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第2話 幼馴染でとこやさん

 俺たちの町は田舎だ。  海と山に囲まれて自然豊かだと言えば、聞こえはいい。しかし、海辺から自転車で三時間も走れば山につくし、その山はこのあたりの屋根と言われる連峰の入り口で、山を越えて隣町に行こうと思ったら峠を越すしかない。  漫画雑誌は発売日から一週間遅れでしかやってこないし、オシャレな店なんて一軒もない。最近、ようやくマクドがぽつりと国道沿いにできたくらいだ。  夏の日差しが道を焼き、町全体が埃っぽい。しかしどこからか涼しい風が風いてくる。そんな場所だ。  そんな一週間遅れの漫画雑誌の、さらに先月号を、拓斗は真面目な顔で読んでいる。  さっきからギャグ漫画のページを読み始めているのだが、くすりとも笑わない。 「なあ、そのマンガ、つまらんの?」 「ううん、面白いよ」 「けど笑えない?」 「ううん、笑えるよ」 「じゃなんでそんな神妙な顔して読んでるんだよ」 「だって、理容室で待ってる間にマンガ読んで大笑いって、恥ずかしいじゃない」  拓斗の羞恥心がどこにあるのか、俺にはさっぱり理解できなかった。 「ねえ、八百屋のおじさん、時間かかってるね」 「ああ、パンチだからな、テマなんだろな」  俺と拓斗は小一時間、理容室の待ち合いのソファでのんびりと順番待ちをしていた。  この町に一軒だけしかないこの店は、オヤジさん一人でやっているうえに散髪用の椅子も一人分しかない。しかも予約は受け付けず、来店した順番でしか散髪してくれないという横暴ぶりだが、この町に住むものはそれを当然と受け取っている。  そんなわけでいつも待ち人がいるからか、マンガや小説、雑誌にゲーム機まで置いてあり、待つのに苦労はない。  俺はテトリスをやりながら、拓斗は漫画雑誌を読みながら、だらだらと喋っていた。 「テトリスってさあ、心を落ちつかせるのにいいんだって」 「へえ、そうなのか」 「うん。どこか外国の大学だったかで研究されたとか言ううわさを聞いたよ」 「一片の信憑性もない情報だな、それは」  馬鹿を言っているうちに、八百屋のおじさんのパンチパーマは出来上がり、散髪台から立ち上がった。 「おう、お待たせ、お待たせ。悪いねえ、五分違いで先にさせてもらっちゃって」  愛想よく話しかけてくる八百屋のおじさんに曖昧な笑みを返しておく。 「じゃ、また来るよ」  おじさんは本当に愛想よく会計をすませて帰っていった。それに引き換え、ここの主は無口で無愛想だ。無言のまま空いた散髪台を指差すだけ。 「僕、先にいくね」 「おう」  なんとなく店まで一緒にやってきたが、店に先に足を踏み入れたのは拓斗だった。タッチの差なんだからどちらからでも良いじゃないかと思うのだが、オヤジは順番にうるさい。  そういうわけで俺はえんえんとテトリスを続ける。なかなかラインが揃わず、イライラがつのる。心が落ち着くって言うのは、デマだな。  ブロックを積み上げゲームオーバーになってしまった。散髪台を見やると、拓斗の髪はだいぶ短くなってきていた。  拓斗の髪は天然パーマできれいな栗色をしている。ひい爺様がフランスの人だとかで色も白い。可愛らしい顔立ちをしている事もあって、小さい頃はよく女の子と間違われていた。  小学校では女男と言われて泣いていた。そのたび俺が相手のやつをぶっ飛ばして、親が学校に謝りに来ていた。今ではいい思い出だ。  そう、思いでは良い。現在、俺は拓斗に劣等感を感じる事がしばしばだった。  拓斗は、女にもてる。かわいい外見と天然な中身がマッチして女受けするのだ。しかもここ半年で身長が一気に伸びて170cmを越えてしまった。昔はあんなに小さかったのに……。俺は伸び悩んでいて、高一の現在、169cm。  1cm。たった1cmの差がほぞを噛むほど悔しい。  思わず拓斗の方を睨むような気持ちで見ていると、拓斗の散髪が終わった。ただ短めに切っただけなのに、天パのおかげでオサレに見えるのも小憎らしい。 「おまたせ~。次、どうぞ」  拓斗にうながされ椅子に座る。 「いつも通りで」  そういうと、オヤジは俺の首にケープを巻き、さっさと鋏を入れ出した。  拓斗はソファに座り、テトリスをやっているようだ。音が聞こえる。  俺は髪を切られるのが苦手だ。  時おり鋏やオヤジの手が耳や首筋にあたる。そのたびくすぐったくて笑いだしそうになる。しかし、そんな時に体を震わせて笑うと、誤って耳を切られるかもしれない、といつも我慢している。 「あ、顔もあたってください」  顔そりをたのむ。親父臭いが、理容室でそってもらっておくと、二~三日はヒゲをそらなくていい。……まあ、ヒゲと言っても産毛がちょっと濃いくらいなひょろひょろ毛だけどな。  オヤジは陶器の容器のなかでぶくぶくと泡を立て、それを俺の顔に塗りたくる。いつも思うが、この白いものは一体なんなんだろう?  剃刀の刃がぴたりと俺の顎にあたる。ひやりとする感触に、ぴくりと爪先が跳ねる。俺は顔そりもくすぐったくて苦手だ。とくに頬から耳にかけてのモミアゲ部分がくすぐったくてしょうがない。けれど一時の我慢だ。そうすれば三日は楽に過ごせる。  剃刀がすうっと俺の顎から口元へと滑る。 「っ!?」  いつものくすぐったさとは違う、妙な感覚を覚える。  剃刀は顎から口の周り、鼻の下、とさっさと動いて行く。そのたび俺は飛び跳ねそうになる足を踏ん張って堪えた。しかし、爪先だけはぴくぴくと動く。  なんなんだ、この感触は?くすぐったさとも痛みとも違う。なんだか……  そう、なんだか、キモチイイ……。  俺は、ハッと思い出した。  気持ちよくなる部分について。  あの時、拓斗に触れられた部分だ。  拓斗の唇が、たどった場所だ。  ぞくっと身震いした。  自覚してしまうと、もうどうしようもなかった。  頬も、そこから首へと伝う部分も、拓斗は舌で舐め上げた。そして耳朶を口にふくみ、歯にはさみ軽く噛んだ。顎に唇を落とし、口のわきにキスをした。  剃刀が皮膚の上を動き回るたび、俺はあの時のことを思い出し、そのたび腰に重い痺れを感じた。  そこが、ケープで隠れていて良かったと思う。  熱い蒸しタオルで顔を拭われ、やっと散髪は終わった。  立ち上がると、少しふらつく。 「お待たせ」 会計を済ませ拓斗のところへ行くと、拓斗は不機嫌な顔でテトリスをやっている。 「なあ、テトリスで心、落ちつくか?」 「うん。まあ」  そう言うと、ゲームの途中だったが、ブツリと電源を切ってしまった。 「行こう」 「お、おう」  なんだか無駄に迫力のある声で言う拓斗のあとに続いてドアをくぐり外へ出る。冷房から解き放たれたとたん、体から陽炎が上りそうなほどの汗が出た。  拓斗は暑さを感じていないかのように大股でずんずんと歩いて行く。 「おーい、拓斗、なに急いでんの」  だらだらと後をついて行きながら呼びかける。 「別に」  いつもより低い声音。ああ、これは怒ってるな。 「なに、怒ってるんだよ」 「べつに!」  さて、困った。  拓斗はめったなことでは怒らない。そのかわり、一度怒ると、機嫌が治るまで時間がかかる。放っておいてもいいのだが、それはなんか可哀想で、俺はいつもなんとか宥めてやっていた。 「待ち時間が長くて嫌だった?」 「別に」 「テトリスでイラついた?」  くるりと拓斗が振り返った。 「テトリスは心を落ち着けてくれたよ」 「いや、だって不機嫌そうにやってたじゃないか」  そう言うと、拓斗はさらに不機嫌になり、俺の手を掴むと建物と建物の間の細い隙間に入っていく。 「おいおい、こんな所、猫しか通らないぞ」  話しかけても拓斗は無視だ。これは相当怒ってる。しかし理由がわからない。 「なあ、なんで怒ってるんだよ。教えてくれよ、俺のせいか?」  拓斗は俺の方に顔を向けると、握っている手に力をこめた。 「うん。君のせいだ」 「俺がなんかしたか? 覚えがないんだけど」  とつぜん、拓斗は俺を壁に押し付けた。 「な、なにを……」 「感じてたでしょ」 「え?」 「さっき、剃刀が顔に当たるたび、感じてたでしょ」  俺は見透かされた気恥ずかしさに、うつむいた。 「ばっか、そんなわけないじゃん」 「うそ」 「うそじゃねえよ」 「じゃあ、触るよ」  拓斗は俺の顎に手をかける。  びくん、と体が跳ねる。 「ほら、感じてる」 「ちがっ……」 「ここは?」  耳に指が触れる。また、体が跳ねる。 「ほら、敏感なんじゃない」  拓斗の手は顎を頬を、鼻を目じりを撫で上げる。そのたび俺の体は熱くなっていく。指が唇をなぞる。なんども、なんども。拓斗はそれ以上なにもしない。  俺はそっと目をあげて拓斗の顔を見る。拓斗は怖いほど真剣な顔をしていた。 「感じないで」 「え?」 「僕以外のもので感じないで」  俺が口を開こうとすると、拓斗の唇が俺の口をふさいだ。  唇を押しつけるだけのキス。拓斗の手が俺の髪をなでる。それだけでも俺は感じてしまって、目じりに涙がたまった。  唇が離れて、拓斗がすぐ近くから俺の目を見つめる。 「なんで泣くの?」  俺は涙を指ではらう。 「泣いてない」 「僕のこと、いやなの?」  寂しそうに、笑う拓斗。 「……いやなわけない」  俺は顔をそむけて言う。拓斗は俺の頬を両手ではさむと、そっと前を向かせた。そうして、また唇を重ねる。はむはむと唇で唇を揉まれる。  きもちいい。心の底から安心感が湧きでてくる。いつまでもこのままこうしていたい……。  路地の向こうから蝉の声が降ってくる。ただそれだけが耳の底まで伝わる。三十六度を超す真夏日に、拓斗の体温はひんやりとして心地よかった。  拓斗の手が肩にかかる。腰にも手を回され、ぐっと抱きしめられる。唇を吸われ、舌で口を開かれる。口中に侵入してきた舌に、俺はそっと舌を絡めてみる。 「!!」  拓斗の動きが一瞬止まり、それから強く強く抱きしめられ、拓斗の舌の動きは激しさをました。背中に回った手の平が俺の背を撫でる。俺もおそるおそる拓斗の背中に手を回してみる。  拓斗が俺の唾液をすすり飲む。  どくん、と下半身が跳ねる。  拓斗の腰が俺の尻をぎゅうっと壁に押しつけ、拓斗のものと俺のものが服の上から擦り合わされる。だめだ、ダメだ拓斗、これ以上は……。  拓斗の動きを止めようと、肩を押してみたけれど、拓斗は俺に抱きついた力を緩めようとはしなかった。ますます俺たちは近づき、そこはもう一つに溶け合ったのかと思うほど熱かった。  俺の舌は拓斗の口の中に吸い込まれ、かるく歯を立てられた。 「---っ!!」  その瞬間、俺ははじけた。服の中になまぬるいものを感じる。  やっと拓斗が唇を離す。 「イっちゃった? 感じてくれたんだね、僕のこと」  俺の顔は真っ赤になったに違いない。横を向き、下を向きしてみたが、拓斗に抱きしめられたままでは逃げ場がない。ぼすん、と拓斗の肩に顔を埋める。これで赤くなった顔を見られずにすむ。  拓斗は無言で俺の体をまさぐり続ける。  肩をくすぐったかと思うと、背中を撫で、太ももを撫でたと思うと尻をくすぐり、またぎゅっと強く抱きしめる。  俺はどこを触られてもびくびくと体を揺らし、拓斗の肩にすがりつく。 「ずっと、こうしていたい」  拓斗がつぶやく。 「ずっと君を抱きしめていたい」  ふ、と拓斗の腕から力が抜けた。俺が顔をあげると、拓斗は悲しそうな目で俺を見つめた。 「……拓斗?」  拓斗はにっこりと、いつも通りの表情に戻る。 「ごめんね、行こうか」  路地から出ていこうとする拓斗の腕を引っ張る。 「なんだよ、ごめんて、謝るなよ!」  拓斗は振り返ると、また悲しそうな顔をする。 「だって、僕、馬鹿みたいじゃないか。床屋のオヤジに嫉妬して、君を襲ってみたいなこと……」  ぷふ、と吹きだしてしまう。 「な、わらわないでよ!」 「おまえ、オヤジに嫉妬してたのかよ! あのヒゲオヤジに!」  げらげらと笑いが出て止まらない。拓斗は憤然として戻ってくる。 「わらわないでよ!」  そう言うと、拓斗は俺の顎に手をかけキスをする。それでも笑いが止まらない。憮然とした顔で拓斗は俺の脇腹をさする。なぜか、くすぐったい。 「くすぐったい、くすぐったいって、拓斗!」 「いいじゃん、くすぐったがってなよ」  拓斗はくすぐり続け、また口づける。くすぐったいと思っていた脇腹への刺激が、口づけが深くなるにつれて気持ちよいものへと変わっていく。 「ん……んふ……」  甘い鼻声がもれる。拓斗は脇腹で遊ばせていた手を俺の前に回すと、カーゴパンツの中に手を入れてきた。 「ん! ちょっ! まっ!」  むりやり口を離し制止の言葉をかけようと思ったが、それよりも拓斗が握り込む方が早かった。 「んんっ!」  先ほど放出したぬめりで、拓斗の指はスムーズに扱く。キスとはくらべものにならない強い刺激に、俺の中の血が沸騰しそうになる。 「ぁ……やめろ、拓斗」 「なんで? 気持ちよくない?」 「っ、こんなとこで……。誰か来たら」 「こんなとこ、猫しかこないよ」  そう言って、拓斗は扱く手を止めない。口づけも再開し、舌が口内に入ってくる。扱かれながら吸われて、俺の我慢は限界に達し、二度目の爆発を迎えた。 「っふ! ぁああ!」 「ふふ、気持ちよかったみたいだね。ねえ、もっとして欲しい?」  息もたえだえな俺を抱きしめながら拓斗が言う。その手は俺の尻を恐ろしげに撫でている。 「ゃ、もう……」  その時、 「にゃあん」  すぐ近くで声がした。俺と拓斗はバッとそちらの方を見る。  猫がいた。白黒のぶち猫だ。長い尻尾を左右にふりながら、俺たちのことを見つめている。  俺はなぜか言いようのない恥ずかしさを覚えた。猫は人懐こい性格なのか俺たちの方へ近づいてくる。拓斗の手がすうっと俺から離れる。顔を見やると、なぜかバツの悪そうな表情だ。うん、気持ちはわかる。  俺はしゃがみこむと、猫の首を撫でてやった。猫はするりと俺の股の間にすべりこみ、においを嗅いだ。 「---っ!!」  立ち上がると、拓斗に腕を掴まれた。 「行こう」  不機嫌な声でそう言うと、拓斗は俺を引きずるようにして路地を出ていく。  まさか、今の猫にも嫉妬したのか?まさかな。  俺は苦笑いしながら、拓斗の後について行く。さて、今度の不機嫌はどうやって宥めれば良いのだろう?

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