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第23話

「見てはいけないサイトって知ってる?」 「ああ、あれだろ? グロとかエロとかホラーとか」 「そうそう。それのホラーのが見たいんだけど、一緒に見ない?」  俺はホラー系が苦手だ。それは拓斗が一番知っているはずなのに、なぜに突然そんなふうに誘うのか。不思議に思って聞いてみた。 「君が怖がってる姿を見たいんだ」  理由は「かわいいから」だそうだ。そんな理由のために怖い思いなんかできるか!  ……と、いうのが二週間前のこと。  今日、俺はその恐怖映像というやつを見なければならなくなった。正直、逃げ出したい。  なぜにそれを見る事になったかというと、負けたのだ。賭けに。  俺は勝負がめっぽう好きだ。勝った負けたの世界が好きだ。誘われたらまず、断らない。  その日も拓斗と賭けをした。内容は野球部の練習試合の日、降るか晴れるか。たったそれだけの単純な賭け。俺は願いを込めて晴れを選んだ。  拓斗は雨。理由は「雨乞いをして雨を降らせるよ」ということだった。雨乞いって……。    結果、その日は晴れた。……一時的には。試合が終わるまでは。  その時を待っていたかのように、試合終了と共に雨は降りだした。拓斗の雨乞いのおかげで雨が降ったのだとしたら、試合の間は降らないように調整してくれたのだろう。親切なことだ。  応援に来ていた拓斗は、ちゃっかり傘を持ってきていて、帰りは俺も入れてもらった。相合傘だ。ちょっと恥ずかしい。なんて思う余裕もなく、俺は恐怖に震えた。 「……おじゃまします」 「いらっしゃい! お待ちしていました! さあさあ、どうぞ上がって」  満面の笑みで俺を出迎える拓斗。いつもなら癒されるはずのその笑顔が、今日は悪魔の微笑に見えてしまう。  ああ、本当に、だめだ。  「怖いものを見る」と思っただけで背筋に悪寒が走る。今にも肩をたたかれそうな気が…… 「うわあああ!!」 「ふふふふふ。おどろいた?」  拓斗に肩をたたかれた。こんなにビビってる俺に対して、あり得ない!! なんてことするんだ!!    拓斗の部屋に通される。いつも見なれたこの部屋が、死霊の溜まり場のような気がする。気のせいか、なんだか空気が重い。 「気のせいだよ」 「なにが!? 今、俺の心、読んだ!?」 「あはははは。なに考えてるか丸わかりだよ」  こいつは小さい頃からこういうやつなんだ。俺がびくびくしているのを見て心底楽しそうな顔をする。幼稚園のお泊まり会の時も、小学生のキャンプの時も、小中の修学旅行も、俺に怪談を聞かせ散々楽しみ、自分はすやすやと眠ってしまう。  一人眠れない俺は拓斗の腕を握って朝までびくびくして過ごしてきたのだ。  こいつは絶対に高校の修学旅行でも、やらかすに決まってる! 「お、おい、なんでカーテン閉めるんだ?」 「この方が雰囲気出るでしょ?」  出すなよ! すでにちびりそうなのに、さらに暗くするなんて、鬼か!? 拓斗は鬼の子か!? 「じゃあ、さっそく見ようか」  拓斗はわざわざ起動していたらしく、すぐにインターネットに接続すると、動画投稿サイトを開く。 「今日見るのは、これだよ」  拓斗が選び出した動画は『恐怖、怪奇、ホラー 殺人事件のあった部屋の下の階が凄かった』という題名で、それだけで俺は気を失いそうになる。 「大丈夫、大丈夫。呪いなんか、かからないから」 「呪いとか言うのやめて!」  背中がぞくぞくして、後ろから何かに見られているような気になる。 「じゃ、再生するよー」 「ま、待って!」  拓斗が口をとがらせて手を止める。 「今さら見ません、なんていうのは無しだよ」 「言わない、言わないからお願いだから背中にくっついてて」  俺はきっと、青い顔をしていただろう。拓斗が少し考えるそぶりを見せる。 「しかたないなあ」  そう言うと、ノートパソコンをデスクからこたつに下ろして、その前に俺を座らせる。そして拓斗はにっこり笑って俺の後ろに回り、背中を抱き込んでくれた。 「これでいい?」  背中が暖かいだけで、気分はかなり楽になった。怖い映像も耐えられるかもしれないという気になる。 「あ、ああ。助かる」 「じゃ、再生しまーす」  拓斗の手がゆっくりとマウスに下ろされ、ゆっくりとクリックする。そのゆっくり加減がさらに俺を緊張させる。 「さっさとしろよ!」 「はいはい」  クリックと共に、画面は真っ黒にかわり、次の瞬間! 「洗濯ものがきれいに真っ白!」 「うわあ!」  突然の大音量に俺はすくみあがる。思わず拓斗の腕に抱きつく。逃げ出そうと身をよじる俺の体を、拓斗が抱きとめる。 「大丈夫、広告だよ」 「おどかすなよ! なんだよこの大音量は!」 「恐怖動画は音が小さすぎてさ。こうしてないと聞こえないの」 「もう、もういいから、さっさと見せろ! これ以上もったいつけられたら心臓がもたない!」 「はいはい」  拓斗は俺の頭をよしよしと撫でると、広告をスキップする。    真っ黒の画面。  そこに赤い文字。 『数年前、凄惨な事件が起こった。』 「ちょ、なに実話系?」 「いいから黙って見てって」  俺は拓斗にしがみつく腕に力を込める。 『とあるアパートの一室で、夫が妻をめった刺しにし、その後自殺するという無理心中が起こった。』 『そのアパートの下の階の住人が異臭に気付き、事件は発覚した。』 『今現在、そのアパートは無人である。』 『特別な許可を取り、事件があった部屋の下の階を撮影することができた。』 『その一部始終を公開する。』 「ちょっと待った! ちょっと待って!!」  拓斗が再生を中断してくれる。 「なに、どうしたの」 「肩! 肩もぎゅっとして!」  拓斗がふっと笑った吐息が耳にかかる。 「これでいいのかな?」  拓斗は俺におぶさるような格好で抱きしめてくれる。両肩、背中、これで出来るだけの防御は固まった。 「よ、よし。どうぞ」 「では、さいせーい」  赤文字の警告文のあと、画面は暗い、どこかの室内を映し出す。  カーテンからわずかに漏れる明かりだけで撮影したような動画。薄っすら見える天井の木目が人の顔に見える気がする。それだけで俺は卒倒しそうになる。  カメラは天井を執拗に撮影し続ける。 『人間の体液が染みた痕だろうか、天井に黒い染みが残っている』 「ひいいっ」 「大丈夫、大丈夫」  拓斗が俺の肩をぽんぽんと叩いてくれる。俺はその感触にもびくりと跳ねあがる。  恐怖映像はまだまだ続く。 『天井のこちらがわにも黒い染みが。二人分の死体の痕だろうか』 「し、したい……」 「ほら、だまって」 『その時!』 「うぁ!」 「しぃっ」 『二階から物音が聞こえた』 「やだ、やめて……」    拓斗が俺を抱きしめる腕に力を込める。 『二階には誰もいないはず。天井裏に動物でも入り込んだのだろうか。我々は天井板をはずしてみる事にした。』 「や、やめて!!」 「大丈夫だよ」  拓斗が俺のうなじにちゅっと唇を落とす。 『天井裏を覗くとそこには……!!!』  俺は両手で耳をふさぐ。拓斗がぎゅっと俺の体を抱きしめる。 『なんと、そこには……』  両手で目をふさごうとしたが、拓斗が腕を押さえ、邪魔をする。俺は必死に抵抗するが、腰が抜けて力が入らない。 『そこには、かわいい子にゃんこが6匹も生息していたのだ!』 「…………は?」 『天井裏には母猫だろう、成猫も一匹潜んでいた。天井裏には強烈な猫の排尿臭がしている。どうやら天井の染みは猫のチッチのようだった。』 「…………は!?」  拓斗が俺を抱く手がぷるぷると震えている。 『この家には、呪いが掛けられていたのだ。二度と出られない呪いが……』 「はあ!?」 『猫好きは、子猫を抱っこせずにはこの家から出られないという呪いが!!』 「はあああ!?」  拓斗が俺から手を離し、腹を抱えて笑いだす。 「てめえ! だましやがったな!!」 「ごっ、ごめん! ぶふっ! ごめんて!!」  俺は顔を真っ赤にして立ち上がる。 「ごめんですむか!」  そのまま拓斗を放って部屋を出ようとしたが、拓斗が俺の服のすそを掴んで離さない。 「ほんっと、わるかったってば。ごめん。ごめんなさい」  俺はまとわりつく拓斗をどうすることもできない。無下に突き放すことも足蹴にすることもできやしない。拓斗を見、扉を見、パソコンを見、結局、床に座り込んだ。拓斗は俺の膝に頭を乗せてくる。 「ごめん。けど、すごくかわいいんだもん。ぎゅってしてとか、普段、言わないじゃない」 「い、言ってないぞ、そんな事!」 「ふふふ、そうだったっけ?」 「い、言うわけないだろ!?」 「はいはい」    拓斗が身を起こし、俺の体をぎゅっとする。 「怖がらせてごめんね」 「…………知るか」 「もうしないから」  俺は拓斗の体を自分から引き離そうと必死にもがく。拓斗は軽々と俺の体を抱き上げてしまう。 「うそだ! お前はまたやる! いつもそうだった!」  ベッドにどさりと下ろされる。 「いつもって?」 「お泊まり会の時も、キャンプの時も、修学旅行も!!! いつも『もうしない』って言った!!」  拓斗は俺に馬乗りになると、そっと俺の頬を撫でる。 「だってかわいいんだもん。何度でも見たくなるじゃない?」 「見るなよ!」 「ふふふ」  拓斗は俺の首を抱くと、唇に強く吸いついた。 「ねえ、知ってる? 恐怖を感じると、生物は性欲がたかまるんだって」 「うそだ! 縮みあがってるぞ!」 「ほんとに? 学説と違うなあ。確かめてみなきゃね」  言うと、拓斗は俺の服の中に手を差し入れる。 「やめっ……!! やめろ!」 「これも怖いの?」 「っ! 怖いとかじゃないだろ!!」 「なら、いいじゃない」  俺の腹に、胸に唇を落とす。 「や……めっ!」  俺の腰に、先ほどとは違う悪寒のようなものが走る。けれどそれは熱い感覚だった。 「ねえ、怖くないでしょ」  拓斗はつぶやきながら俺の体に舌を這わす。俺の腰はびくびくと痙攣するように小刻みに跳ねる。 「ねえ、気持ちいいでしょ」 「っ……、しらねえ」  拓斗の手は俺の下半身に伸び、服を脱がせる。 「ほら、やっぱり高まってるじゃない」 「それは! お前が……」 「僕が、なに?」  拓斗はにっこり笑う。悪魔の笑みで。  俺は顔をそむけ、腕で顔をおおった。 「顔を見せて」  拓斗が俺の腕にキスを落とす。そこから肩へ首へと移動して、俺ののどに食らいつく。 「!! っ!」  あまりの衝撃に声が出ない。痛みとは違う。快感とも違う。それは例えるならば恐怖に似ていた。  俺はあまりの刺激にがくがくと唇を震わせる。まるで目の前に見てはならないものを見つけてしまった時のように。恐ろしい。恐ろしいのに、目をそらすことができない。 「どうしたの、僕の顔をじっと見て」  本当に俺の目の前にいるのは拓斗なのだろうか。俺にこんな仕打ちを浴びせるのは? 「どうしたの、僕が怖いの?」  そうだ。  怖い。  怖いんだ。  俺は目の前のこの男が。  俺の知らない世界を見せてしまうこの男が。  恐怖と快感と苦痛と愉悦と絶望と希望を、与えてくれるこの男を、俺はおそれ、 「僕が怖いの?」  にっこりと笑う。  ああ。  俺はこの笑顔から逃げられない。  拓斗は俺の太ももを噛み、歯形をつける。  俺は小さく不快の声を漏らし、だがされるがまま、身をまかせる。  ひざの裏を舐める。俺はびくんと跳ねる。そのまま舌は足先までたどる。  俺の足を愛おしそうに抱きしめ、その足をぐいっと俺の胸の方に押し倒す。 「苦しい?」  俺は首を横に振る。  拓斗はもう一本も同じように押し上げると、俺の足の間にある太く猛ったものを口に含む。俺はいつもと違う方向から与えられる刺激に、息を弾ませる。俺のものが充分に太くなると、拓斗は口を離した。俺はもっと刺激が欲しくて、腰を揺らす。 「ごめんね、もう限界」  そう言うと、拓斗は俺の中に入ってきた。俺はその刺激で一回目の到達を迎える。  拓斗は俺の両脚を抱え込み、腰をぶつけてくる。俺はされるがまま、喘いでいるだけ。拓斗は俺の中に放出し、しかしまだそのまま動きを止めない。  俺のその場所から、ツ……と白く濁った液体が漏れだす。それがシーツに染みをつける。見てはいけない呪いのように。俺はそれから目をそらす。 「僕を見て」  拓斗は両手で俺の顔をはさみ、覗きこむ。 「僕を見つけて」  俺たちは白く爆ぜた。  けだるい空気に包まれて、ぼんやりと天井を見つめている。天井の木目は、もう人の顔には見えない。  拓斗は俺の横に身を横たえ、俺の髪を撫でていた。 「……お前はまたやるよ」 「もうしないよ」  ちゅ、と軽いキスが頬に落ちる。 「うそだ。来年の修学旅行でもやるつもりだ」 「それじゃ、同じクラスにならなくちゃね」  俺は拓斗の顔を見る。拓斗は大まじめな顔をしている。 「同じクラスになるかどうかなんてわからないだろ」 「大丈夫。おまじないをするから」 「……。それさ、わざと言ってるよな」 「どれ?」 「のろいとおまじないは同じ漢字だろ」 「あれ? そうだっけ?」  拓斗は悪びれもせずにっこりと笑う。俺はため息をつきそうになって、でもその息を飲み込んだ。  まるでその息を拓斗に奪われたら、呪いに掛けられるんじゃないかと恐れたように。  そんな気持ちを知ってか知らずか、拓斗の唇が俺を求める。唇を、舌を、口腔を吸われる。  ああ。せっかく飲み込んだ息も、あまさず飲み込まれてしまった。呪いに掛けられて俺は……。  拓斗の顔を見上げると、拓斗はにっこりと笑った。  いや、今さらか。  ずっと昔から、俺はもう、かかっていたのだ。  それが呪いかお呪いかはわからないけれど。そしてこれからも、それは解けることはないだろう。 「ね、修学旅行の怪談って言えばね、こんな話を聞いた事が……」  俺は拓斗の顔に、思いきり枕を押し付けた。

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