモンジュース。 ドライな口当たりになるよう、思い切って、4:1:1の分量にして、ブランデーの芳醇な余韻が残るように工夫しました」 基本のレシピよりも、かなりドライな仕上がりとなっている。 だが、甘口嗜好と辛口嗜好の二極化が進んでいる現状、これからの時代の流れを考えると、勝算はあると踏んでいる。 この分量は、ドライの限界だと思っている。いくらドライであっても、甘さと酸味の、味のバランスは保たなくてはならない。 なによりも。 オーナーは、11人分のサイドカーを飲むんだ。基本レシピに忠実な、平凡なサイドカーでは駄目だ。きっと、他のバーテンのカクテルの中に、埋もれてしまうだろう。 俺は、オーナーの舌にインパクトを与え、印象づけたい。 『月城 拓叶の〈サイドカー〉は、ドライでおいしかった』と。 これが、俺の勝負のかけ方だ! 俺はさらに続けた。 「なので今回、シェイクは短時間で素早く、かつ強めに、を心がけました。そうですね…10秒強で、20往復くらいです。 シャープな飲み口を実現させる為、ハードシェイクで急激に冷やし、かつ、氷が溶けすぎないように気をつけました。 表面に浮かんだ細かい氷片と、シェイクによってできた気泡の層。 この層が、飲む人にキリッとしたファーストインパクト、そして、ドライなのにまろやかで飲みやすい…そんな、相反した印象を与えます。 そして、このカクテルを、より魅力的なものにする、と考えています。 さらに、カクテルグラスに注いだあと、仕上げにレモンツイストを飾り、香り豊かなカクテルになるよう、心がけたつもりです」 オーナーがうなづき、俺の審査が終わった。 俺の審査が終わると同時に、七星が、オーナーのところに向かう。 七星の、スタンダードカクテルの審査が始まった。

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