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第12話

「こんにちはー」 「いらっしゃ~い」  拓斗の家の玄関をくぐると、台所から美夜子さんの声が出迎えてくれた。  台所の引き戸は開けっぱなしになっていて、覗きこむと美夜子さんがビールを飲んでいた。  真昼間なのだが、夜勤明けなのだろう。食卓の上には500ml缶が2本空になっていて、美夜子さんは3本目らしい缶を傾けている。つまみは食卓上のどこにも見当たらない。  美夜子さんは酒豪だ。ふだん家で飲む時はビール(といっても第3のビールと言うやつらしいが)を3リットルは飲む。  昔はワインを飲んでいたという話だが、費用対効果を考えて第3のビールにしたらしい。  美夜子さんはほとんどつまみを食べないようだ。たまにミックスナッツが食卓に上っているが、つまんでいるところを目撃したことはない。    何度か、うちの家族と美夜子さんと拓斗で花見に行ったことがある。うちの母親もけっこう飲む方で、俺ら子どもたちは大量のビールを運ばされた。  母親二人は飲み方も似ていて、ほとんどつまみなしで浴びるようにビールを喉に流し込む。そうして酔うと陽気になり、声がでかくなり、子供たちに絡むようになる。  正直、うっとうしい。  まあ、そうなるのはビール3リットル消費後なので、今日の美夜子さんの飲酒量は安全圏と言えた。 「美夜子さん、拓斗は?」 「買い出しに行ったわよ~。あたしのビールをね~」 「まだ飲むんですか……」 「まだまだ飲みます!」  美夜子さんはガッツポーズをしてみせる。 「はあ。じゃ、ごゆっくり」 「ありがとう!」  答えて美夜子さんはぶんぶんと手を振る。もうかなり陽気になってきているようだった。珍しく酒の回りが早いのかもしれない。疲れているのだろうか?  俺は被害に遭わないうちに、拓斗の部屋に逃げ込んだ。  今日も、夏休みの宿題だ。  先日の宿題大会で俺だけ時間が足りなくなり(拓斗にいじられていたせいで)、なあなあで終わってしまっていたので、改めて教えてもらいに来たのだ。決して写しに来たわけではない。  拓斗の部屋で待つと言っても、拓斗の部屋に面白いものは何もない。漫画も小説もテレビもない。本は図書館で読む主義らしいし、テレビは好きじゃないと言う。かろうじてパソコンはあるが、持ち主がいないのに勝手に起動するわけにもいかないだろう。エロ本を隠している様子もみあたらない。  俺は、まじめに宿題を広げて時間をつぶすことにした。  三十分待っても拓斗は帰ってこない。いったいどこまで買いに行っているのだろうか。ついでの用事でもすませているのか。  俺は手持無沙汰に、台所に立った。 「お、どうしたの、青少年。一緒に飲むかい?」  美夜子さんが5本目のビールの缶を振って見せる。 「青少年に酒を飲ませるのはまずくないですか?」 「うん! 責任はとらない!」 「責任とらないなら、誘わないで下さいよ」 「なんだってー! 誘って欲しいだってー!?」  美夜子さんが両手で自分の頬を押し寄せてムンクの叫びのような顔になる。 「いや、さそわないでって……」 「よし! では誘おう」  そう言うと、着ているサマーセーターの襟口から肩を出し、ウィンクしてみせる。 「……。えっと、俺はどうすればいいんですかね」 「グラッときてよ、グラッと!!」 「はあ。グラッと……」  やはり今日は疲れているのだろう。すでに絡みが始まってしまった。  この状態で放っておいて去ろうとすると、激怒するか泣きだすかで少々やっかいだ。面倒くさくても相手をしている方が平和に時を過ごすことができる。  とりあえず、俺は食卓の椅子を引き、美夜子さんの前に座ってみた。 「美夜子さん、セーター伸びちゃいますよ、そんなに引っぱったら」 「うっふーん」 「聞いてないですよね」 「あっはーん」  美夜子さんはぐにゃぐにゃと体をよじって悩殺ポーズをとっている。俺の反応はお構いなしで、すでに一人遊びの範疇に入ってしまっている。  俺はそっと椅子から立つと、空き缶をシンクにもっていき、水洗いした。床に下ろし、ペタンコに踏みつぶしていると、後ろから美夜子さんが抱きついてきた。 「ねー。せいしょうねーん。君たちはどこまでいっているのかね?」 「は? 君たちって?」 「君とうちの息子だよ。どこまでいっておるのかね。包み隠さずに教えたまえ」  血の気がひいた。グラッとめまいがする。……まさか。 「な、なにがどこまでなんですか?」 「なにがって性的なことだよ。せ・い・て・き・な。手は昔から繋いでおるのを知っておる。ちゅーはしたのかね、君たちは? んん?」 「や、美夜子さん、飲みすぎじゃないですか? 酔っ払ってますよね」 「酒を飲んだら酔っ払わなきゃ!酔っ払うために酒は飲むのだ! それより、君たちのことだよ。  私はー、母親として―、知る権利を主張するー!」  こぶしを突き上げ美夜子さんがシュプレヒコールを上げる。 「ちゅ、ちゅーって……。そんな」 「ほほう。照れておるね、青少年。顔が真っ赤だ…ぞ……。いや、なんか顔色が悪いね。青ざめてるじゃないの。気分悪いのかな? 熱ある?」  美夜子さんが俺の額に額をつけて熱を見る。よかった、看護師という商売柄か、ややしらふに戻ってくれた。 「んんんー。熱はないね。体調はどう?」 「あ、ちょっとくらくらしますけど、大丈夫です」 「脳貧血かな。ちょっと座ってなさい。ほらほら」  腕を引かれて、食卓の椅子に座らされる。と、美夜子さんがバランスを崩し、俺の上に覆いかぶさってきた。 「あらあらあらあら。やーだやだ、ごめんねえ。足がもつれちゃって。うふふふふー」  妙な笑い方をして、俺の膝にまたがり、抱きついてくる。 「ちょっ、美夜子さん! しっかりして下さいよ」 「しっかりしてるわよーう。しっかり誘ってるんじゃないのー」  どうやら美夜子さんの頭の中では会話がループしだしたらしい。やばい。このままループし続けると、さっきのちゅーの話にもどってしまう。なんとか話を逸らさないと! 「えっと、美夜子さん、拓斗はどこまで買い物に行ったんでしょうねー?」 「江藤酒店よ~。スーパーじゃ未成年にお酒売ってくれないからね~」 「酒屋だったら配達してくれるじゃないですか」 「お店で買わないとポイントがつかないのよ~」  喋りながら、美夜子さんが俺の頭を抱く。豊満な二つの山に俺の顔が埋まる。思わず顔が赤くなる。 「ちょっと、み、美夜子さん! 離して下さいよ!」 「やーだ」  そう言うと美夜子さんは、ますますギュッと俺の頭部を抱きしめた。ちょっと息が苦しい。 「まだちゅーしたことないんだったら、私が初めて、もらっちゃおうかなあ」  俺の顔を両手ではさんで、俺の顔に顔を近づけてくる。 「美夜子さん、美夜子さんやめて……!」 「うふふふふふふ」 「なにしてるの」  ドスのきいた声に驚いて見やると、拓斗が入り口に立っていた。ビールの入った段ボール箱を抱えている。  その顔は見たことがないほどの恐ろしい表情を浮かべていた。 「母さん? なにしているのかな」  『母さん』なんて呼んで、殺されるぞ、拓斗!! と思ったが 「あら、やーだ。拓斗、おかえりい。ちょっとね、熱があるみたいだから、計ってあげようかな―って」  美夜子さんは猫なで声を出す。   拓斗が俺の顔を見る。俺は蛇ににらまれた蛙のように身動きすることもできなかった。美夜子さんが俺の膝からそうっと下りて、自分の椅子に戻って着席する。  拓斗は無言で食卓の上に段ボール箱を置くと、俺の腕をつかんで立たせ、台所から出ていく。 「……ご、ごゆっくり~」  後ろから美夜子さんの掠れた声が聞こえた。  どさり、とベッドに押し倒された。拓斗が圧し掛かってくる。 「た、拓斗、違うんだ。美夜子さんのいつもの絡みで……」  俺がもじょもじょと言い訳がましいことを言っているその口を、拓斗の唇がふさぐ。強引に俺の口に割り込み、歯列をなぞり、強く強く舌を吸われる。  両手で俺の頭を抱き、髪をなでまわす。  呼吸が荒くなる。息苦しくなって、俺は拓斗の腕に手をかけたが、拓斗は俺を離してくれない。  やっと解放された時には、はあはあと息を吐くほどだった。 「母さんと、どこまでしたの」 「え?」 「キスした?」 「するわけないだろ!」  叫んだ俺の口を再び拓斗の口がふさぐ。  今度は両手で頬を撫でられる。ぞくぞくと何かが背筋を駆けのぼる。拓斗の手は首を喉を、耳を撫でる。俺の弱いところばかりをねらって。 「やっ……。やだ、拓斗……」 「なんでいやなの」 「だって、美夜子さんがいる」 「いたっていいじゃない」 「だめだって、美夜子さん、気付いてるみたいだから……」  拓斗が動きを止め、俺の目を正面から見据える。 「誰に知られてもいい。僕は君が好きだ」  唇がかさなる。さっきとは違う、優しいキス。その言葉と同じように。  拓斗の唇は俺の喉に落とされ、そっと歯を立てられる。 「っうっく……」  歯を食いしばっても、息を吐くたびに声が漏れる。  拓斗の唇は下へ下へと下りていく。シャツのボタンをはずし、胸をはだけ、両手で撫でる。その手を唇が追う。 「はぁ、あん」  手はどんどん下り、拓斗の唇が胸から離れ、俺のジーンズを下着ごとずりおろす。俺はもうぱんぱんに膨らんで今にも破裂しそうだった。  拓斗はその膨らみを指で弾く。 「くっう!!」  片手でやわやわと揉みながら、片手で俺の太ももを抱え上げる。俺の下の方まで、すべてが拓斗の目にさらされる。 「やっ……。拓斗、やめて……」  俺の言葉など聞こえないかのように拓斗は俺の下半身に顔を寄せると、俺のものを口に含む。温かくぬめる舌で裏の方を舐め上げられる。 「あ……、ああ!!」  先の方をぐるりと舐められ、吸われる。拓斗の手は根元を掴み、小さく扱いている。もう片方の手は俺の太ももをくすぐる。  根元からさらに下へと手が伸びてくる。つぷりと指が挿しいれられる。 「ふぁああん!」  ただ一本の指が入っただけで、高い声が出てしまう。拓斗は口で俺自身を扱きあげながら、指をゆっくりと出し入れする。時に浅く、時に深く。指をかるく曲げ、引っかくように。 「いやあ……、ぁ、ぁ、ん」  その場所を擦られるたび、泣くような声がでる。  指は二本、三本と増やされていく。 「もうすっかりやわらかくなったね。気持ちいいでしょう?」  俺は返事を返すこともできずただ喘ぐだけだった。 「こんなに気持ちいいことしてあげられるのは僕だけだよ。他の人じゃだめなんだ」  拓斗が俺の耳元でささやく。まるで魔法をかけようとしているかのように。 「僕だけを見て、僕のことだけ考えて」  やわらかなキス。なぜか涙が出る。  拓斗は涙を舐めとると身を起こし、俺の太ももを両手で抱える。そしてゆっくりと入って来た。 「あっあああ……!」  指とは比べものにならない存在感。甘く暖かな圧迫感。  包んでいるのは俺の体の方なのに、包まれているような安心感。  拓斗が動くたびに、俺は俺の体を再認識する。拓斗の唇が触れるたびに、俺の細胞は生まれ変わる。  俺はすべて、拓斗のものになっていく。  拓斗に良いように突きあげられ、肩を噛まれ、耳を舐められ、俺は喘いだ。拓斗の動きが激しくなって、体の中に熱いものが迸った。その刺激に、俺の中からも同じものが放出される。  これで解放されるかと思ったが、拓斗はそのままで、俺の体をくるりと反転させると、腰を高く持ち上げ、後ろから深く抉ってきた。 「やっ! やだ、拓斗! もう、だめ……」 「まだだよ」 「いや……。おかしくなる……」 「おかしくなって。これだけしか考えられないくらいおかしくなって」  その部分からずちゅずちゅと、粘度の高い水がかき回される音がする。その音が俺の羞恥をあおる。シーツに顔を埋めて音から逃げようとしても、体の中からも同じ音がして、俺を追いたてる。 「はぁぁ……。あう、あん」  声はきれぎれに、もう掠れてしまって息が漏れているようにしか聞こえない。 「ねえ、感じてる? 僕がここにいるって、感じてる?」  俺はがくがくと首を縦に振る。拓斗の動きが激しさを増す。  ぎりぎりまで引き抜くと、一気に根元まで挿しこむ。そのたびに水音がずちゅずちゅと卑猥に鳴る。俺はもう腕を立てていられなくて、上半身はベッドにうつぶせていた。  拓斗がその背に指を這わす。その感触に体がびくびくと跳ねる。もう、何をされているのかわからない、何も考える事ができない。  ただ、拓斗だけを感じていた。 「いって。僕といっしょに」  その時、拓斗は俺のものをぎゅっと扱いた。俺は前と後ろ、同時に加えられた刺激で、爆ぜ飛んだ。  それからしばらくの間、ベッドの上で、拓斗は俺の頭を抱きかかえたまま離してくれなかった。俺はけだるい体を拓斗にあずけてうとうととまどろんでいた。 「僕以外の人間にさわらせたくないよ」  拓斗の声で、目を開ける。 「ずっとこうして抱きしめていたい」  俺に話しかけているのか独り言なのかわからない。拓斗の体に手を回し、抱きしめる。  拓斗は俺の顔を両手ではさむと、そっと上向かせ、キスをする。唇を重ねるだけのキス。拓斗の唇は小さく震えていて、俺は両手にぎゅっと力をこめた。 「どこにもいかないで」 「どこにもいかないよ」 「僕のそばにいて」 「そばにいるよ」  拓斗は何度も何度も俺に口づけを落とす。俺は拓斗の唇をぺろりと舐める。拓斗が顔を離し、俺の顔をまじまじと見つめる。 「なに?」 「……。いいんだ。なんでもない」  拓斗はまたキスをする。俺は拓斗を抱きしめる。  ただそうやって、いつまでも抱き合っていた。

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