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第22話
「……あの。あの、拓斗さん?」
「……」
「あの、拓斗さん?」
「……」
「拓斗? なあ、お前、なんか怒ってる?」
俺が恐る恐る拓斗の肩をつっつくと、拓斗はピクリとふるえ、「今あなたに気づきました」と言わんばかりの驚き顔で俺を見た。
「え? なに?」
「……や、やっぱ、いいです……」
「なにさ、気になるなあ。なんて言ったの?」
「いや、いいです……」
「いいなさい」
「……やっぱり、なにか怒ってる」
「いや、怒ってないよ?」
そらぞらしい惚けっぷりにツッコミを入れようとしたとき、廊下の向こうから女子生徒が走ってくるのが見えた。
「宮城せんぱーい」
呼ばれた拓斗のコメカミがひくりと引きつる。丸かった目が三角につり上がる。
拓斗は駆け寄ってきた女子生徒と俺の間を塞ぐように立ち位置を変えた。
「宮城先輩! 桐生先生に掛け合ってください!」
「しつこいな。顧問は中村先生だって何度言ったらわかるの、斉藤さん」
「だって私、桐生先生が顧問じゃなかったら、天文部に入った意味ないですもん!」」
「じゃあ、やめれば?」
「そんなもったいない!! せっかく科学室に入りびたる口実ができたのに!!」
拓斗は横を向いて、さも嫌そうに溜め息をついた。
「科学室くらい、いつでも好きなときに来たらいいでしょ」
「だって! 見つかったら中村先生に叱られるもん!」
斉藤と呼ばれたその女子生徒は、セーラー服のスカーフの色から一年生なのだとわかった。軽く茶色がかった髪でかなり目立つくらい化粧をしている。
真面目な拓斗が敬遠するようなタイプだった。
「とにかく、その話は終わりです」
「えぇ〜、そんなぁ」
「文句があるなら、どうぞ退部してください」
そう言い残すと、拓斗は俺の腕を引っ張り、その場を離れた。斉藤は恨みがましい目で拓斗の背中を睨んでいる。
「なあ、いいのか」
「いいんだよ。色ボケした新入部員なんかお断りだね」
「色ボケって……、ちょっとひどくないか?」
拓斗は無言で、けれど速度を上げた足並みから怒りが感じられる。ああ、怒らせてしまった。
無人の男子トイレに引きずり込まれ、個室に連れ込まれた。
俺は背中を個室の壁に押し付けられた。拓斗は壁に手を突き、逃げられないよう、その腕の中に俺を閉じ込めた。
「春樹は僕と桐生が近づいてもいいの?」
「それはイヤだけど……」
「彼女は桐生が顧問だと勘違いして天文部に入ったんだ。間違いがわかったんだから、さっさと辞める。それだけだよ」
「それはそうなんだろうけど……」
拓斗の妙な迫力に、俺は視線をそらした。
「けど?」
「なんだか辞めたくなさそうだったからさ、あんなにきつく言わなくても……」
拓斗は思いきり溜め息をついた。
「彼女は入部届けを出しに来たとき、開口一番『先輩、彼女いますか?』って聞いてきたんだ」
「え?」
「いないと答えたら『じゃあ、アタシはどうですか?』だってさ。僕の名前も知らないのに」
「ええ?」
「あげく、桐生だよ。つきあってられないよ」
俺の口から、苦笑が漏れる。
「それはなんというか、ご愁傷さまでした」
「まったくだよ」
そう言うと拓斗は俺の唇を塞いできた。短く軽いキスを何度か繰り返し、顔を離す。
「で、なんで俺はトイレに連れ込まれたのかな?」
「色ボケの肩をもったから、お仕置き」
そう言いながら拓斗は俺の顔を両手ではさみ、優しいキスを落とす。チュッ、チュッ、という小さな音が、静かなトイレに妙に反響していく。俺は拓斗の胸を押し、キスを止めようともがく。拓斗は知らぬふりで、ますます音をたてる。
俺は拓斗に抱きつくと、唇を割り、舌を侵入させた。拓斗がそれにこたえる。
外に漏れる音は小さくなったけれど、頭の内側に熱をもった水音が響き、次第に俺は熱くなっていく。
始業を知らせるベルが鳴る。
拓斗は聞こえたのか聞こえていないのか、俺の背を抱く腕に力を込めた。
次は科学だったな、と思うと授業などどうでもいいような気分になって、俺は拓斗のするにまかせた。
拓斗の手は徐々に滑り降り、俺の尻を優しく揉む。むず痒いような刺激に、俺は立ち上がっていく。もっと強い刺激が欲しくて拓斗の手に体を擦り付けようとするけれど、そのたびに拓斗はするすると逃げていく。
たまらなくなった俺が唇を離し拓斗を見上げると、拓斗はじっと俺の目を見つめた。
「春樹、だいすき」
真顔で言われて、なんだか気恥ずかしくなってうつむいた俺の額に拓斗が口づける。
「かわいい、春樹」
拓斗は俺の髪を撫でながら、その手を徐々に下ろし、耳を、頬を、唇を。首を、肩を、胸を撫でる。俺の背をぞくぞくと快感がかけのぼる。
同じように感じて欲しくて、俺も拓斗の体に手を這わす。
「ふふ、くすぐったいな」
「気持ちよくない?」
「半分、くすぐったい、半分、気持ちいい。でも僕は君がよがってるところを見るほうが気持ちいいよ」
「よがってる、って……そんな」
反駁しようとした俺の唇をキスで塞ぎ、拓斗は俺のベルトをはずす。制服をずり下ろすとしゃがみこみ、俺のものを手でしごいた。
「んんっ!!」
「ほら、よがってる」
「よがってなんか……ぁっ!」
拓斗の口のなかに含まれ、俺は固さを増す。拓斗は口をすぼめて前後に頭を動かし、俺を追いたてる。
「はっ……あん……や……」
上ずった声が喉から飛び出す。拓斗はにやにやしながら俺を見上げている。
「ぁ……拓斗、もう……」
言いかけると、拓斗は口を離してしまった。
急速に高まっていたものを放り出され、俺は立ちくらみのような感じを覚えた。
拓斗は俺の体を支えてくれながら、便座に座り拓斗自身を取り出すと、俺の腰をつかみ、引き寄せた。
しばらく迷ったけれど、俺は拓斗の足をまたぐようにして、正面から拓斗に抱きついた。
「自分で入れてみて」
拓斗の目を見る。拓斗はにっこりと笑う。ああ、俺はこの笑顔に逆らえないんだ。この笑顔のためなら、なんだってやってしまう。
自分で中を広げるように左右に開きながら、拓斗のものの上に腰を落とす。
「んっ、ふぅ、ん」
鼻にかかったような声がもれて、なんだか恥ずかしくて、俺はうつむいた。
「ああ、全部入ったね。上手だよ」
拓斗がさらりと俺の髪を撫でる。
「そのまま、自分のものを握ってごらん」
ちらりと目をあげると、拓斗はあの笑顔で俺を見ている。見られているはずかしさに、ますます深くうつむきながら、俺はそっと自身を握りこんだ。
「顔、真っ赤だよ」
拓斗がくすくすと笑う。
「っ、わらうなよ!は、恥ずかしいんだから……」
拓斗が俺の額に、こつんと額をつける。
「好きだよ」
軽くキスをして、俺の手を上から握り混むと上下に動かしだした。
「ぁっ! あぁ、あっ!!」
同時に腰も突き上げられる。
「ほら、よがってる」
「やっ、あ、ちがうっ」
「なにがちがうの」
俺は答えられず首を横にふる。俺の前からも後ろからもずちゅずちゅと水音がして、俺を淫靡な気持ちにさせていく。
拓斗の動きに、俺の声は徐々に大きくなる。
「あまり声を出すと外に聞こえるよ」
俺が口を押さえようと手を動かすと、拓斗がその手を握った。
「キスして」
俺は言われるままに片手で拓斗にしがみつくと、唇に吸い付いた。激しく舌を吸いあい、すすり飲んだ。心臓はどくどくと速く打ち、俺の身体中の体液はすべて拓斗に支配されていた。
「んん!」
拓斗にきゅっと握りしめられ、口の端から声がもれだす。その声も飲み込むかのように拓斗がぺろりと俺の唇を舐めた。
「そろそろかな?」
「んっ、おれ……もぅ……」
そう言うと拓斗は突き上げを速くした。
「っあ! あん、あん、ふっ……う」
快感が波打って身体中を駆けめぐる。握りこまれたものが爆発しそうだ。
「ぁ、拓斗、拓斗……」
「ぅ、ん?」
「もう、もう」
「もう、なに? 言って」
ああ、拓斗が笑ってる。
「もう、だめ……イク…」
「わかった」
拓斗が俺を強くしごき、腰を大きく突き上げる。
「やっ、ああ!」
俺たちは一緒に果てた。
「で? あなたたちは私の授業を受けずに何をしていたのですか?」
放課後の職員室。
授業をサボった俺と拓斗は桐生先生に呼び出された。
何をしていたか、と聞かれても、なんとも答えようがない。俺はうつむき、拓斗はそっぽを向いた。桐生先生は小さく溜め息をつくと、手を振って俺たちを追い払うしぐさをしてみせた。
「わかりました。もういいですよ。反省文、レポート用紙二枚。それでいいでしょう」
「「すみませんでした」」
俺たちは頭を下げ、職員室を出た。
「もう、ますたーも拓斗ちゃまもなにやってるんですかあ、自分から桐生に近づくようなことして」
後ろからも聞こえた声に振り返ると、金子が仁王立ちで腕を組んで、俺たちを睨んでいた。
「金子、なにやってるんだ? こんなところで」
「た、ただの通りすがりですよ。それより! らぶいちゃするのはいいですけど、TPOを考えてくださいですよ!」
「ら、らぶいちゃって……、俺たちは別に」
「ますたー、首のところ赤くなってますよ」
「!!」
急いで首を押さえた俺に拓斗が冷静に言う。
「今日は首にはキスしてないよね」
「たっ、たくと!」
「萌える会話中になんなんですが、もう桐生に近づかないでくださいよ!? 見てるこっちがヒヤヒヤします」
「だから、見るなよ!」
「それより金子さん、ちゃま、っていうの、やめてね」
「宮城せんぱーい」
廊下の向こうから聞こえた声に拓斗はうんざりした顔で振り返る。
「先輩、桐生先生のところに行ってたんでしょ!? 顧問になってくれるって言ってた!?」
「だから何度も言うけど、顧問は中村先生……」
「やあだ、やっばり。アタシが直接言って……」
「ちょっと待つですよ!!」
割って入った金子を斉藤がしげしげと見やる。
「なに、あんた」
「桐生先生を天文部になんてとんでもないですよ! 冗談ポイですよ!」
「あんた、何部よ!?」
「へ? 漫画研究会ですけど……」
「漫画なんか科学と関係ないじゃない! 国語か美術の先生に顧問してもらえばいいでしよ!!」
「はあ?」
「漫画研究会に桐生先生は渡さないから!!」
金子がぽん、と手を打つ。
「その手があったですか!」
くるりときびすを返して職員室に駆けていく。
「桐生先生〜、漫画研究会の顧問になってくださ〜い!」
「あ、待ちなさいよ!!」
走っていく二人をあっけにとられてみていた拓斗が、ぽつりと言う。
「桐生はたしか、野球部の顧問だったよね」
「ああ。まあ、あんまり見かけないけどな」
職員室からは、金子と斉藤がぎゃあぎゃあ言う声が聞こえてくる。
「……行こうか」
「そうだね」
俺たちは静かにその場を後にした。
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