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第5話 幼馴染で海岸で

 夏だ!  海だ!  水着だ!!  俺たちの町には二つの海水浴場がある。一つは遠浅で、小さな子どもたちを浅瀬で遊ばせる親子連れが多い。  もう一つは、波が大きくて深いので、サーファーが多い。  サーフィンに興味がない俺と拓斗は、遠浅の方の海水浴場にやってきた。  すると、どうでしょう!  砂浜にはギャルがいっぱいあふれているではありませんか!  俺はぬぼーっと鼻の下をのばしながら海岸線を見渡す。 「わーい、海だねえ。どうする? パラソル借りる?」  そう言った拓斗はでっかい麦わら帽子に長袖シャツという日焼け対策ばっちりな出で立ちだった。 「お前は借りた方が良さそうだな」 「え? 僕はどっちでもいいよ?」 「じゃあ、そのUV対策完全武装はなんなんだよ」 「部分焼けが嫌なだけで、全身焼けるならおっけー」  良く分からない理屈だが、その方が少ない金銭を節約できるので助かる。夏はまだまだ始まったばかりだからな!  更衣室で着替えていると、拓斗がじとーっと俺の方を見ていた。 「な、なんだよ」 「……ビキニじゃない」  そりゃそうだ。誰が夏休みの海で競泳するって言うんだ? ふつうにビーチパンツだとも。そう言う拓斗だって、同じ格好だ。文句を言われる筋合いはない。  砂浜の空いているところにてきとうにシートを敷く。荷物を放り出し、海へ突き進む! ……つもりだったのだが、拓斗に制止された。 「片手だけで泳いだら危ないでしょう。浮き輪持ってきたから使って」  お心遣い、ほんとうに痛み入るが、その浮き輪とは、くまぷーの黄色い可愛らしい奴だった。 「それは、拓斗のお古か?」 「そう。新品じゃなくてごめんね」  いや、そういう問題じゃない。高校生男子としての体面の危機がそこまで迫っていることが問題なんだ。俺は拓斗の気をそらそうと、大きな声を出した。 「いやあ、それにしても熱いなあ! かき氷なんか食べたいよな、拓斗!」 「え、僕は別に……」 「いや、食べよう! 海に来たら、まずはかき氷だ!」 「そう? そんなに言うなら……」  一旦、くまぷーから逃げる事ができた。こんなに暑いのに冷や汗をかいてしまった。  売店に向かうと、ギャルが焼きそばを買っていた。まだ午前十時だというのに焼きそばか……。君たちのその食欲が、見事なS字ラインを作るのだね。  拓斗はギャルの壁をものともせず、売店でかき氷を注文している。  あちらのギャルも二人連れ。俺たちも二人連れ。これはいいのではなかろうか?  いっちょナンパしてみるのはどうだろうか?  男と生まれたからには、一度はナンパを経験してみたいところだが……。  かき氷を二つかかえた拓斗がこちらへ駆けだそうとしたところを、ギャルに捕まっている。どうやら逆ナンらしい。  いいぞ、拓斗、その可愛い顔を存分に活かすんだ!  ……と期待して見ていたが、拓斗は首を横に振ると、俺の方へ戻って来た。ギャルたちがうらみがましい目でこっちを睨んでいる。 「おい、拓斗、お前なんて言って断ったんだよ」 「あ、彼女? 友達とゆっくりしたいからって言っただけだよ」  それはギャル的にはどうなんだろうか? 勇気を出して声をかけたのに。男二人連れなら問題ないじゃないかくらいの文句は出るのではないだろうか。俺なら出す。鼻から文句の洪水だ。 「なんで断るんだよー。夏で海でと言ったら、あとはギャルだろうよー。ぼんきゅぼんを拝もうよー」  情けなく取りすがる俺に、かき氷を押し付けると、拓斗は勢いよく歩き出した。 「おい、拓斗?」  無視だ。しまった。ご機嫌をそこねてしまった。  もしかしたら今回はこじらせるかもしれない。  拓斗は荷物も無視してずんずん歩いて行く。遊泳区域を離れ、岸壁の方へ。  俺はかき氷のカップを口にくわえると、荷物をまとめて右手に抱え、拓斗のあとを追った。  拓斗はもくもくと歩き、岸壁にたどりついた。そして、そのまま岸壁をのぼり始めた。 「おい、拓斗、そっちは遊泳禁止区域だぞー。行ってもなにも楽しくないぞー」  一応、呼びかけてみたが、返事もないし振り返りもしない。そうたいした斜面ではないから片手が使えなくても上れそうだが、如何せん大荷物を足下に置いたままだ。  拓斗の姿が岩の向こうに消え、かき氷を食べつつしばらく待っても、戻ってこない。もしかして、向こう側で海に落ちて上がれないとかじゃないよな……。  心配になった俺は、岸壁を上りだした。すると、ひょっこりと拓斗の頭がのぞき、すごくいい笑顔でヤツは下りてきた。 「ねえ、向こうまで上ってみて! 僕、荷物取ってくるから!」  そう言うと、拓斗は岸壁をすごい速さで下りてくる。登山で鍛えた足は健在らしい。  荷物のことは拓斗にまかせて、俺は岸壁を上る。頂上までつくと 「おおー」  思わず声が漏れた。  そこは小さな入江で、真っ白な砂浜と紺碧の海があった。海水浴場の水よりはるかに澄んでいるのは潮流の関係だろうか? 砂浜にはゴミも漂着していない。 「ね、すごいでしょ。下りよう!」  拓斗はひょいひょいと崖を下っていく。俺も左手をかばいながらそっと下りて行った。  砂浜は日に焼けて熱い。ビーチサンダル越しにその熱を感じる。  拓斗は水際に走っていって、ざぶざぶと水の中に入る。 「すごい! 冷たくて気持ちいい!」  俺も水に飛び込もうとしたが 「浮き輪つかってー」  と拓斗に笑顔で言われ、足が止まる。  まあ、いいか。くまぷーだろうと小さめだろうと、見てるのは拓斗だけだ。  俺は脚からぎゅうぎゅうと浮き輪を上げていき、なんとかウエスト辺りまで持ち上げる事に成功した。腰に浮き輪がぶら下がった高校生男子。なにやらシュールな気がする。  そのまま海へ向かって歩いて行く。深いところまで進むと、浮き輪が俺の体を支えてくれてプカリと水に浮いた。これはなかなか気持ちがいい。 「ねえねえ、僕が引っぱってあげるよ」  拓斗がすいーっと泳いで近づいて来て、浮き輪のはしを掴む。そのまま、すいーと沖の方へ泳いでいく。これはなかなか気持ちがいい。 「うむ。余は満足じゃ」 「僕は満足じゃないよ」  くるりと拓斗の顔がこちらを向く。ああ、怒ってる。 「さきほどのことですよね、すみません」 「本気で謝ってない」 「だって、そりゃそうだろ? 男なら誰だって一度はじょしこーせーとお近づきになりたいじゃないか」 「だったら元香とくっつけばいいだろ」 「なんで今、元香が出てくるんだよ」 「元香だって女子高校生じゃないか」  拓斗は上目づかいで睨んでくる。俺もつい、睨み返してしまう。 「元香と別れたのはお前のせいだ」 「え? なんで僕が……」  拓斗の睨んでいた力がぬけ、きょとんとした顔になる。 「元香に聞かれたんだよ。元香と拓斗とどっちが大切なのかって。俺は答えられなかった。だからふられた」 「そう、なんだ……」  拓斗は浮き輪に掴まってプラ―ンと水に浮かぶ。うつむいてしまって表情が見えない。  俺はなんと言ったらいいかわからず、ただ、ぷかぷかと浮いていた。 「ごめんね、二人、すごく仲良かったのにね」 「俺こそごめん。こんなこと言うつもりじゃなかったんだ。気にしないでくれ」 「気にするよ。もう元香ちゃんと顔合わせられないよ」  たしかにその通りで、でもそうじゃない。 「元香はもう俺のことなんか何とも思ってないよ。だから気にするな」 「……うん」  拓斗はうつむき、無言のまま、浜に向かって泳ぎ出した。俺も黙って浮いたまま運ばれていく。  足がつくところまで来たところで、拓斗は手を離した。俺は歩いて浜へ上がる。拓斗は砂の上に膝を抱えて座ってしまった。こいつ、こうやって座ると妙に小さくなる。それがますます俺の罪悪感を駆り立てる。 「ほんとにゴメン」  俺は居たたまれず、一人で海へ戻って行く。すぐに足がつかない深みにたどりついて、ぷかぷかと浮かんでいる。ずいぶん離れたところに、拓斗がいる。なんで俺たち、こんなに離れているんだろう? 不思議な気がした。  別に毎日毎日べったり一緒にいるわけじゃない。学校でだってクラスは別なのだし、たまに待ち合わせて帰るくらいだ。それなのに、今はすごく寂しい。 「たくとー」  大声で呼ぶと、拓斗が顔を上げた。 「たすけてーおよげないー」  拓斗が笑ったように思う。遠くて表情は見えないけど、きっと笑った。俺が好きなあの笑顔で。  拓斗はすぐに俺の所まで泳いできてくれた。 「助けに来たよ」  にっこり笑う。ああ、この顔だ。俺の緊張はほぐれていく。だけど、拓斗の眉間には小さく皺が寄ったままだ。 「ごめんな」 「もういいよ」 「でも、俺、なんかこのままじゃ嫌だ。なあなあで終わらせたらダメな気がする」 「じゃ、僕の言うこと、一つだけ聞いて?」  よかった。拓斗は本当に嬉しそうに笑ってくれた。 「わかった。なに?」 「浮き輪にしっかり掴まって、何があっても離さないで」 「? うん、わかった」  俺が浮き輪に掴まると、拓斗は俺の後ろに回った。  と思うと、拓斗の手が俺の尻にかけられ、思いきり左右に引っ張られた。 「!?」 「じっとしててね」  そいう言うと、拓斗の指が俺の中に差しこまれた。一緒に海水が入ってきて、ひんやりする。 「ちょっ、なに、こういうこと?」 「こういうこと。ちゃんと掴まってて」  拓斗は俺の中で指をぐりぐりと回す。声が漏れそうになるのを必死でこらえる。いつのまにか二本、三本と指が増えていき、それらはぐりぐりとその場所をえぐる。  俺は右手で口を押さえる。 「こーら。言ったでしょ『浮き輪を掴んで離さないで』って。約束、守ってよね」  俺が右手を浮き輪に戻した瞬間、拓斗は指を俺の奥につきたてる。 「あああ!……っ!」  我慢していた分、大きな声が出てしまった。  拓斗が俺の背中でくすくすと笑う。 「素直に声を出せばいいのに。ここなら誰にも聞こえないよ?」  そう言って、拓斗は俺の中に入って来た。  それは指とは違って、俺の中にぴたりと収まり、海水の浸入をゆるさない。俺の中に入ってくるのは拓斗だけだ。拓斗だけが俺を繋ぎとめている。 「うぁぁ!」  激しく腰を前後に振られる。ざばざばと波が立つ。  拓斗が俺の胸の突起を摘まむ。 「ひぁあ!」  高い声が出てしまう。俺の声じゃないみたいだ。どうして、拓斗、俺が俺じゃなくなる……。  そんなことはお構いなしに拓斗は俺の腰を掴み、はげしく腰を打ち付ける。俺のものが硬く反り返っているのがわかる。前はまったく触れられていないのに、どうして。いつのまに。  拓斗が腰を引き、浅いところを抉るように突きあげる。そこだ、また俺は鳴いてしまう。 「ひぃあ! あぁん!」 「もっと、もっと声を聞かせて。もっと僕を感じて」  拓斗は俺の右足を持ち上げると、右から突き刺すように腰を打ち付けてくる。角度が変わっただけで快感が深くなる。 「あぁ、あぁ、いい、い……」  拓斗が俺の髪を掴み、横を向かせる。重なる唇。強引に割り込む舌。俺は全身の力が抜けてされるがままだ。 「ああ、もうだめだ、いくよ」  拓斗がそう言うと、俺の体の中に熱いものが吹きだす。その刺激で、俺からも同じものが海へと散った。  砂浜にぐったりと横たわる。  浮き輪に掴まって揺さぶられるのは、思ったより体力を削られるものらしい。俺は腕を上げるのも億劫なほど疲れていた。心地よい倦怠感。このまま、まどろんでいたいと思う。 「大丈夫? ちょっとヤリすぎた?」  拓斗が俺の顔を覗きこむ。拓斗の影のおかげで眩しさが遮られ、目を開ける事ができた。 「ん。大丈夫」  そう返事をすると拓斗は黙って俺を抱きしめた。拓斗のひんやりとした肌が気持ちいい。 「ねえ、僕たち、遭難した人みたいだね」 「遭難?」 「そう。船が沈んで、無人島に打ち上げられて、二人っきりで取り残されてるの」 「そうだな。そんな感じだな」  拓斗の腕が俺の背中を撫でてくれる。俺はますますうとうとと眠りに近づいていく。 「ねえ」 「うん?」 「僕と二人だけ、誰も知らないところに二人だけになったらどうする?」 「……うん」  拓斗が何か言っているみたいだったけれど、俺の意識は海の底へ沈んでいった。  目を覚ますと、海が夕陽に赤く染まっていた。 「おはよう」  俺の背中の方から拓斗の声がする。寝返りを打ってそちらを向くと、拓斗はまた膝を抱えて小さくなっていた。 「おはよう」  俺は起き上がると、拓斗の体を抱きしめた。 「え? え? え? ど、どうしたの?」 「夢を見たんだ」 「ゆめ?」 「無人島で二人きりになる夢」 「……どんな風だった?」  俺は拓斗から身を離すと、苦笑いを浮かべた。 「それがさ、今となんにも変わらないの。朝起きて、いっしょになんかして……」  そうだ、一つだけ違うことがあった。 「それから?」 「それから……。一緒に眠るんだ。暖かいところで。柔らかな、毛布みたいなものにくるまって」 「……そうだね、今と変わらないね」  拓斗が寂しそうにうつむくから、俺はまたその体を抱きしめた。 「一緒に山に行こうね」 「ああ」 「一緒に温泉も行こうね」 「ああ」 「ずっと……ずっと一緒にいようね」 「……ああ」  俺は、いつまでも拓斗を抱きしめていた。

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