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第7話
「日帰り家族風呂、一日貸切1000円だって!」
拓斗から電話がかかって来たと思ったら『もしもし』もなしに叫び声がやって来た。俺は携帯を耳から離し、返事をする。
「それはそんなに興奮するほど安いのか?」
「安いよお。だって普通の日帰り温泉って、一人千円近くするんだよ、一人五百円は大安売りだよ!」
なんだか主婦のようなテンションでよろこんでいるが、それも仕方ない。拓斗は美夜子さんと二人暮らしだけど、美夜子さんの仕事の都合上、拓斗が家事を受け持つことが多い。料理、洗濯、掃除と拓斗なら優秀な主夫になれること請け合いだ。しかも金銭感覚にも優れているらしい。
「じゃ、行こうか。いつ行く?」
「今日はどう!?」
「え、あ、うん。大丈夫」
「じゃ、駅で!」
それだけまくしたてると拓斗はさっさと通話を切った。
なんだか今日のあいつのテンションはおかしい。何かいいことでもあったのだろうか。いや、なにか変ったことがあれば一番に俺に電話が来るんだし、それほど温泉がリーズナブルだったのが嬉しいのだろう。
そうと決まれば風呂の準備をしなければ。俺は腰を上げた。
「駅で」と言うと、俺たちの待ち合わせ場所は駅前の不動産屋の窓の前だ。時間を決めないのは、お互いの準備時間と歩く速さなんかが昔からの経験でわかっているから。
俺が待ち合わせ場所について不動産情報を見て1LDKの家賃が7万円か高いな……。と思ったところに拓斗がやって来た。
「お待たせ!」
「待ってないけど……。なんだ、その大荷物は?」
「え、大荷物ってほどじゃないけど……カバン一つだし」
確かにカバン一つだけれど、それは通学カバンなんて言う可愛げのあるものではなく、修学旅行へ行って来ます、くらいの大きさだった。女子か、お前は! と心の中でツッコんでみる。
「まあ、いいや。んで、どこまで行くの」
「港のショッピングモール。あそこに新しく出来たんだって!」
「じゃ、バスだな」
海と山に囲まれたこの町には電車の線は一本しか走っていない。山に沿うように東西を貫いている。なので海の方へ行くにはバスを使うことになる。というより、町のどこに行くにも大体はバス移動だ。そして全てのバスの起点はこの駅になる。
出かける時、山側に住んでいる人たちは駅に、海側に住んでいる人たちは港に行くことが多い。今回はその起点から終着点まで行くことになったわけだ。
「温泉代は安いけど、バス代が高くなるな」
「もう、そんな主婦みたいな事言わないでよ」
バスを待つ間に漏らした一言を拓斗に笑われたが、先に主婦みたいなことを言い出したのはお前だ。けれどバス代込みで千円ちょっとと言うのは、一日がかりのレジャーとしてはかなりお安いのではないだろうか。カラオケやらボウリングやらに行けばもっと金額がかさむ。
そう言えば、俺は拓斗とそう言った遊びをしたことがない。いつもどちらかの家でだらだら過ごすだけだ。
「なあ、カラオケとか行ったりする?」
「あんまり行かないけど、どうして?」
「いや、一緒に行った事ないなあと思って」
「あ、じゃあ、今度一緒に行こうよ! 僕は美夜子さんとしか言った事ないから新しい歌って全然知らないんだけど」
「俺も一昔前の歌しか知らないなー」
「じゃ、ちょうどいいかも」
本当に今年は夏を満喫できそうだ。などと思っているうちにバスはやって来た。
電車が東西を貫くように、俺たちが乗ったバスは南北をまっすぐ走りぬける。町の中央通りであるこの道沿いには、新しい店が多く並ぶ。まあ、新しいと言っても「○○洋品店」とか「××毛糸店」とかでなく「ノースポイント」とか「WENDY」とかいう店が並んでいるだけで、店ができてから20年なんてのはザラだ。
それでも若い女性向けの洋服店はたくさんある。が、男性用のショップはポツン………ポツン……と言った感じで、俺たちはオシャレとは遠いところに存在している。本気でオシャレに手を染めているやつなら、電車に乗って隣の市まで行くか、通信販売を使っているようだ。俺はジャージとジーンズとシャツがあればそれでいい派だ。
バスは40分かけて港についた。
この港は国際線ターミナルで海外の船が寄港する。たまに超豪華客船みたいなのが停泊していて、そういう日は港見物に行く人がたくさんいるらしい。客船の人は下りて来て、この町はすごく栄えていると思うことだろう。平時の閑散とした港を見せてあげたいところだ。
その観光客相手のショッピングモールだから、高級免税店が中心になっていて、それ以外だとマッサージ店やフードコート、ロッカールームくらいが町の人が使う施設になるだろう。つまり、地元の人はほとんど来ないということだ。
そこに温泉施設ができたというのは集客効果を狙ってのことだろうが、俺たちが受付についた時には20室ある貸切風呂のうち15室しか客が入っていなかった。開店直後だということを考慮しても、はたして多いのか少ないのか。
「では、19番、紅葉の湯でございますね。どうぞごゆっくりおくつろぎください」
受け付けは拓斗にまかせたのだが、館内図と首っ引きであれでもない、これでもないと迷いに迷った紅葉の湯は、広々とした脱衣所と、洗い場も浴槽も広い、多分大家族向けの仕様になっていた。
「なあ、この部屋でも千円なのか?」
「そうだよ。開館記念で全室千円なんだって! お得でしょ?」
やはりバーゲン品をゲットしたようなセリフに、思わず口元がほころぶ。
拓斗はさっそく持ってきた荷物をいそいそと取り出している。
「なんだそれ?」
「お風呂用マッサージマットでーす! 今日は僕が頭からつま先まで洗ってあげるね!」
「いや、いいよ。自分で洗えるし」
「だって左手使えないじゃない。いつもはどうやってるの?」
「右手だけでなんとかしてるよ」
「たぶん、それ、なんとかなってないよ。左わき腹とか洗えてないし、頭の左側だって適当にしか洗えてない!」
断言されると自信を持って『できてる!』とは言いにくい。
「そ、それじゃあお願いします」
「うん! まかせてよ!」
それからも拓斗のカバンからは色んなものが出てきた。シャンプー、リンス、バスタオル、フェイスタオル、ペットボトルの水、ヘアブラシ、ドライヤー。そんなものここにもあるだろ? と言うと性能が違う! と怒られた。
そして最後に出てきたのは
「アヒル隊長!」
「へへへー。なつかしいでしょ」
俺たちのアヒル隊長。
拓斗の家で風呂に入らせてもらうとアヒル隊長で遊ぶことができた。それもあって、俺はしょっちゅう拓斗の家に泊まった。あの頃は拓斗の親父さんも生きていて、三人で風呂に入ったんだ……。
「じゃ、隊長は先に湯船に入っててね~」
拓斗はわざわざ浴室にアヒル隊長を連れていく。俺は先に服を脱いでタオルを腰に巻く。
「あ、ずるい! 待ってよ、一緒に入ろうよ!」
何がずるいんだか分からないが待っていてやる。拓斗の風呂用品のうち片手で持てそうなものは抱えておく。
「お待たせ! 行こう」
両手いっぱいに荷物を抱え、拓斗は意気揚々と風呂に突進した。
なにはともあれ、かかり湯をしてお湯につかる。
「づあ~」
「ふい~」
なんで人はお湯につかると気が抜けた声を出してしまうんだろう。DNAになにか刻み込まれているのだろうか。
「いい湯だな~」
「ねえ、ちょっとしょっぱいね」
お湯を手にすくって舐めてみると、本当だ。しょっぱい味がする。
「海の近くだから海水が混ざってるのかな」
「体が浮くかもよ」
そういうと拓斗はうつ伏せにドザエモンのように浮いてみせた。俺はアヒル隊長を尻の上に乗せてやった。拓斗はお湯から顔を出すと
「アヒル隊長をそう言うことに使わないで!」
と怒っていたが、そういうことってどういうことだよ?
じゅうぶん温まり、というか、のぼせる直前になってお湯からあがる。拓斗がいそいそと洗い場にマットを敷く。
「はい、どうぞ。座って、座って。頭から洗おう」
「拓斗は頭から派? 俺は体から」
「だって、先に頭洗っておかないと、せっかくきれいにした体にまた汚れがついちゃうでしょ」
そう言われたらそうかもしれないと思う。ので、言われたとおりマットの上に座る。
「では、シャンプーから始めますね、お客様」
拓斗がノリノリでシャワーで俺の髪を濡らし始めた。シャンプーをつけてカシャカシャと揉み洗われる。人に頭を洗ってもらうって、こんなに気持ちが良かったのか。それとも拓斗がうまいのか? どちらにしろ、俺はうっとりと眼をつぶって、シャンプーを堪能した。お湯でシャンプーを流してもらうのも、リンスしてもらうのも、同じように素晴らしかった。
「じゃ、次、体ね。うつぶせになってね」
マットにうつ伏せになると、またシャワーで肌を流された。
「じゃ、始めまーす」
石鹸を泡立てていた拓斗が宣言して、俺の肩に両手が置かれた。手洗いかよ……。と、うろんげに思っていたが、これもまたびっくり、人の手で洗われるのはとても気持ちがいい。柔らかくすべすべと滑っていく手、しかも適度な圧力でマッサージされているような。至福と言えた。
拓斗の手は肩から腕へ、背中へ、尻へと下りてきて、尻……尻……尻……から……
「もしもーし、拓斗さーん、俺の尻はそんなに汚れてますか?」
「あ、ごめん、ついつい、力が入っちゃった」
てへ、などと笑いながら足へと下りていく。
一番驚いたのが、足の裏と足の指の間だった。そんなところ触られたらくすぐったくてしょうがないと思っていたのだが、実際に洗ってもらうと、疲れがすうっと溶けていくような感じがした。足つぼマッサージが流行ったのはこの感覚のせいかもしれない。
シャワーで背面の泡を流される。
「はい、次は仰向けね」
俺はすっかりリラックスして何やら肩や腕の張りもよくなったようで、全身の力が抜けた状態で寝転がった。
拓斗はまた石鹸を泡立て、肩から下へと洗って行ってくれる。やはり、胸の一点やヘソなどで長期滞在していたけれど、ひとこと言うとすぐ次にうつった。なんだか今日は本当にリラックスできる。
下半身で、また滞在時間が長いだろうと思っていたそこは、おどろくほどあっさりと通過して、拍子抜けしてしまった。そのかわりというか、膝のあたりや爪先を念入りに洗われた。
「なあ、やっぱり洗えてないところあったか?」
「うん。そうだね」
「どこがまずかった?」
「ここ」
そう言って拓斗が握ったのは、例の長期滞在をまぬがれていた場所で。
「そこはさすがに片手でも洗えてるだろう」
「ええ? そうかなあ。ここもちゃんと洗ってる?」
拓斗の手は裏側のスジを辿りながら足の間までをなぞる。
「うっ……。ちょ、やめ」
起き上がろうとしたが、力が入らない。
「えへへへ。力が抜けるツボ。美夜子さんに教わったんだ―」
美夜子さーん! あなた息子に、なに危険なことおしえてるんですか!
そんな心の叫びは誰にも通じず、マッサージはどんどんエスカレートしていく。
「あ……、はん、あぁ…ん」
「お客さーん、あんまり声出しちゃうと、周りの部屋に聞こえちゃうかも~」
俺はがばっと腕で口をふさいだ。
「ふふふ、こことか凝ってますねえ」
拓斗が二つのものを揉みしだく。ころころと手の中で転がされ、引き延ばされ、気持ちいいけれど、苦しい。もっと……触って欲しくなる。
でも拓斗はいつまでも同じところを揉み続ける。
「た、たくと……、もう、そこ……」
「え~? お客さん、なにかおっしゃいました~?」
にやにやと俺を見下ろす拓斗。俺はなにも言えず、横を向く。
と、拓斗の手がいきなり前へうつり、きゅっと俺を握り込んだ。
「はぅん!」
慌てて手の平で口をふさぐ。
拓斗はぬるぬると全体を何往復かすると、先端の小さな穴に泡を塗りこめようとする。
「!!!」
しみるような、でも身もだえしそうな感覚に、叫びそうになる。俺の反応を見て拓斗は同じところを執拗に攻める。石鹸のぬめりが新しい興奮を呼びさまし続ける。
「も、もう……ひぁ……たくと」
「そう? じゃあ流しますね~」
拓斗はシャワーを手に俺の泡を流していく。もう、触れてほしいそこには触れてくれない。俺の欲しいものをくれない。
俺はただ、ぐったりと力が抜けた体を横たえている事しかできない。
「あ、まだ起きられないよね。浴槽まで運んであげるね」
拓斗はそう言って、俺を抱き上げたままアヒル隊長が浮かぶ浴槽に浸る。
俺は放っておかれたそこが切なくて、とうとう涙をこぼしてしまった。
「あれ、どうして泣いてるの?」
拓斗は相変わらずにやにやと獰猛な笑いを浮かべている。
「たくと、おねがい……。して」
拓斗の表情がゆっくりとかわる。ああ、その笑顔、俺、見たかったんだ。
俺の唇にちゅっとキスを落とすと、俺の体を持ち上げ、胡坐を組んだ拓斗の上にそっと下ろす。
ゆるゆると俺の中に入ってくる。俺はだんだん拓斗に近づいて行く。
とうとう、全部はいってしまった。
「ぁあ……」
欲しかったものを手に入れて、俺の口から安堵の息が漏れる。拓斗は俺をぎゅっと抱きしめてキスをする。なんども、なんども、ついばむようなかるいキス。なぜか、うれしい。小さなころに戻ったみたいで。俺の胸と拓斗の胸が合わさって、鼓動が一つになるみたいだ。このまま溶けてお湯の中で、一つの生き物になれたら、それはとても幸せなことだろう。
拓斗が俺の体を持ち上げて、下ろす。持ち上げて、下ろす。そのたび、中が擦れてたまらない声が上がる。
「あん、あん、ふぁん、うん……」
小刻みに、軽い波がさざめく。
俺の体を支えている拓斗の手。俺はこの手になら、俺の全てをまかせられる。俺はどこまでも自由になれる。
拓斗はもう一度俺を抱きしめると、今度は自分が動き出した。下から突き上げられる。二人の体にはさまれた、そこが、拓斗と触れ合って、擦れて。
「あ! あ! あ! もう、だめ、たくと!」
「ああ。いいよ。いこう」
いくよ。お前となら。どこまででも。
脱衣所にも、俺は拓斗に運ばれていき、体も髪も拭いてもらい、ドライヤーもかけてもらい、水も飲ませてもらった。
壁に体をもたせかけて、ぼーっとしている。なんだか夢を見ていたみたいだ。
「なあ、拓斗」
ドライヤーをかけている拓斗に話しかけるが、どうやら俺の声は聞こえていないらしい。
「夢みたいだったんだ。さっきのあれ……」
カチ、と音がしてドライヤーが止まった。拓斗が笑顔で振り返る。
「ほんとに? だったらまた来ようね!」
「聞こえてたんじゃないかよ!」
でも拓斗。ほんとに夢みたいに幸せなんだ。今も。
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