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第6話

 手の平大の、楕円形に台形がくっついたような形のクッキーを焼く。  粉砂糖を水で溶いただけのゆるくて白いアイシングで周囲を縁取り。  クッキングシートを漏斗状に巻いた細い絞り口に緑に着色したアイシングをつめて、緑のツタが絡まる壁の模様を描く。  最後にチョコペンで文字を入れたら出来上がり。 「よし! 可愛くできた!」  拓斗はチョコペンを食卓に置くと、会心の笑みを浮かべた。春樹が見ていたら腰砕けになっていたであろう愛らしい笑みを。 「はーるき、一緒に学校いこ」  午前5時30分。  春樹が玄関を出ると、薄暗い歩道の上に制服姿の拓斗が立っていた。 「おお!? びっくりした。どうした、拓斗」 「うん、一緒に行きたいから待ってたんだ」 「えー。こんな早くから……。ほんとにどうしたんだ?」 「もう、いいから、とりあえず行こうよ」  拓斗に腕を引かれ、春樹は歩き出す。まだ頭の上に「???」が乗っているようで、拓斗の顔から目が離せない。 「あのね、今日、3月14日でしょ」 「あ、そうだっけ?」 「そうだっけって、カレンダー見ないの?」 「あんまり見ないなあ。あ、でも今日が金曜日だって事は知ってるぞ」 「もう。しょうがないなあ」  笑顔で軽くため息をついてみせると、拓斗は立ち止まり、かばんから紙袋を出して春樹に手渡した。 「今日、ホワイトデーだよ。プレゼント」 「おお!? 俺に!?」 「そうだよ、他に誰がいるの」 「なんで!?」 「なんでって、チョコもらったから、お返し」 「だってあれは、半分俺が……」  春樹は言葉をのむと、顔を真っ赤にして手で口を押さえた。  バレンタインデーにチョコを口渡しで分け合ったことを思い出しているのだろう、と当たりをつけた拓斗は口をふさいでいる春樹の手の甲に軽くキスをした。 「すっごくうれしかったんだから」 「……うん」  春樹は赤い顔のままうつむく。拓斗は春樹の手をとり歩き出す。 「これ、中身なにが入ってんの?」 「ひみつ。あとで開けてみて」 「……人に見られたら困るようなものか?」 「やだなあ、なにを想像してるの? 普通のものだよ、普通の」  春樹は横目でちらちら拓斗を見る。信用ならないという視線で。拓斗は知らぬふりで機嫌よく歩いて行く。  まだ風は寒いのだが、日が昇る時刻は徐々に早くなってきていて、住宅街を抜け田んぼの中の道を行く頃には周囲はすっかり明るくなっていた。スズメのさえずりや、ウグイスのまだへたな鳴き声などが聞こえる長閑な田園を二人は手をつないでぶらぶら歩く。 「だいぶ暖かくなったよねえ」 「お、めずらしいな拓斗が暖かいって言うなんて」 「僕だって季節のうつろいはわかりますよー。ちょっと寒がりなだけで」 「今日なんか冷え込んでるからさ。いつもならまだ布団の中だろ?」 「そうだけど、今朝は布団にくるまってるより暖かいよ」 「なんでだろうな」 「君と一緒だからかな」  春樹の耳が真っ赤に染まる。拓斗はにやにやとその横顔をながめる。春樹はうつむいてしまって拓斗の表情には気付いていない。会話もないまま、二人はそれでも満ち足りた気分で学校への道をゆっくりと歩いた。  寒い時期の野球部の練習はストレッチとランニングの時間が長くなる。体を温めて怪我を防ぐ目的だが、球児たちからは不満の声が上がる。はやくボールに触りたくて仕方ないのだろう。だが皆大人しく練習メニューに従うのは今の監督が来てから飛躍的にチームのレベルが上がったからだ。  春樹も昨年は鳴かず飛ばずだったが、三年生が卒業したらベンチ入りできるという話になっていて、練習に熱が入っている。あまりに夢中になりすぎて、拓斗のプレゼントのことを、昼休みまで忘れていた。 「あ」  弁当を取り出そうとカバンにつっこんだ春樹の手にリボンが触れた。朝のことを思い出し、水色のラッピングペーパーを黄色のリボンで包んだものをあわてて取り出す。  がさがさと音を立てて開けていると、隣の席から金子が首を伸ばしてきた。 「ま、まさかそれは、ホワイトデーのプレゼント!?」 「ああ。そうだけど」 「ま、まさかの拓斗ちゃまからの!?」 「ああ。そうだけど……。そのちゃまってなんだよ、ほんとに」  春樹のつっこみなど金子の耳には入らない。食い入るように春樹の手元を見つめる。春樹はしばしためらったが、大きく息を吸うと、金子の鼻さきで包みを開いた。  ふわりとあまい香りが広がる。包みのなかには大きなクッキー。白い壁にツタが絡まり「甲子園球場」と看板がかかった造形。甲子園球場クッキーだ。  春樹は呆然とクッキーを見つめる。 「ど、どうしたんですか、ますたー? まさか甘いものが嫌いとか……?」  春樹はがたんと椅子を鳴らして立ち上がると、クッキーをつかんで教室から飛び出した。 「どこいくんですか!? ますたー!?」  金子の叫びは春樹の耳には届かなかった。 「拓斗!!」  教室のドアを開けるなり叫んだ春樹を、拓斗のクラスの面々がいぶかしげに見やる。春樹はそんな視線にも気付かずに、つかつかと拓斗の元へ近寄る。 「どうしたの、春樹?」 「ちょっと来てくれ」  春樹は拓斗の腕をつかんで立たせると、ぐいぐい引っ張って拓斗を連行した。  階段を駆け上がり、屋上へ続く扉の前まで来る。  春樹は拓斗の手をはなし息を整えると、拓斗の目を見つめて抱きしめた。 「春樹?」  驚いて春樹の肩を押さえた拓斗の手をとり抱きしめて、春樹は拓斗にキスをする。拓斗の唇を割り、口腔を吸う。舌を絡めて、拓斗の髪を撫でる。  戸惑っていた拓斗も、ゆったりとキスを受けて目を細める。まるで喉を撫でられた猫のように。    春樹がやっと唇を離したとき、二人の息はすっかりあがってしまっていた。 「拓斗……、拓斗」  潤んだ目で春樹がささやく。 「春樹? どうしたの」  春樹は手にしていた包みを、拓斗の前で広げる。 「これ、ありがとう。俺……」  言葉にならなくて、春樹はまた拓斗を抱きしめる。 「おおげさだなあ、春樹は」  拓斗は春樹の背をぽんぽんと叩いてやる。春樹は涙をにじませ、鼻声になってしまっている。 「だって、ほんとうにうれしかったんだ。俺の大好きなもの、ありがとう」  拓斗が春樹の頬にちゅ、とキスをする。 「どういたしまして。ね、食べてみて。味も美味しく出来たんだよ」  春樹は体を離すと、手にしたクッキーをまじまじと見つめた。 「だめだ、勿体なくて食べられない」 「いくつでも作ってあげるよ?」 「でも……。これがいい。大事にとっとくよ」 「カビがはえても知らないからね。じゃあ、食べる用は別で焼くよ。今日、帰りに食べにおいでよ」 「おう! 楽しみにしてる!」  拓斗はにっこりと笑って春樹の頭を撫でた。  拓斗のクッキー製作は母親の美夜子さん仕込みで、小さなころから作っているから失敗知らず。そんじょそこらの洋菓子店とくらべても引けは取らないと拓斗は自負している。  春樹が帰ってくるまでにあまり時間がないので今回はアイシングはなし。  プレーンとココアの二色でボックスクッキーを大量に作る。春樹はクッキーが大好物で、あればあるだけ食べてしまう。  デパートで売っているような大容量の缶入りクッキーもぺろりとたいらげる。拓斗は小麦粉があるだけ全部クッキーに焼いてしまった。 「ただいま!」  玄関で春樹の声がする。 「おかえりー」  拓斗が言い終わらないうちに春樹は台所に駆けこんできた。食卓を一目見るなり 「おおおお!」  叫んで仁王立ちのまま固まってしまった。 「春樹、ユニフォームのまま帰ってきちゃったの?」 「着替える時間が惜しかったんだ」 「そんなに急がなくてもクッキーは逃げないよ。とりあえず、手を洗ってきたら?」  春樹は言われたとおり台所の向かいの洗面所へ行き、手を洗い、飛ぶような素早さで台所に戻ってきた。拓斗はくすくす笑いながら紅茶を淹れてやる。 「クッキーの前に、ごはん食べる?」 「クッキーだけでいい!」 「ほんとにクッキーモンスターみたいだよね」  拓斗が可笑しそうに笑うが、春樹はそれどころではない。椅子に座ってそわそわと体を揺らし、目はクッキーの山に釘付けだ。 「なあ、食べていいか?」 「どうぞ、ぜーんぶ春樹のだよ」  春樹は「いただきます」と手を合わせると、一枚つまみ、目の高さまで持ってくる。そしてしみじみ見つめてから、そっと口に入れ、噛み締めた。無言でさくさくと噛んでいく。 「ご感想は?」 「おいしいです!」  二枚目もそっと口に入れたが、さくさくと噛むスピードは先ほどよりもあがり、口にクッキーを運ぶペースも速くなり、最後にはリスのように、口いっぱいにクッキーを詰め込んで咀嚼していった。  拓斗はそれをにこにこと見守り、紅茶のおかわりを注いでやる。  三杯目の紅茶が無くなった頃、春樹のクッキーもすべて無くなった。 「ごちそうさまでした!! うまかったです!」 「おそまつさまでした。おいしそうに食べてくれてうれしいよ」  春樹はクッキーで膨れたお腹を抱えたまま、空中を見上げてほうけている。 「どうしたの、春樹?」 「……しあわせを反芻しています……」  拓斗はくすくす笑いながら、春樹の口の横についたクッキーの欠片をぺろりと舐めとる。 「そんなに幸せになれるなら、毎日クッキー焼いてあげようか?」 「ほんとか!? ……いや、やっぱり、いい」 「なんで?」 「大好物でも毎日食べてると、いつか飽きるかもしれないだろ? それが怖いから、たまにでいい」  拓斗は春樹の膝に座り、こつんと額をあわせる。 「君はほんとうにかわいいなあ」 「なんだよ、それ」 「大好きだよ」 「……俺も」  二人の唇がふれあう。春樹の唇から甘い香りがたちのぼる。やさしい香りのする口腔に拓斗が舌をのばす。春樹は拓斗の体を抱きしめながら背中をやさしく撫でた。  二人の唇が自然に離れると、春樹は拓斗を膝から下ろし立ち上がる。 「?」  拓斗を椅子に座らせると、パンツから拓斗のものを取り出す。 「春樹?」 「……クッキーのお礼」  耳まで真っ赤になった春樹は拓斗と視線を合わさないようにうつむくと、拓斗のものを口に含んだ。口をすぼめて上下にこする。舌をからめ、強く吸い、優しくなぞる。 「ああ……。気持ちいいよ」  拓斗が頭を撫でると、春樹はますます赤くなって、口の動きを早くした。拓斗はされるがまま身をまかせている。裏側を舐め上げ、先端を吸い、口中のすべての壁を使って拓斗のものを扱きあげる。 「春樹……。もういきそうだよ。このまま、いい?」  春樹は拓斗を見上げ、小さくうなずく。拓斗はその表情に身震いすると、ぴくりと体をゆらし、どくどくと精を吐いた。そのとろりとした感触を楽しむように春樹は口いっぱいに液体を溜め、舌で転がすようにしながらこくりこくりと少しずつ飲み下した。 「だいじょうぶ? まずかったでしょ?」  拓斗の言葉に、春樹はにこっと笑うと、 「すんげえ甘くてうまかった。ごちそうさん」  そういって唇をぺろりと舐めた。  その姿に拓斗の背中にぞくりと何かが走り、椅子から滑り降りると、春樹の唇に吸いついた。そのまま床に押し倒し、春樹のベルトをはずしユニフォームのズボンを脱がせると、春樹のものをにぎり込んだ。それはすでに立ち上がっていて、先端はぬめりを帯びていた。  春樹のものと拓斗のものを一緒に手に握り込むと、拓斗はそのままゆっくりと扱きだした。 「!!」  あわせた唇の間から春樹が荒い息を吐く。拓斗の呼吸も速くなる。  濡れていた拓斗のものと、春樹の先端から滲み出すもので、指の滑りが良くなり快感が増す。二人の息はますます上がり、口を塞いでいられなくなる。 「っああ、んん! たくと、たくとお」  春樹は熱に浮かされたように拓斗の名を呼び続ける。拓斗は片手で扱きつつ、片手で春樹の肩を抱き、小さな口づけを落とし続ける。 「あん、も、だめえ……。あ、あ、あんん!!」  春樹の先から乳白色のものが勢いよく溢れだす。拓斗はそれを手に取ると、春樹の後ろに塗りこめる。 「ぁ……、たくとお、も、むりぃ」 「むりって言われても、僕も無理」  拓斗は性急に春樹のなかに突き進む。 「っあああ!」  歓喜の声が春樹の唇から零れ出る。拓斗は強く腰を打ち付ける。春樹の足をつかみ、高くあげる。 「いやぁ……、あっあっ! んああ!」  激しい突き入れのたびに春樹の口からは高い声が飛び出す。拓斗はその唇をキスで塞ぐ。  春樹は鼻声で鳴きつづける。 「春樹……、春樹!」  拓斗は叫ぶように名を呼び、春樹のなかで果てた。  台所の床は冷たくて、でもその冷たさが熱を孕んだ体には心地よくて、二人はそのままの姿勢で寝そべっていた。 「大好きなものって、ほんとにいつかは飽きると思う?」  拓斗の問いに、春樹は顔を上げる。 「なんだよとつぜん」 「さっき、君が言ったでしょ。飽きるのが怖いから、毎日はやめとくって。本当はどうなんだろう」 「さあな。やってみないとわからないけど、やってみて嫌になるのは嫌だよな」  拓斗は春樹の首にぎゅっとしがみつく。 「僕たちも、いつか飽きる日が来ると思う?」  春樹は驚いて目を丸くする。拓斗の顔は真剣で、真面目に心配しているのだとわかった。 「さあな。やってみないとわからない。けど……」  ぎゅっと拓斗を抱きしめる。 「飽きるのが怖いからって、一緒にいるのをやめたりしない」  拓斗は猫のように目を細めて春樹を抱きしめ返す。 「そうだね。いつまでも一緒にいようね」 「飽きてもだぞ。飽きても一緒にいるんだからな」  めずらしい春樹の甘えた言葉に見おろすと、春樹は耳まで真っ赤になっていた。拓斗はそんな姿がいとしくていとしくて、春樹の髪を撫でるとそっと優しく唇を落とした。

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