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第4話 幼馴染で学校で
左腕にデッドボール。
たったそれだけで、俺の夏は終わった。
医師の診断は「靭帯裂断」。
一ヶ月の安静と、二週間のリハビリ。
夏がまるまる終わってしまう間、俺は野球ができなくなった。
「あー。ひまだー」
窓枠に顎を乗せグラウンドを見下ろす。
ふりそそぐ西日で球児たちの肌がじりじりと日焼けしていく。
俺の仲間たちが白球とたわむれている。ちくしょう、俺だって白球を触りまくりたいぞ!
「暇なら早く帰って勉強でもすれば?」
「このクソ暑いのに勉強なんかやってらんねー」
「今日の古文の宿題、どうするのよ」
「拓斗のを写すー」
「また出たよ、あんたは拓斗、拓斗、拓斗って。いいかげん聞き飽きました。ほかの名前は出て来ないの?」
「元香ー」
「なによ、呼び捨てにしないでよね!」
「まだ帰らないのかー?」
ばすん!と何かが後頭部を直撃した。
「?????」
振り返ると元香が憤然と教室から出て行っている、床には俺の古文のノートが落ちている。どうやらこいつを投げつけられたらしい。仕方ない、自分で勉強するか。
しかし、教室は冷房を切られて暑くてかなわん。
俺は図書室へ移動することにした。
「あ、拓斗」
廊下で拓斗を発見した。科学室の前だから、これから部活なんだろう。
「あれ? どうしたの。居残り?」
「宿題しに図書館に行くとこ」
「わー、めずらしい。自分で宿題するんだ?」
「失礼なこと言うな。俺だってやる時はやるんだ」
「へえー、そうなんだ」
「せっかくだから一緒帰ろうぜ」
「えっと、今日は金星を観察するから遅くなるよ?」
「ああ、待ってるよ」
そう言うと、拓斗はにっこりと笑った。俺が好きな笑顔で。
「じゃあ、七時ごろに屋上に来てよ。一緒に見ようよ」
「おう、わかった」
俺はそこで拓斗と別れ、図書館へ向かった。
~~~~~~~~~
「ぜんっぜん、わかんねー」
紫式部がにくい。なんでこんなに難解なんだ。居たまふべきなめりってなんだよ、はしたなめわづらわせたまふって動詞どこだよ!!
古語辞書と首っ引きになっていたが、単語が切れる部分がわからないのではお手上げだった。
かといって、職員室まで行って古文の教師に質問するのは何か気恥ずかしい。
「あああ~。だめだ、拓斗に教えてもらお」
俺はすこし早いが、天文部が活動している屋上に足を運んだ。
屋上に出る扉を開けると、目の前の空は夕焼けの名残でうっすらと赤かった。うすくたなびく雲のいと美しかりける、とか言うんだろうな、昔の人なら。
日が沈み行く方角に、きらりと光る星がある。あれが金星だよな。
一生懸命、望遠鏡の準備をしている部員達に、近づいて行く。
「おーい、拓斗」
「あ、もう来たんだ。ちょっと待ってて、すぐ組み立て終わるから」
天文部員はたったの三人。
部長の砧、副部長の三笠、書記の拓斗。三人共に役職がついて立派な部活動だと思う。俺なんかヒラで補欠の野球部員だからな。
「部長さん、なんで今日は天体観測なんですか? お日柄が良いの?」
俺がたずねると、部長はハハハと快活に笑って説明してくれた。
「今年は、この季節から金星が欠けはじめるんだ。だからそれを記録していくんだ。これからしばらくは天体観測が続くよ」
「へえ~」
世の中にはいろんな知らない事があるもんだ。金星も、月みたいに欠けるなんて想像もしたことなかったな。拓斗は毎日、そんなことを研究したり観察したりしてるんだな。
「よし、望遠鏡は完成。一年生から見てもらおうか」
言われて、拓斗はすぐに飛びつき、お尻をふりふり金星を探している。
「あ、あった、ありました!」
「欠けが確認できた?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、君も見てみるといいよ」
部長が俺に向かって手招きする。部員でもないのに優遇されてしまって、恐縮しながら拓斗と場所を変わり、望遠鏡を覗き込む。
「おおおー」
確かに、金星は左側が少し小さくなっている、ように見える。なにしろ金星を見るなんて初めてのことだから、いつもは丸いのかどうか見た事がない。たぶん、真ん丸なんだろうけど。
それから副部長、部長と望遠鏡を覗き、今度はノートを手にして望遠鏡から見える金星の形を模写していく。もう辺りは暗くなっているから、交代でペンライトをノートに当ててやりながら順番を回している。たった三人の天体観測は、あっという間に終わってしまった。
「それじゃあ、どうしようか。良かったら君たち、他の星も見る? 土星の輪が見られるころだけど」
「わあ、いいんですか? ぜひ見たいです」
拓斗はそう言ったが、副部長が
「私はそろそろ帰ります。門限があるので……」
そう言って、その場はお開きになる雰囲気になった。
「あ、そうか。もう暗いもんな。どうしよう、三笠、送っていった方がいいよね」
「だったら先輩、僕たちだけで望遠鏡片付けておきますよ」
「そうか? じゃあ、まかせようかな。よろしくね」
部長は屋上のカギを拓斗に渡して、三笠副部長と階段を下りて行った。
「なあ、あの二人って付き合ってんの?」
「さあ、どうだろう? 仲はすごく良いみたいだよ」
他人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られてしまうらしいが、この辺には馬はいないし、邪魔するわけでもないし、やじ馬するくらい、バチは当たらないだろう。
「それよりどうする? 土星見ておく?」
「おお。せっかくだからな、見ようぜ」
拓斗が望遠鏡を覗きこみ、土星を探してきょろきょろと動かす。やっぱり尻がふりふりと動く。俺は我慢していた笑いが堰を越え「ぶは」と吹きだしてしまった。
「え? なになに、なにが可笑しかったの?」
「いや、お前、望遠鏡動かす時、尻も動いてるぞ」
「え! うそ!」
「いや、ホント。さっき金星を探してる時もふりふりしてた」
拓斗はひゃあーと言って両手で顔をおおった。そのまま校舎の方へ走っていき、壁に尻をこすりつけた。
「おーい、拓斗、どうしたー?」
「僕、もうだめー。恥ずかしくて明日から望遠鏡覗けないー」
まさか拓斗にそんな可愛げがあるとは知らず、俺は驚いて口がぽかんと開いてしまった。なんとかその口を閉じて、拓斗のところへ歩いて行く。
「それなら部長か副部長にやってもらえばいいじゃないか」
「無理だよう、一番したっぱの僕が準備とかしないとおかしいでしょう」
「じゃ、尻ふらなきゃいいだろうが」
「だって、無意識なんだもん」
「俺が見ててやるから、ふらないように気をつけてやってみれば?」
拓斗は俺を尊敬のまなざしで見つめ、その計画を実行することになった。しっかりと足をふんばり、望遠鏡を覗く。望遠鏡を右に左に動かすと、やっぱり尻はすこしだけれど、左に右に揺れた。
俺は拓斗の腰を、両手でがしっと掴む。
「ひゃ! な、なに?」
拓斗が望遠鏡から目を離し俺の方へ首をひねる。
「こうやって押さえてれば動かないだろ。この状態で動き方を覚えたらいいんじゃないか?」
「あ、ああ。そう、じゃ、やってみるよ」
拓斗のふり力に負けないように力を込めて腰を固定する。拓斗のふり力が弱くなってきたころ、望遠鏡はぴたりと定まった。
「はい、土星に焦点があいました。サポートありがとう」
「どういたしまして。これで明日からもいけそう?」
「うん。大丈夫と思うよ。お礼に、先に見せてあげるよ土星」
「え? そう? じゃあ、お言葉に甘えて」
望遠鏡を覗きこむ。そこには確かに土星があった。すごく小さいけれど、輪があるのが見える。俺はかなり感動した。ほんとうに土星には輪があるんだなあ。なんて思っていたら、腰に違和感を感じた。
「拓斗?」
「僕も腰をおさえていてあげるよ。遠慮せずに土星を見ていてよ。さ、どうぞ」
さ、どうぞ、と言われても、必要もないのに腰を掴まれていたら集中できない。しかし、先ほど嫌と言うほど拓斗の腰をおさえていた俺が言うのもどうかと思い、拓斗のことはそのままにして、もう一度望遠鏡を覗く。土星にまんぞくして、それ以外の星も見てみたいな―。と望遠鏡から目を離そうとしたけれど、腰をおさえられて動きがとれない。
「拓斗さん? そろそろ離していただけませんかね」
尻になにか硬いものが押しあてられた。両足のわきには拓斗の足の感触がある。まさか……。
「離さない」
「え、なんで?」
拓斗は答えずに、俺のズボンに手をかけて脱がそうとしてくる。
「ちょ、待てって、待ってって。誰か来るって、こんなとこ!」
「こなければいいんだね」
そう言うと、腰から圧迫感が消えた。起き上がり振り返ると、拓斗は屋上の出入り口まで歩いて行って、カギをかけてしまった。
「おーい、拓斗さーん?」
拓斗はずんずんと近づいてくると、俺の手首をつかんでにっこりと笑う。
「もう一度、腰、触らせて」
ああ、俺はこの笑顔に逆らえない。
手すりに右手をついて、拓斗の方に尻をつきだす。
「こ、こうか?」
「うん。いいかんじ」
なにがいいかんじなのかさっぱりわからないが、俺のポーズに満足したらしい拓斗が俺の腰に手をかける。俺は何をされるのか冷や冷やしながら、しかし、後ろを振り向く勇気もなく、ただ手すりを見つめていた。
ぴたり、と背中一面にあたたかいものが触れる。どうやら、拓斗に抱きしめられたらしい。拓斗の手が俺の腹に回されている。そして俺の尻にはやはり硬いものが押し付けられている。
「た、拓斗さん?」
「ん、なに?」
「あの、尻に当たってるものはなんですかね……」
「知りたい?」
「ああ、尻だけに、知りたい……」
「寒いね。」
そう言うと、拓斗は俺のズボンを今度こそ脱がしにかかった。
「や、やめろって」
「やめない。知りたいって言ったから、教えてあげるよ」
拓斗の手が俺の肌に直に触れる。その熱さに、俺の鼓動が高まる。拓斗はなにも言わず、俺の中に熱いものを突き刺した。
「----っ!!!」
脳天まで突き抜ける衝撃。思わず顎があがる。息が止まる。
声が出ないが痛みはなく、ただ俺のなかがいっぱいに満たされたような感じがした。
拓斗はそのまま動かず、じっと俺の腰を握っている。じょじょに体の中に感じていた違和感はなくなって、楽に呼吸ができるようになってきた。しかし俺はなんだかいたたまれない気持ちになって、口を開いた。
「あの、この状態、どうするの……」
言葉が終わらない間に拓斗が激しく動きだした。
「ああああ!」
内臓が外に引っ張り出されるような、腹の中に熱いものがいっぱい詰まっているような感じがしばらく続き。それから、すぐに俺の中で熱くはじける。めずらしい、拓斗がこんなに早く……。
「……ごめん」
拓斗はそう言うと、俺の中から出て行った。俺は一人置いてきぼりにされた迷子みたいな気持ちになった。
「なんか、最近、拓斗から謝られてばっかりな気がする」
「……うん、ごめん」
拓斗に剥かれた服を直そうとしていた手を、押さえられた。
「もうちょっと、させて」
そういうと、拓斗は俺のものを口に含んだ。
「っあ!」
あたたかくぬめったそこは柔らかく俺を包み込み、舐め上げ、吸われた。
舌がそれに絡みつき、下から上へ舐め上げられる。
「ぁあ、やめろ、たく……と!」
じゅるじゅると唾液を飲み込むその音が、なにか淫靡で、血液がそこに集中するのがわかった。拓斗は前を攻めながら、後ろにも手を回し、揉んでくる。つぷ、と指が体内に差しこまれる。
「んあ、や、だ」
声が掠れる。指がゆるゆると出入りし、拓斗の口がすぼめられる。
「あ、だ、だめだ、はなして!」
俺は絶頂の手前で拓斗の口から抜けだそうとしたが、拓斗は俺を抱き込んで離さない。そのまま強く吸われる。
「っっっ!」
口の中に放出してしまったものを、拓斗はこくりこくりと飲み干した。
「や、拓斗……。なんで」
拓斗は俺の顔を見上げるとにっこりと笑った。
「好きだから」
俺と拓斗はならんで寝そべり、星を見ていた。
「なあ、お前、なんであんなことするの」
「言ったでしょう。好きだから、だよ」
「好きって……。だれを」
「君に決まってるでしょう。なに、それはぐらかそうとしてる?」
「いや、そんなんじゃないんだけど……」
ただ、信じられなかっただけだ。拓斗が俺のことをそういう目で見ていたということが。俺はぜんぜんそんなことに気付けなかった。
「いつから?」
「いつからだろう。覚えている限りずっとだよ。もしかしたら産まれた時からなのかもしれない。ずっと君が好きだった」
そんなこと、じゃあ、分かるはずない。だって、それは俺にとって当たり前の毎日で、俺は空気を吸うみたいに拓斗のそばにいたんだから。
「ねえ、あんなことするの、嫌?」
俺はしばらく考えた。
星が、きれいだった。
俺はこの星たちの名前を知らない。けれど拓斗は知っている。そして俺に教えてくれる。俺は「好き」という気持ちを知らない。だけど、それを、拓斗は俺にくれる。
「いやじゃ……ない」
「ほんと? じゃ、またしてもいい?」
拓斗が体を起こし、にこやかにそう聞いてくる。
そうだ。俺はもちろん、この笑顔に逆らえないわけで。
俺は黙ってうなずいた。
望遠鏡を片付ける拓斗をぼんやりと見ている。てきぱきと装置を解体していく様子は見ていて楽しい。きっとやってる本人も楽しいのだろう。
「あーあ。ちくしょう、うらやましいな」
「んん? なにが?」
片付けの手を止めずに拓斗が聞く。
「お前が。夏休み中好きなことできるだろ、天文部。俺の夏は終わったんだ」
「なに言ってるの。夏休みを謳歌すればいいんじゃない。海に、山に、温泉に。行き放題でしょ」
「そんなん一人で行ったってつまんないだろ」
「なんで一人で行くの?」
「なんでってなんで?」
「一緒に行こうよ」
「え、お前、部活は」
「天文部は日が暮れてからだもん。昼間は遊ぼうよ」
拓斗は笑っていないけど、その言葉に俺は一も二もなく賛成した。その答えを聞いて拓斗はにっこり笑ってくれた。
「じゃ、明日からプランを練ろうよ。最初はどこに行く? 僕はどこでもいいよ」
「やっぱ、夏と言えば海だろ! 海行こうぜ!」
「うん、そうしよう。わあ、今年は夏休み楽しみだなあ」
「そっか、毎年、俺は野球やってたから今までの夏休み、一度も一緒に遊びに行った事ないよな」
「うん! だからすっごくたのしみ!」
そんなに喜んでもらえるなら、たまには怪我もいいかもしれない。
「水着はブーメランタイプにしてね」
俺はそっぽを向いて聞こえないふりをした。
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