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第8話 胎動

「ふふふふふふふふ」 「なんだよ、拓斗、上機嫌だな」  二人並んで登校する坂道。  新学期初日の今日、春樹と拓斗は高校二年生になる。 「ふふふ。僕ね、おまじない得意なんだ」 「へえ。どんなことするの」 「いもりの黒焼きと蚊の目玉とガマガエルの汗を煮込んで……」 「……いや、ちょっとまて、それはおまじないじゃなくて、呪いなのでは」 「いやだなあ。れっきとした古式ゆかしいおまじないだよ」 「そ、それならいいけど……。で?そのおまじないで何が起きるんだ?」 「ふふふ。僕と春樹は同じクラスになります!」 「お、断言したな。4クラスしかないから確率は高いけど、絶対とは言えないだろ?」 「ううん、絶対だよ!」 「ほほう。強気できたな。じゃあ賭けるか?」 「いいよ。負けたら何でも言うこと聞く! でいいよね?」 「ああ。俺は違うクラスになる、に賭ける」」 「ふふふ。僕は同じクラスになると思うけどなあ」  拓斗はにこにこと上機嫌で歩いていく。その自信満々な横顔に、春樹はちらりと不安を感じた。  校門を潜り、校舎前にたどり着くと、掲示板の前には人山ができていた。 「ますたあー!!」  金子が叫びながら走り寄ってくる。 「うわ、なんだよ!」 「もう……、もう私は神も仏もしんじませえん」 「鼻水を垂らすな、金子!」 「わた、わたしは!! 私の運のなさをのろいますう!」 「あ、春樹と僕、同じクラスだよ、やったね」 「え! そうなのか!?」 「せっかくお二人が同じクラスになられたというのに……。金子は! 一番遠いD組になってしまったんですう!!」  金子は春樹の胸ぐらを掴んでガクガクと揺さぶる。 「……ああ、まあ、気を落とすな」 「これが落とさずにいられますか!!」 「いや、知らねえよ」  揺さぶられながら呟く春樹を援護するように拓斗が口を挟む。 「そうがっかりしないで、金子さん。どうせ僕達のことストーキングするんでしょ?」 「ストーキングだなんて、そんな!! 金子はお二人のことを遠くからこっそり見つめるだけです!!」 「うん、それがストーキングだよね」 「おい、いい加減教室行くぞ」  春樹の号令で、三人は動き出した。  春樹たちの教室の前で泣き叫ぶ金子を追いやり、二人は新しい席を探す。  新年度、最初の席は名簿通りにならんでいるようで「宮城拓斗」と「牟田春樹」は前後くっついた席次だった。 「ふふふ。ふふふふふ」 「なんだよ、拓斗。なんかおかしかったか?」 「うれしかったの。君と席が近いのって中学以来だし、賭けには勝ったし。さあ、なにを命令しようかなあ」  口の端をひくつかせながら春樹が言う。 「め、命令って……。なんか生々しくないか? お願いとか言っといた方がなごやかでいいと思うぞ?」 「いや、命令と呼ばせてもらうよ。ふふふふふ」 「……その笑い、こわいぞ」  なんだかんだとしゃべっていると時間はあっという間に過ぎる。  二人そろって新学期を迎えることが妙に新鮮で、春樹の口元は自然とゆるむ。 「なに笑ってるの?」 「ん? 笑ってないぞ」 「なんか顔がにんまりしてるよ」 「そんなことないだろ」 「ゆるんでるって」 適当に喋りながら、始業式がある講堂へ移動する。 相変わらず長い校長先生の講話をあくびを噛み殺しながら聞き流し、新年度の心構えなど注意を受けて、多少背筋を伸ばし。 いつものようでいつもと違う新しさを感じていた。 「つぎは新任の先生の紹介です……」  名前を呼ばれ、数名の見なれぬ教師が壇上に上る。春樹はあくびをしながらぼんやりと新しく赴任した教師達を眺めていたが、ふと拓斗の様子がおかしいことに気付いた。  小刻みに体を震わせ、壇上に釘づけになっている。 「おい、拓斗……?」  小声でささやきながら肩越しにのぞきこむと、拓斗の顔は蒼白になっていた。 「おい、どうしたんだよ、大丈夫か?」  軽く肩を揺すると、拓斗ははっとした様子で我に返り、春樹の方に振り返る。 「あ、ああ。大丈夫だよ。ちょっとぼーっとしただけ」 「ちょっとじゃなかったぞ、顔色悪いじゃないか」 「大丈夫だってば」  そう言って拓斗はふいっと顔をそらす。春樹は軽くため息をついて自分の立ち位置に戻る。 「きりゅう……」  拓斗の口から洩れた言葉は、春樹の耳には届かなかった。

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