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第32話
「春樹先輩、松田先輩となんかあったっすか?」
朝一のストレッチの時間、俺と組んだ友枝がそっと囁くように聞いてきた。
「な、なんかって……」
「なんか、お互いに避け合ってるっていうか」
友枝の言葉は半分当たっていた。あれ以来、俺は松田先輩のそばに近寄ることができなくて、先輩からも俺をかまってくるような事が無くなっていた。ただ、松田先輩が隙を見ては俺に近づこうとしている雰囲気を察知し、俺は全力で逃げているということなのだが、まわりからは松田先輩も俺を避けているように見えているらしい。チームの雰囲気を悪くしてるのかもと思うと、胸が痛む。けれど、俺には逃げる以外何も……。
「なんか、オレで役に立つならなんでも言ってくださいね」
「トモ……」
「オレ、正捕手になったし春樹先輩の女房役、引き受けますから! まかせてくださいす!」
俺には正妻、側室にくわえ、女房までできてしまった。嬉しい反面、俺は心中ひそかに苦笑した。
「あ、元気出たみたいすね!」
「ああ。ありがとな」
後輩に気遣わせてしまうようじゃダメだ。俺と松田先輩のこと、このままにしておくわけにはいかないんだ。
宿舎に帰ると拓斗が来ていた。食堂で立ち働いている。もうすでに食堂の主のような貫禄を醸し出しているから不思議だ。
「春樹、おはよう!」
にっこり笑う拓斗の顔をしみじみ見つめる。昨日も見たはずなのに、ずいぶん長い間、拓斗の笑顔を見ていなかったような錯覚を覚えた。
「どうかしたの? 春樹」
「拓斗、俺さ……」
「宮城先輩、こっち味噌汁たりませーん」
食堂の向こうの方で配膳をしていた一年が大声で呼ばわった。
「はーい、今すぐ」
居酒屋の店員みたいな返事をして拓斗が俺に向き直る。
「で、なに? 春樹」
「いや、俺は後でいいから。はやく味噌汁ついでやって」
「そお? そうなら……、それじゃ……」
拓斗はぶつぶつ言いながら振り返り振り返り厨房に入っていく。みんな、あちこちから拓斗を呼んでいる。フル回転だ。
俺はできるだけ松田先輩と離れた席に座った。
「松田先輩!」
練習が終わり、部員がそれぞれ宿舎に帰っていくなか、俺は松田先輩を呼びとめた。他の先輩と距離をとって松田先輩がやってきて、俺の腕を握った。
「なんだよ春樹。逃げまわんのはやめたのかよ」
「に、逃げ回ってません!」
「どーだかな」
先輩は俺の腕を引いてグラウンドへ戻ると、無人のベンチに腰かけた。俺も並んで腰を下ろす。先輩が手を伸ばし俺の頬に触れた。
「っ!」
「逃げないのか?」
「に、逃げません!」
俺が松田先輩を睨むと、先輩は腕を離した。
「なにか言いてえことがあるみたいだな」
先輩は腕を組んで聞く体制に入ってくれた。
「俺は……」
大きく息を吸い込む。意を決して口を開く。
「俺は、拓斗が好きなんです!」
「だから?」
松田先輩は平然とした表情のまま俺を見下ろしている。
「だ、だから、その……」
なんと言えばいいのか分からずしどろもどろになってしまう。
「お前が誰を好きだろうが、俺がお前を諦める理由にはならねえよ」
俺は次ぐべき言葉を見つけられず、ぐっと唇を噛む。
松田先輩の手が俺の肩にかかった。引き寄せられそうになって、俺はその手を振りほどいた。
「じ、じゃあ、先輩は! どうしたら、その……俺を、あ、諦めてくれるんですか……?」
「諦めねえ」
先輩はどこまでも真顔だ。
「じゃあ! 逃げるしかないじゃないですか!」
「なんでだ? 俺のものになればいいだろうが」
「先輩の、って……」
「宮城なんかより幸せにしてやるよ。それにお前、」
不敵な笑み。
「俺のこと、好きだろ?」
かあっと顔に血が上った。
自分のそんな反応に自分で驚きうろたえて、俺は両手で自分の口をおおった。松田先輩が俺を抱きしめ耳元で囁く。
「宮城より気持ちよくしてやるよ」
息で耳をくすぐられ、腰に甘い痺れが走る。先輩の手が背中を這う。抱きすくめられて、俺は退路を断たれた。
先輩の唇が俺の手に落ちる。背中に回された手はゆっくりと背骨を伝って上下する。
「ふっ……うっ……」
鼻からうわずった声が漏れ出る。
「手、はずせよ」
俺はふるふると首を横に振る。先輩は俺の指を甘噛みする。すぐ目の前に先輩の瞳が迫って、俺はぎゅっと目をつぶった。
「ほんと、かわいいな、お前……」
先輩の手がユニフォームの裾から侵入し、素肌に触れた。ぴくり、と体が揺れる。先輩の手は背中から腰へと下る。日焼けしたそのままみたいに熱い指。その指が俺の体中を這って、俺の体はどんどん熱を増していく。
片手で俺の体を抱きとめ、もう片方の手を俺の前に挿しこむ。
「やっ! せんぱい、だめ……!」
両手で先輩の体をもぎ離そうとあらがったが、先輩は片手で俺の両手を封じてしまった。そのままベンチに押し倒され、先輩の唇が俺の唇をとらえた。
「!!」
唇が熱い。俺の目じりから涙が流れる。先輩がそれを舐めとる。
「や……、先輩、だめ……」
先輩の唇は目じりから頬へ、俺の唇へと戻ってきた。そろりと唇を舌で舐められ、びくりと体が跳ねる。先輩の舌は俺の口中をゆったりと舐め上げる。
「ん……っふ……」
必死に押さえていないと甘い声が漏れてしまう。俺は先輩の熱から逃れようと首を振る。先輩が唇を離してくれてホッと息をつこうとした瞬間、先輩の手が俺のものを包みこんだ。
「やあっ……!」
やわらかく、けれど力強く俺のものを握りこみ、根元から先までするりと撫で上げる。
「あっ、だめ、だめっ……」
先輩の手の中でいくら身を捩っても俺はどこにも行けなくて、熱い手に翻弄されるしかなかった。
「ふあぁ……っ、あっ」
くぼみを指でなぞられ、先端の小さな穴を軽くつつかれる。手の平全体で俺自身をすっぽり覆ってしまって、指先で器用にあちらこちらとくすぐるように撫で上げる。
「うんっ……、はぁ……あっ」
両手を戒められて声を押さえる事すらできない。先輩はじっと俺の目を見つめていて、その目に縛られたように俺は目をそらすことができなくなっていた。
先輩の手は性急に俺を扱きあげる。
「くっ、んん、あっ……、ああっ!」
間断なく漏れる声が俺の耳に羞恥を運ぶ。それがなおさら快感に拍車をかけるようで、俺の腰は一人でにうごめく。先輩が俺の耳に口を近づけた。
「きもちいいだろ。イかせてやるよ」
囁かれた言葉がずぐりと俺の腰に重い衝撃を生む。その衝撃でおれは軽くいってしまう。先輩はそのまま強く扱き続け、俺の根元から一滴も残さないように搾りとる。
「んんん! っあああ!」
先輩の手の平に全てをさらけ出し、俺はいった。
はあはあと荒い息を吐く俺の服から手を抜き出すと、先輩はその手に塗れた俺の精をぺろりと舐めとる。
「今日はこんくらいでカンベンしといてやるよ。お前、明日の練習試合フルで投げるからな」
そう言うと松田先輩は体を起こし、俺の手を引き、起き上がらせてくれた。
「いい声で啼いてたじゃねえか」
にやりと笑って耳元で囁く。俺はカッと顔に血が上るのを感じた。
松田先輩はにやにやしたまま俺の服を直してくれる。俺は下を向いたまま何も言い返せずにいた。
翌朝は早くからバス移動なので、朝食はバスの中で仕出し弁当を食べた。おかげで拓斗と顔を合わせる事がなく、俺は自分で自分がどんな顔をしているのか知ることができずにいた。
バスの中、二つ前の席に座った松田先輩は何事もなかったように原先輩となにやら楽しげに喋っている。俺の視線に気づいたのか、松田先輩がこちらを振り向きにやりと笑う。俺は首まで真っ赤になって、顔を伏せた。
「春樹先輩? どしたっすか?」
「な、なんでもない」
隣の席の友枝に顔を見られないように窓の外を見やる。空は真っ青で、今日も気温が上がりそうだった。
「春樹、落ちついて投げればいいんだからな」
四回表、マウンドに立っている俺のところへ、タイムをとった原先輩が駆け寄って来て声をかけてくれた。俺は首を縦に振ったが、きっと顔色は真っ青だったろう。 今日、俺は初めて一試合、一人だけで投げ続ける。点を取られても、その後を押さえてくれる人はいない。震えそうな膝をなんとかなだめすかしてここまで投げてきたが、それも限界のようだった。グラブを持つ手に力が入らない。
「おら、春樹―!!」
ベンチから物凄い怒声が飛んできた。
「ビビってんじゃねーぞ! 舐めたことしてるとぶっとばーす!」
叫ぶ松田先輩を他の部員があわてて取り押さえていた。ふと笑いがこみ上げ、俺の肩から力が抜けた。それを見た原先輩は俺の肩を軽く叩き、戻っていった。
俺はまっすぐ前を見て、背筋を伸ばした。
「松田先輩、今日はありがとうございました!」
帰りのバスの中、久しぶりに二人並んだ席に座り、俺は先輩に頭を下げた。
「ありがとうじゃねえんだよ。しっかりしてくださいよ、エース様」
「す、すみません」
「もう俺が背中押さえてやることはないんだからな。一人で立て」
「はい!」
「けどこっちは支えてやるから」
そう言うと、先輩は俺の背を抱きしめ唇を合わせようとしてきた。俺は必死になって両手をつっぱり先輩を押しとどめようとする。
「ちょ、せんぱい、みんなが……!」
「みんな寝てるよ」
「そういう問題じゃ……」
「そういう問題だけか? 問題は」
真顔で聞かれる。その熱をもった瞳は俺の思考を堰き止め、昨日の快感を思い起こさせた。
先輩の手が俺の顎をゆっくりと撫でた。俺は目をそらせずに先輩を見つめ続ける。先輩は俺の顎を上向け、唇を合わせる。はじけてしまいそうなくらい熱いキスに、俺は理性が溶けだすのを感じていた。
「……ただいま」
「おかえり! お疲れさま!」
一週間ぶりの拓斗の家。玄関を入るとすぐに拓斗が抱きついてきた。俺はバッグを下ろし拓斗を受け止める。けれど拓斗の目をまっすぐ見ることができなくて、俺はうつむいた。拓斗は額をこつんとあわせ、首をかしげる。
「どうしたの? 何かあった?」
俺はますますうつむく。
「拓斗……、俺、ウチに戻るよ」
「ダメだよ」
速答され、俺は顔を上げた。拓斗は心底嬉しそうな顔で微笑んでいる。
「言ったでしょ? 君を僕だけのものにしたいんだ、って。……もう、逃がさないよ」
そう言うと拓斗は扉に鍵をかけた。
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