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第42話
雪が降った。
ここ数日の冷え込みは厳しく、天気予報ではしきりに冬将軍という言葉が連呼されていた。とある放送局の天気予報では擬人化した冬将軍が軍配を振り氷雪を降らせていた。その予報通り、今日は雪嵐になった。
「すっごいねえ。これじゃ野球できないよね」
夜半からの大雪で朝には10センチも雪が積もり、今日の練習試合は中止になった。おかげで朝からこたつでごろごろしている。窓の外、横なぐりの雪はますます強まっているような気がする。
「なんか部屋もいつもより寒いな」
「そうだねえ」
拓斗はセーターを二枚着てその上から毛布を羽織っている。いくらなんでもそこまでは寒くないと思うのだが。俺たちの体感温度はそんなに違うんだろうか。
「そうだ。あれ、出そうかな」
「なんだ、あれって?」
「ふふふ。ちょっと待っててね」
言うと、拓斗は立ち上がり毛布をずるずる引き摺りながら部屋を出ていく。
「わー。寒いよー! つべたいよー!」
叫びながら台所に入っていった。
戻ってきた拓斗の手には盆に乗せられた雪だるまと雪うさぎ。
「あ、それ」
「うん。去年の思い出です。かわいいまんまでしょ」
去年、初めて雪が積もった日に作ったものを冷凍保存していたのだった。こいつらを見るとその日のことが思い出される。
「雪合戦したよね」
「ああ。拓斗の玉はまったく当たらなかったけどな」
「まったくじゃないよ。ちょっとは当たったよ」
「かすっただけだろ」
こたつの上に置かれた雪たちはカチカチに氷って融けるそぶりを見せない。俺は雪だるまをぺろりと舐めてみた。
「おいしい?」
「……味はしないな。ただ、冷凍庫の臭いがする」
拓斗が腹を抱えて笑う。俺も苦笑する。雪だるまも雪うさぎも無表情にじっと融ける時を待っている。それは思い出が融けて消えてしまうようで、その時を待つのがつらい。
「なあ、こいつらもっと雪つけてやったら大きくなるかな」
「やってみようか」
拓斗は最大の防寒をほどこして膨れ、俺はダウンだけ着て庭に出る。吹きすさぶ風が俺たちに雪を叩きつける。
「寒い!! これ、雪遊びはむりだよお」
「……そうだな。無謀だった」
「雪の上に置いておいたら雪が勝手につもって自然と大きくなるんじゃない?」
「そうだな。そうするか」
門柱のそばに雪だるまと雪うさぎを置いて屋内に逃げ帰る。ちょっと外に出ていただけなのに頭に雪がつもってしまった。玄関で雪をはたきおとして部屋に戻ると、暖かい空気に肩から力が抜けた。
力が抜けた、と思ったら気も抜けて、なぜか涙があふれた。
「どうしたの、春樹!? おなかいたい?」
拓斗が俺の肩をつかむ。手袋のふかふかした感触が優しくて、なおいっそう泣けてきた。
「なんだよ、お腹痛いって……。大丈夫だよ」
ぽろぽろと流れる涙を袖でぬぐう。けれど拭いても拭いても涙は溢れて、拓斗の肩に顔をうずめた。拓斗は俺の背中をとんとんと叩いてあやしてくれる。
「ほんとにどうしたの?」
「ちょっと、さびしくなっただけ」
「どうしてさびしいの? 僕がここにいるよ」
「……もっと近くがいい」
俺の肩に手を置いて、拓斗が俺の目をのぞきこむ。それからぎゅっと抱きしめてくれた。俺の中で氷りついていた不安が暖められて融けていく。それは自然と言葉になって口からすべり出した。
「俺たち、来年の冬は何してるんだろうな」
「なにしてるだろうねえ」
「……来年も一緒にいるかな」
「いるよ。僕が君を離すと思う?」
拓斗が俺の頬にキスをする。俺は嬉しいような悲しいような不思議な気持ちで、また泣きそうになる。拓斗はきっと俺を手放したりはしないだろう。俺はどうなんだろう。ずっと変わらずにいるだろうか。冷凍庫で氷ったみたいに変わらずにいられるだろうか。
「大丈夫だよ」
手袋をはずした拓斗が俺の頬を撫でる。顎に手をあて上向かせ、キスを落とす。唇をあわせているだけでじんわりと安心が体中に広がっていく。拓斗の手がひんやりと気持ちいい。拓斗はこたつに入ると俺を隣に座らせて肩を抱き、またとんとんと叩いてくれる。
「大丈夫、大丈夫だよ」
繰り返されるその言葉に誘われるまま俺は眠りに落ちていった。
目覚めると拓斗に膝枕されていて、見上げると拓斗は本を読んでいた。
「善悪の彼岸、ニーチェ……? なんだ、その難しげな本」
「あ、起きた」
俺は拓斗の膝の上で寝がえりを打ち、拓斗にギュッと抱きつく。
「おはよ。ほんとに今日は甘えたさんだね。なにかあった?」
「なにも……」
なにもないんだ。ただ、あの雪だるまを見て去年のことを思い出しただけ。去年の今頃、俺は拓斗に好きだと伝えた。その前の冬は拓斗が俺のことを好きだと知った。今年の冬は二人で暮らしてる。
今が幸せだと思った。そうしたら恐くなったんだ。今が変わらないで欲しいと思ったんだ。いつまでも。
「なあ、今のまま、このままでいられなくなったら、どうする? 人は、人の気持ちは変わるだろ? 変わらないなんて言えないだろ……」
「うん。きっとこの気持ちは変わってしまうよね」
あまりに意外な返事がかえってきて、俺は驚いて拓斗を見上げる。
「けどね『心は変わる、誰もがかわる、かわりゆけ、かわりゆけ、もっと好きになれ』って言葉があるよ」
「その本に書いてあるのか?」
「ううん。中島みゆきの歌の歌詞だよ」
思わず吹きだした。こんな時にニーチェより中島みゆきの言葉を選ぶ拓斗が、俺は大好きだ。その気持ちを伝えたくて、でもうまく言葉にならなくて、俺は体を起こすと拓斗の膝に乗って唇を奪った。拓斗は本を置くと、俺を抱きしめる。俺は唇で拓斗の唇の感触を味わう。ふっくらとやわらかくなめらかで、いつまでも触れていたいと思う。拓斗はゆっくりと背中を撫でてくれながら俺のしたいようにさせてくれた。俺は時間をかけて拓斗の唇を堪能する。
ふれあっているだけで、そこから甘いしびれが全身を廻り、俺は昇りつめていく。拓斗も硬くなっているのがふれあった肌から感じられる。ゆっくりと拓斗に体重をあずけ、床に倒していく。唇を離すと拓斗は微笑んでいた。
「最近、積極的だよね。どうしたの?」
「どうもしない。ただ……」
「ただ?」
「拓斗を気持ちよくしてやりたい」
拓斗は微笑んで、じっと俺の目を見つめ俺の髪を撫でる。小さい子供が誉められているみたいで恥ずかしいけれど、ものすごくうれしい。
俺はキスを再開させる。拓斗の耳や喉をくすぐるように優しく撫でる。拓斗の体が小さくぴくり、ぴくりと反応する。拓斗の肩から腕をたどり、手の平を揉み、指をからめる。しっかりと手を握りあい、体をぴたりとつける。そのまま腰を前後に揺らす。ゆっくりと。じらすように。拓斗の口から小さなため息が漏れる。俺はその溜め息を味わって、幸せに包まれる。俺が拓斗から引きだした溜め息。拓斗が感じてくれた証し。
「春樹、君の中に入りたい」
そっと耳元で囁かれ、俺は真っ赤になる。けれど手は止めず拓斗の服を脱がしていく。拓斗が俺をじっと見つめる。俺が脱いでいく様も見られている。恥ずかしい。けれどその恥ずかしさが一層きもちよさに拍車をかける。
俺は下着まで脱いでしまうと、拓斗の硬くなったものを手で握り、俺の後ろに導く。ゆっくりと腰を下ろしていくと、少しずつ少しずつ拓斗が俺の中に入ってきて俺の体はすみずみまで満たされていく。
「はぁ……」
全部入ってしまうと、溜め息が出た。拓斗の胸に手をつき、腰を浮かす。ゆっくり浮かせてゆっくり沈む。
「んっ、はぅん、ああっん」
拓斗のために動いているのに俺の口から高い声が出る。声を抑えようと噛んだ唇を、拓斗の指がそっと撫でる。
「声を聞かせて?」
俺は無言で首を横に振る。
「どうして?」
「俺だけ気持ちよくなって、だめだ……あっん!」
拓斗が下から腰を突き上げた。俺は両手で口を押さえる。
「かわいい、春樹。君の声聞くのすっごく気持ちいいよ。聞かせて」
俺が手を離すと、拓斗は勢いよく動き出す。
「やっ、あん! はっ、た、くとぉ。たくと……」
「うん、なに?」
「すきぃ、だいすき……」
拓斗にしがみつく。俺の頬に唇を落とし、拓斗は突き上げ続ける。
「はっ、んん! あぁ、ぁん!」
拓斗の指が俺の胸のものを摘まむ。ころころと転がされ軽く爪を立てられる。
「いやぁっ! だめ! ひゃあん!」
その刺激にびくびくと放ってしまう。その時後ろが締まり、拓斗からも同じものが放たれた。
はあはあと荒い息を吐く。拓斗も眉根を寄せて息を切らせているが、俺の中、拓斗はまだ立ち上がったままだった。
「んんっ!」
俺は腰を浮かしてぎりぎりまで引き抜くと、一気に腰を沈める。
「はぁっ、あぅん!」
達したばかりの体に大きな刺激がきつい。だけど拓斗をもっと気持ちよくさせたい。俺は腰を振りつづける。
「ん、あぅ、んん! はっん! あぁ、たくとぉ」
「春樹……、春樹」
拓斗の手が俺の顔を撫でる。その手を取り、指を一本ずつ舐め上げる。口に含み、舌で転がす。手の甲にキスをして頬ずりする。いとおしい、いとおしいこの手。この腕、この胸。すこしずつキスを落としていく。
拓斗は上体を起こすと、俺の体を抱きしめ床に背中をつけさせた。俺は拓斗の首にしがみつく。
「春樹、動くよ」
拓斗が宣言して、激しく動き出す。
「ひゃあ! ああ、ん! ひあ!」
拓斗の腰に足を絡ませ快感に溺れる。もう何も考えられない。拓斗がいる。俺の中に拓斗がいる。俺たちは何度も達し、何度も求めあった。
「おかしいな……」
「なにが?」
こたつに二人並んで寝そべりながら、ぼうっとしている。けだるい体はほんのり暖かくて、幸せで満ちていた。
「拓斗を気持ちよくしてあげるつもりだったのに、俺ばっかり」
拓斗が俺の手を取り口づける。
「すっごくきもちよかったよ」
拓斗の顔を見ると、真剣な目をしていた。俺はふと可笑しくなって笑う。
「そんな真顔でいうことじゃないだろ」
「でも、ほんとにすっごくよかったよ」
繰り返される言葉に、俺はなんだか恥ずかしくなって顔を背ける。拓斗の指が俺のうなじに触れて、俺はびくりと跳ねる。
「春樹がよがるところを見ると、一番感じる」
「よ、よがるとか、言うな」
「じゃあ、エクスタシー感じてる?」
「よけいいやだ!」
「わがままだなあ」
「あ」
窓の外、吹雪は止んでいた。
「雪だるま、どうなったかな」
「見に行こうか」
のそのそと服を着こみ、外に出る。
門柱のところにはこんもりと雪が盛り上がっていて、雪だるまと雪うさぎは姿が見えなくなっていた。
「……消えちまったな」
「そうだね。けど『物より思い出』だよ」
「それも中島みゆきか?」
「ううん、なにかのCM。小さいころに聞いた気がする」
「物覚えがいいな」
「うん。だから大丈夫。僕がおぼえているから、安心して。ね、新しい雪だるま、作ろう」
「そうだな」
そうだ。何度だって作ろう。新しい思い出を。
二人で同じ記憶をたくさん覚えていよう。そしてもっともっと幸せになろう。
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