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第6話 幼馴染で花火大会

「あんたたちヒマなら、お使い行って来て~」  拓斗の部屋のドアが開き、ほろ酔いの美夜子さんが入って来た。  俺たちは確かにヒマで、俺は寝そべって漫画を読んでいるし、拓斗はパソコンでなにやらゲームをしていた。  さっき通って来た台所で、美夜子さんは昼間っからビールを飲んでいた。まあ、昼間か夜かは看護師の美夜子さんにはあまり関係ないのかもしれない。夜勤明けだと朝帰りなのだから。 「今日、花火大会でしょ。イカ焼き買って来て」 「イカ焼き? まだ昼だぜ、美夜子さん」 「気の早いテキ屋がどっかで開店してるって。探して見つけて買って来て」  なんだかどこかの売れない演歌歌手が歌いそうなフレーズで、美夜子さんが俺たちに命令を下す。ぽーいと小銭入れを投げ渡された。 「おつりで好きなもの買っていいから~」  そう言うと美夜子さんは愛しいビールのもとへ、そそくさと帰って行った。 「美夜子さんは相変わらずゴーイングマイウェイだな」 「うん、そうだね。じゃ、行って来ようか」 「おう」  花火大会が行われるのは近所にある公園だ。公園、と言ってももちろん児童公園ではなく、一周7kmのジョギングコースと大きな池がある、ちょっとしたレジャー施設だ。貸しボートやレストランもある。ここの花火大会は毎年恒例で近隣の町村からも人が来て、ほんとうにお祭り騒ぎと言った様相になる。  公園に足を踏み入れると、そこかしこにすでに場所取りのブルーシートが敷かれている。その先発組目当てだろうか、美夜子さんの言う通り、商売を始めている屋台が何軒もあった。 「あ、綿菓子だ。買う―」  拓斗は美夜子さんの小銭入れから五百円玉を出している。 「なあ、綿菓子っていくらくらいなんだ?」 「え、わかんない。300円くらい?」 「それって安くないか? くじ引き一回分だろ?」 「そっか。じゃ、とりあえず値段聞いてくる」  拓斗はてててて、と小走りで綿菓子屋に行くと、しょんぼりと肩を落としてのろのろと帰って来た。 「いくらだった?」 「千円だって」 「たかっ!」 「うん。さすがに高いよね。やめとくよ」  そのあとも、金魚すくい500円、射的800円、たこやき500円などという暴利な店ばかりが続く。 「俺たちの子供の頃と200円はちがうな」 「物価が高騰してるね。不景気だからかな?」  などと景気の悪い話をしながら公園を半周したが、イカ焼き屋台は見つからない。たこ焼き屋台ならいっぱいあったのだが。 「もしかして、イカ焼きは絶滅してしまったのかな」 「いや、そんな恐竜みたいに言われてもな。どこかにはあるさ。一周してみようぜ」  ジョギングコースの両脇にずらりと屋台が並んでいるので普段より道が狭い。そこを気の早い花火見物客がぞろぞろ歩いているもんだから、さらに狭い。気をつけていないと人とぶつかってしまうくらいには混んでいる。  と思った早々、きょろきょろしていた拓斗が浴衣の女性にぶつかった。 「わ、すみません! ……あれ」 「あ、拓斗くん」 「あれ、元香、どうしたんだ」  拓斗がぶつかったのは元香だった。浴衣姿で一瞬、誰だかわからなかったのだが。 「ラブラブカップルはデートですかあ?」  元香がにやにやしながら聞いてくる。 「カップルじゃねーし。元香は何してんだよ。花火はまだ9時間も先だぞ」 「わかってるわよう。場所取りにきたの。橋詰たちと一緒するから、一番近い私が来たの」  元香の家はここから徒歩10分ほど。中学生の時は「ダイエット!」と意気込んで公園を走っていたらしい。……三日間だけ。 「ね、それより、どうどう? 浴衣姿」  元香が袖をつまんでくーるりと回って見せる。 「お、おー。似合ってる、似合ってる。かわいいぞ」  にぱあ、と元香が笑う。 「ありがと。んじゃ、私行くね。らぶらぶのお邪魔してすみませんね、拓斗くん」 「いや、べつに」  拓斗は澄ました顔でそっぽを向く。元香が俺の耳元でこっそりささやいた。 「ご機嫌ななめですなあ。あとフォローたいへんだね」  にやりと笑って手を振って、元香は人波の向こうへ消えた。 「んじゃ、拓斗、俺たちも行こうか……って、なに怒ってるんだよ」  拓斗は斜め下の地面を見つめ、眉をひそめていた。 「べつに」 「べつにじゃないだろ。思いっきり不機嫌じゃないか」  拓斗はキッと俺を睨む。俺はたじたじと後ずさる。 「『似合う』って言うのはわかるけど、なんで『かわいい』って言ったの?」  おいおい、怒るポイントはそんなとこかよ、と俺は内心でツッコミを入れる。 「いや、女子はよろこぶだろ?可愛いって言ったら」 「なんで元香ちゃんを喜ばせたいのさ」 「べつによろこばせたいってわけじゃ……って、おーい」  拓斗は俺の言葉を聞かず、ずんずん歩いて行く。俺はため息をつく。と、後ろから声をかけられた。 「よ、何してんの?」  振り返ると橋詰がそこに立っていた。 「え? なんでお前いるの?」 「なんでって、花火大会の場所取りだよ」 「それなら元香がやってるだろ?」 「なんでそんな事知ってるんだよ。あ、さてはお前、元香ちゃんとヨリ戻したのか!?」  橋詰がすごい剣幕で俺につめよる。 「いや、さっきここで会ったんだよ」 「なんだ、そうか。そういや、お前は何してるんだ? 一人か」 「俺はちょっとおつかいに。なあ、イカ焼き屋台、どこかで見なかったか?」 「おー。それならレストランの辺りにあったぜ」  そう言って橋詰は拓斗が去って行った方角を示した。そこまで行けば拓斗と合流できるだろう。  俺は橋詰と別れてぶらぶらと歩き出した。  金魚すくい、玉こんにゃく、フランクフルト、型抜き、色んな屋台があるが、やはり昼間ではあまり客が入っていないようだ。値引き交渉したらイケるかも知れない。フライドポテトの屋台でやってみようかと思ったが、あまりにも強面の店主だったので、遠慮しておいた。  イカ焼き屋台が見つかる前に、拓斗を見つけた。何やら両手にたくさん袋をぶら下げて、何か食べながら歩いている。後ろから忍びよって、 「わ!」  大声を出したのだが、拓斗はしらーっとした顔で振り返っただけだった。  イチゴシロップのかき氷を食べていて、唇が真っ赤だ。白い肌と相まって、女の子みたいに見える。……俺より背が高いけどな。 「なにか用?」 「いやいやいやいや。俺たち一緒におつかいに来たんだろー? 一緒にイカ焼き屋を見つけようよ」  拓斗は黙って前方を指差す。 「あ」  すぐそこにイカ焼き屋はあった。  俺がイカ焼きを買っている間に、拓斗はりんご飴と人形焼きと今川焼を買っていた。 「なあ、両手に持ってる袋、何が入ってんの?」  拓斗はがさがさ、と袋を持ち上げてみせる。 「芋スティックとニッキ玉とタイ焼き」 「甘いものばっか。女子か?」 「残念ながら女子じゃありません。浴衣を着てもかわいくありません。性格だってひねくれてます」  俺は苦笑いして拓斗の頭を撫でた。 「お前はかわいいよ、性格も」  拓斗はきらきらした目で俺を見つめる。 「ほんと?」 「ほんと、ほんと」 「そっかあ」  まったくゲンキンなもので、拓斗の機嫌は急上昇。ふわふわと雲の上を歩くような足取りになった。 「あ、これ半分持って」  拓斗が右手に持っている袋を俺に渡す。タイ焼きだ。 「うふふふふふー」  妙な笑い方をして、拓斗が俺の左手をそっと握る。 「え、ちょ、なにしてるの!」  拓斗はきょとんとする。 「手をつないだんだけど?」 「あの、男同士で往来で手をつなぐのはいかがなものでしょうか」  俺は小声で、辺りを見回してみたが、道行く人はだれも俺たちのことなど気にも留めない。そうか、世の中そんなものか。うん。 「よし、わかった。手をつないで行こう」 「やった」  俺たちはそのままぶらぶらと屋台を覗きながら歩き続けた。さすがにまだ浴衣を着ている人は少ないが、それでも充分、お祭り気分は味わえる。 「なんか、お祭りって『夏!』って感じでいいな」 「そうだねえ。あ、そうか野球部だと花火大会なんて来られないんだね」 「そうなあ。初戦で負ければ来られるけどなあ」 「今年はどうだろうね、甲子園行けるかな?」 「無理じゃないか? 俺と言う有望選手を失ったんだから」 「ははははは」 「なんだよ、その乾いた笑いは!!」  なんてことない会話が楽しい。拓斗と繋がってる左手から言葉じゃない何かが伝わってきているみたいで心が温かくなっていく気がした。いつまでもこうやって歩き続けていたいと思った。 「よ、仲良し夫婦!」  また後ろから声をかけられた。橋詰だ。どうやら俺たちは公園を一周して戻ってきていたらしい。 「夫婦じゃないし」  いいながら振り返る。橋詰は両手にタコ焼きを抱えていた。 「二皿いっぺんに食べるのか? タコ焼き」 「ちっげーよ! 一個は元香ちゃんのだよ」 「ああ、そう」  橋詰は横を向いて、なんだこら、とかよゆうぶっこきやがってとか小声で呟いているのが薄っすらと聞こえる。 「まあ、いいや。元香ちゃんには俺がついてるから、お前らは安心して祭りを楽しめ。じゃな!」  タコ焼きをもった左手を上げニヒルに挨拶して橋詰は去って行った。 「……帰るか」 「そうだね」  手をつないだまま、俺たちは帰路についた。  帰りつくと、美夜子さんは食卓につっぷして眠っていた。 「あーあー。なんで3リットルもビールを飲むのかなあ。酔い潰れるに決まってるのに」 「まあ、いいんじゃないか? 楽しみは人それぞれだろ」 「そうだけどね。もう、ほんとに。部屋に運ぶから、ドア開けてくれる?」  そう言うと拓斗は美夜子さんをヒョイとお姫様だっこしてすたすたと歩く。俺は度肝を抜かれて一瞬、動きが止まった。 「どうかした?」 「いや、べつに……」  あわてて台所のド引き戸を開け、美夜子さんの部屋のドアも広く開ける。拓斗は美夜子さんをベッドの上にそうっと寝かせると、お腹の上に布団をかけてやった。  口元に人差し指を立て、足音を忍ばせて部屋から出てくる。俺たちはひっそりと拓斗の部屋に引っ込んだ。 「しかし、お前すごいな、お姫様だっことかできるんだ」 「うん。美夜子さん、軽いもん」  軽いと言ったって大人の女性なのだ。少なくとも40キロはあるだろう。しかも眠ってしまってぐにゃぐにゃの体を支えようと思ったら力はもっといるだろう。  もしかして、拓斗はすごく男らしいやつなんじゃないか、俺の認識は間違っているのではないかという気がしてきた。  俺の知っている拓斗は泣き虫で運動音痴でよわっちい奴だ。確かに小学校までの拓斗は、そうだった。けれどその後、俺は野球部に入り一緒に遊べる時間が減り、クラスも離れ、互いの友達も変わった。その間に拓斗は親父さんに連れられて毎週末ごとに登山をしていた。その時に体が鍛えられたのだろうか? 「たぶん、出来ると思うよ、お姫様だっこ」 「え?」  拓斗は俺の背中と膝下に手を添えて、ひょいと抱え上げた。 「うわ!」  突然の浮遊感に驚いて、俺は拓斗にしがみついた。拓斗は俺の頬に唇を落とす。 「僕のお姫様。その唇に触れる許可を、僕にください」 「……いつも好き勝手にしてるじゃないか」  そう言うと、拓斗は唇を重ねてきた。舌でそっと唇をなぞる。  そのまま俺は拓斗のベッドに寝かされた。俺のシャツを脱がそうとする拓斗を制止する。 「おい、美夜子さんがいるんだぞ」 「だいじょうぶだよ。酔い潰れたら朝まで起きないもん」  そうは言ったが、拓斗は手を止め、小首をかしげて考え込む。 「うーん。でもそうだね。万一のこと考えて、ちょいエロにしてみようか」 「ちょいエロ? なんだそれ」 「こういうの」  拓斗は俺のシャツの裾をちょい、と上げ、パンツをちょい、と下げた。腹とヘソが丸出しになる。 「……これのどこがエロイの」 「あれ、わかんない? じゃ、僕もやってみようか?」  そう言って拓斗は左手で自分のTシャツを上げ、右手でジーンズを下ろし、ヘソ見せスタイルにした。白いすべすべの肌、見えそうで見えないギリギリ感。なるほど、エロい。 「わかった。エロいな」 「でしょ?」  嬉しそうに笑った拓斗は俺にまたがり、シャツを首までぐいっと上げた。 「おい! ちょい、はどこ行ったんだ!?」 「大丈夫だよ、上半身くらい。エアコンない頃はほとんど裸で遊んでたじゃない」  それは幼稚園児の頃の話だ。あの頃なら美夜子さんと一緒に風呂にも入れた。しかし今はそうはいかないと思うのだが。 「う……ん」  拓斗が俺の胸を舐める。舌先だけで軽く触れるように。触れるか触れないかのその感覚が、くすぐったいと気持ちいいの間くらいでもどかしい。突起の上も、その感じで通過する。 「……うっ」  びりっと電気が走ったように快感が駆け抜ける。もっと刺激が欲しくて、もっと強くしてほしくて、俺の腰が一人でに動く。 「もう欲しいの? しかたないなあ」  拓斗が嬉しそうに微笑んで、俺の腰にまたがる。俺の脇腹を挟むように左右に手を置き、腰を前後に動かす。 「っああ!」  高い声が出て、俺は慌てて口をふさいだ。硬い服越しの感触は手を触れられないもどかしさと、布で擦れる力強さを兼ね備えていて、俺は一気に高められていく。  拓斗はにっこり笑ったまま腰を振る。 「ね、腕どけて」  俺は口を押さえたまま首を横に振る。 「キスできないじゃない」  言われてそっと腕をはずすと、拓斗は一層はげしく腰を擦りつけた。 「ひぁあ!」 「ふふふふふ、ごめん」  拓斗の唇が俺の口をふさぐ。そのまま拓斗は俺が果てるまでキスし続けた。俺は拓斗の唾液を飲み込みながら、それを甘いと感じていた。  俺が果てても、拓斗は俺を抱きしめて離さない。それ以上なにをするわけでもないのだが、ベッドの上で抱き合っている。俺の額に拓斗の唇があたっている。まるでキスをされているみたいに。先ほどの甘い感触を思い出し、俺は頭をのけぞらせて拓斗の唇を舐めた。 「!!」  拓斗が声にならない声をあげた。 「どうした?」 「……君からキスしてくれたの……、初めてだから」  声が震えている。目に涙が溜まっていく。ああ、泣くなよ拓斗。俺はお前の笑顔が好きなんだ。  拓斗に口づける。何度も。何度も。  こんなことで笑顔になってくれるなら、俺はいくらでもキスしてやる。手も繋ごう。だから、笑っていて欲しい。  いつまでも。 「ちょおっとおお。あたしのイカ焼きはああ?」  廊下から美夜子さんの唸るような声が聞こえ、俺たちは飛び起きる。拓斗が走って行ってドアを開けた。 「み、美夜子さん! イカ焼きは食卓の上! あ、タイ焼きもあるから食べてよ!」 「あーい」  拓斗の後ろから顔を出すと、美夜子さんはふらふらと台所に入っていくところだった。  俺たちは無言でドアを閉めるとヒソヒソ声で話し合った。 「いつから起きてたと思う?」 「今……だといいな、と思う」 「美夜子さんて、酒豪だけど、ザル?」 「いや、そこまではないと思うよ、すぐ寝ちゃうし……」 ………結論は出ないまま、俺たちはいつまでも立ち尽くした。

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