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第45話

「帰ったわよー」  玄関から美夜子さんの声がした。田作りを制作中で手が離せない拓斗の代わりに迎えにでる。 「おかえりなさい、美夜子さん。伊勢谷さんもおかえりなさい」  伊勢谷さんは大荷物を抱えニコニコと頭を下げてくれる。 「今日はお世話になります」  俺達がのんきに挨拶をしている隣で、美夜子さんは抱えてきたお菓子の箱を投げ出すように廊下に置いた。 「じゃ、私、孝ちゃんに逢いに行くから!」  叫んで元気に出ていった。 「美夜子さん、あいかわらずですね」 「ほんとに孝子さんのことが好きなんだねえ。少し妬けます」  妬けます、なんて言いながらも伊勢谷さんのニコニコは崩れない。俺もつられてニコニコしてしまう。 「伊勢谷さん、おかえりなさい」    台所から拓斗が顔を出す。 「拓斗、料理はもういいのか?」 「うん、手が空いたよ」 「拓斗くんはすごいなあ、お節を手作り出来るなんて。立派な主夫だねえ」  靴をぬいで上がりながら伊勢谷さんがニコニコと言う。拓斗は照れて身を捩る。伊勢谷さんのオーラに当てられると拓斗は普段の二倍かわいくなる。 「何か私にも手伝えることはあるかな?」 「そんな、いいですよ。春樹と一緒にゆっくりしていてください」 「私は貧乏性でねえ。体を動かしていないと落ち着かないんですよ」 「俺もなにかしたい」  拓斗は困ったように俺たちの顔を見比べる。 「じゃあ、いりこの頭をとってもらえますか?」  俺はとりあえずうなずく。いりこの頭をとる、ってなんのことかわからなかったけれど、伊勢谷さんがするのを見て覚えればいいさ。と気楽に始めたのだが。 「春樹君、内臓もとると美味しいんですよ」 「内臓ってどれですか」 「こう、お腹のところをちまっと、ね」  伊勢谷さんのお手本を真似ていりこの腹のあたりをほじり出そうとしたら、いりこの体が真っ二つに割れた。 「……割れました」 「そうだねえ。尻尾の方は使えるんじゃないかなあ」  俺はぽきりぽきりと割り続け、尻尾のみのいりこを量産した。 「……まあ、出汁はでるよ」  拓斗が俺の肩を抱いて慰めてくれた。  その後、栗きんとん用の栗の皮剥きやなます用の野菜を切るなどの仕事を手伝おうとしたのだが、 「春樹、お重を納戸から出してきてくれる?」  苦笑いの拓斗から別の指令を承った。お重を洗って拭いてから、器用に働く二人を眺める。伊勢谷さんが野菜を、拓斗が栗を担当している。俺の仕事はない。 「春樹はいてくれるだけで癒しになるから」 「そうですよねえ。ほんわかさせてくれますよねえ」  俺なんかよりよっぽど癒し系な伊勢谷さんが言うのがなんだかおかしい。  伊勢谷さんはポッチャリしていて、ニコニコ笑顔と相まって周囲に癒しを振りまいてくれる。丸い顔がとてもキュートだ。 「お節、量が多いですねえ。川村さんのお宅に持って行くんですか?」 「ええ、おばあちゃんは今年は作らないって言ってましたから」 「元旦は何を召し上がるんでしょうねえ」  川村というのは美夜子さんの旧姓だ。美夜子さんは一人娘なのに、毎年正月は仕事をしていたので家族揃って正月を祝うということが何年もなかった。 寿退職した美夜子さんは久しぶりに実家で正月を過ごす……のかと思ったら、元旦は家で過ごして、二日に里帰りすることになった。 「拓斗のお雑煮が食べたい!!」   のだそうだ。俺は、二日からしばらく拓斗とあえないな、と思っていたのだが、美夜子さんから 「春樹も一緒に行くのよ?」  とさも当たり前、というように言われた。そんなわけで久しぶりに拓斗のじーちゃんの家に泊まることになった。  大晦日の夕飯はタラちり鍋。締めにそばを入れて年越しそばにする。 「やっぱり鍋には日本酒ねえ」  美夜子さんは張り切って一升瓶を抱えて帰ってきた。伊勢谷さんと酒談義で盛り上がっている。二人の好みは北陸のお酒だそうだ。 「お鍋できたよー」    拓斗が鍋を食卓に運ぶ。一升瓶を抱いて美夜子さんがそそくさと座る。けれど、ぐい飲みは伊勢谷さんの前に一つしかなく、美夜子さんはウーロン茶を注いでいる。 「ど、どうしたんですか!? 美夜子さん、熱でもあるんですか!?」 「今日はウーロンハイにするの?」  俺と拓斗が口々に言うと、美夜子さんは憮然とした表情になる。 「失礼ね、私だって飲まないときは飲まないのよ」 「肝臓でも患ったの?」 「健康です!」  なんだか腑に落ちないまま、大晦日の晩餐は始まった。    拓斗はいそいそと俺の鉢にタラちりを注いでくれる。 「あんたたち、あいかわらずイチャイチャしてるわねえ」  美夜子さんの言葉に伊勢谷さんが、はははと笑う。 「まるで新婚さんみたいですねえ」  拓斗が嬉しそうに俺の腕を突っつく。 「新婚さんだって!」 「いや、俺達そんなあれじゃ……」  へどもど言う俺の腕を、拓斗が唇を突きだして突っつく。 「ねえ、奥さん。僕が夫じゃ不満ですか?」 「いや、そういうあれじゃ……」  俺が慌てふためいてることなど目に入らない様子で、大人二人はそれこそ新婚さんらしいイチャイチャっぷりを見せつけてくれていた。 「奥さん、あーん」  拓斗がタラを箸でつまんで俺の口元に運ぶ。横目でちらりと新婚さんたちの方を見てみたが、完全に二人の世界に入っている。 「はい、あーん」  再びせかされ、俺は大人しく口を開けた。  すっかり酔っぱらった伊勢谷さんを美夜子さんの部屋まで送って、俺と拓斗は食卓を片付けて部屋に引っ込む。美夜子さんは一人で紅白を見るらしい。 「美夜子さんの周りには酒豪ばっかり集まるみたいだな」 「類は友を呼んだね」  拓斗が俺に絡みついてキスしてきた。俺は拓斗の胸に手をついてもぎはなそうとする。 「……ん! だめだって拓斗!」 「キスだけ。キスだけだから」 「だけ、ですんだことないじゃないか!」 「だってキスしてる時の春樹、かわいいんだもん。うっとりしてて」 「……もしかして、お前キスの時、目開けてる?」 「うん」  かあっと顔が熱くなる。 「瞑れよ!!」 「なんで?」 「は、恥ずかしいだろ!」 「恥ずかしがってる春樹もかわいい」 「見るな!!」  俺はベッドに顔をつけて両手で頭を抱えた。拓斗が背中をつんつん突っつく。俺は無視して突っ伏したまま、いつのまにか寝てしまった……。  朝、いつものように拓斗の抱き枕になっていた俺は、そっと拓斗にキスしてみた。目を開けたまま。しかしなにやら気恥ずかしく、目を瞑る。  突然、ガバッと拓斗が起き上がり、俺の上に覆い被さる。 「ちょ! お前、寝起きよすぎ!」 「春樹がかわいいことするからでしょ」 「見てたのかよ!」 「うん」 「見るなよ!」 「ふふふ、無理。君のこと、いつも見てるよ」  よくわからないセリフを色っぽく呟き、拓斗がキスの雨を降らせる。 「やっ、もう! だめだってば!」 「大丈夫、一回だけだから」  抵抗してみたが、拓斗はするすると俺の服を脱がせてしまった。逃げられないように俺の胸に馬乗りになって俺のものを口に含む。 「あ! やぁっ、だめぇ」  やめてほしいのに口からは拓斗を誘うような声しかでない。拓斗は俺の太股を抱き込み後ろに舌を這わす。ぬるりと舌が割り入ってくる。 「ひゃあん! んああ!」  高い声を抑えようと両手で口を塞ぐ。拓斗の硬いものが俺の腹にあたる。その感触は俺の奥深くに刻まれていて、俺はそれが欲しくてたまらなくなる。  拓斗は俺の太股にキスをして身を起こすと、俺の上から下りた。 「どういう風にしたい?」  にっこり笑って拓斗はたずねる。俺は抗えず、恥ずかしい言葉を口にする。 「後ろから……して」  もそもそと起き上がると拓斗に見せつけるように腰を突き出す。 「エッチな春樹」  拓斗の指が俺の背中を這う。 「ん……あん」  首筋からゆっくりゆっくり背骨をたどって指が腰に下りてきた。拓斗はゆっくりと俺の尻朶を割り、硬いものを押し付ける。俺は早くそれが欲しくて腰を拓斗に擦り付ける。 「もう我慢できないの?」 「ん……もう、して」  拓斗はゆっくりと入ってきた。 「はぁ、んっぁ」  先端が入ったところでぴたりと動きを止めてしまった。俺はもどかしさに腰を振り、拓斗を飲み込もうとする。けれど拓斗はするすると逃げていく。 「たくとぉ……」  切なさに涙が溢れた。 「ああ、春樹、かわいいよ」  ささやいて、拓斗はぐっと身を沈めた。深いところまで一気に貫かれる。 「あああぁ!」 「んっ、春樹、あんまり締め付けないで」 「んっ、だめぇ」  ぱちゅぱちゅと淫猥な音がする。俺の体は欲しかったものを手にいれ、逃がさないように離れないように力づくで拓斗を繋ぎ止める。拓斗はだんだん動きを早め、俺の中に放った。その衝撃で俺も果てた。  ベッドにうつ伏せて荒い息を吐く。珍しく拓斗も俺の隣で横になっている。 「たくと? どうかした?」  拓斗は俺の顔をのぞきこみながらにっこり笑う。 「春樹がどんどん淫らになってくれてうれしいなあ、と思って」 「な! なんだよ、淫らって!」 「もっとなって」 「ならないよ!」  ベッドからすべり下りて拓斗から逃げる。拓斗は手を伸ばし、俺のうなじに触れた。 「っ!」 「淫らスイッチ入った?」 「は、入らないよ!」  俺は必死の努力で拓斗から身を離した。  拓斗が雑煮の準備をしているのをぼんやり見ている。時刻は午前十時。俺の腹は減りすぎて、ぐうとも鳴らない。  酔っぱらいだった伊勢谷さんと夜更かししたらしい美夜子さんはまだ起きてこない。 「我が家のお正月はお昼からなんだよねえ。いつも美夜子さんが酔いつぶれて寝るからね」 「昨夜は飲んでなかったのに、よく寝るよな」  拓斗に余ったかまぼこを食べさせてもらっていると、美夜子さんが起きてきた。 「まーあ、あんたたち、朝からイチャイチャしてえ」 「あ、み、美夜子さん」  俺は慌てて拓斗を膝から下ろす。拓斗は不満げに口をとがらせる。 「明けましておめでとう美夜子さん。今日は早起きだね」 「おめでとう、拓斗、春樹。陽祐さんももう起きてくるから」  と言っている間にも伊勢谷さんは身支度してやってきて、みんなでおめでとうの大合唱をした。拓斗がととのえたお節と雑煮をみんなで囲む。 「食事の前に発表があります」  美夜子さんが重々しく口を開く。 「どうしたの、美夜子さん。寝ぼけてる?」 「起きてます! 真面目に聞きなさい!」  美夜子さんは咳払いすると座り直してもう一度初めからやり直す。 「食事の前に発表があります! 私、妊娠しました!」  拓斗はぽかんと口を開ける。俺は美夜子さんの手をとりぶんぶんと振る。 「おめでとう、美夜子さん! おめでとう伊勢谷さん!」  二人はニコニコとうなずく。拓斗は相変わらずぽかんと口を開けたままだ。 「どうした、拓斗?」 「に、妊娠って、赤ちゃん、産まれるの?」 「そりゃそうよ。秋ごろにはあんたもお兄ちゃんよ」  拓斗の顔がぱあっと明るくなる。 「うわあ、どうしよう、春樹! 僕がお兄ちゃんだって!」 「良かったな」  心底嬉しそうな拓斗の頭を撫でてやる。拓斗はそわそわと身を揺する。 「美夜子さん、すごいね!」 「ふふふ、もっと誉めていいのよ!」  食卓はやんやの大喝采になった。  食後、俺達は牟田家に挨拶に行くことになった。四人連れだって歩く。 「赤ちゃん、うれしいなあ」  拓斗はまだ、ほわんとした表情でうれしいを繰り返す。 「拓斗、そんなに赤ん坊好きだったのか」 「うん、それもあるけど、ずっと羨ましかったんだ、春樹が」 「ああ、そうなのか」  拓斗も兄弟が欲しかったんだ。だからか、家の弟妹を思いきり可愛がってくれたし、姉ちゃんにはなついていたんだ。  家につくと、秋美と冬人が飛び出してきた。 「美夜子さん、おめでとう!」 「おめでとう!」  二人は正月の挨拶より先に美夜子さんを祝う。 「お前ら、なんで知ってんの?」 「昨日、美夜子さんから聞いたから」 「孝ちゃんには一番に報告しないとね!」  美夜子さんは胸を張って言う。伊勢谷さんが続ける。 「実家より先に孝子さんに報告するんだって張り切っていたんですよ」  いかにも美夜子さんらしい。俺と拓斗は顔を見合わせて笑った。  結局、この日は牟田家で夕飯(お節とラザニアのいつものメニュー)を食べ、遅い時間に宮城家に帰った。俺はたまには実家で寝ようかな、と思ったのだが 「春樹がいないと僕眠れないよ」 と拓斗が言うので、一緒に戻ることにした。そうして拓斗の抱き枕になって、翌朝。伊勢谷さんの運転する車で川村のじいちゃんの家に行く。  こんなに移動の多い正月は初めてだ。いつもなら実家でまったりするだけで終わりだから、とても新鮮だ。 「春樹はおじいちゃんの家、久しぶりだよね」 「ああ、小学校以来だな」 「建てかえたからきれいになってるよ」  という言葉通り、川村家は真新しい木の香りに包まれていた。  ここでも美夜子さんの妊娠報告に、おめでとうの大合唱をした。三度目の大合唱で、やっと拓斗は落ち着いたみたいでそわそわしなくなった。 「こんなに動揺した拓斗は初めて見たな」 「そう? 僕、結構あわてふためくタイプだよ?」 「嘘つけ。そんなところ見たことないぞ」  拓斗はえへへ、と笑って頭をかく。嘘だと認めたのかなんなのかわからない笑いだ。 「いや、それにしてもめでたいな。三人目の孫か」  じいちゃんとばあちゃんがウンウンとうなずきあう。 「三人目? 二人目じゃないの?」  俺は首をかしげる。美夜子さんも拓斗も一人っ子だ。孫はまだ一人しか……。 「二人目は春樹じゃないか。孫の嫁は孫同然だからなあ」  嫁じゃない、と言おうとして、言葉を噛んだ。いつも力一杯反論するから、からかわれるんだ。今日は負けないぞ! 「じいちゃん、ばあちゃん。ふつつかな嫁ですが、よろしくお願いいたします」  がば、と拓斗に抱き締められる。 「ふつつかなんかじゃないよ! 世界一のお嫁さんだよ!」 「ば、ちょ、拓斗! 冗談だから!」 「冗談じゃない! 本気だった! しっかり聞いたから!」  涙目で訴える拓斗に、俺は返す言葉を失った。じいちゃんとばあちゃんがニコニコとうなずく。 「仲良い夫婦で良かった、良かった」  美夜子さんもお腹を撫でながら朗らかに言う。 「春樹はこの子の義理の兄弟ね」  伊勢谷さんまでも。 「二人、いつまでも仲良くね」  にこやかになごやかな空気が満ちる。俺は拓斗に抱き締められ、頬をひきつらせながら笑うしかなかった。  つ、次は負けないぞ!!

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