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第44話
電車で30分。たったそれだけの時間で、俺たちの町とはくらべものにならない大きな街にたどりつく。電車を下りると、駅前には大勢の人達がクリスマスイルミネーションに魅入っていた。
「うわあ、すごいねえ」
「キラッキラだな」
駅前広場は見渡す限り青と白の光の庭園になっていた。何本もの光の木が青く輝き、門や花園を模したものは白く輝く。見上げると駅舎には大きな星がぶら下がっていてその一際大きな黄色の光が広場に降り注いでいた。
俺は拓斗と肩を並べてきょろきょろしながら人ごみを縫って歩く。
「なんだか魔法の国に迷いこんだ気がするな」
「ふふふ、メルヘンだね。じゃあ、僕が魔法をかけてあげる」
拓斗はすばやく俺にキスをした。俺は思わずのけぞる。
「びっくりした?」
「……うん」
びっくりした。イルミネーションで輝くように見えた拓斗の瞳が、びっくりするほど綺麗で。俺は拓斗を見つめる。
「どうしたの?」
「魔法にかかって動けない」
拓斗はうれしそうに手を伸ばす。
「僕が連れて行ってあげるよ、どこへでも。さあ、どこに行こう?」
俺は拓斗の手をとる。
「どこへでも。お前となら」
拓斗はますますうれしそうに笑う。きっと俺も、同じように笑ってるんだろう。
イルミネーションを堪能した俺たちは駅併設の商業施設に入った。デパートとかレストラン街なんかが入ってる巨大なしろもの。やや方向音痴気味の俺は一人で目的の場所へたどりつく自信がない。けれど今日は拓斗という優秀なナビがいる。安心して好きなところへ向かえる。
「デートっぽいっていうと、映画かな」
「そうだな。いかにもって感じでいいな」
いかにもデートらしく並んでエスカレーターに乗る。
「そう言えば、春樹は小学生になるまでエスカレーターのことをエレベーターって言ってたよね」
「ええ? そうだっけ?」
「そうだよ。で、エレベーターのことはエベレーターって言ってた」
「なんだそりゃ。どっちもエベレーターならわかるけど……、へんな俺。それより、お前よくそんなこと覚えてるよな」
「好きなことは覚えてるものでしょ」
「好きなことって……」
「君にまつわるすべてのものをぜーんぶ覚えていたいんだ」
拓斗の顔を横目で見てみたが、冗談を言っているわけではなさそうだ。それに拓斗の優秀な記憶力なら、もしかすると本当に覚えられているのかもしれない。幼稚園でおもらししたこととか、忘れてほしいようなことも。俺は藪の中の蛇をつつかないために話題を変えた。
「映画なんか久しぶりだな」
「小学生の時以来だね」
「あの時は何を見たんだっけ」
「オズの魔法使いを見たんだよ。リバイバル上映だった」
「ほんとによく覚えてるな」
「今日のことも忘れないよ」
「それは俺も忘れない」
拓斗はうれしそうに笑う。その笑顔もセットで覚えておこうと俺はしっかりと目に焼き付けた。
映画館のチケット売り場は長蛇の列で、客の8割はカップルだった。
「あ! 見て! カップル割引、二人で三千円だって!」
「それで混んでるのか?」
「これはしっかりカップルをアピールしていかねばなりませんな」
そう言って拓斗が俺の手を握ってぶんぶん振る。
「いや、そういうアピールはいらないと思うぞ」
「小さなことからこつこつと、だよ。それより、映画どれ見る?」
上映作品一覧が表示されている液晶ボードを見上げる。アクション、ヒューマンドラマ、恋愛もの、アニメ、より取り見取りだ。
「あああああ!」
突然、拓斗が大声を上げた。
「な、なに!?」
「悪魔のいけにえが……、悪魔のいけにえがリメイクされてる!! ねえ、見よう!」
「無理! それ明らかにホラーだろ!」
「一生のお願い! 一度だけでいいから!」
「むりむりむりむりむりむりむりです! ごめんなさい!」
「手を握っていてあげるから!」
「むりだよ、それっぽっちじゃ!」
「じゃあ、ぎゅってしてあげるから!」
「そういう問題じゃない!」
ぎゃあぎゃあと騒いでいる間に列はどんどん短くなり、何を見るか決まらないうちにカウンターにたどりついてしまった。
「ホラーはデートっぽくないだろ!」
俺の意見は何とか受け入れられ、結局、デートらしさを最優先して恋愛ものを見ることになった。
「……。あくまのいけにえ……」
「低い声でささやくの、やめてもらえませんかね、怖いんで」
「DVDが出たら買うから! いっしょに見ようね!」
「いやだよ!」
ポップコーンとコーラを買って映画館に入る。さすがにカップルだらけだけのことはあってデートにぴったりの恋愛映画は大盛況。席がない。
「一番後ろに離れて二つ空いてるね」
「離れて座るのはイヤだ」
「立ち見?」
「そうだな」
一番後ろの壁にくっついて立つ。映画はおしゃれで上品で時々笑えて、なかなか見ごたえがある。けれどやはりあまり興味がないタイトルだったせいか、ポップコーンだけがもりもりと減っていく。映画中盤には食べ終わってしまい、カラになった袋と紙コップを一緒に足元に置いた。
拓斗は、と見ると真剣なまなざしでスクリーンに見入っている。その横顔に見惚れていると、拓斗が視線に気づいて俺を見る。にっこり笑って小首をかしげる。スクリーンの中では、主人公が恋人と初めて手を繋いだところだった。俺たちも手を繋ぐ。
ああ、思い出した。小学生の時だ。暗いところが怖かった俺は映画の間中、拓斗に手を握っていてもらったんだった。拓斗は嬉しそうに笑って俺の手を両手で包んでいてくれたんだ。俺も大好きだったから覚えていたんだな。
俺はうれしくなって拓斗の手を引き寄せキスをした。スクリーンの中では初々しい恋人たちが俺たちを真似てキスをしたところだった。
二時間立ちっぱなしだった足を休めにカフェに入る。拓斗が俺をエスコートしてくれて注文も何もかもやってくれる。俺はただ座っているだけ。目の前にカフェモカがやってきた。
「どうぞ、召し上がれ」
「ありがとう。……なあ、今日、ごめんな」
カプチーノのカップから顔を上げて拓斗が不思議そうな顔をする。
「なにが?」
「ホラー映画も見せてやれなかったし、ここもまかせっきりだし……」
「いいんだよ、僕のお姫様は座っていてくれるだけで」
「お姫様って……、じゃあ拓斗は俺の王子さまなのか?」
拓斗が俺の手を握る。
「僕でいい?」
俺は拓斗にキスする。
「お前じゃなきゃいやだ」
言って、はっとしてあたりを見回す。壁に作りかけられたカウンター席の一番奥だったおかげで人目を引いた様子はない。拓斗がそんな俺を見て笑っている。
「な、なんだよ」
「うん。飲んだら、帰ろうか」
そう言って拓斗はカプチーノを一息に飲み干した。
家に帰りつくと、拓斗が後ろから俺に抱きついてきた。
「拓斗? どうした?」
「春樹、僕もうだめ」
「なんだ? 具合悪いのか?」
拓斗は俺を振り向かせると俺の肩を握り、唇に噛み付いた。そのまま俺の服を脱がしにかかる。
「ちょ、拓斗、ここ玄関!」
「もう我慢できない」
「もうって、部屋すぐそこだろ」
拓斗は俺の目を覗き込んで抱きしめる。
「今日一日、君がかわいすぎて、ずっと我慢してたんだ。春樹……大好きだ」
拓斗は俺の肩に噛み付き、首筋を舐め上げる。手は下へ下へおりていき、俺の服を脱がす。
「んんっ、ん!」
足元にうずくまって俺のものを口にふくみ、じゅるじゅると音を立てて強く吸い上げる。
「あっ、や! だめ、たくと!」
強すぎる刺激に悲鳴のような声が出る。けれど拓斗は聞こえていないようでそのまま前を吸いながら後ろに手を伸ばして揉み解していく。
「ああ、ん、はぁ、あん」
すぐに頂上がやってきて、拓斗は俺をすすり飲んだ。俺は壁に背をもたれて肩で息をする。立ち上がった拓斗は俺の片足を抱え上げると、突き入ってきた。
「はっぁ、んああ! ああ!」
激しい突き上げ、そのたびに声が飛び出る。拓斗は俺を抱きしめ首筋に顔を埋めるとぺろぺろと舐め、肩を噛んだ。
「いったぁ、い……、ん! はぅ!」
痛いのに、きもちいい。俺は拓斗の頭を抱き、すがりつく。もっと、もっとしてほしい。もっと拓斗がほしい。
「春樹、春樹」
耳元で拓斗がうわごとのように呟く。俺は拓斗の頬をなで、首筋にキスをする。拓斗の動きがいっそう激しくなる。
「ああっ! たくと、たくとぉ!」
抱きしめあって、俺たちは達した。
結局、それからずっと拓斗は俺を離してくれず、俺の腰がたたなくなり、部屋までお姫様抱っこで運ばれ、拓斗の抱き枕になって眠った。
「ああ、よく晴れたねえ。気持ちがいいね!」
「……そうだな」
カーテンを開けた拓斗は満面の笑みで朝日を浴びる。俺はベッドから体を起こすのもしんどくて、横になったまま答える。
「元気がないねー」
「……誰のせいだよ」
拓斗が「てへ」と言ってかわいらしく笑う。まあいい、今日はクリスマスだ。恩赦というものだってある日だ。と思っていると、拓斗がベッドに戻ってきて俺の胸に唇を落とす。
「ぉいおいおいおい! もう無理! 無理です!」
「大丈夫、春樹は寝ていてくれるだけでいいから」
「冗談言ってる場合じゃない! ほんとに俺こわれるから!」
拓斗はしぶしぶといった態で俺から離れる。恨みがましく俺をちらちら見る。そんな可哀想げな顔したって無理なものは無理! 俺は断固として自分の身を守った。
昼中寝て、夕方起きてみると、体はかなり軽くなっていた。これなら外も歩けそうだ。
今日は牟田家でクリスマス会だ。準備したプレゼントをぶら下げて、予約しておいたケーキを受け取りにいく。
「平らだ……」
「平らだね……」
「申し訳ございません。あいにく、特大サイズはこの形しかご用意できなくて」
ケーキ屋の店員さんは申し訳なさそうに頭を下げる。俺達は慌てて手を振る。
「い、いいんです!」
「これで大丈夫です」
平身低頭といった感じの店員さんに送り出されケーキ屋を出る。受け取った特大モンブランは白い山ではなく、関東平野のごとく真四角でまったいらだった。
「名付けるならモンブランでなくてなんだろな」
「プレインブラン?」
「プレインて平野だっけ?」
「そう。フランス語で何て言うかは知らないけど」
「白い平野……北海道っぽいな」
「新商品として企画したらいけそうだね」
そんなプレインブランを手に実家へ戻る。
玄関の扉を開けると
「おかえりなさい、拓斗くん!」
秋美が待ち伏せていた。
「こんにちは、秋美ちゃん」
「こら秋美、兄ちゃんに挨拶はなしか」
「こんばんは」
「お前、ひどいな」
秋美は鼻息で俺の文句を吹き散らし、拓斗の腕を引っ張る。
「はやく、はやく、パーティ始めよう!」
拓斗は秋美に引きずられ、俺は拓斗に引きずられ、居間に入る。家族はもう揃っていて、食卓の上ではラザニアがホカホカと湯気をあげていた。
拓斗が家族それぞれと挨拶を交わしている間に、ケーキを出してサンタのお菓子を飾り付ける。平原のサンタ。すごく似合ってる。トナカイとソリがあったら完璧なんだけどな。
「兄ちゃん、これがモンブラン?」
目を輝かせて冬人がたずねる。
「いや、残念だがこれはプレインブランだ」
「えー!? モンブランがいいよう」
泣きそうな顔になった冬人の頭を拓斗が撫でる。
「大丈夫、ちゃんとモンブランの味だから。形が少し違うんだけどね」
「味が同じならいい!!」
にこにこと拓斗の手を握っている。しまった。兄としての敬意を拓斗に取られてしまった。
食卓に座っても弟妹は拓斗の隣を占領して俺は仕方なく夏生姉の横に座った。
「なあに、その不本意ですと言わんばかりの顔は?」
「ふ、不本意なんてとんでもないです」
「まあね、春樹は拓斗の隣じゃなければ誰の隣だろうと不本意なんでしょうけどね」
「や、そんなことは……」
「はい、はい。ラザニアが冷めちゃうわ、いただきましょ」
かあちゃんの仕切りが入って俺はほっと胸を撫で下ろした。
夕飯が終わり、ケーキを食べながらプレゼント交換をする。今年は年長者から先に引くことになった。大きな布袋にいれたプレゼントたちを、じいちゃんがごそごそ探って取り出したのは、冬人のプレゼントだった。ばあちゃん、とうちゃん、かあちゃん、夏生ねえと引いてきて、拓斗の番。拓斗が引き当てたのは俺のプレゼントだった。拓斗は小さくガッツポーズしていた。
「あー!?」
俺が袋から取り出した包みを見て、秋美が叫び声をあげた。
「あたしのプレゼントぉ!」
「秋美のか。ありがとな」
「拓斗くんにあげたかったぁ!」
「なんだ、拓斗用なら俺に流用しても問題ないだろ」
「ある! もう! あとで拓斗くんにあげて!!」
今年の俺にはプレゼントは回ってこないらしい。がっくりと肩をおとした俺の頭を拓斗が撫でてくれた。
最後に冬人が引き当てたのは拓斗のプレゼントだった。またすねだした秋美を、拓斗の笑顔が黙らせた。
「冬人、それちょっと貸してくれる?」
冬人の手から受け取った包みを拓斗が自ら解いていく。中から出てきたのは黒い紙製のボール。
「ちょっと電気を消してもいいですか?」
夏生姉が立って部屋の電気を消してくれる。 真っ暗になった部屋のなか、小さな音がパチリと鳴った。
「うわあ」
拓斗が手にしたボールは内側から光を放ち、小さく開けられた穴から出た光は、周囲に星座を映し出していた。
「プラネタリウム!」
「簡単な星座しか移せなかったけどね」
「拓斗くん、すごい!」
「拓斗兄ちゃんありがとう!」
みんな口々に拓斗を誉めそやす。拓斗は照れて俺の背中に隠れてしまった。
プレゼント交換会は拓斗のプラネタリウム鑑賞会へと変貌し、今年のクリスマス会は粛々と終わった。
拓斗の家に帰りついてそれぞれ抱えてきたプレゼントの包みを開く。秋美からやって来たプレゼントは、手編みのマフラーだった。あちこち穴が空いていて形もいびつだったけれど、巻いてみるとすごく暖かだった。ただ、残念ながら、この暖かさは拓斗のものなわけだけど。
「春樹に永久貸与するよ」
俺は拓斗にぎゅっと抱きついた。拓斗は俺をまとわりつかせたまま、俺のプレゼントを開ける。
「本?」
「そ。一番ふさわしい人のところに行ったな」
「真っ白で日付だけ入ってるんだ? 日記帳みたいだね」
「でも何を書いてもいいみたいだぞ。拓斗は何を書くんだ?」
拓斗は机から万年筆を取り出すと、最初の見開きページに「春樹の記録」と書き込んだ。
「俺の記録?」
「うん。君のことを毎日書いておく。君が喜んだことや笑ったこと。思い出を全部書き留めるんだ」
「……なんだか恥ずかしいんですけど。別のにしない?」
拓斗はにっこりと笑う。
「もう書いちゃったから」
そうだな。もう決まってしまったな。俺が拓斗の笑顔に勝てないことなんてわかりきっているもんな。
「そうだ、その日の春樹の感じやすかったところも書いて、分析するのもいいよね」
「ぜったいヤメて!!」
俺は拓斗の手から本を奪い去ろうとする。拓斗は逃げ回る。夜遅くまで、俺達の鬼ごっこは続いた……。
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