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第54話 幼馴染でGW
「ん……」
春樹、春樹、君が好きだよ
夢の中、拓斗の声が耳をくすぐる
僕のために乱れてくれる、君が好きだよ
拓斗の唇が胸に落ちる
『拓斗……』
「ん? あに、はるひ」
うすぼんやりと開けた目に、拓斗の栗色の髪が映る。
いつもは目覚めると顔の横にある拓斗の頭が、なぜか今は俺の下半身に乗っかっている。
「……ぅっ! な、な、なに!?」
四肢に意識が行き渡ると共に、俺のものが咥えられている感覚がはっきりと伝わってきた。
拓斗が、俺を咥えこんでいた。
あからさまに、あきらかに。
俺のものは固く熱くなっていて、拓斗の口中でめきめきと育っていく。
「な、んで、拓斗!?」
「はっへはから」
「はっへは?」
「はっへ」
「は?」
拓斗は、ぷはっと俺から口を離すと真顔で言う。
「朝起きたら、君がびんびんだったから、しようかな〜って」
「び、びんびんって! お前、いつの時代の産まれだよ!」
「え? 普通に平成ですけど」
「言葉のチョイスがいちいち古いんだよ!」
俺の苦情を右の耳から左の耳へ聞き流し、拓斗は再び、俺の中心を口に含む。
「んっ、やっ! なんでなめるのぉ!」
「かあいいから」
拓斗の言葉が紡がれるたび、震える舌が俺を快感に突き落とす。
「トイレ! トイレいくから!」
「らめ」
「なんで!」
「もっらいない」
拓斗が思いきり吸い上げ、俺の精をすすり飲む。
「んぁあっ!」
間をおかず、後ろに指を差し入れる。
「ひぁっ」
くにくにと俺の中で拓斗の指が蠢く。時おり唐突に良いところをかすり、いつ来るかわからない刺激に身体中が敏感になっていく。
「やっ、だめ、拓斗、朝練に遅れるからぁ」
「だからだよ。今日から四日も逢えないんだから」
拓斗は指をぬるりと引き出すと、俺の両足を高くあげ分け入ってきた。
「やあぁん! ああ、はげしっ……」
そのまま叩きつけるように動き出す。俺は揺さぶられるままに拓斗に翻弄された。
結局その後、二回も精を吐き出し、だる重い腰を抱えて俺は学校にたどりついた。
校門脇には、すでにマイクロバスが停まっている。
「遅いぞ、春樹、走れー」
バスの窓から顔をだしたマネージャーが呼ばわった。俺はふらふらしながらバスへ向けて走った。
野球部はゴールデンウィークの間の今日から四日間、合宿を行う。
毎年ならば学校近くの公共の合宿所を使っていたのだが今年は予約がとれず、市街まで出ることになった。
これから行くところは廃校をそのまま宿泊施設にしてあるのだという。だからもちろんグラウンドもある。調理室もある。風呂はない。しかしシャワー施設はあるらしい。
俺たち以外に県外の高校からテニス部も同時に合宿所を使うと聞いて、部内は一時騒然となった。
『女子のスコート姿が見られる!』
けれどすぐに、男子校のテニス部だと知れ、部内のテンションはダダ下がった。
そんな意気消沈した車内で、山科はいやに明るい。
「春樹先輩! 練習、頑張りましょうね!」
「山科、いやに元気だな」
山科は、にぱあっと笑う。
「だって四日間も春樹先輩と一緒なんですもん! オレ頑張ります!」
「ああ、頑張れ」
山科は機嫌よく鼻唄を歌いだした。やる気があるのはいいことだが、山科はどこか明後日の方向に力を尽くすきらいがある。しっかり見ていてやらないといけないな。
と、思っていた矢先。
山科はストレッチで力みすぎて脱臼するという間抜けな負傷をした。
マネージャーと岬先生に付き添われ病院から帰った山科はべそをかいていた。岬先生が山科の肩を撫でてやる。
「一週間の安静ですって」
「オレ、頑張るはずだったのに……」
「よし、山科。調理で頑張れ」
山科はぱっと笑顔になると、張り切って拳を握った。
「はい! オレ、美味しいメシ作りますね! 合宿の間、調理当番頑張ります!」
やっと元気を取り戻した山科に、俺達は安堵の息をついた。
のも、つかの間。
メシは、ものすごく不味かった。
「……今日の調理班だれだ?」
「……友枝と山科」
マネージャーが気まずそうに言う。
「ごめん、忙しくて調理手伝えなかったんだ」
「いや、マネージャーのせいじゃない。あの二人が組み合わさったと言う不幸な巡り合わせだ。誰のせいでもない。……明日は誰だっけ?」
「朝が山科と山本」
「……」
「昼は山科と春樹」
「…………」
「夜は安心して。橋詰だから」
安心はできた。しかし幾分かの申し訳なさとむなしさを覚えたことは否めなかった。
どんなに不味かろうと、メシはありがたい。満腹になれば幸せになれる。俺達は宿舎でだらりとくつろぐ。
木造の教室をそのまま畳敷にしただけの部屋は広々として、部員全員で一教室に収まった。
岬先生は女性一人で教室をまるまる一つ使うのか?などと考えていたら、宿直室があるのだと言う。そりゃそうか。監督は体育教官室だった部屋に陣取っているらしい。似合いすぎて笑えない。
「おい、今テニス部から聞いたんだけどよ」
調理の片付け当番だった保坂が駆け込んできた。
「この校舎、出るらしいぜ!」
教室内の反応は二分した。
「まじかよ! いぇーい! 肝試ししようぜ!」
「まじかよ! 勘弁してくれよ! 寝れねーよ!」
俺はもちろん後者組で、青くなって小さく震えた。
肝試ししたい派と、ぜったい嫌派は侃々諤々と説得しあい、結果、じゃんけんで決めることになった。
肝試ししたい派のリーダー保坂と嫌派のリーダー橋詰がじゃんけん勝負をし、5回のあいこの末に、保坂が勝った。
保坂は乱舞し、橋詰は床にへたりこんだ。俺は自分の肩を抱いた。そうしていないと倒れてしまいそうだった。
とんとん。
後ろから肩を叩かれた。
「※√∑∀≠!?」
「春樹先輩、それ何語ですか? ルーマニア語?」
振り返るとニコヤカに山科が聞いてきた。
「や、山科! 脅かすな!」
「春樹先輩、肝試し、一緒にまわりましょう!」
相変わらずハイテンションな山科は嬉しそうに、あきらかにわくわくしている。
「山科、肝試し好きなのか?」
「普通です! 幽霊とか信じてないですから!」
それはなんだかとてつもなく頼もしく思え、俺は山科とコンビを組むことに決めた。
肝試しの手順も決まった。『出る』と噂のある今は使われていない二階の女子トイレへ行き、奥から二番目のドアを開ける。
それだけだ。
不正禁止のために、したい派と嫌派がコンビを組むことになっている。
山科は信じない派だが、人数あわせのために、したい派として扱われていた。
肝試しが始まって十分。一組目が戻ってきたが、嫌派の橋詰が泣いている。
「どうした! 出たのか!?」
橋詰は首を横に振る。
「こいつが、こいつが〜」
えぐえぐと泣き声をつまらせながら、したい派の井川を指差す。差された井川はそっぽを向いて口笛を吹いている。
「こいつが、おどすんだ〜。お、俺の反応見て、ばか笑いしやがって〜」
橋詰は自分の布団に駆けていき、潜り込んだ。
俺はコンビを組んだのが信じない派の山科だったことに心から感謝した。
「って、なにムービー撮ってるんだ、山科」
電気のつかない真っ暗な廊下を窓からのささやかな明かりだけで、ぺたぺたと歩きながら、山科は携帯で動画を撮影している。
「ホントにでたら証拠がいるじゃないですか!」
「で、でないって! だって信じてないんだろ?」
山科はカメラを構えたままオレに向き直りキョトンとする。
「見たことないから信じないだけで、見たら信じますよ、そりゃ」
俺は登っていた梯子を外されたような衝撃を受けた。山科、信じてたのに……!
「ゆ、幽霊とかいないから大丈夫とか言えよ!」
「えー? ホントにいたら幽霊に悪いじゃないですか」
「意味わかんないよ!」
ぎゃあぎゃあと言い合っていたおかげで、二階の女子トイレにはあっさり到着した。
しかし女子トイレには窓がなく、奥の方は真っ暗で何も見えない。
「なあ、個室、何個ある……?」
「うーん。見えないですね〜。奥まで行ってさわればわかりますよ。行きましょ」
「ちょ、ちょい待ち!」
トイレに一歩踏み込んでいた山科が振り返る。
「どうかしましたか?」
「お腹いたい。お前一人で見てきて」
山科は心配そうに眉を寄せる。
「いいですけど。先輩、廊下で一人で平気ですか?」
「う!」
暗いのは嫌だが、独りぼっちはもっと嫌だ!
「……一緒に行く」
俺は山科の後について、そろりとトイレへ足を踏み入れる。スリッパ越しにタイルの冷たい感触が伝わる。
すぐ目の前を歩いている山科の輪郭もはっきりしないほど暗い。
「あ、そうか!」
「どぅわ!」
突然の山科の大声に、俺の口から珍妙な叫び声が出る。
「な、なんだ山科! なにかいたか!?」
ぱっと前方が明るくなった。山科が振り返り俺の顔をライトが照らす。
「ライトつけたらよく見えますよね〜。あ、奥から二番目のドア、これですね!」
「え、やましな、ちょっとまて……」
俺の言葉も終わらないうちに山科は勢いよくドアを開けた。
「うわあ!!」
ドアの上から黒い何かが落ちてきて床に広がった。
俺は廊下に飛び出そうとして敷居につまずいて転んだ。力が抜けて立ち上がれない。そのまま這って逃げようとしたが、後ろから山科が暢気に声をかけてきた。
「春樹先輩、これ、アンダーシャツですよ」
「へ?」
振り返ると山科が黒い物体をつまんでトイレから出てきた。
「汗くっさ……。井川先輩の仕込みでしょうね〜。つまらなかったですね」
山科は頼もしい言葉を口にすると、俺に手を貸し立ち上がらせてくれた。
教室に戻ると、井川がにやにやと近づいてきた。
「よっ。おつかれー」
「井川先輩、シャツ忘れてましたよ」
「あれ? 怖くなかった?」
「ぜんぜん。それより、トイレの床に落ちましたよ、それ」
「うわ、バッチい! 春樹、パス!」
呆然自失の俺に向かって、井川の黒いシャツが飛んできた。俺は反応できず、シャツを頭から被ってしまう。
「……汗くっさ!」
シャツを床に叩き落とす。教室中から笑い声が上がり、俺はやっと緊張がほぐれた。
「じゃ、撮影終了!」
「なんだ山科、まだ撮ってたのか」
「はい。春樹先輩の勇姿、ばっちり写ってますよ!」
「俺? え? なんで?」
「宮城先輩から頼まれたんです。どうせ肝試しになるだろうから春樹先輩のこと撮影してくれ! って」
「え? なんで?」
「かわいいから! だそうです。オレもそう思いました!」
「消せ!」
「あ、ダメですよー」
俺が伸ばした手をのらりくらりとかわして山科は逃げ回る。
「お前たち、いい加減に寝ろ!」
騒ぎを聞き付けた監督の怒鳴り声で、山科は逃げ切ってしまった。
くそ!明日はぜったいに消してやる!
……と意気込んだ日々もあっという間に過ぎ、俺は帰りのバスでふて寝をしていた。
「春樹先輩、春樹先輩!」
後ろの座席から山科が手を伸ばし、俺の肩を揺する。
「……なんだよ」
「今日、先輩達の家にお邪魔します!」
「は? なんだ、それ?」
「宮城先輩と約束したんです。撮影できたら、お二人の愛の巣を見せてくれるって!」
「あ! ……いの巣って……!」
「営みの現場を!」
「その表現やめろ!」
ぎゃあぎゃあと言い合っていたら、あっという間にバスは学校にたどり着き。
「ぜったい、来るな! 来ても門から先には入れん!」
「あ、春樹先輩! お迎えですよー」
山科が指差す先には満面の笑みの拓斗が立っていた……。
結局、その晩、山科が撮影した俺の恥ずかしい動画を鑑賞することになった。
拓斗はきっと腹を抱えて笑うに違いない、と思っていたのだが、暗に反して無表情のままだった。
「あれ。宮城先輩、動画つまらなかったですか?」
「いや、よく撮れてるね。ありがとう」
「良かった! 頑張った甲斐がありました!」
山科は満足して立ち上がると、元気よく帰っていった。俺と拓斗は玄関で山科を見送った。
鍵を閉めていると拓斗の頭が、ぽすんと俺の肩に乗っかった。
「どうした、拓斗?」
「焼きもちやき中」
「焼きもち? なんで」
拓斗の手が俺の頬を撫でる。
「あんなにかわいい春樹を僕以外の人に見せたらだめだよ」
俺は、ふっと笑う。
「かわいくないよ」
「かわいい。世界一かわいい」
拓斗はさわさわと俺の頬を撫でさする。
「ん……。拓斗、わかったから」
「僕だけに見せてね。約束だよ」
「わかったよ」
拓斗はガシッと俺の腕を掴むと、ぐいぐいと部屋に引っ張っていく。
「なに、どうした?」
「『死霊の盆踊り』のDVDが届いたんだ。一緒に見よう」
「え! 死霊って……ホラーだろ! 嫌だよ!」
「かわいい春樹を見せてくれるって言ったじゃない」
「あれはそういう意味じゃ……」
「大丈夫、大丈夫、盆踊りだから」
「でも死霊だろー!」
俺の叫びは盆踊りよりも激しく踊った。
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