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第18話

いつもの帰り道、拓斗と手を繋いでてくてくと歩く。 さすがに学校で手を繋いだりはしないけれど、人通りの少ないところでは、俺たちは当然のように寄り添っている。小さい頃に戻ったようで、なんだか気恥ずかしい。  田んぼ脇の道は、初夏の風がさわやかで、部活で焼けた陽射しの名残で汗ばんでいた肌を、ひいやりと冷ましてくれる。拓斗とつないだ手も、体温の低い拓斗の肌に冷やされてとても心地良い。 「涼しいねえ」 「そうだな」 「もうすぐ夏がくるねえ」 「そうだな」 「大会が始まるねえ」 「う……」 「ほんとにプレッシャーに弱いよね」  拓斗に苦笑いされる。  全国高校野球選手権大会。甲子園への切符をかけた闘いがもうすぐ始まる。そう考えただけで、胃に穴が開きそうだ。 「そんな感じで大丈夫なの? ピッチャー」  今年、俺は控えの投手に選ばれていた。選ばれた瞬間は飛び上がって喜んだ。補欠から一転、ベンチ入り。しかも憧れの投手だ。  だが、日が経つにつれ、練習試合を繰り返すにつれ、俺の肩は重い石が積み重なるかのように次第次第に下がっていった。  今日などは監督に大目玉を食うほど、ひどい投球フォームだったらしい。監督は苦い表情で呟いた。 「こりゃ、桐生先生に何とか時間をつくってもらってコーチを……」 「や、やりなおします、自分で!! 時間をください!!」  俺が90度に腰を曲げて頭を下げると、監督はなんとか思い直してくれた。  俺はがむしゃらになって投げ続け、なんとか及第点は貰えたものの、 「やっぱり、コーチを……」  という監督の言葉におののき、追加ランニングでやる気を見せておいた。  そんなやりとりを拓斗に知られたら、また心配をかけてしまうから、俺は何も言えないでいる。 「ピッチャーって花形なんだから、堂々としていた方がいいんじゃない?」 「堂々とするのはエースだけでいいよ」 「でも交代したら、春樹だってエースと同じ場所に立つんだよ?」 「ぅ……」 「見た目からショボくれてたら、相手チームが調子に乗るんじゃない?」 「うぅ……」  耳が痛くて、しかもタコができそうだ。ここしばらく、拓斗とはこんな会話ばかりしている。なんだか『前門の拓斗、後門の桐生先生』みたいな気がしてきた。 「な、なあ、ホタル、見に行かないか?」 「うん! 行く!」  苦しまぎれに提案した俺の言葉に、拓斗は嬉しそうに頷いた。俺はほっと胸を撫で下ろして拓斗の手を引っ張り、町の山側に向かった。  この町は田舎なので、川を上流に少し歩くだけで、すぐにホタルの生息地帯にたどり着く。そのせいか、町の人間でわざわざホタル狩りをしようなんて風流なやつは少ないらしい。ホタルの名所として近隣に知られている自然公園についても、人影は見当たらない。 公園に入ったあたりから急に気温が下がり、肌寒いくらいになってきた。人影のなさがそれに拍車をかける。  今年は長梅雨でホタルにとっては過ごしにくい気候だったのか、川縁を飛んでいる黄色の柔らかな光は例年より数が少ないように見えた。 「きれいだねえ」 「ああ、きれいだな」  ぼんやりとホタルの乱舞を見守る。小さなホタルの美しい求愛行動。  あの黄色の光が探している相手は、この闇の中、無事に見つかるのだろうか。それとも、闇にとらわれ短い命を消すのだろうか。 「春樹?」  俺は無意識の内に拓斗の手を握る手に力を込めていたらしい。拓斗が不思議そうな表情で俺を見つめている。そうだ、俺たちは闇の中でもお互いを見失わないように手を繋いでいるんだな。  俺は首を伸ばして拓斗に口づけた。 「どうしたの?」  拓斗の柔らかな微笑み。俺を探して光ってくれているみたいな綺麗な微笑み。  俺はもう一度、拓斗に口づけた。  川沿いをぶらぶら歩く。どこまで行っても黄色の光は、続いていく。 「ホタルってね」 「うん?」 「人の魂をのせて飛んでるんだって」 「そうなんだ」 「だから、ホタルの光を近くで見ると、亡くなった人の姿が見えるらしいよ」 「そうなんだ」  拓斗は黙ってうつむいてしまう。親父さんのことを思い出しているのかもしれない。 「捕まえようか?」  拓斗は顔をあげ、川面にうつるホタルの光を見つめていたが、ふいに俺の方に振り返ると、そっと俺の唇に触れた。目を閉じて拓斗の体に手を回す。川岸の涼しさですっかり冷やされた体に、拓斗の体温がささやかな暖かさをくれた。  俺たちはしばらくそうしてお互いを暖めあった。  帰り道、俺たちは相変わらずぶらぶらと歩く。 「ぐう」 「お腹が文句を言ったねえ」 「さすがに腹へったな。胃が空っぽだ」 「早く帰ってご飯食べなきゃね」  そう言いながらも、俺たちは歩く速度を変えない。一緒にいる時間がもったいなくて、いつまでも手を握っていたくて。 「……早く帰らなきゃね」  呟いた拓斗の手をぎゅっと握る。  毎日会っているのに、どうしてだろう、毎日毎日、もっと一緒にいたくなる。一緒にいる時間が永遠に続けばいいのにと想う。 「あ、ホタル」  見上げると、ホタルが一匹、ふわふわと飛んでいた。 「俺たちについてきたんだな」 「案外、父さんの魂だったりしてね」  拓斗がそう言うと、ホタルは拓斗のそばをすり抜けて、川の方へ戻っていった。  見送る拓斗の背中が、寂しそうに見える。 「捕まえようか」 「ううん、いいんだ」  拓斗が俺を抱き締める。 「春樹が僕の光だから。君がいれば、いいんだ」 「俺も」 「うん?」 「俺もお前がいればいい」  すぐそばにある拓斗の瞳を見つめる。唇が近づいて 「ぐう」  盛大な腹の音に、俺たちは顔を見合せ、笑う。 「帰ろう!!」  手を離し、拓斗が駆け出す。 「競争!」  俺は思わず吹き出してしまう。 「野球部の新星に勝てると想うなよ!!」  全力で拓斗の背を追う。ああ、もしかしたら俺は今、黄色の光を放っているかもしれないな。  そう思って、なんだかおかしくなって、また笑った。

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