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第20話
……金子は思わず逃げてしまいました。
宮城くんが金子の方へ手を伸ばしたとき、金子は全身、総毛立つのを感じました。
……宮城くんは、ますたー以外の人間の事なんか、毛ほども気にかけていない……
金子は思わず逃げてしまいました。
金子と拓斗ちゃまはますたーが部室の掃除を終わるまで歓談しながら待っていました。
「それにしても、遅いね、春樹」
「ほんとですねえ。掃除中にうっかり足を滑らせてロッカーに激突してあふれた荷物の下敷きにでもなっているのでしょうかね?」
「……ホントにありそうなシチュエーションで突っ込みきれないな」
「あの、金子の言葉に突っ込みしかくださらないのはすでにデフォなんですか……?
まあ、それは置いておいて。あんまり遅いと気になりますね。金子がひとっ走り見てきましょうか?」
両手を振り上げ片足を上げ、全力疾走の予備動作に入った金子を拓斗ちゃまが優しいけれど冷ややかな笑みで止めました。
「いや、僕が行くよ。金子さん、もう帰りなよ。遅いから気を付けて」
そういうと有無を言わさぬ決然とした後ろ姿で、野球部の部室へ向かいました。
渡り廊下を曲がり、部室棟の並びに入っていった拓斗ちゃまの後を追い、金子は曲がり角の壁にぴたりと身を張り付け、手鏡でそっと角の向こうを覗き見ようと……
「金子さん」
角から向こうに差し出した手鏡には、拓斗ちゃまの満面の笑みが映っていて……
「金子さん」
「は、はいぃぃ!!」
「もう帰りなさいね」
「は、はいぃぃ!!」
金子の手鏡の中、拓斗ちゃまの背中はだんだん小さくなりましたけれど、その迫力に、金子はそれ以上、追跡することができなくなりました……。
いつものツツジの植え込みの中にひそみ、金子は部室の方角をにらんでいました。
嗚呼、あの角を曲がっていけば、ますたーと拓斗ちゃまの、あ〜んなことや、こ〜んなことを垣間見られるでしょうに……。
想像して思わずにやけた金子の耳に、靴音が聞こえてきました。
ますたーか拓斗ちゃまだったら、なにをしていたか聞き出すべし!
こぶしを握って待っていると、部室棟の角から、男性が姿を現しました。
……桐生です。
左手で口元を覆っていますが、全身の雰囲気でわかります。
満面の笑みを浮かべていることが。
桐生は金子に気づくことなく通りすぎて行きました。
しばし、その後ろ姿を眺めていましたが、はっと気づきました。
ますたーの身になにか起きたのでは!?
野球部の部室へ走り、その扉を開けました。
そこには……。
ますたーの首に両手をかける宮城くん。それに抗うそぶりも見せない蒼白のますたー。
宮城くんの両手にだんだんと力が込められていきます。
「な、なにしてるですか!?」
思わず叫んだ声に宮城くんが振り返りなにか答えました。けれど金子はなにを言われているのか、宮城くんがなにをしようとしているのか、瞬時には理解できなかったのです。
ただ、金子はここにいてはいけないという思いにかられ、踵をかえしました。
ますたーのことは気がかりでした。でも、ますたーのそばに宮城くんがいる限り。宮城くんのそばにますたーがいるかぎり。二人は大丈夫だという気持ちがお腹の底から沸いてきました。
ツツジの植え込みのところまで走って戻ってきて、金子は足を止め息を整えました。そのまま茂みのなかに潜もうと思ったのですが、ふいと先ほどのことが思い出されました。
桐生です。
桐生は野球部の部室から出てきたに違いありません。
ますたーと桐生の間に抜き差しならない何かが起き、そこへ拓斗ちゃまが行き合い。
桐生は。
楽しそうに笑っていた。
部室に残っていたますたーを蒼白にさせて。
拓斗ちゃまを怒らせて。
金子はムラムラと腹の底から怒りが沸いてくるのを感じました。
ますたーを怖がらせ、拓斗ちゃまを怒らせて、自身は笑っている。
桐生を許せない。
桐生を許さない。
金子は、ますたーと拓斗ちゃまの幸福のためなら、どんなことだってしてみせる。
それが、金子の萌えスビリット!!
ガッツポーズを夜空に突き上げ、金子はかたく誓いました。
……誓いました。が、ど、どうしましょう……。
いったい、金子は何をすれば……。
いつものクセで、ますたーのお側に近づこうとして、はっとしました。
桐生を監視しましょう!!
ますたーに近づきそうになったら金子が邪魔をしてやりましょう!!
ガッツポーズを夜空に突き上げ、金子はかたく誓いました。
おのれ、桐生!!
ますたーの笑顔と金子の萌えを絶たんとする悪行、ゆるすまじ!
見ていてください、ますたー!!
金子がますたーと拓斗ちゃまの邪魔をするものを断ち切ってみせますからね〜!
金子は野球部の部室の方角をちらりと見ました。
嗚呼、今すぐそこに駆けつけたい……萌え成分を摂取したい……
でも、だめだめ!
桐生を追うってきめたから!
ぱん!と両手でほっぺたを叩き、気合いを入れて、金子は夜の校舎に向かい駆け出しました。
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