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第18話
じゃんけんで負けた。
たったそれだけのことで、世界が変わってしまうこともある。
俺は、今日、図書委員に任命された。金子とともに。
「これは運命ですよ!! 拓斗ちゃまと放課後のスイートな時間を過ごすために天が与えたスイートタイムです!」
「意味わかんねーよ、なんだよ、スイートタイムって」
「説明しよう! スイートタイムとは!
ラブラブな二人がラブラブな時をラブラブな環境でラブラブすることなのです!」
「……ラブラブ以外の単語が聞き取れなかったんだが」
「とにかく!!
野球部というラブラブに不必要なものを排除する必要に駆られた神が与えたもうた無敵タイム!!」
「今ひっそり野球部いらないって言わなかった?」
「さあ!気合い入れてばんばん本を貸し出しましょう!」
「……うるさい」
スパコーンと小気味良い音がして金子がつんのめった。
「にゃ!!?」
頭を押さえ振り返った金子の視線の先には、司書の無卯先生が英和辞書片手に仁王立ちしていた。タイトスカートからすらりと伸びた足が力強く床を踏みしめている。
「図書室ではしずかに」
「はいぃー!! すみません……」
金子が小さい体をさらに小さく折り畳んで頭を下げる。
「以後、気を付けるように」
メタルフレームの奥の切れ長の目を光らせて金子を見下ろして鼻息を「ふんっ!」とふいて去っていった。
「こ、こわぁ、こわぁ、ますたー大丈夫でしたか!?」
「いや俺は大丈夫だから、落ち着け」
バタバタと手足を振って暴れる金子を押さえつける。このままだとまた先生が来てしまう。
「あれ!? どうしてここにいるの?」
後ろから声をかけられ、金子を押さえたまま、振り替える。
「あ、拓斗」
俺の言葉に反応して金子が俺の手からすりぬけカウンターに両手を叩きつける。
「ようこそいらっしゃいませ!! 図書室へ!! さささ、なんなりとご用はこの金子めに!」
「あはは、図書委員さん、面白い。返却に来ました」
拓斗が差し出した本を金子はおしいただき、神速で返却手続きを始めた。
拓斗はカウンター越しに俺の耳に口を寄せ「ね、金子さん? って面白いね」とささやいた。
俺の目のはしにギラリと光る目でニヤリとほくそえんだ金子が映ったような気がしたが、見ないように意識しつつ「ちょっと変態なんだ」とささやき返す。
それもまた金子はよだれをたらす狼のような顔で見ていた。やばい、このままじゃ食われる。
「金子、受付任せてもいいか? 返却図書戻しにいってくる」
「いえす!! ますたー! 受付は死守します!」
俺が十数冊の本を抱えてカウンターを出ると、拓斗がこっそり耳打ちする。
「……マスターって、なに?」
「……よくわからん」
俺はカウンターをそっと振りかえる。金子は鼻息荒く身を乗り出して俺たちを見ていた。
本棚の影にかくれて、ほっとため息をつく。
「どうしたの? お疲れ? 本を戻すの手伝おうか?」
金子のことを考えると、これ以上拓斗と接触するのは危険かとも思えたが、じつは本を棚に戻すなんてどうすればいいのか見当もつかない。これだけ大量の本棚のどこに何を入れればいいのか、さっぱりだ。
「よろしくお願いします」
俺は、素直に拓斗に頼ることにした。
「はい。おまかせあれ」
拓斗はにっこりと笑ってくれた。
「本棚に数字が書いてある札が張ってあるでしょ? あの番号と同じところに戻せばいいんだよ。ほら、この本は背表紙に935ハって書いてあるから……」
拓斗が一冊ずつ本をとり、的確な場所に格納していってくれる。
俺は、ほうほうとうなずきながらついて行く。格納法はわかるようなわからないような曖昧な感じだ。俺はただの荷物持ちになり、拓斗が本を格納してくれるのを見守っているだけ。
「ねえ、禁貸出って書いてある本が混ざってるよ。これ、書庫にしまう本じゃない?」
「そうなのか? 書庫ってどこにあるんだ?」
「司書室の奥だよ、たしか。司書の先生に聞いてみようよ」
司書の無卯先生は生徒に人気が高い。男女問わず先生のことを「かっこいい」と崇拝する者多数だ。確かにきりっとした見た目と女性にしては高い身長、いつもすっと伸びた背筋、などなどかっこいい要素がいっぱいだ。が、図書館で居眠りして頭をはたかれてから、俺は無卯先生が苦手になった。
「失礼しまーす」
カウンターの中に入り(金子の食いつくような視線は見なかったふりをして)奥の扉から司書室に入る。狭い室内にはスチール製の机と椅子があるだけで、本棚はない。扉は三方についている。一つは俺たちが入って来た図書館側の扉、一つは廊下に続く、小窓がついた扉、最後のひとつが、多分書庫に続いているんだろう。その最後の扉を開けてみるが、中は真っ暗だった。壁のスイッチを押して電気をつける。司書室と同じくらいの狭い空間に、本棚がぎっしりとつまっている。どの棚にも分厚くて難しそうな本が並んでいる。
「拓斗、その本どこにしまうのかわかるか?」
「うーん。分類番号がないんだよね。本棚を一つずつ見て行ったら、空いた場所がないかな」
「そうだな。見てみるか」
書庫に入って、ふと振り返ると、図書室へ続く扉が細く開かれ、その隙間から金子が目を見開いてこちらを見ていた。俺は顔を背けると、書庫の扉をそっと閉めた。
本棚を一つずつ見て行くと、あちらもこちらも歯が抜けたように空きスペースがある。
「これじゃわかんねーな」
「そうだねえ。本棚の分類法もよくわからないしね」
「その本、何が書いてあるの?」
「なんだろ。『春色梅児誉美』って題名だけど……」
ぱらぱらとページをめくっていた拓斗の手が止まる。困っているような、くたびれたような曖昧な笑みを浮かべる。
「なんだ、何が書いてあった?」
拓斗が開いたページを俺に見せる。
「う……」
俺の顔にも拓斗と同じような曖昧な表情が浮かぶ。そのページには解読できない古文と、浮世絵のような絵で男女が絡み合っている様子が描かれていた。
「昔のエロ本か?」
「そうみたいだね。江戸時代の本らしいよ」
「なんでそんな本が図書館にあるんだ」
「江戸文学だからじゃないかな」
俺たちは曖昧な笑みを浮かべたまま、そのページをまじまじと見つめる。
「……すごくデフォルメされてるな。こんなドでかいもんぶら下げてるやついないよな。信楽焼のタヌキじゃないんだから」
「うーん」
「この絡み方、ぜったいこんなポーズ人間には無理だって」
「そうかな」
「そうだろ。手と足がばらばらになりそうだぞ」
「でも、出来そうな気もするんだよね。試してみよっか」
「試すって、お前……」
拓斗は本を本棚にてきとうに突っ込むと、俺の背後にまわって右足を抱え上げ、肩越しに顔を突き出し、唇を重ねてきた。
「うーん。これはちょっときついね。触れるだけしかできないや」
「だろ? じゃあ、もうこの足を下ろしてもらえませんかね、拓斗さん」
「ねえ、僕もう一つ、試してみたい事があるんだけど」
拓斗は俺の足を離すと、俺を壁に押し付けようとする。
「ちょ、ちょっと、何してるの?」
「立ったまましてみたいんだよね」
「ちょちょちょ、待てって。人が来るって」
俺は拓斗の手をくぐり抜け、出口へ走る。ドアノブに手をかけ引こうとしたが、
「あれ?」
「どうしたの」
「開かない……」
拓斗もやってきてノブを回すが、びくともしない。
「閉じ込められたね」
「いやいや、もっとあわてようぜ、一大事じゃないか」
拓斗は俺の肩に手をかけると、ちゅっと頬にキスをした。
「僕には二人きりになれた事の方が重要だから」
ぎゅっと抱きしめられ、キスがふってくる。ついばむように何度も小さく軽く触れられているうちに、俺の体はだんだん熱くなってきた。拓斗は唇を離すと、俺の胸を扉に押し付けた。
「やっ、いやだ、拓斗!」
「どうして? 誰も来ないよ」
「こんなところで……。だめだ」
「もう、我慢できないんだ」
そう言うと、拓斗は俺の首筋を舐め上げる。
「っああ!」
そのまま首を甘がみして俺の腰を砕けさせる。その隙に拓斗の両手は俺の前に回り、制服のズボンを脱がせてしまう。下着も下ろされ、ぐいっと腰を引かれる。拓斗の右手が俺の前にかかり、ゆるゆると扱く。俺の先からは透明な滴が垂れ、それを全体に塗り広げられる。ぬるぬるとした感触に、俺は最大まで膨れ上がる。
「ぁん……」
拓斗はゆっくりとやわやわと俺を高めていく。拓斗の唇はシャツ越しに俺の背中を愛撫する。唇はだんだんと下り、舌でべろりと尻朶を舐め上げられる。
「はぁん!!」
初めての感触に俺は簡単にイってしまった。拓斗の手にどくどくと白濁した液体を放出する。拓斗は全てを扱きだすと、それを後ろに塗り込めていく。そのどろりとした感触に俺はすぐに立ち上がる。拓斗の指が体内に入って来て、強く俺の中を掻きまわす。
「ふあ!! ひあああ!!」
あまりに強い刺激に、俺の口から悲鳴に似た声が漏れる。拓斗は俺の顎に手をかけ横を向かせると、肩越しにキスをしてきた。唇が軽く触れるだけ。もどかしさに泣きそうになる。拓斗の唇は頬を通り、耳を舐める。
「んんあぁ……」
耳朶を噛まれ、またイキそうになる。俺は必死で意識をつなぎとめる。
「ぁん、あ、拓斗、もう……」
「もう、なに?」
拓斗は俺の耳元でささやく。そのわずかな刺激にも達しそうになって、俺は羞恥心を捨てた。
「入れて、拓斗のを……」
それは一気にきた。俺は息をのむ。ぐいぐいと押しつけられ、声も出ない。拓斗は腰を回す、俺の中を押し広げようとするかのように。俺はただ勢いに翻弄される。
「ひあっ!!」
拓斗が抽挿をはじめた。俺はたまらず精を吐く。それを感じたのか、拓斗はますます激しく腰を打ち付ける。俺の片足を持ち上げ、突きいれる。
「ぁん、ぁあん、ぁあん」
俺の口から喘ぎ声が止まらない。気持ちいいのか苦しいのかわからない。拓斗と触れ合っているところが熱い。
拓斗は大きく腰を引くと、小刻みに腰を揺らしながら徐々に奥へと入ってくる。
「ふああ!!」
あまりの良さに眩暈がする。立っている足ががくがくと震える。
「いくよ」
短く言って、拓斗の熱いものが俺の中に広がる。俺は三度目の吐精をした。
拓斗がずるりと出ていくと、立っていられなくなって床にへたりこんだ。拓斗はひざまずいて俺の体を抱きしめる。俺は拓斗の胸に体を預ける。ふわりと包みこまれ、このまま眠ってしまいたいくらい心地良い。
と、ドアのカギを開けているカチャカチャと言う音がして、俺は飛び起きて衣服を直す。
「ますたー……。入ってもいいですかあ」
薄く開いた扉の隙間から金子の声がする。
「え、あ、はい、どうぞ」
扉はゆっくりと開き、金子が恐る恐る、と言った感じで顔を出す。その目は爛爛と輝いていた。
「ど、どうしたんだ、金子。恐ろしい顔して」
「いつまでも戻ってこないから……。どうしたのかな~って……。ここで何が起きたか聞かせてほしいな~、なんて……」
「な! なにも変わったことはしてないぞ! なあ、拓斗!?」
「あ、そうだ金子さん、春色梅児誉美っていう本、どこにしまうかわかる?」
「ああ、人情本は一番奥の棚ですよ。私がしまっておきますから、どうぞお二人はごゆっくり!」
「そうか! ありがとう金子! じゃ、先に戻るからな!」
俺は金子にそう言い残し、拓斗の背を押してカウンターに戻った。
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「ますたー。教えて下さいよう、書庫で何があったんですかあ?」
カウンターの中で金子が俺の腕を掴んでゆする。
「なにもない!」
「うそだあ。だってますたー、顔が真っ赤でしたよ!」
「そ、それは熱かったからだ! それよりなんで書庫のカギ閉められてたんだよ」
「無卯先生が職員室に行っちゃったからじゃないですかね。カギを探すのに苦労しましたよお」
「そ、そうか。とにかく助かったよ、金子がいなかったら俺たち朝まで閉じ込められてたんだな」
「あ、朝まで……二人で……。きゃあ! 男子高校生が! 朝まで! その時何が起きるのか!」
「……金子、鼻血でてるぞ」
妄想の世界にトリップしてしまった金子をよそに、俺は帰り支度を始める。と言ってもあらかじめ持ってきていたカバンをカウンターの下から引っ張り出すだけなのだが。
「来たよー。帰ろう」
「おう」
「ま、ますたー! お二人で帰られるのですか!?」
「そうだけど」
金子の目がギラリと光る。
「私も途中までお供します!」
「い、いいけど」
図書室のカギを職員室へ届け、真っ暗になった校外へ出る。「お供する」と言っていた金子は俺たちの3メートル後ろをついてくる。
「金子さーん。なんでそんなに離れるの?」
「私のことはおかまいなく! お二人のおじゃまにならないように見守っていたいのです!」
「拓斗、金子に構わなくていいから……」
拓斗の顔に「?」が浮かぶが、俺には金子のことをうまく説明する自信がない。金子はどこまでもどこまでもどこまでも俺たちの後をついてくる。
俺は振り返り、金子に近づいた。拓斗に聞こえないように小声で話す。
「おい、金子。お前の家はどこだ?」
「いえす、ますたー。銀天町であります!」
「逆方向じゃないか! いつまでついてきてるんだよ!」
「いえす、ますたー! お宅までご一緒します」
「来るなよ! 帰れ!」
「ええええ、そんなご無体なあ。見てるだけですからあ。邪魔しませんからあ」
「見てても何も出ないぞ! 暗いんだからもう帰れ!」
「えええええ」
ぶーぶー文句を言う金子の背中を押し、歩かせる。しばらく抵抗していたが、金子はしぶしぶ俺たちとは逆方向に歩き出した。しばらく見送っていたが、振り返ることもなく大人しく帰っていった。
「やれやれ」
「ずいぶん仲がいいんだね、金子さんと」
拓斗の声に棘が生えている。顔を見ると、笑ってはいるのだが、目が怖い。
「えーと、隣の席になって……。変な趣味のせいで懐かれてだな」
「なに、変な趣味って」
あいかわらず怖い笑みのまま拓斗が聞く。ああ、なにやら厄介な状況になってしまっている。俺は金子を呪いながら、拓斗になんと言っていいのかまったく思い付けずにいた。
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