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第13話

 最近のますたーの腑抜けぶりは目に余るものがあります。ずっとぼんやりしていますし、何より目がうつろです。  原因ははっきりしているのです。  拓斗ちゃまがますたーを避けつづけているからです。  あんなにますたーを愛してやまない拓斗ちゃまが!!  ますたーを愛してやまない拓斗ちゃまが!!  なんの理由もなくますたーから逃げ回るはずがありません! きっと深い事情があるに違いありません!!  腑抜けたますたーは金子がいくらせっついても動こうとしません。  きっと、拓斗ちゃまに嫌われたのでは……? なんて疑心暗鬼に陥っているのでしょう。  でも金子は知っています。拓斗ちゃまが、どれほどますたーを愛しているか。  というか、愛していてくれないなら。愛を再燃してくれないと金子の萌えが無くなってしまうじゃないですか!!  ここは一つ、金子が一肌脱いでお二人の仲を元通りにしなくては!  合言葉は、レッツ・萌え!!  しかしです。  ますたーを尾行するのはいとも容易いですが、拓斗ちゃまは金子の追跡を敏感に察知してしまいます。どうやって気づかれないように後をつけるか……。  退屈な授業の合間に、窓から外を見下ろしつつ考えていると、なんと拓斗ちゃまが校舎の陰に隠れるように、部室棟に向かっているじゃあありませんか!  まだ授業が終わるまで3分あります。きっと拓斗ちゃまとますたーのクラスは早めに終わったのでしょう。金子のクラスはまだまだ鋭意、授業中ですが、構ってられません。拓斗ちゃまを尾行しなくては!!  先生に気づかれることなく教室から脱出して部室棟に向かって走りました。渡り廊下にたどり着いたら足音を忍ばせて進みます。  さっき見た拓斗ちゃまの歩くペースならまだ近くにいるはず……。  渡り廊下から角を曲がると部室が並ぶ建物に入ってしまいます。そちらは素通しで隠れる場所がありません。私は廊下の角に潜み、手鏡で角の向こうを確認します。  いました。  拓斗ちゃまは野球部の部室の前で、その扉を見つめています。  嗚呼、やはり拓斗ちゃまは今もますたーのことを愛しているのですね! 離れていてもますたーのことを考えて…… 「金子さん」  びくっと身がすくみました。 「ついてくるの、やめてくれる?」  角の向こうから拓斗ちゃまの冷ややかな声が聞こえます。  金子は頭から血の気がひくような気持ちを味わいながら、そうっとその場をはなれました……。  しかし!! 金子は諦めません、萌えまでは!! 次は放課後にリトライです!!  授業をサボり、ますたーのクラスの近くに隠れます。  この時間ならさすがの拓斗ちゃまも金子が潜んでいるなんて思いもよりますまい。ひひふふ。  授業終了の鐘の音とほぼ同時に拓斗ちゃまは教室から出てきて足早に歩いていきます。この方角は科学室に違いありません!!  金子は階段をかけ上がると、別方向から科学室が見えるベストポジションへ走りました。案の定、拓斗ちゃまは科学室へ入って行きました。  今日は天文部の活動日ではありません。なんの御用事でしょうか。気になります。  金子が見つかることを覚悟して科学室へ忍び寄ろうとした時、廊下の向こうから桐生先生がやってきました。金子はとっさに身を潜めます。  そんな金子には気付かず、桐生先生も科学室へ入っていきます。  ナイス!! 先生!!  他の人がいれば、拓斗ちゃまも金子の気配に気づかないやもしれません。  科学室のドアをほんの少しだけ開けて中の様子をうかがいます。  ……おや? 人影がない。  さらにドアを開けて中をのぞいてみても、拓斗ちゃまも桐生先生もいません。では、科学準備室ですね。  そっと近寄って準備室のドアの前に立ちます。分厚い防火扉。なにやら話しているような気配はありますが、話の内容までは聞こえません。  金子は意を決して扉に手をかけました。  ……鍵が、かかってる。  しばらく扉の前に立っていましたが、話し声はやんだように思われます。けれど二人は出てきません……。  隠れて科学室を観察できるポイントに戻り、拓斗ちゃまが出てくるのを待ちます。  一時間ほど待ったでしょうか。先に科学室から出てきたのは桐生先生でした。扉を閉めて、しばしその扉を見つめています。  それは拓斗ちゃまが野球部の部室を見つめていた姿に似て。  桐生先生が立ち去ってしばらくたったころ、拓斗ちゃまが出てきました。疲れはてたような様子で。自分の腕を強く握りしめて。うつむいたその顔は蒼白でした。    金子はそれ以上、拓斗ちゃまの後をつけることもできず呆然と立ち尽くしてしまいました……。  我にかえり、ますたーのもとへ走りました。まだ野球部は練習中のはず!  野球部員が散見するグラウンドに、ますたーはいました。しかし、その隣には桐生先生が……。ますたーの目は全幅の信頼を帯びて桐生先生に向けられています。  金子は……、金子はますたーになんと言えばいいのでしょう。  証拠は何もありません。すべては金子の勘でしかありません。  それでも。  それでも。拓斗ちゃまに、あんな顔をさせ続けるわけにはいきません。  金子はますたーに駆け寄っていきました。

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