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第46話
朝練が終わって教室へ向かう途中、拓斗が校舎裏へ歩いていくのが見えた。
「?」
なにをしてるんだろう、と後を追ってみた。ら。
一年生らしき女子と向き合っていた。女子は可愛らしくラッピングした何かを手にしている。
俺はさっと壁の陰に身を隠す。
バレンタインだ。しかし、今日はまだ6日だ。一週間のフライングだ。
二人の話し声が細々と聞こえる。
「悪いけど、受け取れない。僕には好きな人がいるから」
足音がこちらに近づいてくる。やばい、見つかる。俺は足音を忍ばせ、校舎に入ろうとした。
「春樹?」
すんでのところを、拓斗に見つかった。
「よ、よう、拓斗。奇遇だな」
「そうだね。偶然だね。春樹に見つかるとは思っていなかったよ」
「……気づいてた?」
「うん。ついてきてるな、って思ってた」
常々思うのだが、拓斗を敵にまわしたら、きっと怖ろしいだろう。そんな感想は頭のすみに押しやって、拓斗と肩を並べて歩く。
「なあ、さっきのってやっぱり、バレンタインの?」
「そう。気が早いよね」
「……なんで受け取らなかったの」
「あれ、聞こえてなかった? 好きな人がいるからって断ったんだよ」
「好きな人って……」
「もっとはっきり、恋人がいるからって言った方がよかった?」
「こ、恋人って」
「お嫁さんがいい?」
「俺のことなの?」
拓斗が目をぱちくりする。
「ほかにだれがいるの?」
俺はかあっと赤くなる。ぱくぱくと無駄に口を開け閉めする。拓斗はそんな俺の頬にキスをした。
「君だけが僕の大好きな恋人だよ。何度だって言ってあげるからね」
俺はうつむいてコクリと頷いた。
それから一週間、拓斗へのチョコ攻撃はすごかった。拓斗の行くところ行くところ、女子が待ち伏せていて、リボンがかかった包みを拓斗に差し出す。そのたび拓斗は「好きな人がいるから」と断り続けた。そのたび俺は赤面した。
「なんかお前、去年までのモテ方と比べ物にならないぞ」
「そうかな」
「身長が伸びたせいだな。178いってたよな」
「そうだね。でも春樹だって伸びたよね」
「……1センチだけな」
拓斗が俺の頭をぽんぽん、と撫でてくれる。ううう、それより身長を分けてほしい。
「それにしても、なんかもったいないよな、チョコくらいもらってもいいんじゃないか」
拓斗はチラリと横目で俺を見る。
「春樹は僕が浮気してもいいの?」
俺はぎょっとして、つい大声を出した。
「ぜったいダメだ!」
拓斗はにっこり笑う。
「だからチョコはもらわないよ」
俺は納得して頷いた。
バレンタインデー当日、中庭で弁当を食べ終え拓斗と教室へ向かっていると、女子生徒から呼び止められた。可愛くラッピングしたチョコを両手で握りしめ、真っ赤な顔でうつ向いている。なんとも健気だ。
「あの、あの」
うん、がんばれ、がんばれ。たとえ結果がダメだとしても、気持ちを伝えることは大事なことだ。がんばれ。俺は心のなかで応援した。
「あの、牟田くん!」
「え!? 俺?」
「いつも応援してます! 野球がんばってください!」
女子生徒はぽかんとしている俺の手にチョコを押し付けると、走っていってしまった。俺は茫然とたたずむ。
「……浮気はだめだからね」
後ろから拓斗の手が伸び、俺の手からチョコを取り上げた。
「あ、ちょ! 俺の初めてのチョコ!」
「初めて? 元香ちゃんからはもらわなかったの?」
「あいつにそんな繊細さはないだろ」
拓斗はむうっとむくれた。
「拓斗、なに怒ってるの」
「初めてだって知ってたら、僕があげたのに。君の初めては全部、僕のものにしたいのに」
涙目でうったえる拓斗に、笑みがこぼれた。
「わかった。これ、返してくるよ」
「でも、名前とかわからないでしょ」
「全部の教室をまわって探すよ」
拓斗はぱあっと明るい笑顔を浮かべると、俺を抱き締めた。
「ああ、春樹、大好き!」
それから体を離すと後ろを振り返った。
「ねえ、金子さん。さっきの女子、知ってる?」
柱の影から金子の頭がぴょこんと出てきた。尾けられてたのか!? 度肝を抜かれた。金子は鼻に丸めたティッシュを詰めながら答える。
「うちのクラスの田端ですよ。私から返しておきましょうか?」
「いや、いいよ。俺が自分で返す。俺が、返さなきゃな」
拓斗はまたぎゅっと俺を抱き締めた。
綺麗なラッピングのチョコを返すと、田端さんはしょんぼりと肩をおとした。
「ごめんな。俺、好きな人がいるから」
田端さんは寂しそうに笑いながら頷いた。彼女は優しい笑みを浮かべて言った。
「やっぱり、牟田くんは宮城くん以外の人からはプレゼントを受け取らないんですね……」
「えぇ!?」
「いつまでも、お幸せに!」
田端さんは叫ぶように言いおくと、涙目で走っていった。お幸せにって……? えぇ?
教室に戻ると、金子と拓斗が談笑していた。
「お帰り、春樹。どうだった?」
俺が仔細を話すと、金子が憤慨した。
「ますたーと拓斗ちゃまがらぶらぶなんて、うちの学年で知らぬものはないですよ!」
「知らぬものはない!?」
今さら何をぬかしてる? と言いたげな顔で金子が俺を見据える。
「ところ構わずいちゃらぶしてるんだから、みんな見てますよ、そりゃ」
金子と拓斗は顔を見合わせて「ねえ?」とうなずきあう。
「それを、田端の不届きものが! ますたーに近づこうなどと言語道断!」
「不届きものって……。そんなこと言ったらかわいそうだろ」
金子は俺の机にバン! と手を叩きつけ、俺を睨む。
「そんな甘いこと言ってたらダメです! 女子は甘やかすとつけあがります!」
「僕もそう思うな。金子さん、もう自分の教室に帰ったら?」
金子は涙目になりながらも予鈴に背を押され帰っていった。
放課後、俺が野球部で汗を流している間にも、拓斗は呼び出しを受け、あちらこちらと飛び回っていたようだ。野球部の部室前で俺を待っていた拓斗はぐったりしていた。
「おつかれ。大変な一日だったな」
拓斗は苦笑いを浮かべる。その笑いも力が入らず、本当に疲れているようだった。
疲れた時には甘いものだよな、けど今さらチョコを買うのもなんだかな、けど食べさせてやりたいし……。悩んでいると、拓斗が口を挟んだ。
「プレゼントしてくれるなら、僕、チョコペンがほしいな」
拓斗には俺の頭の中なんかお見通しだ。
「チョコペンってなんだ?」
「ペン型のチョコ。一緒に買いに行こう」
スーパーの、お菓子の材料が並ぶコーナーに行く。なにかの粉やなにかの果実なんかと並んで、チョコペンは置いてあった。ペン型とも言えるが、注射器型とも言えるな、と思いながら手に取る。白、ピンク、茶色と三種類ある。
「拓斗、どれに……」
振り返ると拓斗がいない。店内を探して歩くと、拓斗は買い物かごに大量の小麦粉を投下しているところだった。
「拓斗、その小麦粉、どうするんだ?」
拓斗は満面の笑みで答える。
「チョコクッキーを作るよ!」
「え、今から?」
「うん。そうじゃないと今日中に君に渡せないでしよ」
俺の頬は思わずほころんだ。が、今日はもうこれ以上拓斗を疲れさせるわけにはいかない。
「拓斗、俺、今日はクッキーよりチョコがいいな。あそこに積んであるのとか」
指差した先にはピンクにディスプレイされた展示台に山のようなチョコ。拓斗はその山と俺の顔を見比べて、頷いた。
「わかった。ありがとう」
そう言ってチョコ山に向かったけれど、かごに入れた小麦粉はそのままだった。
「あ、チョコペンって、クッキーの飾り用だったのか?」
スーパーからの帰り道、拓斗と二人、小麦粉をわけあって抱えて歩く。
「うん、そう。なんで?」
「買っちゃった。クッキーじゃないのに」
拓斗がおかしそうに笑う。
「いいじゃない、近いうちに焼いてあげるからね」
「おう! お願いします!」
「あ、そうか。今日、使ってみようか」
「うん? 何に?」
拓斗が良い笑顔でにっこりした。
こたつに入って待っていると、拓斗が不思議なものを抱えてきた。
陶器でできた平たい鉢のようなものにお湯が張ってある。その鉢の下にカマクラのようなものがついている。
拓斗は蝋燭に火をつけるとカマクラのなかに入れた。
「なにこれ?」
「卓上燗つけ器だよ。カンテキって名前だったかな? 燗酒が冷えないように保温しておくの」
「美夜子さんのか」
「そう。チョコペン、温めないといけないから、使ってみようかと思って」
そう言ってチョコペンを白、ピンク、茶色と三本とも湯につけた。
「待ってる間に、チョコ食べさせてあげる」
拓斗は俺の隣にぴったりとくっつくとチョコレートの箱を開けた。大きな箱にぎっしりつまったチョコレート。拓斗が一つ摘まんで俺の口元へ運ぶ。
「あーん」
促されるまま口を開ける。ポトリと舌の上に落とされたチョコを噛み締めると、中から洋酒が出てきた。
「お酒だ」
「うん。ウイスキーボンボンだよ」
「未成年でも食べていいのか?」
拓斗は箱をひっくり返して隅々まで確認した。
「ダメとは書いてないよ」
言いながら、次のチョコを摘まんで俺の口に運ぶ。
初めて味わう洋酒の味はチョコの甘さと相まって、とろかされそうに心地よかった。三つ目のチョコを食べ終えた俺の顔を覗きこみながら、拓斗が笑う。
「なんだか目がとろんとしてるよ、酔っちゃった?」
「ん……。そうかも」
拓斗が四つ目のチョコをくれる。俺はチョコを摘まんでいる拓斗の指も一緒にパクリと食いつく。チョコを口のなかで溶かしながら拓斗の指を舐める。
「美味しそうだ」
「ん……。すごく美味しい」
「僕も食べたいな」
箱からチョコを出すのかと思っていたが、拓斗はお湯の中からチョコペンを取り出すと、ペン先をハサミでちょん、と切った。
「手を貸して」
俺の手の甲にチョコペンで『すき』と書く。俺は思わず吹き出す。
「なに、それ」
「愛の告白」
「そんなの、知ってるよ」
「何度だって言うよ。君が好きだよ」
拓斗は俺の手をとると、チョコをぺろりと舐めた。ぞくり、と背中に鳥肌がたつ。
拓斗はまた『すき』と書いてぺろりと舐める。
ぺろりぺろりと舐められるごとに、拓斗の『すき』が俺を高めていく。
「拓斗、俺も書く」
拓斗からチョコペンを受けとり、しばらく考えて、拓斗の頬に文字を書いた。
「なんで頬? 見えないよ。なんて書いたの?」
拓斗の頬をぺろりと舐める。
「ないしょ」
拓斗は俺を抱き締めると、深く口づける。片手で俺の背を抱き、片手で俺のものを確かめる。
「まだ我慢できる?」
こくりと頷くと拓斗は俺の服を手早く脱がせ、俺の体を横たえた。チョコペンを手に、俺の体に『すき』を書き連ねていく。
「耳なし芳一みたい」
俺がクスリと笑うと、拓斗は耳にもチョコを塗り、そっと舐めた。
「ひゃん!」
びくりと身をすくめる。耳から腰へ電流のようなものが走る。拓斗はチョコがなくなっても俺の耳を舐め続ける。
「あ、や、はぅん! やん!」
拓斗の腕にしがみつき、爪を立てる。気持ちよくて腰が跳ねる。
「好きだよ」
拓斗はささやくと、俺の体中に散っている『すき』を舐めとり始めた。やわらかな舌が肌を擦るたび、俺の腰はびくりと揺れる。拓斗の『すき』という気持ちを肌から感じられるようで、俺はますます昂る。
拓斗が俺のものを握りこむ。
「あっ! んぅ!」
突然の強い刺激に、軽く達してしまう。けれど俺のものからは透明な滴がこぼれただけだった。拓斗はチョコを舐めとってしまうと、俺に口づけながら、服を脱いでいく。
最近、拓斗は細いながら筋肉がついてきて、美しいと言う他ない体になってきている。俺はうっとりと見惚れる。
「どうしたの?」
優しく微笑む拓斗。その笑顔も美しい。
「きれいだな、と思って」
拓斗が俺を抱き締める。
「君の方がずっときれいだ」
降ってくる声も、この体も、この顔も、誰がどんなに欲しがっても、やらない。全部、俺のものだ。
拓斗を抱き締めキスをする。拓斗の肩を押し、押し倒す。拓斗の胸の上に馬乗りになる。
「春樹?」
「もう、ほしい、から」
俺は拓斗のものをごしごしと扱くと、俺の後ろに迎え入れた。
「あっ……ぅん、はぁっ」
一番良いところをかする。
「やぁっ!」
「春樹……」
拓斗が手を伸ばす。俺はその手を取り指を絡める。そのまま腰を円を描くように回す。
「んっ、くん、あっあぁ」
力が入らなくなって、拓斗の胸に倒れこむ。拓斗は俺の髪を撫でてくれる。
「春樹は後ろが好きなんだね」
「ん……」
「気持ちいい?」
「うん。それもあるけど、お前と一緒になれるから……」
拓斗が俺をぎゅっと抱く。
「このまま、ずっと一つでいようか」
「うん」
俺たちはキスをして、髪を愛撫して頬をすりよせた。たったそれだけなのに、拓斗のものはどんどん猛ってきて、なかから俺を圧迫する。俺のなかもきゅうきゅうと拓斗を締め付ける。抱き合っているだけで、気持ちよすぎて気を失いそうだった。
「春樹、好きだよ」
拓斗が俺の頬を撫でる。
「知ってるよ」
俺はその手にキスをする。
「愛してる、拓斗」
拓斗のうごきがぴたりと止まる。目を覗きこむと、少し潤んでいた。
「ね、知ってる? チョコって媚薬なんだって」
「そうなんだ」
「だからかな、いつもより春樹が感じやすいのは」
俺は拓斗の胸に頬をすりよせる。
「拓斗が……」
「僕が?」
「拓斗がモテるから、心配だから、だから……」
拓斗が俺の髪に口づける。
「嫉妬してくれたの?」
「ん」
「僕のいつもの気持ち、わかってくれた?」
「いつもの?」
拓斗は俺の頬を両手ではさみ、俺の目を見つめる。
「僕は君の目に映るすべてのものに嫉妬してる。」
「じゃあ、いつもお前は、お前自信が妬ましいんだな」
「なんで?」
「俺はお前しか見てないよ、拓斗」
拓斗の唇をゆっくりと味わう。チョコの味の残った舌を舐める。拓斗の額を、頬を、首を撫でる。首に腕をまわし、抱き締める。拓斗のものはいっぱいに膨らみ、俺の中は拓斗でいっぱいだ。それだけで俺は達しそうで、もう、少しも動くことができなかった。
「春樹、動くよ」
「やっ、だめぇ」
俺の弱い声は制止にもならず、拓斗が下から突き上げてきた。
「ひぅ!」
たった一突きで俺は達して、でもまだその高まりは変わらなかった。
俺の中、拓斗から熱いものが放たれたが、拓斗のものもいたいほどみなぎったままだった。
「拓斗、拓斗、なんかへんだ」
「うん。へんだね」
「こころが、気持ちいい」
そうだ、この快感は、こころの底から湧いてきて、二人の体を満たしていく。俺と拓斗は同じ波にゆられ、どこまでもただよう。
拓斗の腰が俺の腰にピタリとつけられる。そのまま俺が力をいれて締め付ける。拓斗からまた熱いものが吹き出し、その感覚に俺は達し。けれど俺たちは満たされ続け。いつまでも抱き合い続けた。
鳥の声に目を醒ましても、俺たちはまだ繋がっていた。眠っていたのに、かわらずみなぎっていた。拓斗が俺の背を床につけ、激しく動き出す。
「あ! ん! つ、よすぎ……」
拓斗はすぐに達し、それでもまだ動き続ける。俺の中は拓斗が放ったものでいっぱいで、ぐちゅりぐちゅりと水音がする。
「はっ……ん、たくとぉ、あぁん!」
俺からも白いものが溢れ出す。それが俺と拓斗の間で滑って、そこからも快感がやってくる。
いつもなら疲れて果てるだろうに、今日は快感を拾えば拾うほど体が軽くなるようだった。拓斗が俺の唇に噛みつき、舌が口腔を犯す。それだけでまた二人は達し。
拓斗は俺を抱き締めると動きをさらに激しくした。
「ああ! はぁん! ああ! やっ、もう、もう、ああ!」
「春樹! 春樹!」
液体が尽きるまで、俺たちは求めあった。
気がつくと昼を過ぎていた。土曜日で学校は休みだが、野球部の練習があったのだが。そんなことはどうでもいいくらい、幸せだった。
俺は拓斗に抱きつく。拓斗はゆっくり目を開いた。
長いまつげがふるりと揺れ、茶色の瞳が現れる。その瞳が俺をとらえると、にっこりと笑顔が降ってくる。
「おはよう、春樹」
これ以上の幸せはきっと世界中どこにもない。
俺は拓斗にキスをした。
「おはよう、拓斗。愛してるよ」
いつも、今だって。世界で一番お前を愛しているよ。
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