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第40話

 登校中の田んぼが黄金色の波のようにざわめく。遠く星ヶ岳連山がほんのりと紅にそまる。  秋がきた。  秋は俺にとって嬉しい事の連続だ。新米が出るわ、秋ナスはうまいわ、秋祭りはあるわ。  それになにより、拓斗の誕生日がある。  俺たちは小さい頃から、お互いの誕生日を祝ってきた。自分の誕生日を祝ってもらえるのは、もちろんうれしい。でも拓斗の誕生日を祝えるのは、もっとうれしいと最近は思う。俺がなにかしてやれることで拓斗が笑顔になってくれるなら、これ以上うれしいことはない。  と、いうわけで。例年通り誕生日になにが欲しいか聞いてみた。 「僕は今年はなにもいらない。もう欲しいものは全部もらってるから」 「欲しいものって……」 「もちろん、君だよ」  そう言って抱きしめられて、押し倒されて、うやむやになってしまう。  拓斗が口づけを喉に落としながら、俺の服を脱がせていく。俺も身を起こして脱がせやすくする。拓斗は、ふふふと笑って、俺の胸に吸いつく。小さく声が漏れる。……そうしてうやむやと流され続けて。けれど俺は、あきらめたりはしていない。 「……と、いうわけで今年はサプライズでプレゼントを用意しようと思うんだけど……って、金子、鼻息が怖いぞ」 「萌え! 萌えです! 『君以外何もいらない』を現実に垣間見ようとは……! お母さん! 産んでくれてありがとう!」 「よ、よかったな」  金子はひとしきり鼻息を吹き散らし、目を血走らせ何事か吠えていたが、しばらく放っておいたら落ち着きを取り戻した。 「で、ますたー、ご相談とは何でしょうか」 「誕生日プレゼントって言ったら、どんなものがいいかと思ってな」 「そんなの、ますたーにリボンをかければできあがりですよ」 「お前ならそう言うと思ったよ」 「ご理解いただけて嬉しいです」 「理解はしてない。予測できるようになっただけだ。そしてリボンは却下だ」  金子はそっぽをむいて『テッパン萌えなのに……』などとブチブチ言って、それ以上相談に乗ってはくれずどこかへ消えてしまった。薄情なやつ。  考えながら廊下を歩いていると、後頭部をはたかれた。 「ってえ!」  振り返ると松田先輩がチョップを繰り出した手の形そのままに、にやにやしながら立っていた。 「今日はめずらしく引っつき虫がいないんだな。ふられたか」 「ふられません。拓斗は図書館に行ってるだけです」 「あぁ。お前の頭脳には縁遠い場所だから置いていかれたのな」  失礼な言い草は聞かなかったことにして、聞きたいことを聞いてみる。 「先輩は、誕生日プレゼント、どんなもの貰ってます?」 「プレゼントお? 今年は手作り菓子が多かったな」 「え、誰からですか?」 「女子からに決まってるだろ。俺はもてるんだよ、お前と違ってな」  先輩は得意げに胸を張って腕を組んでみせる。ちょっとくやしい。が、その通りでもある。俺は女子からプレゼントを貰ったことなどない。 「で、なんのリサーチだ? 俺の誕生日プレゼントなら366日受付中だぞ」 「あげません」 「なんだよ、お前、最近つめたいぞ」 「……だって」 「だってなんだよ」 「……隙を見せたら襲われる」  先輩はにやりと笑う。 「わかってるじゃねえか」  先輩が右手をチョップの形にあげる。俺は脱兎のごとく逃げ出す。後ろから松田先輩の馬鹿笑いが聞こえてきた……。 「牟田君!」  するどい声で呼びとめられる。あわてて立ち止まり振り返ると、科学室から桐生先生が出てきたところだった。 「廊下は走らない」 「す、すみません」  図書館へ向かおうとして、思わず科学室の前を通ってしまうなんて……。俺は己の浅はかさを悔やんだ。 「今日はめずらしく一人なんですね」  松田先輩と同じことを言われた。桐生先生は俺を見下すような笑いを浮かべている。 「一人ですけど……。なにか……?」  じりじりと後退る。先生が片頬をあげ冷酷な笑みを浮かべる。逃げられない、と思ったその時。 「桐生先生?」  声のした方を見ると、廊下の先に、いつの間にか黒田先生が立っていた。 「牟田君? どうかしたんですか?」  黒田先生は俺と桐生先生を見比べる。 「いえ、別になにも。牟田君、もう行っていいですよ」  桐生先生は眼鏡を押し上げながら俺と黒田先生に冷やかな視線を寄越し、去っていった。黒田先生は桐生先生の背中を、じっと見つめていた。  結局、教室に戻ったのは授業が始まる直前で、拓斗がなにか聞きたそうな顔をしたが説明する時間もなく授業が始まった。授業が終わって拓斗に話しかけられる前に教室を出て、俺は聞き取り調査を続けた。元香と橋詰は二人で口をそろえて「もらえるものなら食いものがいい」と言う。似たもの夫婦だと言うと元香が真っ赤になって俺を追いたてた。廊下でばったりあった山本にも聞いてみたが「現金が欲しい」と夢のないことを言う。そうやって知ってるやつにちょいちょいと聞いて回ったが、参考になる意見はなかった。 「春樹、なんで僕から逃げ回るの」 「に、逃げてないぞ」  家にたどりついた途端、拓斗が俺の肩を両手でぎゅっと掴んだ。 「じゃあ、なんであちこちウロウロしてるわけ?」 「そ、それは……」 「僕のためにサプライズとかいらないから」 「う……」  拓斗にはすべてお見通しだった。あたりまえだが。それでも俺は素知らぬふりをしようとしたのだが。拓斗が俺をぎゅうっと抱きしめた。 「だから、そばにいて。一秒でも長く」 「拓斗……」 「それが僕のお願い」  拓斗は体を離すと微笑んで、俺に軽いキスをくれる。 「ん……。わかったよ」  拓斗はにっこりと笑ってくれる。手を繋いで隣を歩いてくれる。俺が欲しいものをぜんぶくれる。だから俺も拓斗にプレゼントしたいのに……。   「じゃあ、これ、つけてね」  拓斗がカバンの中から真っ赤なリボンを取り出す。 「リボン?」  拓斗は俺の首にリボンを巻いて、きれいに結んだ。 「もしかして、金子か?」 「あたり。今日もらったんだよ。誕生日プレゼントだって」 「……しょぼいプレゼントだな」 「そんなことないよ。さすがのストーカー的チョイスだと思うよ」 「なんだ、それ」  拓斗はまたにっこりと笑う。 「春樹がプレゼントくれるって言うなら、僕は君がいい。君のすべてを僕にください」 「……はい」  拓斗が俺にキスをする、リボンをもてあそぶ。俺は俺を拓斗にすべて明け渡す。 「……って、ちょっと、リボン、やっぱりやめないか?」 「君をプレゼントにくれるって言ったじゃない」 「けど、これじゃ過剰包装じゃないか」  拓斗のカバンからは止めどなくリボンが溢れ出て、俺の体中いたるところに赤、ピンク、黄色、白、青、金……、取りとめもなく節操もなく太さも素材もばらばらなリボンが巻かれ結ばれていく。俺の体の上はチョウチョウの乱舞だ。 「かわいいよ」  拓斗が俺の首に巻いているリボンの端をにぎって、口づける。 「普段はエコバッグしか使わないのに……」  俺がぶちぶちと呟く声はまるっと無視され、拓斗は引き続きリボンむすびに没頭していく。俺は諦めて、されるがまま横たわり。 「できた」  満足した拓斗が手を離した時には、俺はリボン製の服を着ているような有様だった。 「……で、これ、どうするの?」 「結んだものは、ほどかなくちゃね」  拓斗はにっこりとほほえむ。俺は内心うんざりしたが、平静を装った。  シュルリ、と拓斗がほどいた手首のリボンが俺の肌をさらさらと撫でていく。シュルリ、シュルリと腕の先から肩に向かって、ささやかな解放感と優しい肌ざわりが上ってくる。  小さな小さな、ほんの掠めるほどの感触。けれど繰り返されるごとに、ぞくぞくと俺の肌は大きな快感を受け取る。  両腕のリボンがほどかれ終わった頃には、俺のものは立ち上がりかけていた。もちろんそこにもリボンはかけられていて、大きくなっていくとともに少しずつ圧迫感が増している。  拓斗はほどいたリボンをはらりはらりとベッドに撒き散らす。白いシーツがとりどりの色彩に染まっていく。  拓斗の手は俺の足先の方へと移動する。足首、ふくらはぎ、膝、右が終わったら同じように左。少しずつ少しずつ摩擦は上へ上へと忍びよってくる。膝上のリボンをほどいたところで拓斗は手を止めた。  俺の両頬を包みこんでキスをする。 「いき」 「え?」 「息ちゃんと吸って。声がまんしないで。それも全部僕のだよ」  俺は歯を食いしばって声を抑えようとしていたらしい。言われるまで気付かなかった。拓斗にうながされるまま深く息を吐く。拓斗が太もものリボンをするりとはずす。 「ひっ……!」  突然再開された感覚についていけず、短い悲鳴が上がる。拓斗がうれしそうに微笑む。シュルシュルと太もものリボンをほどいていく。ゆっくりと、焦らすように、壊れ物をあつかうみたいに。 「やっ……ぁああ……ん!」  もどかしさに息が荒く、けれど擦り続けられる緊張に吐ききる事も出来ず、とぎれとぎれの喘ぎが漏れる。拓斗は片手でゆっくりとリボンをほどきながら片手で俺の頬を撫でる。ゆっくりと、焦らすように、壊れ物をあつかうみたいに。  俺は拓斗の手を取り、口をつける。ひやりとした拓斗の体温が愛おしくてゆっくりと舌を這わせる。拓斗はリボンをほどき続ける。 「ひゃあん!」  太ももに最後に残った一本を、勢いよく引きぬかれ、高い声が出る。内腿にレースのリボンの感触が残る。その余韻で俺のものが大きくなり、戒めているリボンが食いこむ。 「いぁ……あっ! ふっああ!」  そのリボンの刺激だけで俺は軽く達してしまう。白いものがさらりとしたリボンの上を滑っていく。拓斗はそれに口をつけて吸う。 「やあん、だめぇ! やっ!」  リボン越しに拓斗の舌を感じる。もどかしいのに強すぎる刺激。もっとしてほしいような、すぐにやめてほしいような。どうしたらいいのかわからずに、俺の目から涙があふれる。拓斗はそれも舌で舐めとる。そうしながら俺の腹に、胸に、首に巻いたリボンを勢いよく引きぬいていく。  あるものはさらりと、あるものはひっかかり、あるものは肌にうっすらと傷をつける。そのたび俺はびくびくと身を揺らし喘ぎ泣く。拓斗はこぼれ続ける俺の涙と精を交互に舐めとる。その舌の感触に俺は休む事も出来ずに昂ぶりつづける。  その場所のリボンが、最後の一本になった。 「春樹、このリボン、自分でほどいてみて」  拓斗が俺の手を取り、その場所へ導く。俺は荒い息もそのまま、拓斗のなすがままに動いていく。俺にリボンの一方の先を握らせると、拓斗は手を離した。俺はどうすればいいのかと拓斗を見上げる。 「好きなようにほどいてごらん」  俺はリボンをそっと引く。 「きやぁぁ!」  ほんの少し引いただけで激しい快感に襲われ手が止まる。はあはあと深呼吸をする。手が震えて力が入らない。 「できる? 春樹?」  拓斗が俺の髪をさらりと撫でてくれる。俺はこくりとうなずく。顔を仰向け拓斗の手にキスをする。顔を見なくてもわかる。拓斗は優しく笑っていてくれる。俺はリボンに手をかけると、ゆっくりゆっくりと引きぬいていく。 「ふあっああ! んあ! ひぁん!」  声と共に白いものがつぷつぷとこぼれ出す。拓斗がそれを舌で舐めとる。 「きゃう……! やっあぁ!」    どれだけ長い時間そうしていたのか、どれだけの瞬間を長いと感じていたのか、わからぬまま、俺は涙で顔中を汚して肩で息をしていた。 「春樹、春樹、かわいい。よくがんばったね」  拓斗が顔中にキスを降らせる。ぺろりぺろりと涙を舐めとっていってくれる。 「春樹?」  俺は身を起こすと拓斗をベッドに寝かせ、馬乗りになってキスを落とす。拓斗の胸をさわさわと撫でる。拓斗は目を細めて俺の愛撫を受け止める。  拓斗の胸に唇をつけ舐め上げていく。拓斗の呼吸が早くなる。  ぎこちない動きで、そこから下へ下りていって、拓斗のものまで辿り着いた。ちらりと見上げてみると、拓斗はにっこりと笑ってくれた。  俺は拓斗自身を口いっぱいに頬張る。ぢゅぐぢゅぐと音を立てながら舌を這わす。  拓斗の手が優しく俺の髪を撫でる。  俺は与えているのに与えられ、また目には涙がたまり俺のものは痛いほど張りつめた。 「春樹、もうおいで」  拓斗が俺の手を取り引っぱる。導かれるまま拓斗の上に覆いかぶさる。唇をあわせ吸いあう。拓斗の手が俺のものをやわらかく包もうとするのを、そっと止める。体を起こし、足を開き、硬く立ち上がった拓斗の上に、ゆっくりと体を沈めていく。 「んん……っ! っはあ、はっ、あ……」  体を支えられず後ろ手に腕をつく。リボンの海の中に手が埋もれる。そのまま俺のものを拓斗に見せつけるような格好になって、俺のものはますます痛むほどにふくれる。 「ああ……、春樹。きもちいいよ」  拓斗は俺の目をまっすぐ見つめる。俺ははずかしくて目をそらしたくて、でも拓斗になにもかも見せたくて。まっすぐに拓斗を見つめた。  そのままゆっくりと腰を回す。 「やっあ、ああ……、んん!」  動くたびに感じてしまって止まりそうになる体を叱りつけながら拓斗の中心に刺激を与える。俺の中、それは硬く太くなっていき、俺は得も言われぬ喜びを感じた。回すだけの動きから、前後に振る動きに変える。 「っあああ!」  いいところにあたってしまって何度も動きが止まる。それでも動きつづけようとすると、涙で視界が滲み腰から全身にしびれが広がっていく。 「春樹、春樹!」  ぐるりと視界が回転したと思うと、俺はベッドに押し倒され、拓斗に圧しかかられていた。 「すきだ」  拓斗の唇が降ってくる。額に、頬に、鼻に、口に。耳に、喉に、胸に。俺のこころに。  俺の目から涙がこぼれつづけ、拓斗は黙ってその涙を舐め続ける。  俺が落ち着きを取り戻し、涙が止まった頃、拓斗がゆっくりと動き出した。 「ああぁ……」  心の底が震えるような。静かに澄みきった湖のような。  体の中心にともった暖かさが全身へゆっくりとめぐっていく。いや、全身だけじゃない。  拓斗もだ。  拓斗の体とも、心とも繋がって、俺たちは同じ一つのものを分け合って感じている。 「はるき……」  拓斗はゆっくりゆっくりと動く。俺は静かに受け止める。そうしてまた拓斗へ渡す。  俺たちはいつまでもいつまでも繋がりつづけた。 「このリボン、とっておこうかな」 「どうするんだよ、こんなもん」 「春樹がたくさん沁みこんでるから、全部宝物だよ」 「は、はずかしいんですけど」 「でも僕、とっておきたいんだ。ダメ?」  拓斗は眉間に皺をよせ小首をかしげて見せる。 「ダメ……じゃない」    そう言うと、拓斗はにっこりと笑った。  拓斗が欲しいって言うなら、どんなものでもあげる。俺は俺自身さえもいらないから。  だから、笑っていて。いつまでも。

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