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七星のサイドカー

オーナーに促され、七星は、自分のサイドカーの説明を始める。 「使用したのは、ブランデー『フラパンVSOP』35ml、ホワイトキュラソー20ml、レモン果汁10ml弱です。 ホワイトキュラソーは、『コアントロー』15mlに『グランマニエ』を5ml加えました。 コアントローだけでは単調だと感じたので、グランマニエで、複雑さと奥行きを出そうと思ったんです。 まず、カクテルグラスに氷を入れ、冷やします。アイシングですね。 ブランデーは冷やしすぎると、香りが閉じてしまうので…ブランデーを直接冷やすのではなく、間接的に冷やしたいと考えました。 シェイクは、非常に小さな泡を生み出せるよう、前後だけでなく、横や斜めにひねりを入れながら振りました。 大きな泡は上に浮かび上がりますが、極小の泡は、液体の中に留まります。そして、気泡はより小さいほど長持ちするし、口当たりもまろやかになります。 僕は、サイドカーには、氷片は浮かんでいない方がよいと考えました。 その方が、よりカクテルの中の気泡が生きて、ふんわりとした口当たりになると。 それで、ストレーナーだけでなく、メッシュを使って()し、不純物を取り除きました。つまり、ダブルストレインですね。 澄みきった美しい色にするために。また、空気をより含ませるために」 いつものふわりとした笑顔で、淡々と説明する七星。 …マジかよ、こいつ…! なんて繊細なカクテルの作り方しやがるんだ、七星のやつ…! 俺は、基本のレシピを壊し、辛口で攻める戦法をとった。 だが、七星は、オリジナリティを出すのではなく、基本のレシピに近い作り方で、素材の味を最大限に生かす方法をとった。 本人が意識してるかは分からないが、自分の腕に相当の自信がないと、そんな事は出来ない。 そして、七星の腕なら、スタンダードな作り方でも、他のバーテンダーのカクテルに埋もれたりはしないんだろう。 …こいつ、やっぱり強敵だ。でも、まだ勝負は終わったわけじゃねえ!

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