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第38話
「おい、春樹。俺の土産はどこだ」
練習上がりの部室で松田先輩が俺に聞く。
「だから、松田先輩、勉強に専念しないんですか?」
「だから言っただろ。俺はお前と違って優秀なんだよ」
松田先輩に鼻で笑われ、俺はぐぅっと声にならない声を喉の奥で飲み下した。
「べ、勉強ができるからって油断してたら足元すくわれますよ」
俺は下級生たちが群がっているショートブレッドの箱を取り、松田先輩に差し出した。
「俺専用のはないのか」
ちゃっかりショートブレッドを3袋手にしながら松田先輩が言う。
「ないです。それで我慢して下さい」
「ちぇー」
先輩は立ち上がりながら唇を突き出してみせる。
「特別なヤツがほしかったなあ」
「あげませんなから!」
強く言い切った俺を、松田先輩は目を丸くして見た。それから片頬を上げ、不敵な笑みをうかべる。
「今日はこれで我慢してやるよ。次は容赦しないぜ?」
「お、おどしても駄目です! ないものはないんです!」
「はいはい。そんで? お前は観光どこまわったの?」
「ベーカー街とロンドン塔です」
「そんだけ!?」
ショートブレッドを頬張りながら松田先輩が叫ぶ。ショートブレッドの欠片が床に飛び散る。
「た、タワーブリッジも見ましたよ!」
「どんだけちんたら回ってたんだよ! もっといろいろ見て回れよ!」
「いや、その……。時間がなくて」
「先輩、こいつ自由時間二日目ダウンして宿で寝てたんですよ」
横から顔を突き出した橋詰の言葉に、松田先輩が目を細める。
「ふうん。もしかして宮城も一緒か」
「そ、そうですけど、なにか?」
俺の言葉に、松田先輩は片頬で笑った。
「ま、想い出に残る修学旅行ならいいんじゃないの。土産、ごっそーさん」
そう言って、先輩は部室から出ていった。
その後の部室内では、俺たち二年生が買ってきた菓子の争奪戦がおきていた。
土産を受け取るべき正当な権利を持つ一年は当たり前のこと、なぜか修学旅行に行った当事者である二年生も争奪戦に参加している。
「おい、橋詰。お前、おんなじ銘柄のお菓子買ってたじゃないか」
橋詰が一年の川端からチョコレート菓子の箱を奪い取っている。俺はその手を押さえたが、橋詰にふりはらわれた。
「もう食べきったんだ! 俺にもよこせ!」
食欲の権化と化した橋詰に論理は通じず、俺の手から菓子の箱が消えた。部室内は先輩後輩などというしがらみを越えた熱きバトルが繰り広げられる戦場になった。
「皆さん、遊んでいないで早く帰りなさい。もう鍵を閉めますよ」
ドアの外から声がかけられた。その低く響く声に、俺の体がすくむ。振り返ると、桐生先生が腕組みして立っていた。
橋詰が菓子を手に桐生先生のもとに駆け寄る。
「先生、おひとつどうぞ! 修学旅行のお土産です」
「ああ、それはありがとう。橋詰君が買ってくれたのですか」
「いえ、それは春樹の土産です」
桐生先生の視線が俺に向けられる。当然、零下のように冷たいだろうと思っていたその瞳はなぜか、とまどうほどに優しかった。
「……牟田君。ありがとうございます」
面と向かって礼を言われ、俺はどう返していいか分からず頭を下げた。
「このお菓子はイギリスでしか買えないのですか?」
「えっと……。庶民的すぎて日本には輸入されていないらしいです」
桐生先生は、ふ、と笑うとショートブレッドの袋をポケットに入れた。仕立ての良いスーツのポケットにポコリとした丸みは、いかにも似合わなかった。
「さあ、そろそろ出て下さい。鍵をかけますよ」
俺たちはうながされるまま部室をあとにした。
いつもの渡り廊下に拓斗はいなかった。
てくてくと校門へ向かっていると、下足室の出口で拓斗が斉藤につかまっているところに出くわした。
「拓斗、どうした」
声をかけると拓斗は天の助けにあったというような、すがるような目で俺を振り返った。斉藤はそんな拓斗の様子には頓着せず俺に詰め寄る。
「牟田先輩は、まさか私へのお土産を忘れていないですよね!?」
まさか、と言われた意味が今一つ分からなかったが、拓斗をこれほどまでに追い込む斉藤の勢いに俺などが太刀打ちできるとは思えない。俺は素直に制服の内ポケットからショートブレッドを取り出すと、ぐっと差し出された斉藤の手に乗せてやった。
「……お菓子ですか。まあ、いいでしょう。これで良しとします」
いかにも重厚にそう言うと、斉藤は挨拶もせずに立ち去った。
「助かったよ、春樹。もう一時間拘束され続けてたんだ」
めずらしく拓斗が弱々しい声を出す。
「うん、まあ、お疲れ。まさか斉藤さんがお土産を求めてくるとは想定外だったな」
「うん。彼女の存在をまったく忘れ去っていたよ。一応、部の後輩なんだった」
俺たちは並んで帰途についた。
「それにしても、春樹、よかったの? ショートブレッド」
「よかったって、なにが?」
「君はクッキーモンスターなのに、食べられなくなったじゃない、斉藤さんのせいで」
「ああ。部室に行けばまだあるから。なんかぱさぱさするって割と不評でさ」
「そっか。部室には紅茶とかないものね」
「うちにも一箱置いてるしな」
「紅茶とかいれようね」
「お願いします」
虫の音が立ち上る田舎道を手をつないで歩く。イギリスでは観光マップ片手に歩いていたから、拓斗と手を繋ぐのは久しぶりで、なんだか新鮮だった。俺は拓斗の手をぎゅっと握った。
「どうしたの、春樹。なにかいいことでもあった?」
俺の顔をのぞきこむ拓斗は晴れ晴れとした笑顔を浮かべている。ここのところ拓斗の機嫌は急上昇で、俺はいつも拓斗に抱きしめられている。朝起きる時も、外出する前も、帰ってからも、寝る前も。そして今も。
「べつに何もないよ。でも今日もいい日だったな」
拓斗は俺の額に額をコツンとくっつけてにっこりする。
「春樹がしあわせだと、僕もしあわせ」
拓斗はいつも決まってそう言ってくれる。俺は拓斗に頬笑み返して握った手を振る。俺たちは手を繋いでまっすぐ進む。
「あたしのお土産は!?」
俺たちが修学旅行から帰って三日目。
美夜子さんが帰宅して開口一番土産を要求した。
「ありません」
「なんだってー!! パトロンに向かって何てこと!!」
「美夜子さん、パトロンって、なんかちがう……」
「だまらっしゃい! 家主に土産も買ってこない店子はおいだすよ!!」
俺はぐうの音も出ない。拓斗は冷ややかに応対する。
「美夜子さん、僕の修学旅行のこと忘れてたよね」
「な、なにをいう……」
「修学旅行の積立、最後の半年は、僕自分で払ったんですけど」
美夜子さんはぐうっと声にならない声をだした。
「わ、忘れてたけど、なら請求すればいいじゃない! それくらいのお金はあります!」
「偶然だね。僕もそれくらいのお金は持っていたからね。払いました。というわけで、請求します。耳を揃えて払ってください。ちなみにお土産はありません」
「くっそーーーーー! 未成年をカサにきて傍若無人なヤツめ! わかったわよ! はらうわよ! おみやげなんかいらないもーーーーーん!」
あかんべーをした美夜子さんに、俺はショートブレッドの箱を差し出す。美夜子さんは目を潤ませ、その箱を俺の手からもぎ取る。
「春樹く―ん! 君は天使だ――!!」
俺に抱きつこうとした美夜子さんを、拓斗がタックルして止める。そうして拓斗が俺に抱きついた。
「春樹は僕のです」
「にゃにおう! たかちゃんの息子は私の息子だい! 思いっきり抱擁させろ!」
「だめです。あげません」
二人のやり取りを対岸の火事のように眺めながら俺は、最後のショートブレッドがなくなったことを胸の内で嘆いた。
「もう、そんなに落ち込まないで。ショートブレッドくらい僕が焼いてあげるから」
拓斗が俺の頭を撫でながら言う。俺は拓斗のベッドにつっぷして言葉も出ない。拓斗は俺のうなじにキスを落とす。
「ほら、かわいい子猫ちゃんはおそっちゃうぞー」
俺は変わらずつっぷしたまま。拓斗はするすると俺の制服に手をかけ、ボタンをゆっくりゆっくりはずしていく。
「ほんとに抵抗しないの? いつも美夜子さんがいたら嫌がるのに」
「……いいんだ、俺なんか。ショートブレッドほどの価値もないんだ……」
拓斗が俺の耳を噛む。
「もう。わけのわからない事言ってないで、着替えよ? クッキー焼いてあげるから」
拓斗が俺の制服を脱がしていく。俺はされるままにだらりと身を横たえたまま。
「もーう。ほーら。腰あげて。はい、次は足」
拓斗はてきぱきと俺から制服をはいでいく。
「……えろい時はもっとじらすくせに……」
「ん? なにか言った?」
「……べつに」
俺の制服を脱がせ終わると、適当なシャツを俺の首からずぼっと着せ、適当なズボンをずぼっと足に突っ込み、拓斗は台所へ向かった。
俺はなにをする気力もなくベッドにつっぷしたまま呆然としていた。……俺の、ショートブレッド……。
甘い香りがして、拓斗が部屋に顔を出した。
「クッキー焼けたよー。ショートブレッドほど固くないけどね」
俺はがばっと起き上がると台所へ急いだ。ダイニングテーブルの上には所狭しとクッキーの山ができていた。
「まーあ、おいしそうなクッキーねえ」
後ろから美夜子さんの声が聞こえ、俺は勢い込んでふりかえる。
「なかなか上手に焼けてるじゃなーい?」
俺はクッキーを背にかばいながら美夜子さんを牽制する。
「み、美夜子さん、ビール飲みますよね。ビールにクッキーはあわないんじゃないかなあ、なんて」
「あらやだ。ビールは万能よお。クッキーだろうが羊羹だろうがあいます」
「み、みやこさん、あまいものあんまり得意でないのでは……」
「あらやだ。人はいつまでも同じ嗜好ではないのよ」
俺が泣きそうになっていると、拓斗が横から口を挟んでくれた。
「美夜子さん、春樹をいじめないで」
「あらやだ、いじめるだなんて。かわいいかわいい春樹ちゃんと会話を楽しんでいただけじゃない。あ、そうだ春樹」
俺はびくびくしながら返事する。
「は、はい?」
「ショートブレッド、悪いけど返すわ。一袋あったら充分。あとは君が食べなされ」
手渡されたショートブレッドの箱は一袋抜かれただけで、残りはきれいなままだった。俺は手にしたショートブレッドと、テーブルの上のクッキーを見比べた。
「よかったね、春樹。しばらくはクッキー、食べ放題だね」
にこにこした拓斗に、俺は涙目でうなずいた。
「ああ。しあわせだ……」
腹いっぱいにクッキーとショートブレッドを詰め込んだ俺は、拓斗のベッドにあおむけに倒れ込んだ。
「あのクッキーの山を、まさかたいらげるとは思わなかったよ」
「俺もまさか食いきれるとは思ってなかった」
俺は結局、すべてのクッキーとショートブレッドを腹におさめ、そのせいで夕飯が入らず、俺の分の夕飯は美夜子さんがぺろりとたいらげた。腹をふくらませた俺に対して美夜子さんは「若いのに食べ方が足りん」と苦言を呈した。
「食休みしたらお風呂入ろうね。今、美夜子さんが入ってるから」
俺は首だけベッドからもぎ離すと、おそるおそるたずねた。
「まさか、いっしょに入るのか……?」
「うん。いつもそうしてるでしょ?」
「美夜子さんがいるのに……?」
「小さい頃から普通に入ってたじゃない」
そう言われるとそうなのだが、中学生になってから同居するまでは別々に入っていたのだ。それを今さらいっしょに入っていると知られるのは何だか気恥ずかしい。
と、ドアの外から美夜子さんの声がした。
「お風呂あいたわよー。あんたたち、ちゃっちゃと入っちゃいなさい」
「ほら、ちゃっちゃと入ろうよ。ホームズコスプレのアヒル隊長貸してあげるから」
「ほんとに一緒に? 一緒に?」
ぶつぶつ言う俺の背を押し、拓斗は風呂へと向かう。美夜子さんがビール片手に台所から出てきた。俺はぎくりと動きを止める。
「あらあんたたちいっしょに入るの? せまいでしょうに。いつまでたっても子供ねえ」
そう言うと、何事もなかったかのように自分の部屋に入っていく。
「ほらほら。ちゃっちゃと入ろうねー」
「……うん」
美夜子さんから子供扱いされてほっとしつつ、どこか寂しい気がするのはなんでだろう……。
拓斗がボディソープを手に取ってぶくぶくと泡だてる。拓斗は毎日俺の体を手で洗おうとする。俺はなんとか押しとどめて自分で洗おうとするのだが、いつも押し負けて折衷案の「拓斗がタオルで俺を洗う」というわりと普通の方法に落ちつく。今日もいつもどおりその問答を繰り広げたが、拓斗はがんとして譲らず、俺の体に泡を撫でつけはじめた。
「ちょ、拓斗! 自分でできるから!」
「じゃあ、春樹は僕の体を洗ってよ。それならいいでしょ」
提示された新しい案はなかなか良いように思えたので俺は了承し、拓斗は俺を泡まみれにしていった。いつもならあちらこちらとくすぐっていく拓斗の手は、今日は俺の肌の上を泡で軽くマッサージするように擦るだけで悪戯してこない。やっぱり美夜子さんがいるから気を使ってるんだなと考えていたら、拓斗が立ち上がった。
「はい、じゃあ交代ね」
そう言って俺に抱きつく。
「え? なにしてるの拓斗」
「洗って」
「いや、なんで抱きつくの」
「君の体についてる泡で洗って」
言われている事の意味が今一つわからず首をかしげる。
「ほら、こうやって」
拓斗が俺の胸に胸をあわせ上下に体を揺する。
「っあ!」
泡でぬめる肌の上を拓斗の胸で擦られる。胸の突起同士がなめらかに擦れあいたまらない快感が生まれる。
「やっ、たくと、だめ!」
「約束でしょ。ちゃんと僕の体も洗ってくれなきゃ」
「これっ、あらってないっ!」
拓斗はにやにやと笑いながら体をこすりつけてくる。俺の背に腕を回し、背中と共に脇腹も擦る。
「あっ、あぁん!」
「声、美夜子さんに聞こえちゃうよ」
拓斗が俺の耳にそっとささやく。俺は両手で口を押さえる。手についていた泡が鼻にくっつき、むずがゆい。拓斗は執拗に体を擦りつけ続け、俺は快感に翻弄され身じろぎ続け、俺の体からはだんだん力が抜けていき。
結局、拓斗は俺を湯につからせると自分で体を洗い終わってしまった。
「……ずるいぞ、拓斗」
「ずるいって、なにが?」
俺の隣に沈みこみながら拓斗が首をひねる。湯が小気味よく、ざばっとこぼれていく。
「お互いに洗いっこする約束だっただろ」
「洗ってもらったじゃない。胸」
「あれは違う」
拓斗がにやにや笑う。
「洗ったんじゃないなら、なに?」
俺の顔を真正面から捕らえ、にやにやにやにやと笑う。俺はぐっと言葉をのむ。
「なに? なに?」
「……いたずら」
俺は頭をひねってなんとか無難な言葉を導き出した。しかし拓斗はにやにやしたまま俺の体に手を伸ばした。
「やっ! やめろよ!」
「いたずらって言うのは、こういうことだよ」
拓斗の手が俺のものを握りこみ揉み始める。
「っ! だめ、だって! やめっ!」
俺は拓斗の手をもぎ離そうと暴れる。湯がばっしゃばっしゃと撥ねあがる。攻防戦はいつまでも続いた……。
結局俺はのぼせてしまい、ベッドに伸びた。
「湯船の中であばれるからだよ」
拓斗が俺にスポーツドリンクを口移しで飲ませる。いちおう自分で飲めると抵抗してみたが、正直体を起こすのも億劫だった。
「誰のせいだよ……」
「それにしても春樹はのぼせやすいよね」
「誰のせいだよ……」
スポーツドリンクと一緒に拓斗の舌が入ってきた。俺はもう抵抗するのもバカらしく、舌を絡めると軽く吸った。拓斗が目を丸くする。
「……てっきり嫌がると思ったのに」
「もういいよ。好きにして下さい」
拓斗はうれしそうに笑うと、いそいそと、今着せたばかりの俺のパジャマを脱がせていく。その間にもキスはつづいて、俺は次第にうっとりと眼をつぶる。
俺の足から下着ごとパジャマを抜き取ると、拓斗が俺を咥えこんだ。
「ん……」
口の中で転がされ、俺はすぐに立ちあがった。
「火照ってるせいかな、なんだかいつもより元気」
「……本体の俺は元気じゃないけどな」
拓斗は「てへ」などと笑いながら俺のうしろに指を這わせる。
「は、ぁん……」
優しく周辺をなでられ、声が上がる。拓斗は俺を扱きあげながら、後ろに舌を這わせる。ゆっくりゆっくりといつもより丁寧にほぐされる。俺の腰がゆっくりと蠢く。
「今日はそっとしようね」
拓斗は俺の足を抱え込むとゆっくりと入ってきた。
「はう…ん、あん」
そのゆっくりがもどかしくて、鼻にかかった声で拓斗を誘う。拓斗は俺に軽くキスをすると、やはりゆっくりと動き出す。
「んっ、んっ、ぁっ、ぁ」
律動に合わせて静かに静かに声を漏らす。快感もじょじょに、じょじょに少しずつ高まる。いつもよりやわらかく、いつもより深く拓斗の体を感じる。
拓斗が動きを止め、俺の頬を両手ではさみ、小さなキスを繰り返す。俺は拓斗の首に腕を回しぎゅっと抱きしめる。そのままゆったりとキスを続ける。それだけで俺は達してしまいそうになる。
「今日、俺へんだ」
キスの合間に拓斗の目を見上げる。
「どうしたの?」
「いつもよりきもちいい……」
拓斗は俺の腰を抱え上げ、ぐっと腰をすすめる。
「ん、はぁ!」
突然の強い刺激に、俺は一気に高まり精を吐いた。それでも昂ぶりはおさまらず、拓斗にしがみついて腰を振る。
「っは、あん! っあ!」
「声、美夜子さんに聞こえるよ」
「ん! いい、もう、いい!」
なにがいいのか自分でもよく分からぬまま拓斗と繋がったところにだけ意識を集中する。ぎゅっと力を込めると、拓斗が精を吐く。その水分で後ろから水音が立ち上る。拓斗は動きを止めない。俺も腰を揺らし続ける。
俺たちは繋がったまま、何度も達し続けた。
ふと目を覚ますと、拓斗に腕枕されていた。いつ眠ったのかもよく分からないほど俺たちは抱き合っていた。
俺は拓斗の首に手を回し、胸に頬を寄せた。
「……ん、はるき?」
拓斗が半分寝ぼけたような声をあげる。
「はるき、どうしたの?」
拓斗のキスが額に落ちる。
「ん……。拓斗、すき」
拓斗がぎゅっと俺を抱きしめる。
「知ってるよ」
俺はなんだか安心して、眠りについた。
翌朝、台所に入っていくと、美夜子さんがダイニングテーブルに座って、俺たちを待っていた。
「あなたたちに話があります。座りなさい」
いやに真面目な声音に、俺と拓斗は神妙な顔つきで椅子に座る。
「なに? 話って」
「あなたたちの生活についてです」
俺はどきどきして口を開くことができない。
「春樹」
「は、はい!?」
裏返った声で返事する。美夜子さんはしっかりと俺の目を正面から見据える。
「これからも拓斗をよろしく」
「はい?」
「どうしたのさ、美夜子さん。今日、顔がへんだよ」
「顔は変じゃないでしょう! 失礼な子ね! 私、結婚するから」
俺はぽかんと口を開けた。
「そう。おめでとう。じゃあ、伊勢谷さんのところにいくの?」
「うん、そうしようと思って。拓斗、この家任せて大丈夫よね?」
「大丈夫だよ。いつもどおりなだけじゃない」
「ちょ、ちょちょちょちょ! 美夜子さん、再婚!?」
拓斗と美夜子さんがそろって俺の顔をしげしげと眺める。
「だからそう言ったじゃない」
「美夜子さん、あっさりしすぎ! もっとこう、なんというか、お嫁に行きますみたいな……」
美夜子さんがぷっと吹き出す。拓斗が可笑しそうに笑う。
「そんな可愛げ、美夜子さんにあるわけないじゃない」
「まあ、失礼な! 私だってお嫁に行くって泣いたりするのよ」
「孝子おばさんと離れるのがいやなだけだよね」
「そうとも言う」
拓斗と美夜子さんは淡々とこれからの生活のことや結婚準備について話し合っている。俺は度肝を抜かれて、口を開けたままただぽかんと聞いていた。
「で、親族だけで結婚式するから。春樹も出るのよ」
「え、親族だけって言わなかった?」
俺が問い返すと、美夜子さんは怪訝な表情を見せた。
「家族でしょ。春樹は拓斗の嫁じゃない」
「よ、よよよ嫁って!」
「なんならあんたたちも一緒に式挙げる?」
「あ、あげません!」
「ええ? せっかくだからやろうよ、挙式。ウエディングドレス着てよ」
「いやだよ!」
朝から驚かされたりからかわれたりで忙しく一日が始まった。
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