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第33話

 好きっていう気持ちはどこからくるんだろう?  人はどうして人を好きになるんだろう?  俺の「好き」はどこにあるんだろう。 「すごくよく似合うよ」  拓斗が俺の膝を撫でる。そこから足首まで撫で下ろす。  そこには金属の環がはめられて、俺は細い鎖でベッドのパイプと繋がれていた。 「玄関まで届く長さがあるからね。家の中はどこにでも行けるよ」 「拓斗」 「君のことは僕がなんでもしてあげる。君はなにも心配しなくていいからね」 「拓斗」 「そう。そうやって、僕の名前だけ呼んでいて」  拓斗は俺をベッドに横たえ、足首の環に口づけを落とす。  拓斗は、拓斗の「好き」は痛いほど俺に向かっている。  俺は? 俺の「好き」は?  拓斗の唇が徐々に上へ上へとのぼっていく。  ぺろり、内腿を舐められ、ビクリと震える。拓斗はかるく歯を立てて強く吸う。そこに拓斗の痕が印される。何度も、何度も。何か所も、拓斗は痕をつける。所有の証しを。俺が拓斗のものだという印を。  唇は俺の手の甲に、腕に、肩に、痕をつけていく。そのたびに俺はビクリと身をすくめる。拓斗は俺を宥めるようにそっと肌を撫でていく。頬に喉に、唇は落とされる。  優しい口づけ。そっとふれるだけの。頬を両手で包んで、壊れ物を扱うように優しく、ささやかに。耳をくすぐられ、溜め息が漏れる。拓斗はその溜め息も吸いこんで飲みこんでしまう。 「春樹」  拓斗が耳元でつぶやく。それは返事を求めるものではなくて、感情が漏れ出たみたいな声だった。 「春樹」  拓斗の手はそっとそっと、俺の肌の上をすべっていく。その感触は俺を癒すような、あやすような優しい愛撫。俺はふるふると震え、少しずつ少しずつ昂ぶっていく。拓斗の手が触れるたび、俺の肌が朱に染まっていく。 「春樹……」  拓斗がゆっくりと俺を口に含む。 「あ……」  ゆっくりと味わうように舌の上で転がされる。 「ん……たくと」  俺は手を伸ばして拓斗の髪を撫でる。さらさらとした感触が指に心地良い。拓斗は俺を見上げると、にっこりと笑って見せた。拓斗の頬に手を伸ばす。拓斗は口を離すと、俺の手をとり、俺自身を握らせた。そのまま強く擦りあげる。 「あっ、ああん!」  自分の手なのにそうじゃないみたいで、もどかしい。拓斗はますます速く手を動かす。 「っあ、んん! やぁっ、拓斗、だめ、だめぇ」  止めてほしいのに、拓斗は止まってくれない。俺はすぐに達してしまう。拓斗は止まらず俺の手を包んだまま動かし続ける。快感の波が去らず俺はすぐに立ち上がる。 「たくとぉ、くるし……、ぁあっ!」  拓斗が俺の内腿に歯を立て、新しい痕を作っていく。その痛みも快感に変わり、俺の喘ぎは高くなる。 「やっ、んん! あ、はあ、はん」 「春樹」  拓斗が再び俺を口に含む。それにも軽く歯を立てる。  本当は拓斗は俺を食べてしまいたいのかもしれない。そう思うほどに、俺は味わわれているという感触を覚える。  ぐいっと俺の脚を持ち上げ、拓斗の舌が後ろへ這っていく。 「ふあぁん、あぁ……」  俺の後ろに拓斗の指が挿しこまれる。ゆっくりと入って、ゆっくりと出ていく。もどかしい。もっと強い刺激が欲しくて、俺は腰を揺らす。  拓斗は指を二本に増やすと軽く曲げ、その場所を掻いた。 「ひあっ、あああ!」  そのまま何度も何度も強い快感の波はやって来る。拓斗は俺を口に含み、強く吸った。 「はっ、あ! や、だめぇ」  放った液体を拓斗はこくりこくりと飲み干した。それでもまだ味わい足りないというように、ちゅるちゅると音を立てて吸いついてくる。 「あ、ああ、拓斗、いやぁ……」  拓斗は前後に与えている刺激を止めようとはしない。俺は痛みさえ感じていた。 「あ、ぁあ、んん、いや、いや」  拓斗はやっと俺から口を離すと、俺をうつ伏せにして腰を持ち上げた。ゆっくりゆっくりと拓斗が分け入ってくる。 「ん……、はぁっ」  最奥まで入ってしまうと拓斗は動きを止め、俺の背を抱きしめた。そうして俺の首筋に顔を埋めると、うなじを噛んだ。 「あっ! んぁあ!」  俺の一番弱いところ。そこを強く強く噛まれ、悲鳴のような声が上がる。拓斗はうなじを齧り舌で舐め上げ強く吸う。拓斗の手は胸に回され、突起を捻りあげる。 「くっ、はぁん、あぁっ!」  拓斗の腰が動き出し、すぐに速い抽送で俺を追いこむ。 「ひあっ、ああん、あっん、ん」  良いところばかりを突かれ、すぐに達してしまって、その刺激で拓斗も放ったのに、拓斗はそのまま動き続ける。 「やぁ、もう、もうむり、たくとぉ」  俺の目からぼろぼろと涙がこぼれる。拓斗は繋がったまま俺の体を反転させ、口づける。乱暴なキス。噛みつくような。そうしてまた腰を揺らす。俺の涙を、拓斗は啜り飲む。 「はぁっ、ん、やめ……て、たくと」  拓斗は聞いてくれない。俺のものは立ち上がることもできずたらたらと半透明の液体をこぼし続ける。拓斗は俺の中に精をそそぎ込み、それでもまだ動き続ける。 「たく、と……」  俺は意識を手放した。  あれからどれくらいの時間がたったのだろう。  俺はベッドに繋がれたままぼんやりと目を開いた。拓斗は俺に注ぎ込み、俺を抱いて眠り、起きるとまた俺を抱いた。俺はおかしくなるくらいに喘がされ、何度も精を吐き、もう快感なのか痛みなのか区別がつかなくなっていた。  俺の背を抱いていた拓斗が目を覚ましたようで、俺の胸の突起を口に含んだ。 「……んっ」  条件反射のように高い声が出る。  拓斗は俺の耳をくすぐりながら、ぺろりぺろりと胸を舐め上げる。 「う……ん、はぁ……ん」  俺の腰がひとりでに動き出す。拓斗は俺の脚を抱き込むと一気に突き入れてきた。 「ああっ! あん! はぁん!」  そのまま激しく動き出す。俺の中は何度も吐き出された拓斗の精でぬめり、ぐちゅぐちゅと淫猥な水音をたてている。その音に耳を刺激され、俺のものが立ち上がる。  拓斗は手を伸ばすと俺のものを握り、先端をくりくりと刺激する。 「やっ!! いやああ!」  強すぎる刺激に俺の口から悲鳴が飛び出す。拓斗はお構いなしに俺を扱きつづける。 「や、やめっ、やぁぁ!」  俺はすぐにたらたらと液体を吐き出した。拓斗はその液体のぬめりでさらに俺を責めたてる。 「やめて、たくと、いや……」  拓斗は聞いてくれない。返事のかわりに俺の腰に強く強く楔を打ちこむ。 「あっん! あああ!」  目の前が真っ白になり、俺は意識を失った。  目を覚ますと、拓斗が俺の頬を両手で包み、優しくキスしていた。俺と目が合うと、にっこりと笑う。 「拓斗、泣かせてごめん」 「なんで? 僕笑ってるでしょ?」 「でも泣いてる」 「……なんで……?」  拓斗の顔がくしゃっとゆがむ。綺麗な薄茶色の瞳が涙で滲む。 「お前のことならなんでもわかるよ。拓斗、いいんだ、無理して笑うな」 「でも、だって……。僕は君を手に入れたんだ。嬉しいはずでしょ。それなら笑わなきゃ」  俺は拓斗の髪を撫でてやる。拓斗は涙をこらえきれずほろほろと泣きだした。その涙は俺の胸を締め付けた。俺は拓斗の笑顔が見たくて仕方が無くて。 「俺はお前の、お前だけのものだよ」 「うそつき」 「うそじゃない」 「じゃあ、松田先輩は?」 「先輩は俺の野球の全てだ。俺が欲しいものをすべて持ってる。けど俺は先輩を好きなんじゃない。先輩みたいになりたいんだ」 「でも……」 「俺は、拓斗。お前の笑顔が見れるなら、他の何もいらない。お前だけでいいんだ」  拓斗は俺の首筋に顔を埋めて声を上げて泣きだした。  それから数日、俺は鎖に繋がれたまま過ごした。拓斗は外そうとしたけれど、俺はこのままがよかった。拓斗のものだという証が、心地良かった。俺の肌の上につけられた印も消したくなくて、俺は毎晩、拓斗を求めた。 「拓斗……」  俺は拓斗に縋りつき、足をからめ腰を擦りつける。拓斗は俺を抱きしめ口づけをくれる。それから赤く色づいた肌に、一つ一つ新しく印をつけていく。 「あぁ……、あん」  俺は深い悦楽の中に沈む。  全身の印をつけ終ると、拓斗はすぐに俺にくれる。一つ突きいれられただけで俺は爆発してしまう。それほど拓斗の印は俺を昂ぶらせる。俺に愉悦を与える。 「やぁ……、ん……」  激しく抽送されながらキスをする。互いに貪りあう。互いだけを。  夏休みが終わるまであと三日という日に、松田先輩がたずねてきた。 「おい、春樹! なんだその足は!?」  先輩が目を丸くして俺の足首の鎖を見る。 「宮城にされたのか!?」 「いいえ、俺が。俺がしてほしくて」  先輩の眉間にしわができる。俺を睨むように視線を上げると、重い声を出す。 「そんなことしても俺はお前を攫うぞ」 「だめです。俺は拓斗のですから」  俺は真正面からまっすぐ先輩の目を見つめた。先輩の瞳に映った俺は静かに毅然としていた。  ふうっと溜め息をついて、先輩は俺に背を向けた。 「諦めたわけじゃねえからな。けど、まあ。今日は帰るわ」  肩越しに言葉を寄越す。 「あんま部活休むなよ、腕が鈍るぞ」  それだけ言い置くと、先輩は帰って行った。 「いいの? 春樹」  廊下から顔を出して拓斗が聞く。 「なにが?」  拓斗は床を見つめ、口の中でなにやらもごもごと呟いている。 「いいんだよ、拓斗。俺は俺のしたいようにしてるんだから。お前が笑ってくれたら俺は幸せになれるから」  拓斗は顔を上げると、にっこりと笑ってくれた。  そうだよ、拓斗。  その笑顔があるから、俺は今日も俺でいられるんだ。  いつも、いつまでも笑っていて欲しい。  俺の、拓斗。

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