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第43話

 北に連山、南に海を擁するこの町は、夏には海風が涼しく冬には山が北風を防いでくれる。そのために降雪量は少なくて雪遊びできるのは年に数回だけ。星ヶ岳連山に登ってしまえばイヤというほどの雪があるが、そこまで行くほどアウトドア派でもない俺は今日もこたつでだらだらしている。拓斗は真面目に机に向かって何やら勉強しているが、俺に宿題を強要することもない。独立独歩だ。 「なあ拓斗」 「ん? なに?」  教科書から目を上げた拓斗が振り向く。今日も絶賛笑顔だ。 「今年もうちのクリスマス会、来るだろ」 「来るっていうか、一緒に行こうね。春樹、里帰りするよね」 「お、おう。里帰り……ね。うん」  もうすっかり宮城家に嫁いだことにされている感のある俺は、しばしば拓斗の言語チョイスに戸惑わせられる。 「今年はプレゼント交換、何にしようか。なにか目星は付けてる?」 「そんな星がありますか。さすが拓斗はくわしいな、星に」 「そういうのいいから」  あっさりと切り捨てられた。最近の拓斗はちょっと辛口だ。苦手な寒さにやられて心がすさんでいるのかもしれない。俺は拓斗の腰にぎゅっと抱きついた。 「春樹? どうしたの?」 「いや、お前が冷たいから……」  拓斗は俺の頭をぽんぽんと撫でる。俺は拓斗の膝に頭を乗せて撫でられを堪能する。 「最近、春樹は甘えたさんだよね」 「そうか? そんなに変わらないと思うぞ」 「もっともっと甘えていいんだからね」  拓斗はにこやかにそう言うが、はい、そうですか、ではと言えるほど俺は甘々に生きてきたわけじゃない。 「もっと甘えるって、どうするんだ?」  拓斗はうーん、と唸る。本人も具体案は無かったらしい。 「とりあえず、寒いから一緒にこたつに入ろっか」  俺は拓斗のためにスペースをあけた。  こたつに入っても拓斗は勉強を続けて、なにやら難しげな本と語り合っている。俺はこたつに頭を乗せてそれを見ている。 「なあ、それなんの勉強してんの?」 「これ? 星検だよ」 「ホシケン? なにそれ」 「星空宇宙天文検定っていう試験があってね。受けてみようかと思って」 「おー。拓斗向けじゃないか。受かったら何か資格がとれるの?」 「日常生活に使える資格にはならないみたいだね。趣味の範疇かな」 「それでもすごいな」  横から本を覗き見る。なんとか星団のなんとかいう星が何等級で……みたいなことが書いてあるかと思ったら、星座の話が乗っていた。 「なんか、ファンシーな検定なんだな」 「そうでもないよ。星座の問題は一部分で、天文学のことはもちろんだけど、海の干満とか宇宙船のこととか太陰暦のことも出るし。色々だよ」 「より難しそうな話になってきたな」 「うん。やりがいがあります」  勉強好きな拓斗は目を輝かせて本と向き合う。なんだか普段より頼もしい。その調子で俺の冬休みの宿題の面倒も見てほしい。共栄共存だ。  俺はごろごろと拓斗はカリカリとこたつにあたっていると、玄関のチャイムが鳴った。行ってみると、冬人がちんまりと立っていた。両手を握りしめ、顔を真っ赤にして目に涙を浮かべている。 「どうしたんだ、冬人。秋美に泣かされたのか?」 「秋美ねえちゃん、ひどいんだよう。おつかい、ぼく一人で行けって……」  ぐずぐずと鼻を鳴らして今にも決壊しそうな冬人の手を引く。 「うん、うん。とりあえず、あったかいところで話そう。な?」  拓斗の部屋に連れていき、洟を拭いてやり、ココアを飲ませるとやっと落ち着いたようで、今度は顔を真っ赤にして怒りだした。 「秋美ねえちゃんがひどいんだ! かーちゃんが二人でおつかい行けって言ったのに、ぼくだけで行けって!」 「ああ、秋美はしょうがないな。それで兄ちゃんとこ来たのか」  冬人は頬をふくらませてぶんぶんとうなづく。また垂れてきた洟を拓斗が拭いて話を聞いてやる。 「それで、おつかいはどこにいくの?」 「ケーキ屋さん」 「クリスマスケーキの予約に行くのかな?」 「うん! 兄ちゃんたちも行こう!」  冬人が俺と拓斗の手を取る。拓斗は満面の笑みで冬人の顔を覗きこむ。 「じゃあ、一緒に行こうか」 「うん!」  拓斗が防寒の重装備を身につけている間に、冬人にマフラーを巻いておく。俺はいつものダウンジャケットを着こむだけなので簡単なのだが。 「拓斗、いったい何枚着てるんだ?」 「え? 五枚だけど」 「いやいや、着すぎだろ」 「だって寒いじゃない」  細身な拓斗は多少着こんでも身動きを制限される様子もなく飄々としている。 「おまたせ、行こっか」  冬人をはさんで三人で手を繋いで歩く。 「やっぱりケーキと言えばいちごだよな!」  俺の言葉に冬人が大きくうなずく。 「いちごがいーーっぱい乗ってるのがいい!」  いーっぱいか。それなら毎年いちごのない白い部分だけを食べている俺や拓斗にもいちごが巡ってくるかもしれない。 「よし、特注にするか!」 「しよう、しよう!」 「ふふふ、二人ともほんとに甘いものが好きだよね」  拓斗はにこやかに冬人の頭を撫で、ついでに俺の耳をくすぐる。 「拓斗だって好きだろ、いちごのケーキ」 「僕はどちらかというとモンブラン派かな」 「拓斗にいちゃん、ぼくモンブランって食べたことないよ」 「おいしいよ~。ほっぺたが落ちるくらいおいしいよ~」  冬人が俺の服の裾を引っ張る。 「兄ちゃん、ぼくモンブラン食べたいよう」 「それなら今年はモンブランにしようか?」 「え、いいの!?」  拓斗と冬人がそろってバンザイする。色白な二人がそうしていると、兄弟のように見えて微笑ましい。まあ、ほとんど一緒に育ってきたんだから似てきていてもおかしくはないのかもしれない。  近所のケーキ屋で特大のモンブランとその上に乗せるサンタの砂糖菓子を予約して店を出る。 「モンブランの上にサンタだなんて、まるで登山家のクリスマスみたいだね」 「とざんか? 拓斗にいちゃんのお父さんのこと?」  俺は冬人の発言に慌てたが、拓斗は気にした素振りもなく冬人の手を引いてにこにこしている。 「そう。うちの父さんみたいに山に登る人のことだよ。モンブランはね、山のマネをした形なんだよ」  じっと拓斗を見つめていると、拓斗は俺の目を見て優しく微笑んだ。もうすっかり親父さんのことは乗り越えられたのだろう。俺は安心して微笑みを返した。 「兄ちゃんたち、プレゼントもう買った?」  商店街を歩きながら冬人はあっちへふらふら、こっちへふらふらと店を覗いていた。 「いや、俺たちはまだだ。冬人も買ってないのか?」 「うん。ねえ、何か探す?」 「そうだね。一度別れて、買い物が終わったら集合しようか」 「うん!」  待ち合わせ場所を決め、三者三様に散らばっていく。さてどこに行こうか、とぐるりと見渡し、とりあえず目の前にあった本屋に入ってみた。適当な文庫本を引っ張り出して値段を見てみたが、少し厚めの本は700円くらいするし、薄いと300円台。ぴったり500円位の本は、案外と少ない。しかも大人から子供まで楽しめる本と言っても俺にはさっぱり見当もつかない。拓斗に相談したいところだが、プレゼントは当日まで秘密厳守。自分で考えるしかない。店内をうろつき、カレンダーなんかどうだろうと棚に寄っていく。同じ棚に手帳も並べられていて、その中になぜか一冊だけ文庫本が紛れていた。  題名は「マイブック」手にとってめくってみると、全ページまっ白で、ページの冒頭に日付と曜日が書いてあるだけ。日記帳なのか手帳なのか小説用なのか。きっとどれに使ってもいいんだろう。本物の文庫本と変わらない装丁と紙質、のような気がする。あとがきのページなんかもあるが、そこも空白。見ていると本が好きでない俺でもなにやらわくわくしてきた。なにかを書いてみたい衝動にかられる。値段は400円。ちょうどいい。あとは百均で袋でも買って中身が分からないように包装すれば出来上がりだ。  俺は意気揚々と待ち合わせ場所に戻った。すでに冬人が買い物袋をぶらさげて待っていた。そばに冬人と同じくらいの年頃の女の子が立っていて、二人でおしゃべりしていた。 「冬人、友達か?」  冬人は俺に気付くと、顔を赤らめてうなずいた。 「う、うん。同じクラスの結衣ちゃん……」 「こんにちは、結衣ちゃん。冬人と遊んでやってくれてありがとう」  結衣ちゃんはぺこりと頭を下げ、恥ずかしそうにもじもじしている。人見知りなのだろう。三人でどこか気まずい空気を醸して所在なげにしていると、いつの間にやってきていたのか拓斗が冬人の背後に忍び寄り、ぱっと目隠しをした。 「だーれだ?」 「拓斗にいちゃん!」  冬人がくすぐったそうに身をよじる。拓斗はくすくす笑いながら手を離す。 「か、かっこいい!」  突然、結衣ちゃんが叫ぶ。俺たちはビクッと身をすくめた。 「ふ、冬人くんのお兄ちゃんですか!?」  拓斗に食らいつかんばかりの勢いで詰め寄る。拓斗は笑顔を浮かべたまま一歩下がる。結衣ちゃんの豹変ぶりに俺はぽかんと口を開けた。 「いや、近所に住んでいて仲良しなだけだよ」 「私、冬人くんの友達です! 中原結衣です! よろしくお願いします」  拓斗は曖昧な笑みで「うん、まあ」と中途半端な相槌を返す。冬人は、と見ると見事にむくれて上目づかいに結衣ちゃんを見ていた。気持ちは分かる。がんばれ、冬人。 「ぼく、もう帰る!」  そう宣言すると冬人は大股でずんずんと歩き出した。 「あ、待ってよ、冬人くん!」  結衣ちゃんは、ちらちらと名残惜しげに拓斗を振り返りながら、それでも冬人のあとを追って行ってくれた。ほっと胸をなでおろす。冬人の失恋の原因が拓斗だなんてことになったら、ちょっとシャレにならない。 「なんだか冬人の恋愛は前途多難みたいだねえ」 「そうか? なかなか良い雰囲気だったぞ」 「あの子がBL好きの結衣ちゃんでしょ? 冬人にBL小説をすすめていた」 「あー。そういえば」  昨年ごろから冬人が折々に「BLむずかしいよう」と泣きそうになりながら、借りた本を一生懸命読んでいるところを目撃していた。一応、両親の前では読まないように俺の部屋を開放してあるのだが。BL好きな女子、と聞いて俺の脳裏には一人の同級生の顔が浮かび、自然と深い溜め息が出た。 「……たいへんそうだな」  俺たちは目をあわせ、曖昧な笑みを浮かべ、ぼつぼつと歩き出した。  夕暮れ時の商店街は買い物客でにぎわっている。八百屋、魚屋、肉屋、昔ながらの商店が、この町では今も健在だ。  ぶらぶら歩いていると、電気屋の店先に人が集まっていた。拓斗の袖を引っ張って人垣にまぎれてみる。 「おお」 「わあ、すごいね」  店頭の、いつもはテレビやら掃除機やらがディスプレイされている空間に、見事なクリスマスの風景が形作られていた。  大きなクリスマスツリー、その下に集まる小さな人形たちは手に手にプレゼントの箱を持っている。手作りらしい、レンガを組み合わせた暖炉からサンタクロースの足が見えている。人形が囲むテーブルには色とりどりのごちそうが並んでいて、見ていると腹が減ってくるようだ。人だかりに引かれて道行く人が次々にこの風景を眺めていく。だれもが頬を緩め、足取りが軽くなっているようだった。 「なんか得した気分だね」 「今日来て良かったな」 「秋美ちゃんに感謝だね」  ふふふと笑う拓斗の手を握り、帰り道を行く。暗くなっていく道すがら、イルミネーションを飾っている家が何軒もあって目を楽しませてくれる。星やら雪やらサンタクロースやらがピカピカと輝いている。 「きれいだねえ」 「そうだな。毎年華やかになっていくみたいだな」 「来年はもっとキラキラかもね」 「だな。来年も一緒に見ような」  俺は拓斗の手を引いてぴったりと身を寄せる。拓斗が俺の肩を抱く。そうして二人で歩いて帰った。 「しばらく美夜子さんの部屋、立ち入り禁止です」 「なんで?」  家に辿りつくと拓斗は抱えていたプレゼント用の荷物を美夜子さんの部屋に持ちこんで、ドアを閉めた。 「これから手作りするからです」 「ほほう。手作りときましたか。でも、いいのか? 検定の勉強もあるんだろ。時間足りるか?」 「まかせてよ。勉強も手作業も僕の得意分野だからね。出来上がりをお楽しみに!」  拓斗は嬉しそうに笑う。プレゼント交換で誰の手元に行くかわからないけれど、横から見れるだけでも楽しみだ。 「今年もみんなでクリスマスかあ」  俺は口をとがらせる。 「どうしたの? なにか不満ごと?」 「恋人同士のクリスマスがしてみたい」  拓斗が目を丸くする。 「どうしたの? 春樹がそんなこと言うなんて」 「俺も言う時は言うんだ」 「なんだか言葉の使い方が違うような気がするけど。うん、じゃあ、クリスマスイブはデートしよう」 「ほんとか!?」  にこにこ頷く拓斗に抱きつく。 「デートっぽいことしような!」 「なんだろ、デートっぽいことって」 「なんでもいいんだ。お前と一緒ならなんでもいい」  拓斗は俺の頭を撫でてキスをする。相好を崩して俺の頭を撫でつづける。 「もう、かわいい春樹。大好き」  俺は拓斗の首に抱きついてキスを返す。拓斗が俺の背に腕を回し、ひょいと俺を抱き上げる。俺は拓斗の首に抱きついたまま、されるままになっている。  部屋に入り、ベッドにそっと下ろされ、またキスをされる。拓斗は俺の前をくつろげると、俺のものを口に含む。 「ん……。拓斗、俺も」  手を伸ばして拓斗の髪に触れる。拓斗は服を脱いでベッドに横になる。互いの腰を抱き込み、互いのものを口にする。ぐじゅぐじゅと音を立てて口内で転がし、思いきり吸う。  拓斗の舌が俺の先の方をちろちろと舐める。腰がびくりと跳ねる。 「ぅん、あぅん!」  思わず口から離してしまったものを握りこみ、キャンディーを舐めるようにぺろぺろと舐め上げていく。拓斗のものはぴくぴくと動き、俺はそれが欲しくてたまらなくなる。  拓斗が俺の後ろをやわらかく揉みほぐす。指が一本挿しいれられる。 「あっ! はん!」  拓斗は的確に俺の中の良いところを擦る。俺はもう我慢が出来ずに拓斗から手を離した。 「もうっ、たくと、もう、してぇ」  拓斗は身を起こすと、俺の頬を撫でながら優しく笑う。 「してって、どんなことして欲しいの?」 「ん……。きもちよくして」 「さっきのは気持ちよくなかった?」  俺はふるふると首を振る。けれどどう言えばいいかわからず、四つん這いになると拓斗に向けて腰を高く掲げて見せた。 「して……。おねがい」  拓斗がごくりと唾を飲み込む。そっと俺の尻朶を撫でながら、ゆっくりと腰を擦りつけてきた。大きく硬くなった拓斗のものを肌で感じて、俺の目から涙がこぼれた。 「はいるよ」  そう言うと、拓斗はゆっくりゆっくりと分け入ってきた。 「あぁ……」  俺の中いっぱいに拓斗を感じる。拓斗は俺の腰を掴んでゆっくりゆっくりと動く。じょじょに高まっていく快感がもどかしくて、俺は自分で胸をいじる。 「春樹、なにしてるの」 「んっ、なんでもない……」 「うそ。その手はなに? 言ってごらん」  拓斗が俺のなかでぴたりと動きを止める。俺が腰をこすりつけようとしても拓斗が俺の腰を強く掴んで動けない。 「さわってる……。むね」 「きもちいい?」 「うん。いい」 「どう触るのが好き? 優しく? 痛いくらい?」 「ん……。強くするの、好き」 「じゃあ、弄ってあげるよ」  拓斗が腰の動きを再開して、同時に胸に手を這わせる。胸のものを摘まんで捻る。 「ひゃぁ、あん! あ、いい……。いい……」 「ほかには? ほかには何をしてほしい?」 「まえも、さわってぇ」  拓斗は俺の体を仰向けにすると、俺のものを握り込み扱きだした。 「あああっ、はぁ! あっ、もう、でるっ」  拓斗はそのまま扱きつづけ、爆発した俺の精をその手にとり、ぺろりと舐める。一滴も残さぬようにすすり飲む。 「おいしいなあ。春樹、もっと飲ませて」  拓斗は腰を激しく突き上げ出す。俺の胸を舐め上げる。 「いやぁ、あん! ああ、ああ、あっ、はげし……」  俺は揺さぶられまともに喋る事も出来ない。拓斗は俺の胸の先を噛み、同時に舌で刺激する。ぴりりとした刺激が混ざる甘い痺れに、俺は二度目の精を吐く。拓斗が俺の中からずるりと出ていき、俺のものを口に含む。 「あっはあ、ん、だめ……」  達したばかりのそこを舐められ、痛いくらいに感じてしまう。けれど拓斗は俺を離さず、放出した精を舐めとってしまった。 「たくと、たくとも……いって」  拓斗が俺を抱きしめ頬ずりする。俺の腰を抱き上げ、再びゆっくりと入ってくる。 「ああ! たくと!」  一度うしなったものが手に入った喜びに、背筋を電気のようなものが走り抜けた。脳天までたっしたそれが俺の体をしびれさせ、俺のものからたらたらと無色の液体が流れ出す。拓斗はそれも手ですくい取り舐めていく。  一層激しく拓斗が腰をぶつけ、俺の中に熱いものが迸った。 「っっっ!! ああ!!」  もう俺の中はからっぽで、快感だけが渦を巻いていた。  拓斗の腕の中に抱かれて目を閉じる。今日もこんなに幸せなのに、もっと幸せな約束がある。俺は拓斗の胸にキスをする。 「春樹、まだしたいの?」  拓斗に笑顔を返す。いくらしてもしたりない。けどどれだけしなくてもきっと幸せだ。拓斗が隣にいてくれるなら。俺は拓斗の唇にそっと唇を重ねた。

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