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第35話
厳しい残暑の、厳しい夕陽から逃れようと、拓斗と俺は竹林の中の道を通って帰宅していた。
「ねえ、春樹。自由行動はどうする?」
「自由行動?」
「うん」
「ああ、修学旅行か」
「もうコースを決めて提出しないと」
「俺はフイッシュ&チップスが食えたら後はどこでもいいぞ」
「うん。そういう返事が来るだろうとは思ってたよ」
さすが拓斗は俺のことをよくわかっている。食い意地のことも。と喜んでいいのかどうか迷ってしまうが。
うちの学校の修学旅行は、語学研修と銘打ってイギリスに行く。一週間の旅行のうち五日間はロンドンの語学学校で研修を受ける、本格的な「修学」だった。それでもなんとか二日間の観光日は設定されている。
拓斗は歩きながらカバンからごそごそと旅行本を取り出した。
「おお。準備がいいな。……ていうか、なんか古くないか、その本」
「これね、美夜子さんたちが新婚旅行に行ったときのガイドブックなの」
「それは今では情報として古いのでは……」
「でも、基本的には変わらないでしょ? お城が逃げるわけでなし」
「そりゃそうか」
拓斗は本のページをめくっていく。
「僕ね、ロンドン塔は行きたいんだ。あと、ベーカー街221番地!」
「ベーカー街って何があるんだ?」
「シャーロック・ホームズが住んでいた家があるんだよ」
「え! シャーロック・ホームズって実在したの!?」
「ううん、架空の人物だけど、住んでいた家は実在するの」
「???」
「うん。ぜひ行こうね。行けばわかるよ、たぶん」
なんだか腑に落ちないまま、俺は「うん」と返事しておいた。
それからも、あーでもない、こーでもないとページをめくって、家につく頃には行きたい場所リストが山盛りになってしまった。
「二日でそんなに廻れないだろ」
靴を脱ぎながら言う俺の鼻先に、拓斗がガイドブックをつきつける。
「春樹ももっと前向きに検討してよ」
「そんな国会答弁みたいに言われても……。あ」
「なにかあった?」
拓斗が嬉しそうに開いたページをのぞきこむ。
「これ行ってみたい。アフタヌーンティ」
「うん。そういう返事が来るだろうとは思っていたよ」
「なんだろう、いまの台詞にデジャヴを感じるぞ」
部屋に入ると、拓斗が俺の手からガイドブックを取り上げる。
「なに?」
「お帰りのちゅー」
「一緒に帰ってきたのに、おかしくないか?」
苦笑する俺にかまわず、拓斗は俺の首に腕を回すと唇を合わせた。
「ん……ふ……」
知らず甘く鼻にかかる声が出る。拓斗の手が俺の首筋をくすぐる。俺の呼吸が荒くなっていく。
「んっ! はぁっ」
唇を離しても、拓斗は俺をくすぐるのをやめない。首筋が弱い俺はじょじょに高まっていく。
「んぁ、はっ、拓斗、もう……ゃっ」
「ああ、ごめん。いやだった?」
拓斗がぱっと手を離す。俺はもっと気持ちよくなりたくて、けれど拓斗のにやにや顔が悔しくて、ぐっと言葉を飲んだ。
「あれ? 春樹、どこ行くの?」
「……トイレ」
拓斗がガバっと俺の背中に負い被さる。
「トイレで、なにするのかなあ」
あいかわらずにやにやと笑いながら、俺の頬にキスをする。俺は真っ赤になってしまう。
「やらしいことするの?」
「っ! しねえよ!」
「ほんとに?」
拓斗の手が俺の前に回される。
「こんなになってるのに、放っておいたら体に悪いんじゃない?」
「誰のせいだと……! っあ!」
拓斗がやわやわと俺を揉みこむ。
「やめ……、拓斗!」
「やめてほしい?」
「あっ……んぁ、や、やめて……」
「だぁめ」
拓斗の手は動きを早める。拓斗の息がうなじに吹きかけられ、俺はすぐに達してしまった。
「……っはあ、や、やめろよ! 服ぐちょぐちょじゃねえか!」
「ええ? ぐちょぐちょになっちゃった? ちょっと見せてよ」
拓斗が俺の制服に手をかける。
「や、やめろ! 脱がすな!」
「脱がさなきゃ見えないじゃない」
「見るなよ!」
「見ないと洗濯できないじゃない」
「うぅ……」
いつも拓斗に洗濯してもらっている俺はなにも言えず、拓斗はするすると俺の服を脱がせていく。
「あ、まだちょっと硬いね」
「言うなよ!」
拓斗は俺のものをツンツン、とつつく。
「あっ、やぁっ」
「ふふふ。春樹かわいい」
そう言うと、ぱっくりと俺をくわえこむ。
「ふあぁん!」
背中をビリビリしたものが駆け抜けていく。拓斗は口の中、ころころと俺のものを転がす。
「あっ、拓斗、やだ……」
拓斗はふいに真顔になって口を離すと、俺の顔をのぞきこんだ。
「今日はすごく嫌嫌って言うね。ほんとに? ほんとに嫌ならやめるよ」
拓斗が心配そうな顔をする。俺は目をそらす。
「いやっていうか……。恥ずかしいから……」
「恥ずかしいって?」
「なんかこのごろ、毎日……す、するだろ」
「うん。もしかして、それで疲れちゃった?」
「疲れてはないよ。ないけど……」
「けど?」
俺は拓斗の手をぎゅっと握る。
「毎日、毎日、だんだん気持ちよくなりすぎて、俺、おかしくなるから……」
拓斗が俺の唇に噛みつくように唇を押し付ける。その場に押し倒され、両足を持ち上げられる。
「あっ、拓斗」
拓斗は何も言わず腰を進めてくる。
「やっ、あっ、キツい……」
「おかしくなって、春樹」
拓斗はいつもより昂っているようで、その容積が俺を圧迫する。
ゆっくりゆっくり俺を押し分け、奥へすすむ。
「あっ、んん……」
満たされる。けれどもどかしい。俺の腰はひとりでに動き、拓斗を煽る。
拓斗はゆっくりゆっくり最奥まで到達し、ゆっくりゆっくり内壁を擦りながら出ていく。
そのもどかしい動きをもっと、もっと欲しくて、俺は拓斗の首に手を回し抱き締める。
「春樹……」
拓斗がぴたりと動きを止める。
「ん、うん?」
「春樹はどの体位が一番すき?」
ぼっ、と音をたてそうな勢いで、俺の顔に血が集まる。
「なっ、なあっ!?」
「ね、教えて。どういう風にしたい?」
「きっ、聞くなよ! そんなこと!」
「教えてくれないと、いつまでもこのままだよ」
拓斗はゆるゆると腰を少しだけ動かしてみせる。
「あ! あん! も、もういい、もうしない!」
「だめ。言うまで放してあげない」
拓斗がぎゅうっと俺を抱き締めて、耳に息を吹きかけるように囁く。
「ねえ、教えて。春樹の好きなこと、好きなようにしてあげる。だからもっと、やらしくなって」
その声は俺の腰を甘く痺れさせる。その痺れはじんわりと全身に広がり、俺の脳までとろかした。
「……ろ」
「うん?」
拓斗が俺の頬を撫でてくれる。
「うしろからが……すき」
拓斗はちゅっと小さなキスをくれると、俺の半身を起こし回転させ、俯せにした。
「ひあっ……」
結合したまま抉るように体を揺すぶられ、高い声があがる。
拓斗の両手が俺の肩先に置かれ、背中がぴたりと合わされる。じんわりと暖かな幸せが背中から注がれる。
「き、ゃぁ!」
激しい抽挿。拓斗の先から雫がこぼれているのだろうか。ぐちゅぐちゅと水音がする。腰を打ち付けられるたびに肉がぶつかりあう音も。
そんな淫猥な音に耳を犯されて、俺は少しずつおかしくなっていく。
「あ、はぁん、ああっ!」
喉をのけぞらせ、頭を振ってよがる。拓斗は俺のうなじを舐め上げる。
「ひぁ! あっ、ああ!」
俺のものから勢いよく精が飛び散る。その勢いで、きゅっと後ろが締まる。
「っく!」
拓斗が低く呻く。けれどそのまま動き続ける。
「はっ、た……くと、あん!」
「なに、春樹?」
「もっ……とぉ」
拓斗が俺の耳を噛む。
「あっ、やん、あぁ!」
「もっと、なに?」
「はげし……く、してぇ」
拓斗は俺の肩を噛み、上体を起こすと、俺の腰をつかんでずくずくと突く。
「はぁ、はっ、んあ」
「春樹、春樹」
拓斗が精を吐く。けれど動きは止まらない。俺はもっと欲しくて、肩越しに拓斗を振り返る。
「あ、あん、ぁあん、もっとぉ」
拓斗は俺のものを握りこみ、ぐちゅぐちゅと擦り上げる。
「やああぁ!!」
すぐに出そうになるけれど、拓斗が先端の穴を押さえて、塞き止めてしまう。
「あ、やめ、て! 出したいぃ」
「まだ待って。ゆっくりいこ?」
「いや、いやぁ、くるし……い」
拓斗の指の隙間からたらたらと少しずつ雫がこぼれていく。
塞き止められた精が逆流しそうな痛みを感じる。けれどその痛みも快感に変えようと、拓斗は俺を扱く。
「はっ、はっ、あぁ……」
「春樹、ねえ気持ちいい?」
俺はがくがくと首をふる。
「あぁ、たくと……もう、もう」
拓斗の動きが早くなる。俺を握る手にも力が入る。
「いた、いたぁ、あん、あぁ!」
おかしい、痛いのに気持ちいい。怖いのにもっと欲しい。
「春樹、いこう」
拓斗が俺から手を離し、俺のなかで果てた。
俺の精はたらたらと滴り落ちるばかり。塞き止められ暴れていたのが嘘のように、じわりとしか出てこない。
「ぅう……う、うん」
快感がはぜることなく、俺のなかでくすぶっている。俺はやや硬さの残る自分のものにそっと触れてみる。ぴくりと体が跳ねる。キモチイイ。
「春樹、まだ足りないんだね」
拓斗が嬉しそうに微笑む。
「自分でできる? 見ててあげるよ」
「や、だぁ」
「なにがいや?」
「……はずかしい」
拓斗がくすくすと笑う。
「恥ずかしがってる春樹、かわいいなあ。でももっとやらしくなってほしい。僕だけに見せて? ね、おねがい」
拓斗は俺の唇に触れる。なんども、なんども。俺はますます熱くなる。
「……そんなに、見たい?」
「うん。すごく。だから、してみせて」
なぜだろう。俺は拓斗が望むなら何でもできるような気がして。恥ずかしさに顔をそらせながら、それでも拓斗に見せつけるように腰をつきだし自身に触れた。
「んっ……、くぅん」
ゆっくりと根元から先端まで指でなぞる。先端の窪みをぐるりと撫でる。
「んぁ!」
片手で握りこみ、もう片手で先端の穴を刺激する。
「やぁっ! あん、あぁ!」
拓斗がじっと俺を見ている。恥ずかしくて、それだけで達してしまいそうになる。けれど、もっと気持ちよくなりたくて。
「たくとぉ」
「なに? 春樹」
「たくとも、さわって……」
拓斗がごくりと唾を飲む音が聞こえた。拓斗はそっと手を伸ばし、俺の後ろに触れた。
「……ぁ」
もっともっとさわって欲しくて、腰をつきだす。そうすると拓斗の目の前に俺のものを晒す格好になって、俺はますます昂る。
「あぁ、たくと……」
拓斗はゆっくりと俺の後ろに指を挿入する。先程の滑りで指はするりと入り込む。
「あぁ……ん」
高い声で拓斗を誘う。俺の手は休みなく自分自身を扱き続ける。雫が少しずつ垂れ出て、ぐちゅぐちゅといやらしい音がする。
拓斗の指が、二本に増やされる。
「ふっ……ん……」
二本の指はばらばらの動きで内側から強い刺激をくれる。俺はもっとよくなりたくて、自身を扱く手を早める。
「春樹、先の方舐めさせて」
俺は言われた通り、先端にかけていた片手を退かす。
ぺろり、と拓斗の舌が俺をくすぐった。
「!!」
それだけの刺激で俺は放ってしまい、俺の精が拓斗の顔にかかった。
「あ……拓斗、ごめん!」
「だめ。ゆるさない」
「え?」
拓斗がにやりと笑う。
「顔にかかったの全部、舐めて」
胸が高鳴った。どくどくと耳のなかで音がする。
俺はゆっくりと拓斗の顔に口を寄せると、ちゅるりと自分が吐き出したものを舐めとった。
それは生臭く、苦かった。けれど、なぜかもっと舐めたくなる。俺は拓斗の顔中をぺろぺろと舐め尽くした。
「春樹はやらしいなあ、自分のものを舐めただけで、こんなにしちゃって」
「んやあ!」
拓斗が俺自身を握りこむ。いつの間にか俺はまた立ち上がっていた。それは拓斗も同じで。俺は拓斗のものに手を伸ばした。
どちらからともなくキスをする。互いに互いのものを握り、擦りあう。
「んっ、んん!」
拓斗の手は激しく俺を扱き、俺はすぐに曝ぜてしまって、拓斗の手を汚した。拓斗はその手を俺の口元に持ってくる。俺はぺろりと拓斗の指を舐める。
ああ、そうか。この苦い味の向こうに拓斗を味わっているから、俺はもっと舐めたくなるのか。
俺は身を屈めると、拓斗のものに口を寄せた。
甘くとろりとしたものが、先端から溢れてくる。俺はそれを啜りとる。
「春樹、おいしい?」
俺はこくりとうなずく。
ずくん、と拓斗のものがひとまわり大きくなった。すごく美味しい。でも……。
俺は体を起こすと、拓斗の目の前で膝を開いて見せた。腰をつきだし、後ろまで全てをさらけ出して。
「拓斗、こっちに……」
指でそこをなぞる。ぞくぞくとした感触が腰にたまる。
拓斗は俺に覆い被さり性急に尽き入れた。
「ぁあ! 春樹!」
腰を持上げられ、ゆさゆさと揺さぶられる。
「んあぁ! ああ!」
もう、おかしくなりそうだ。
いや、もうすでにおかしくなってたのか。
俺はこの快楽なしじゃ、もう生きられない。
拓斗じゃないと満足できない。
「拓斗ぉ、ぁあ! はぁん!」
拓斗は何回も何回も、俺が気を失うまで快感をくれた。
「なあ、拓斗」
腕枕をしてもらいながら、ふと呼びかける。
「うん? なに?」
「イギリスってさ、ホテルだよな」
「そうだね」
「何人部屋だと思う?」
拓斗がにやにや笑う。
「二人部屋だといいねえ。春樹が大好きなことができるもんねえ」
「……うん」
答えて俺は拓斗の腕に顔を押し付けた。
「え? 春樹、今うんって言った? うそ、もう一回言って」
「……やだ」
「お願い、ねえ」
「……だめ」
「うーん。だめかあ。そうかあ」
「ん」
「でも、ホテル、二人部屋だといいね、二人部屋だといいね。二人部屋だといいね!」
「……もう、わかったから!」
拓斗がにこにこと笑っている。見なくてもわかる。拓斗のことはなんだって。
だから、これからも俺は拓斗のそばにいる。
そう決まってるんだ。
産まれたときから。
俺はわけもなく嬉しくなって拓斗の腕をぎゅっと抱き締めた。
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