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第37話

     就寝時刻を過ぎて電気が消された部屋の中、俺は毛布を頭までかぶって丸まっていた。ロンドン塔での話を思い出して眠れない。俺は隣のベッドで寝ている拓斗にそっと声をかけた。 「……なあ、拓斗」  俺のささやかなその声は、安西の豪快ないびきにかき消され、拓斗に届いていないようだった。俺はびくびくしながら毛布から手を伸ばし、拓斗の袖を引っ張った。 「なに? 春樹」  拓斗は起きていたようで、すぐに俺の方に寝返って返事をくれた。 「あの……。そっちに入れて」 「え? なんで?」 「いいから」 「よくないよ。どうしたの?」  拓斗はにやにや笑っている。俺は泣きそうな顔で懇願する。 「いっしょに寝て」 「だから、どうしたの?」  拓斗のにやにやはいっそうひどくなって、俺は本当に泣きだしてしまった。 「ああ、春樹ごめん。いいよ、おいで」  そう言って毛布を持ち上げてくれた拓斗にしがみつく。一度流れ出した涙はなかなか止まらず、俺はぽろぽろと泣き続けた。 「ごめんね、意地悪言って」 「う……、ひどいぞ」 「ごめん、ごめん、昼間も怖がらせ過ぎたよね」 「うううー……」  拓斗は俺の背をなでながら額に口づけを落とす。ぎゅっと抱きしめてもらって、ようやく俺は泣きやんだ。拓斗は俺の頬についた涙を舌で舐めとる。 「お前はいつもそうだ。幼稚園のお泊まり会も、小学校の時も中学校の時も、俺を怖がらせて……」 「ごめん。だってかわいいんだもん」 「いつも一人でさっさと寝て……。俺は一人で一晩中眠れずにいたんだぞ」 「僕も眠れなかったよ」 「え?」 「君が腕に抱きつくから、いつもどきどきして全然眠れなかった」 「うそだ、ぐっすり寝てたじゃないか」 「寝たふりだよ」  拓斗は俺の唇に唇を合わせる。俺は顔を振って口づけから逃れる。 「お、起きてたなら目を開けてくれたらよかったじゃないか!」 「むり。君を見ちゃったら、我慢できなくなってたから」 「我慢って、なんの」 「これの」  拓斗は俺に口づけると、ぎゅっと腰を抱いた。そのままゆっくりと背をなでられる。俺はあわてて拓斗の胸に手をついて抵抗するが、拓斗の唇はなかなか離れてくれない。 「拓斗、だめ」 「むり。我慢できない」 「我慢って……」 「いつも君が腕に抱きつくたび、僕は必死で我慢してきたんだ。君との関係がこわれないように、君を離さないように」  拓斗は俺の髪を撫でながら、俺の目をのぞきこむ。 「でも、もう我慢しなくていいでしょ? 君は僕のものなんだから」  そう言って俺を抱く腕に力を込める。俺は甘いセリフにうっとりしそうになって、ハッと我にかえる。 「そ、そういうことじゃなくて! 二人が起きる!」 「大丈夫だよ。いびきでなにも聞こえないって」 「聞こえなくても気配は伝わる!」 「もう、しょうがないなあ。じゃあ、これだけ」  拓斗は俺のものに手を伸ばすとやわやわと揉みだした。 「や! う……ん、あん、だめ、だってば!」  拓斗の手を必死の力でもぎ離す。 「どうしてもだめ?」 「だめ!」 「じゃあ、明日の観光やめて、部屋にいよ?」 「え、なんで」 「続き、しよ」  俺は真っ赤になったけれど、暗い部屋の暗いベッドの中、拓斗には見えなかったと思う。そうであってほしい。できれば。 「……でも、もったいなくないか? せっかく海外来たのに観光しないのって……」 「春樹、どうしても行きたいところってあるの?」 「……べつに、ないけど」 「じゃあ、決まりね」  拓斗がちゅ、と俺の頬にキスする。  俺はぎゅっと拓斗にしがみつき、拓斗は俺の体を優しく抱いてくれ、俺はこれまでの修学旅行で初めて安眠した。 「なにやってんだ、お前ら」  冷たい空気に目を覚ますと、毛布がはがされ、伊達がその毛布を持ち上げているところだった。 「わあ!」  俺は拓斗のベッドから転がり落ちる。 「おはよう、伊達君」 「おはよう、宮城。それよりなんでお前達いっしょに寝てるんだよ」 「それは春樹が怖がっ……」 「わあ! わあ! わあ!」  俺は奇声を発しながら拓斗の口をふさぐ。拓斗は静かにその手をはずす。 「じゃなくて、春樹が夜中に具合悪くなったみたいだったから、添い寝」 「え、牟田だいじょうぶなの? そういえばなんか顔赤いけど、熱あるんじゃない?」  安西が俺の顔をのぞきこむ。 「いや、だいじょうぶ! なんでもないから!」 「けど、僕たち今日は観光はやめておくよ。ここで大人しくしてる」  伊達が放り出していた毛布をベッドに戻す。 「そうか。せっかくの修学旅行なのに残念だな。メシは? いけるならさっさと行こうぜ」  二人にせかされ、俺と拓斗は着替えをする。寄宿舎では基本的に制服着用だったが、昨日と今日は私服をゆるされていた。それでも拓斗はピシッとアイロンのきいたチノパンなんか履いている。 「せっかく紳士の国だからね」  との言だが、俺もそれは思っていて、せめてもポロシャツを着ている。紳士に見えるかどうかはともかく。  食後、引率の黒田先生に事情を話すと、荷物と一緒に寄宿舎に残ることを許可された。先生は心配そうに、その美しい眉をよせていた。少し心苦しい。  俺たちが二人で居残りと聞くと、金子が俄然鼻の穴をふくらませたが、それでも大人しく黒田先生についていった。ほんとうに黒田先生の魅力にやられているのか? 俺は信じられない物を見るような目で金子の後ろ姿を見送った。 「じゃあな、牟田、しっかり寝ておけよ」 「なにか土産買っておいてやるな」  安西と伊達が手を振って出ていくとすぐに、拓斗は扉に鍵をかけた。 「春樹……」  俺の肩を抱き口をふさぐ。俺は必死で抵抗する。 「ちょ、ちょ、ちょっと、待って! まだそのへんに二人がいるし!」 「待てない。昨夜から待ちっぱなしなんだよ?」 「ほら、あの、忘れ物とかして戻ってくるかも……」 「無視すればいい」 「んんんんんー……」  抵抗むなしく、本格的に口をふさがれベッドに押し倒される。 「春樹」  拓斗が俺の名を呼びながらポロシャツの中に手を滑り込ませる。ひんやりとした指先に触れられ、ぴくりと体が跳ねる。拓斗の指は俺の胸のものをころがす。 「はぅ……、ん……」  片手で胸を弄りつつ、もう片手は下へ移動する。服の上からぎゅっと揉みこまれ、俺の息が上がる。拓斗はその息を吸い取るように口づける。 「ん……、ぅふ……」  鼻にかかる声が出て、朝の眩しさの中、俺の顔が赤くなる。  斜めに切りこまれた天井に、窓から射した朝日がうつって、部屋の中のものは何もかも白々と映し出される。俺の目には拓斗の栗色の髪がきらきらと輝いて見える。その薄い茶色の瞳も美しく輝く。拓斗の瞳が潤んでいるのは、俺のせいなのだろうか? 拓斗の目には、俺はどう映っているのだろう。  俺がじっと見つめていると、拓斗は俺の鼻にちゅっとキスをした。 「どうしたの? 僕の顔がどうかした?」 「うん……。きれいだな、って思って」  拓斗はふわりと微笑む。 「春樹の方が、ずっときれいだ」 「そんなことないだろ」 「すごくきれいだ」  拓斗は俺のポロシャツを捲りあげると、腹に口づけを落とす。 「んん……」  口づけはゆっくりと上へのぼってくる。それを追うように拓斗の手が俺の腹をくすぐる。 「……ふっ」 「どうしたの? くすぐったい?」  俺が漏らした小さな笑みに、拓斗が顔を上げる。 「いや、そうじゃなくて、なんかおかしくて」 「なにが?」 「イギリスにいるはずなのにさ、日本にいる時みたいに過ごしてるのが」  拓斗は俺の手を取ると、ちゅ、と小さくキスする。 「君と一緒なら、僕はどこでも幸せでいられる。君を幸せにしてあげる。幸せに国境なんてないのさ」  俺はくすくすと笑う。拓斗も吹きだす、自分で言っておいて。 「でもほんとに。僕は君さえいれば、どこにいたって幸せなんだ」  拓斗の口づけがふってくる。朝の光とともに。そのふってくるものが俺の幸せのすべてだ。  拓斗の首に抱きつき、拓斗の足に足を絡める。拓斗は俺の服を脱がせ、脇腹に唇を落とす。 「うん……、ん」  わずかにくすぐったいようでいて、それが気持ちいいようで。俺の喉から半分笑っているような声が出る。拓斗は面白がっているのか、脇腹ばかりせめ続ける。俺はもっと強い刺激が欲しくて、拓斗の頬に手を添えると、胸に導く。拓斗は俺の胸に顔をうずめ、そっと、そっと舐める。 「あ、ぁあん」  喉をそらせる。背がしなる。俺の胸を、拓斗の唇に押しつける。 「なんか今日は積極的?」  拓斗が顔を上げてたずねる。 「ん……。一週間ぶり……、うれしい」  拓斗ががばっと俺に抱きつき、抱きしめる。ちょっと苦しい。抱きついた勢いそのまま拓斗のキスが俺の体に降りかかる。つい、つい、とついばまれるようなキスを受け、俺は徐々に高まっていく。  拓斗の手が俺の後ろに伸びる。 「あ、ふぁん……ん」  拓斗の指が俺をゆっくりとほぐしていく。そこから全身へ走るしびれが快感に変わっていく。 「もう、いいね」 「……ん」  拓斗が俺の足を抱え込み、ゆっくりと入ってくる。俺は拓斗の首に手を回し、その頬に口づける。拓斗は俺の背中を抱くと、ゆっくりと動き出した。 「あ……は、ん。んん……」  ゆっくりゆっくりとした動きで俺の中を擦っていく。俺の腰がかってに動く。まるで拓斗を捕食しようとしているかのように。拓斗はその動きに合わせて徐々に速度を上げていく。 「はっ……、あん!」  ゆるゆると抽送したかと思うと、強く突き入れる。突き上げられるたび俺の口から高い声が漏れる。寄宿舎はしんと静まり返っていて、俺の喘ぐ声とずちゅずちゅという水音だけが部屋に響く。 「あ……、あん、たく……と」 「ん? なに、春樹」 「……すき」  拓斗は俺にキスをする。 「僕もすきだよ」 「だいすき」  ふふふ、と拓斗が笑う。 「ほんとに今日はどうしたの。かわいいね」  拓斗は動きを止め、俺の頬をなでる。どうしたのかは俺にもわからない。ただ、拓斗を手放したくなくて、離れたくなくて、できるだけそばにいたくて。 「僕も、君がだいすきだよ」  深い口づけ。拓斗の舌が俺の口腔を味わうように舐めていく。再び動き出した拓斗が、今度は強く強く腰を打ち付ける。 「あっ、あっ、あん!」  打ち付けられるたび声が漏れる。拓斗は俺の足を持ち上げ肩に乗せると、より深くえぐるようにする。俺はあまりに良すぎて、シーツをぎゅっと掴む。 「やっ、ああっ! だめ!」  強く突かれて精を吐く。拓斗がそれを指ですくって舐めとる。 「全部舐めないとシーツが汚れちゃうね」  ずるりと拓斗が出ていき、俺の腹についた精を舐めていく。その舌にまた上りつめさせられる。 「はっ……、んん、拓斗……」  手を伸ばし拓斗の手を握る。拓斗はきゅっと俺の手を握りかえす。 「拓斗、して……。もっと……」  拓斗は口づけると俺の体を反転させ、後ろから抱きかかえるように入ってきた。ゆっくりと暖かくなる体内。満たされる感覚に溜め息が出る。拓斗が動きながら俺のものを扱く。 「んっ、だめ、さわっちゃ……やだ」 「どうして?」 「すぐでちゃう……あん!」  拓斗は俺の言葉に、わざと強く扱いてみせる。どくん、と下腹部が脈打つ。 「や、あっ、ああ!」  俺は拓斗の手の中で跳ねる。拓斗はそれを溢さないように掬いとると、それも口に運び舐めつくした。それからまた激しく動き出す。 「あっ、あっ、そこぉ……」 「ここ?」  拓斗がその一点を集中攻撃する。俺は身をよじる。 「あああ! はうん! やっあ! あん!」  声が止まらない。俺のものは痛いほど張りつめる。 「やっ、だめ! またでるぅ!」  拓斗の手が俺を扱いて、また全てを掬い取る。 「春樹、おいしい。もっと舐めたい」 「やっ、もう……、あっん!」  拓斗がゆさゆさと揺らす。俺はされるがままにまた上っていく。なんどでもなんどでも、拓斗は俺を飲み干すように欲しがってくれる。俺は求められるまま吐き出し続けた。  夜の飛行機に乗るため、皆は午後四時の集合に合わせて帰ってきた。 「おい、牟田。朝より具合悪そうだぞ、大丈夫か?」  伊達が心配そうに聞く。 「だいじょうぶ……。ちょっと疲れが出ただけ」 「英語漬けだったからなあ、疲れもするよな」  安西がうんうんとうなずく。拓斗も一緒になってうんうんとうなずいているが、俺の疲れの原因はお前だ。と言うわけにもいかず黙ってベッドに突っ伏している。  拓斗に荷物を持ってもらって集合場所に行くと、金子がすっ飛んできた。 「ますたー! ますたー!」  目をギラギラさせて呼ばわる。 「な、なんだよ金子」 「……何してたんですか! そんなに疲れるようなことしてたんですか!」 「……そうだよ」 「ふぐほっ!!」  金子は奇声をあげて鼻を押さえる。 「うそだよ」 「どっちですか!」 「ご想像におまかせするよ」  金子が目をぱちくりする。 「どうしたんですか、ますたー? なんか普段とちがうですよ」 「そうか?」 「はい。なんというか……いろっぽい?」  俺はぶはっと吹きだす。 「なんだそれ!」  拓斗が俺と金子の間に割って入る。 「見ちゃだめ」 「なんだそれ」 「拓斗ちゃま……、独占欲ですね、それは! ああ! すてき!」  金子が身をよじらせる。 「いや、なんだそれ」  わいわいと賑やかに、俺たちは寄宿舎を後にした。一路、日本へ、日常へ帰っていく。

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