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第3話 幼馴染で放課後で
「あっつうううい……」
隣の席で元香が机に突っ伏す。
「机にくっついていた方が熱くないか?」
「いやあ、けっこう、これが涼しいんだよねえ」
そう言いながらもノートをうちわ代わりにぱたぱたと顔をあおぐ。
「今日も真夏日だってまみちゃんが言ってたもんなあ」
「だれだよ、まみちゃんって?」
「ニュース7のお天気おねえさんだよお」
うん。そりゃ知らんな。七時なんて、俺は帰りついていない。元香は帰宅部だから涼しい居間でゴロゴロしながらテレビを見てるんだろう。
「早くクーラー入らないかなあ」
「まあ、七月になるまで無理だろうな」
梅雨時だというのに、ここ数日はからっからに晴れて気温も真夏なみに高い。洗濯ものが良く乾く、と母が喜んでいた。あんたが大量の汚れものを持ち帰るんだから、洗濯が大変でしょうがない。だそうだ。
「ねえ、野球部、勝ち進んでるの?甲子園」
「ばーか。まだまだ先だよ」
「あ、拓斗くん来たよ」
ドアの方に顔を向けると、拓斗が入って来たところだった。
「こんにちは、元香ちゃん」
拓斗が澄まし顔で挨拶する。
「ちわ。あいかわらず涼しい顔してるよねえ」
「体温が低いからね」
「拓斗、何か用か」
「うん、今日、委員会があるから一緒に帰ろうかなって」
「ああ、遅くなるのか。っても、野球部の終わり時間待ってたら、そうとう長いぞ?」
「うん、大丈夫だよ」
「そっか、じゃグラウンド来いよ。見学してろ」
「うん、そうする。じゃね。元香ちゃんも、さよなら」
「あい、グッバイ」
元香がひらひらと手を振るのを無視して拓斗は教室を出ていく。
「あいかわらず拓斗くんはクールビューティですなあ」
「そうか? いつもはあんなんじゃないぞ」
「そりゃ、二人だけの時は違うでしょうとも。ラブラブカップルめ」
俺はため息をついた。
元香と俺は、中学生の頃付き合っていたのだ。が、元香の
「拓斗くんと私、どっちが大事なの!?」
と言う問いに即答できなかった俺はキッパリとフラレてしまった。それ以来、寄るとさわると「拓斗くんとラブラブ」と責められるのだ。しかも何の因果か同じ高校、同じクラス、席も隣になってしまった。
「ラブラブなんかじゃない」
「またまたあ。帰り遅くなるけど待ってろ、なんて関白亭主ではないですかあ。古臭くてかっこいいんじゃな~い?」
いつまでも続きそうな繰りごとから逃げようと、俺はトイレに向かった。
~~~~~~~~~~~
グラウンドにバットが風を切る音が響く。
素振りも三十人と言う大所帯でやると、けっこうデカイ音になる。陽が暮れてもグラウンドには熱い風しか吹かなくて、部員はみんな汗だくだった。
「よし、あとはダウンしておけ。おつかれさん」
「はい!」
男くさい挨拶におくられ、監督が去っていく。もうすぐ地方大会が始まるというのに暢気な練習だ。部員数が多いわりに弱いうちの高校は、最初から試合をなげているところが無きにしもあらずだ。
ストレッチも済ませ部室へ戻ろうと足を向けると、校舎に向かう階段の途中に拓斗がちんまりと座っていた。拓斗はなぜか座ったりしゃがんだりすると必要以上にコンパクトになる。なぜかは知らない。
「拓斗、着替えてくるからちょっと待ってろな」
「うん。ごゆっくり」
声をかけてから部室へ向かう。
「よお、あいかわらず仲良し夫婦だね!」
後ろから近づいてきた橋詰が、がしっとヘッドロックしてきた。
「やめろ、暑い、それに夫婦じゃねえ」
「またまたあ。拓斗がさあ、言ってたぜ。『拓斗を甲子園に連れて行って』って」
「どこの南ちゃんだよ。それに古すぎるよ。今ならオオブリだろ」
「いや、ダイヤじゃね?」
馬鹿話をしながら部室のドアを開ける。むわっと男くさい汗のにおいが吹きだしてくる。
「うわっつ!!」
「ぶへー」
俺と橋詰は鼻をつまんでそっぽを向く。しかし、中へ入らねば、着替えもできないし、カバンがないから帰ることもできない。
意を決して足を踏み込む。
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「おつかれさまっした~……」
「おー。おつかれー」
ふらふらした頭で部室を出る。いかん、あの臭いはすでに兵器だ。自分がその臭いの元の一端であるということは棚上げしてカバンを肩からさげてグラウンドへ向かう。
拓斗は木の枝で地面に落書きをしていた。
「なんだ、それ?んこか?」
声をかけると拓斗は苦笑を返してきた。
「下品だなあ。これ、ソフトクリームのつもりだったんだけど」
「おお! すげえ、ソフトクリームそっくりだ。画伯だな」
「いいから、帰ろ。ほらほら」
拓斗に背中を押され階段を上る。自転車通学の部員たちが手を振りながら通り過ぎる。俺も振り返してから歩き出す。
「俺たちも自転車で来るか?」
「うーん。そこまで遠くないしねー。あの山のような駐輪場に停めるの大変だし。それに……」
「それに?」
校庭を出ると、すぐ目の前は田んぼで、蛙がげこげことうるさい。校門すぐに立っている水銀灯の下を通り過ぎると、ほとんど灯りはなく、真っ暗な道を歩く。
しばらく黙っていた拓斗が、ぽつりと口を開いた。
「それに、歩いて帰らないとお喋りできないじゃない」
うつむいて小声で。でもなんとか聞こえる声で。聞かせたいのか聞かせたくないのか分からなかったので、聞こえていないふりをした。
「そうだ、拓斗。古文の宿題出たか?枕草子のやつ」
「ああ、現代語訳? でたよ。僕のクラスはもう済んだ」
「うわ、ラッキー! うつさせて」
「いいよ。どうする? 僕の家くる?」
「いいのか? 悪いな遅い時間に」
「平気。今日、母さん夜勤だから」
拓斗の家は母子家庭で、母親は看護師をしている。おそろしいお母さんで、小さい頃はよくひっぱたかれていた。拓斗が良い子に育ったのは、俺が率先して悪い手本になってやったおかげだと自負している。……かなり悲しい自慢になるが。
「それにしてもあっちーなー。ムシムシするしな」
「ほんとだね。ソフトクリーム食べたいよね」
「あ、さっきの落書きって、食べたいから書いてたのか?」
「そう」
「この辺じゃソフトクリームないなあ。駄菓子屋でガリガリくんでも買うか」
「うん、いいね。そうしよう」
学校近辺にはコンビニもない。……というか、この町にコンビニは二軒しかない。そのかわり、昔ながらの駄菓子屋があって、なぜか午後十時まで店を開けている。ちっこい婆さんが店番をしているのだが、俺の父親が小さい頃から婆さんだったというから、いったい何年、婆さんをやっているのか見当もつかない。
江藤商店というその店の前には野球部の自転車組がたむろしていた。
「なんだ、お前達、せっかく自転車なのに寄り道かよ」
「お、追いつかれちまったな。おまえらもアイス?」
「そ。ガリガリくん二つとって」
勝手知ったるなんとやら。手早く冷凍ケースを開けると、中からアイスを二つ掴みとり、放ってよこす。かわりに俺がコインを一枚ずつ投げて返すと、そいつが代わりに婆さんに手渡してくれた。
さっそく食べようと、拓斗に一本渡そうとしたら
「てめえ! ナポリタン味よこしてんじゃねえ!」
ソーダ味一本、ナポリタン味一本だった。思わず吠えた俺を、やつらが腹を抱えて笑う。
「ねえ、僕ナポリタン味、食べてみたい」
俺の袖を引いて拓斗が言う。俺はピンク色のイグアナを見るような目で拓斗を見た。
「……まじか?」
「うん。まじだよ」
そう言うならいいか、とナポリタン味を渡し、俺はソーダ味の袋を剥く。歩きながら拓斗は袋から取り出した赤いガリガリくんをべろりと舐めた。そのままガリガリと端から噛み出した。俺はソーダ味を食べながら拓斗を観察していたが、うまそうにもまずそうにもしていない。
「なあ、それまずくないの?」
「まずくはないよ」
「どんな味?」
「うーん、不思議な味かなあ。食べてみる?」
拓斗が俺に向かって差し出した赤いガリガリくんを、恐る恐る舐めてみた。舌に冷たさと甘さがやってきたが、ナポリタン風味はよく分からない。端っこを少し齧りとってみるが、やはりよくわからない。
「たしかに。不思議な味だな」
「ね」
その後は各々のガリガリくんを噛みながら蛙の鳴き声の聞こえる道を歩いて帰った。
~~~~~~~~~
「おじゃましまーす」
「いらっしゃーい。先に部屋行っててよ。ジュース取ってくる」
「おう」
勝手知ったるなんとやら、だ。産まれた時から互いの家を行き来しているのだから、この家のどこに何があるのか良く知ってる。冷蔵庫の一番上に、拓斗の母親が呑むビールがぎっしりつまっている事も知っている。
平屋建てのこの家は入ってすぐに台所と風呂なんかがあって、奥の右側が拓斗の部屋、左側が母親の部屋だ。拓斗の母親は「おばさん」と呼ぶと激怒する。「美夜子さん」と呼ばないと振り返らない。拓斗でさえ彼女を「美夜子さん」と呼ぶので、俺は小さい頃、拓斗と美夜子さんは姉弟なんだと思っていた。それくらい、美夜子さんは若い。
拓斗の部屋に入って電気をつける。拓斗の部屋は小さなプラネタリウムだ。壁一面に星の写真が貼ってあって、机の上には天球儀がある。本棚には天文関係の雑誌が並び、ベッドカバーまで星柄だ。拓斗の亡くなった親父さんが山男で、昔から拓斗と俺をよく山へ連れて行ってくれた。その時に見える満天の星に惹かれ、拓斗は天体マニアになった。部活ももちろん天文部だ。
年中出しっぱなしのこたつの上に(さすがにこたつ布団はしまってあるが)さっそく古文のノートと教科書を出す。拓斗がコーラをグラスに入れて持ってきた。
「ちょっと炭酸が抜けてるみたい。昨日あけたから」
「いいよ。いただきます」
グラスを受け取るとぐいーっと一気飲みする。アイスを食べたとは言え、喉はからからに乾いていた。
「あ、おかわり持ってくる。麦茶にしようね。そうだ、ノート出しとくね。適当にうつして」
拓斗からノートを受け取り「さんきゅ」と言って座り込む。ノートを開くと、几帳面な字で、ちんぷんかんぷんだった文章をきれいに訳してあった。俺はそれをはしから全部まる写しにしていく。
「お待たせ、どうぞ」
拓斗が戻ってきて出してくれた麦茶も一気飲み。拓斗はそつなくペットボトルごと麦茶を持ってきていて、すぐにお代りを注いでくれた。
「明日、僕のクラス、数学小テストだよ」
「あ! わすれてた! 俺のクラスもだ」
「勉強した?」
「したわけねえじゃん。ついでに教えてくれよ」
「いいけど、その前にお腹すかない?ごはん食べよう」
「あ、うん。ごちそうになります」
俺は礼儀作法のほとんどをこの家で学んだ。我が家は放任と言うか、両親ともガサツな性質で細やかな挨拶や気配りができないタイプだったから、美夜子さんに頬をつねられながら色んなことを教えてもらえたのは本当にラッキーだったと思う。
台所に行くと、拓斗はカレーの鍋を温めていた。
「なんか手伝う?」
「あ、じゃお皿とスプーン出して」
食卓を台拭きで軽く拭いて、皿とスプーンを出す。拓斗が飯とカレーをついでくれる。俺のは山盛りだ。
「いただきます」
「どうぞ、めしあがれ」
今日のカレーは拓斗作だった。親子なのに、二人が作るカレーは味が違う。拓斗のカレーはあっさりしていて美夜子さんのはコクがある。俺はどっちも好きだ。
二杯お代りをして、満腹になったら眠くなった。
「だめだよ、寝ちゃあ。数学やるんでしょ」
「うー。やる。やります」
「終わったら寝ていいから。今日、泊ってくでしょ?」
「ああ、そうする」
拓斗の部屋に戻り、眠い目をこすりながら連立方程式と戦う。因数分解が憎らしい。素数を数えると目が閉じそうになる。そのたび拓斗が「ほら、がんばって」と俺の鼻をつまむ。おかげでなんとかテスト範囲だけは復習することができた。
「おわったあぁ」
俺はその場で横になる。すぐにまぶたが落ちて来て、うとうとと眠りに落ちようとした。
「……って、拓斗、お前なにしてんの?」
「ん? いいにおいがするなーって思って」
拓斗が俺のシャツに鼻をつけてすんすんとにおいを嗅いでいた。
「ばっ! やめろよ! 汗臭いんだから」
「ううん、いいにおいだよ」
「ちょ、やめ、あー! シャワー貸して!」
「やだ」
「ええ!?」
「このにおい好き。もっと嗅ぐ」
そう言って、拓斗は俺の腕をぐいっと押さえて胸元に顔を埋めた。
「おおーい! やめろよ、冗談は」
「まじですけど」
顔を上げた拓斗にキスされる。拓斗は俺の腕を離すと、俺のシャツのボタンを開け始めた。
「ちょっと、まって! まてって!」
「いやだ。待たない」
シャツは完全に肌蹴られ拓斗の手は下へと向かう。俺は上半身を起こし、拓斗の腕を掴んだがびくともしない。あっさりと制服を脱がされてしまった。
「鍛え方が足りないね」
「う、うるさい!」
拓斗はふふん、と言いそうな顔で俺を見下ろしてくる。全裸に剥かれた俺は、恥ずかしさに腕で顔を隠す。
俺の腕を撫でながら、拓斗は俺の胸に頬を寄せる。
「ああ、ドキドキしてるね」
そういうと、俺の胸を撫でだした。俺は両腕で顔を隠す。
「そんなに恥ずかしい?」
うなずく。
「電気消して欲しい?」
うなずく。
「い・や・だ」
この野郎! と掴みかかろうとして顔を上げると、俺にまたがって見下ろしながら、拓斗は見た事ないニヤニヤした笑みを浮かべていた。それはたとえるなら、そう、兎を見つけた狼のような笑み。
首筋に拓斗の指が触れる。ぴくりと体が反応する。
「ここ、弱いもんねえ。ここもね」
胸の中ほどを指で辿る。
「あと、背中もね」
ぐいっと腕を引かれ、半回転させられる。拓斗は俺の背中に唇を落とし舐め上げる。
「--っ!」
激しい快感に顎が上がる。拓斗の手が喉にかかる。ゆっくりと、その手を胸まで下ろしていく。触るか触らないかのやわらかな感触に、鳥肌が立つ。背中には拓斗の顔があり、肩甲骨のあたりを舐められる。
「……んぁ」
突起を捻られ声が出る。拓斗が肩を噛む。腹をさする。太ももに足を絡ませる。
「もっと声を聞かせて」
耳元で囁かれ、ぞくりと身がすくむ。そのまま耳を舐められ、指で唇をなぞられる。
「……っっく」
「がまんしないで」
拓斗が俺を握り込む。
「ふぁぁぁ!」
叫ぶように泣くように俺の口から声が出た。拓斗が性急に扱きあげる。
「あ! や! 拓斗! いや……」
「いやなの? やめようか?」
俺は返事をすることができなかった。
拓斗は俺の腰を持ち上げ回転させると、四足の状態にした。俺の上体は力が抜けぐったりと床にへたり込んでいる。拓斗の扱くスピードがますますあがる。
「んあ、あっあっ! ふあ!」
びくん、びくん、と何度か跳ねながら、俺は精を吐いた。拓斗はそのぬるみを手の平にとり、俺の尻にこすりつける。
つぷり、指が入ってくる。
「うっ……」
指はゆっくりと出入りし、ゆっくりと回転する。拓斗は前に手を回し、やわらかくなったものを握り込み、やさしく揉む。
「あっあっあっ」
俺は馬鹿みたいに喘ぐことしかできない。拓斗の指がその場所に辿り着いた。
「ああっ!」
悲鳴が口から飛び出す。あまりに良すぎて。でも、拓斗はその場所を長くは触ってくれなかった。すぐに指を抜いてしまう。
「……拓斗?」
「うん? 心配しなくても、もっと気持ちよくしてあげるよ」
そういうと俺の腰を両手で掴み、拓斗が、ゆっくりと俺の中に入って来た。ゆっくりと出入りする。入る時にはゆっくりと、出る時はやや速く、一番良いところをうまくさすっていく。
「あぁあん、あ、……ぃ」
「どうしたの?」
問われて俺は首を横に振る。
「言ってくれなきゃわからないよ」
そういうと、俺の胸に手をはわせ、背中を舐め上げる。
「--ひぃっ!」
びくんと跳ねる。それに気を良くしたのか拓斗は俺のいいところばかりを擦るようにしてくれた。
「あああん!あぁ……」
途切れなく声が漏れ出てくる。また俺は爆発寸前だった。
「ああ、もういくよ、いいよね」
問われ、俺はがくがくとうなずく。とたん、俺の中が熱くなり、びくびくと脈打った。俺もそれにひきずられるように吐精した。
雀の鳴き声で目が覚めた。腹に温かさを感じて見下ろすと、拓斗が俺に頭を乗せて寝ていた。そのまま起こさないように首だけ動かし壁の時計を見上げると、朝錬までにはまだ余裕のある時間だった。
「あ! ユニフォーム!」
がばっと起き上がる。拓斗の頭が床に落ちてごん!と鳴る。
「いたあ。なに? なに?」
「ユニフォーム洗ってない!」
「あ、ほんとだ。どうしよう」
「とりあえず、洗濯機貸してくれ!」
「でも、今からじゃ乾かないよ」
「濡れたまま着る! どうせ汗で濡れるんだ!」
そして俺は生乾きの嫌なにおいのするユニフォームで朝錬に参加した。
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