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第20話

 この町には季節ごとに大きな祭りがある。  冬は雪灯籠祭り。春は真魚の桜祭り。夏は小堀公園の花火大会。  そして秋は鎮守の杜の秋祭り。  お神輿が出て町中を回り、収穫を感謝するのだ。  神社の参道には屋台がずらりと並び、普段は静かな地域だけれど、祭りの期間は賑やかになる。この祭りのときだけ地元住民が屋台を出して、各々の収穫物を自販する。 俺は毎年、炒った菱の実を買うのが楽しみでしょうがない。菱の実は確かに菱形で、その角の上に棘がついている。 忍者が撒くマキビシは菱の実から出来たのだという話だ。炒り菱の実は棘を切られ、釜でこんがりとするまで丁寧に炒られる。 小さい頃は朝一番に屋台に飛んでいき、緑色の菱の実が茶色に変わっていく様を見つめ続けた。 今でも走り出しそうになる。それくらい好きだ。  と、言うわけで、俺は朝も早いうちから拓斗を誘いに来たのだ。 「おはよう!」 「おはよ。そろそろ来るころだと思ってたよ。じゃ、行こうか」 「おう!」  自然と声が大きくなる。一年に一度しか味わえない大好物に出会えるのだ。当然のことだと思っていたが、拓斗がくすくすと笑う。 「ほんとうに好きだよね。毎年、その顔見るの、楽しみなんだよね」 「え、俺、変な顔してる?」 「ううん、変じゃないよ。すっごく嬉しそうなだけ」  変じゃないとは言ってもらえたが、あんまりニヤけているのは恥ずかしい。気を引き締めて口元に力を入れるが、ダメだ。にんまりしてしまう。  今日は野球部の練習も休みだ。 祭りでお神輿を担ぐヤツが何人もいるので、この地域は祭りの日は学校が休みになる。 大抵のヤツは神社付近に集まる。 「ますたー!」 遠くから金子が呼ばわり、駆けてくる。 「おはようございます! ますたー! た……、宮城くん」 「おす」 「おはよう、金子さん」 金子は珍しく髪をアップにして、かわいいワンピースなぞ着ている。 「どうしたんだ? 今日はデートか?」 金子は身をよじると照れ笑いしてみせり。 「お二人と一緒に歩くためにおしゃれしてきたんですよぅ」 「は?」 「今日は! この金子めを、どうかお供させてやってくださいませ!」 「いやだ」 「即答!? ちょっとくらい考えてみてもバチは当たりませんよ!?」 「当たる。いやだ」 「そんなああぁ」 金子が頭をかきむしる。せっかくきれいに整っていた髪が残バラになる。見ていてちょっとかわいそうになったが……。 「いいじゃない、三人で行こうよ」 拓斗がにっこりと言う。 「ありがとうございますぅ!!」 「いや、拓斗、こいつは……」 「大人しくします! 邪魔しません! ついていくだけです!」 ついてくるだけ、というのが怖いのだと言うことを金子はわかっていないらしい。 「いいじゃない、皆でいた方が楽しいよ」 「……拓斗がいいなら、しょうがないな」 俺がそう言うと、金子は小躍りして喜びを表現した。静かにするために口を閉じたようだが、その動きがうるさい。 俺はできるだけ金子を見ないように歩き出した。 神社までまだ1キロはあるというところから屋台は始まり、全長2〜3キロは続く。 野菜や米を売っている農家の屋台、手作り雑貨を並べた主婦、おにぎりや豚汁を売っているところもある。 普通の祭りにつきものの、所謂テキヤが商う屋台は少なく、金魚すくいと回転焼き屋があるくらい。 いかにも村祭りといった様相だ。 俺はそんな屋台を見て回る気持ちの余裕などなく、菱の実に一目散だ。 「ま、ますたー、歩くの早いですね」 「大丈夫? 金子さん」 「だ、大丈夫です」 後ろの方で拓斗と金子がなにか話しているが、耳を貸している暇はない。 菱の実! 菱の実はどこだ!? 探し歩き、屋台の列の一番先まで見てきたが、菱の実売りはいない。見逃したか、と二度三度、見てあるいたが、いない。 俺はがっくりと肩を落とした。 金子は肩で息をしている。 拓斗は俺の肩をそっと抱いてくれる。 金子が大きく息を飲むのが聞こえた。けれどそんなこと、もうどうでもいい。 「そんなに落ち込まないで。回転焼き買ってあげるよ」 「……豚汁がいい」 俺は拓斗に手を引かれ、とぼとぼと歩く。後ろの方で金子の鼻息がうるさい。 拓斗は豚汁とおにぎりを買ってくれた。思わず涙がこぼれそうになる。 菱の実のために空けておいた腹が豚汁をするすると吸収して、俺は少しだけ、元気になった。 拓斗と金子もおにぎりを食べている。二人とも朝食もまだだったのか、と申し訳ない気持ちになる。 「ごめんな、振り回して」 「なに言ってるの。お祭りはこれからだよ」 「そうですよ、ますたー。きっともっといい屋台が見つかりますよ!!」 「そうだな、いろいろ見て回るか」 豚汁のカップをゴミ箱に捨てて、俺たちはぞろぞろと歩き出す。 「あ! 古本がある! 私、見てきます!!」 金子は元気よく駆けていく。俺と拓斗も後からついていく。 古本と言ったが、本はどれもきれいで、ビニールまでかけられている。 大体は少女漫画のようだったが、中にはどうやら金子の大好物のBL本も紛れているようだ。よだれを垂らさんばかりの表情で食いついている。 「金子さんは、よっぽど本が好きなんだねえ」 「……まあ、自主的に図書委員になるくらいのやつだからな」 金子はごっそり買い漁った本を両手に抱えほくほく顔だ。 「ああ、ますたー、おかげさまで良い買い物ができましたあ」 「それはいいけど、金子、本を剥き出しで持ち歩くのはどうなんだ」 「あ、あっちにバッグ売ってるよ」 俺たちはあっちにふらふら、こっちにふらふらと屋台を巡り、回転焼きを食べ、甘酒を飲み、りんごジュースを買った。 「瓶詰めまで自家製です、だって」 「美味しそうです!!」 「よかったな」 金子はもうすっかり俺たちになじみ、怪しい動きもなくなった。なんだ、普通のやつだったんだな、と俺は金子を少しだけ、見直した。 「あら、ラブラブカップルに邪魔物がくっついてる」 元香と橋詰が仲良く歩いてくる。 「邪魔物ってなんですか! 金子はお二人の応援団ですよ!!」 拓斗が首を傾げて俺に聞く。 「応援って、なんの?」 「さ、さあ?」 そんな俺たちをよそに、金子と元香のバトルが始まった。 「二人も男引き連れて、得意そうに歩いていたじゃない?」 「引き連れてなんかいませんよ! 引き付けられてるだけですから!!」 「どちらが本命か知りませんけど…」 「お二人が大本命ですよ!!」 橋詰がそっと俺たちに近づいてきた。 「なあ、二人の会話、噛み合ってなくね?」 「うーん。あれを会話というなら、噛み合ってないな」 「思いっきり、なにかがずれてるね」 「お前ら、金子と友達なんか?」 「友達……」 俺と拓斗は顔を見合わす。 「それはちょっと違うかな?」 「じゃ、なんで一緒だったんだ?」 「いや、なんかついてきたんだ」 「なんだ、それなら放っといて行けば? 俺は元香ちゃんの気がすむまで付き合っとくからさ」 「いや、それは悪いよ」 拓斗が俺の服の裾を引っ張る。 「行こうよ。橋詰くん、元香ちゃんと二人になりたいんだよ」 「でも金子は……」 「僕も二人になりたい」 拓斗が真顔で言う。 「金子さんは本を買って、もう満足したと思うんだ。だから、ね」 俺は拓斗の真剣な目に負けて、橋詰に後をまかせると神社の方へ上っていった。 拓斗は俺の服をつまんだままついてくる。それは小さい頃の拓斗を思い出させ、俺の顔はほころんだ。 境内は出発前のお神輿を囲む人で込み合っていた。 拓斗は俺を引っ張って社殿の裏側に連れていく。 「拓斗、お神輿見ないのか?」 「うん」 「なあ、どうかしたか?」 拓斗がくるりと振り向く。泣きそうな顔をしている。 「なんで……」 「なんで?」 「なんで元香ちゃんも金子さんも僕の邪魔をするんだろう。僕はただ、君と二人でいたいだけなのに」 「拓斗……」 拓斗はしゃくりあげ、子供のように泣き出した。 「いい人ぶってみんなに優しい顔してるけど、そんなの、全部うそなんだ。ほんとは皆いなくなればいいと思ってる。僕は汚ない。汚ないんだ」 俺は拓斗の頬をそっと撫でる。 「そんなことないよ。お前はいいヤツだよ。優しいし、綺麗だ」 「うそ……」 「うそなんかじゃない」 ぎゅっと抱き締める。拓斗の涙がはらはらと俺の首筋に落ちる。 「俺はお前の笑顔が大好きだよ。泣かないで」 そう言って体を放すと、拓斗は泣きながら、それでもなんとか笑おうとしていた。 「笑ってくれ」 俺の言葉に、拓斗は涙をふいて笑顔を見せた。 二人並んで、楠の根方に座る。お神輿はもう出発して、境内はしんと静まっている。 俺たちは手をつないで、指を絡めて、ぼんやりしていた。どちらからともなくキスをして、お互いの手が肩に触れる。 拓斗をぎゅっと抱き締めて頬に額にキスをする。拓斗は目を閉じてそれを受ける。 俺は首に強く吸い付く。拓斗に赤い跡をつける。俺の辿る道筋を。 拓斗のシャツのボタンをはずしながら、唇を胸に落としていく。 ゆっくりと舌を這わせ、焦らす。 敏感な場所には触れない。 その周りをぬるりと舐めていく。 拓斗は身悶えして腰を強く擦り付けてくる。歯をたて、強く吸ってやる。 「―っ!!」 大きく息を吸い込む拓斗。俺は拓斗が愛しくて切なくて何度も何度も歯をたて、舐める。 ただそうしているだけなのに、拓斗は俺に触れていないのに、俺は大きく立ち上がっていた。 拓斗の腰に、俺の腰をぶつけるように擦り付ける。 拓斗は俺を押し留めると、俺を立たせ、ズボンから俺のものを引きずり出した。 べろりと舐めあげられる。 「ぅあっ!!」 直接の刺激に、腰から脳天まで快感が走る。 拓斗は前を撫でながら、後ろに手を伸ばし、やわやわと揉む。 「っぁん! ぁん!」 拓斗の口に含まれ、転がされ、後ろに指をいれられる。 指は一本二本と増えていき、ほぐすようにゆっくりと抽挿される。三本目の指が、その場所を抉り、俺は精を吐いた。 「ぁぁ!」 拓斗はそれを飲み干し、一滴も残さぬようすすり上げた。 拓斗は脚を伸ばして座ったまま、拓斗自身を取り出す。それは大きく太く反り返っていた。俺は生唾を飲む。 「おいで」 拓斗に手を引かれる。俺は下着まで脱ぎ捨てて、拓斗の体を抱き締めながら、腰にまたがる。 そっと身を下ろすと、拓斗がその場所へ誘導してくれる。 「はぁ……ん」 ゆっくりゆっくり腰を下ろす。拓斗が徐々に俺の中に入ってくる。俺は拓斗でいっぱいになる。 「んぁあ!」 突然、拓斗が腰を突き上げた。俺はたまらず声をあげる。 拓斗はそれ以上動いてくれず俺はもどかしさに腰をふった。 「そう、上手だよ。そのまま、動いてごらん」 俺は拓斗にいわれるがまま、体を上下に動かす。最初はぎこちなかったその動きもすぐに慣れ、自分で自分の良いところに充てられるようになった。 「んっ!! ふぁ!」 「ふふ、夢中で腰を振って……。かわいいよ」 拓斗が俺の胸にキスをする。 「はぁん!!」 思わず高い声が出る。俺は自分の声にも興奮して、ますます腰の動きが早まる。 前後に、左右に、腰を回して、浅く深く飲み込んで。どんどん淫らになっていく。声が止まらない。 「ぁん!! ぁあん!! あ、イイ! イイ!!」 「もっと感じて、もっと狂って。これだけしか考えられなくなって」 拓斗が俺の前を握り込む。 「っやあ!!」 俺は拓斗の手に吐精したが、腰の動きが止まらない。 「あん!! あん!! あん!! 」 拓斗が下から突き上げる。俺はゆさゆさと揺さぶられるまま、ただ喘ぐことしかできない。 拓斗は俺の脚を抱えると、俺の背を地面につけ、勢いよく動き出した。 「やっあん!! あっ!! あっ!!」 俺は拓斗にしがみついてだらしなく口を開けて喘ぐことしかできない。 拓斗は何も言ってくれない。拓斗はただ、俺の中に自分を叩き込むだけ。 ああ、それでいいんだ。それでいい。俺たちはそれで満たされる。 たとえ世界中に二人きりになっても、俺たちは……。 拓斗の動きが一際激しくなって、俺たちは弾けとんだ。 お神輿のお囃子が聞こえる。町を周り終えて帰ってきたのだろう。 俺と拓斗は手をつないで、ぼんやりと座っている。 「菱の実、残念だったね」 拓斗がぽつりと言う。唐突な言葉に、俺は吹き出す。 「なに? なんで笑うの?」 「いや、いいんだ。菱の実はもう」 俺はお祭りの本当の楽しみを見つけたから。 「諦めが良くなったんだ、大人だね」 そうだ。俺たちは大人になる。いつまでも無邪気なままじゃいられない。 でも、変わらないものがきっとある。 俺たちの間に。きっと。

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