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第25話

 今日も今日とて桐生の金魚のフンしている金子ですが、いいかげん飽きがきました。  桐生は毎日、毎日、それはもう、毎日、規則正しく勤務する優良教師みたいな顔しているんです。しかも女子にキャーキャー言われてもててもてて……。 「ちょっとアンタ! いいかげんにしな!」  きーきーした声に振り返ると、そこには相も変わらず斉藤えみりが立っています。天文部に入部したその日から幽霊部員で拓斗ちゃまに迷惑をかけて、あまつさえ桐生を天文部顧問にしようという悪辣な計画を掲げる女。つまり、金子の敵です。 「なんですか」 「なんですかじゃない! 桐生先生の周りをうろうろすんなって言ってるの!」 「あなた、上級生に向かってその口のきき方、どうなんですか」  斉藤はふんっと鼻で笑います。 「上級生? それが? 年が一個か二個ちがうだけで偉ぶんな」 「年は一歳、二歳と数えるのです。知らないですか?」 「馬鹿にしてんじゃないわよ!」  斉藤の右手が高くあがり、金子の頬めがけて飛んで来ます。金子は体をわずかに左に回し、右足を半歩引き寄せ重心を右足にかけ、体を右に回す。同時に右手は胸前に引き寄せ、左手は前に伸ばし斉藤の右手を弾く。体を左に回しながら、両手を内側に向けて合わせる。同時に左足踵を少し前に出し、右手を突きだし斉藤の顔の前でぴたりと止める。  斉藤は跳ねのけられた右手を抱えて一歩下がりました。 「な、なによ、アンタ空手とかやってんの? 暴力でしょ、今の」 「ちがいます。太極拳です」 「はあ!?」 「今のは24式太極拳のうちの一つ、手揮琵琶です。暴力じゃありません」 「うそつけ! 太極拳ってゆっくり動くやつじゃないか!」 「それを速くやっただけです。健康体操です」  斉藤は悔しそうに顔を歪めたけれど、なにも言い返せず、舌打ちするとその場を立ち去りました。 「ふふん、おとといきやがれですよ」  腰に手を当てて胸を張ります。 「どうかしましたか?」  後ろから声をかけられ、ぎょっとしました。ききき、き、桐生! 「なんだか暴れていたようですが」 「や、や、なんでもないです! なんでも! あ、そうだ、桐生先生、漫画同好会の顧問になってくれる話、どうですか?」  桐生はふっと優しく微笑んで言う。 「私は野球部の顧問ですから」 「そこをなんとか!」 「困りましたね。君も斉藤さんも、どうしてそんなに私に顧問をさせたいんですか」 「う! いや、あの、その……」 「何か話しにくい理由でも?」  やりにくい、やりにくいです。桐生は普通の生徒には、とってもいい先生なのです。裏にどんな顔を隠していようとも。今だって、親身になって話を聞こうという態度で……。  いや、いかんいかんです! ほだされてはダメです! 「先生がいてくれたら、新入部員がわんさか入ってくるからです!」 「え? そんなことはないでしょう。野球部に新入部員は入っていないですよ」  くっ! かまととぶりやがってですよ! 「知ってますよ! マネージャー志望の女子がわんさかやってきてるって!」 「よく知ってますね」 「だから、漫研の顧問してくださいですよ!」 「そう言われてもねえ」  金子が桐生と侃々諤々と戦っていると、無卯先生がやってきました。 「金子、どうしたの。またストーキング?」 「人聞き悪いです、無卯先生! 金子は普通より大人しい女子ですよ!」 「そうだな、普通より厚かましい女子だな。桐生先生、こいつがご迷惑かけましたか?」  無卯先生は金子にヘッドロックかまします。く、くるしいです。 「いえ、迷惑なんてとんでもない。ただ、ちょっと聞きにくいお願いをされて」  桐生がメガネをくいっと押し上げます。その陰で、にやりと笑ったような……。 「無卯先生のかわりに漫画研究会の顧問になって欲しいと」  金子の頬が引きつります。無卯先生の腕に力が入ります。く、く、く、くるしい。 「ほおう、金子。私の指導に文句があるっていうのか」 「ももも、文句なんて、先生!」 「では、私はこれで」  そう言って背中を向けた桐生に手を伸ばしました。 「桐生先生、たすけて~」  桐生は聞こえないふりですたすたと去っていきます。 「金子、漫研の部室でゆ~~~っくりお話しようじゃないか」  金子は無卯先生にずるずると引き摺られていきました……。 「ああ、くるしかったです」  無卯先生のヘッドロックからサソリ固め、ヒールホールドのコンボは強烈でした。そうこうしているうちに日は暮れて、そろそろ野球部の練習が終わるころです。桐生の暗躍が始まるかもしれません! 早くさがさなければ!  校内をあちらこちらと駆けまわりましたが、結局、桐生はグラウンドにいました。みんなの前で良い人の仮面を被っていますが、ますたーは怯えて遠くに逃げているようです。ああ、可哀想なますたー。金子が助けてあげられたらいいのに……。  はっ! そうです! 金子が野球部のマネージャーになれば……。いやでも、金子には漫研が……。いやでも、ますたーを助けないと……、いやでも……。  金子が腕を組み悩んでいると、金子の脇をすり抜け斉藤がグラウンドに走っていきます。金子もつい条件反射で斉藤を追ってしまいます。  斉藤が叫びます。 「桐生先生! 私、野球部のマネージャーになります!」  野球部員はぽかんと口を開けて斉藤を見ています。ほらみたことか、皆さんあきれかえってますよ。  桐生がため息交じりの微笑で斉藤に向き直ります。 「マネージャーは募集していない、悪いけれど。君は天文部なのでしょう。そちらでがんばりなさい」 「でも、せんせーい!」  それからも斉藤はぎゃーぎゃーわめいて桐生を足止めしてくれました。ナイス! 斉藤! そのまま桐生を連れさっちゃって!  しかし、マネージャーは募集していなかったのですね。ホッとしましたが、ちょっと残念なような……。  なんでですかね? ますたーのお役に立ちたかったのかな……。金子は腕を組んで首をかしげました。

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