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幼馴染みで野球部で
高校選抜野球、夏の大会。
予選会のくじ引きで、うちの主将・橋詰は、なんと甲子園の常連校、鍋島高校を引き当てた。部員は一瞬固まり、それから深いため息をついた。
「なんでみんな暗くなってるんですか?」
抽選会場からの帰りの電車の中、山科がノーテンキな声を張り上げる。井川が深いため息まじりに山科の頬をつまんで引っ張る。山科がへんな声をあげる。
「えう」
「お前、ホントに野球やってきたたのか? 鍋島の強さ知ってるか?」
山科は井川の腕をつかんでもぎはなす。
「知ってます! 甲子園の全試合、見てますから!」
「は? お前も中学野球部だったんだろ? いつ見たんだよ」
「中学の時です」
「いや、そうじゃなくて……」
めんどくさい会話に飽きた俺は、二人の会話に口を挟む。
「山科は甲子園オタクなんだよ。毎年全試合、録画して見るんだ。去年の出場校の名前、全部言えるよな」
「はい! もちろんです!」
「全投手の決め球も、ヒット数も言えるな」
「はい! もちろんです!」
井川は呆れて口をぽかんと開ける。
「去年の鍋島見て、どうだった?」
「攻守ともに素晴らしかったです! とくに打撃陣は猛攻と言えました! 準々決勝で敗れたのが悔やまれます」
「敗因は?」
「ないです。強いてあげるなら最後の試合相手の有徳高校の方が一枚上手だったってことだけです」
井川がくらーい声を絞り出す。
「そんなチームに俺たちが勝てるわけないだろ」
「勝てますってば!」
「どうやって!」
「勝てるように練習すればいいんです!」
「だから、そんな練習法がわかれば日本中全部の高校がやってるっつーの!」
「だから、そうじゃなくて……」
俺はため息で井川を黙らせ、山科に問う。
「で、今年の夏の鍋島はどうだと思う?」
「全然ダメですね」
井川は頓狂な顔で「はあ?」と突っ込みをいれる。俺は構わず続ける。
「理由は?」
「去年のベンチがほぼ三年でした。一、二年は公式試合にも出てないです。今年は練習試合でも負けばかりです。みんなまだまだ仕上がってないですね。投手の藤崎さんも、控えの松平さんも今年の公式試合でも良い成績をあげてないです。場数が足りてないですね」
「で? うちとやったらどうだ?」
「うちのが優勢です」
そばで聞いていた橋詰が、両拳を天に突き上げ吠えた。
「よっしゃあ、行くぞ、甲子園!」
マネージャーが橋詰の後頭部をはたく。
「お前ら、電車内では静かに!」
くすくすと周囲から聞こえる笑い声に、俺たちは全員赤くなった。
学校に帰り、いつもの練習に取り組む。
山科の発言と橋詰の雄叫びでやる気があがったのか、みんないつもよりもハキハキと走り回る。これなら本当に鍋島に勝てるかもしれない。
俺はにんまりしながらボールを投げた。
「おかえり、春樹」
玄関をくぐると拓斗が俺を待ち構えていた。
「ただいま。なんだ、こんな所で待ってたのか? 何かあったのか?」
「予選、大変なところとあたったんだって?」
「早耳だなあ。お前はウサギか?」
「地獄耳なもんで」
拓斗が俺の手からユニフォームが入ったバッグを受けとる。
「……あの、拓斗さん」
拓斗は俺のバッグに突っ込んでいた顔をあげて答える。
「なに?」
その天真爛漫といった笑顔の前では口にしにくくて今まで黙っていた言葉を吐き出す。
「俺のユニフォームの臭いを嗅ぐのはやめてもらえませんか」
拓斗はきょとんと首をかしげる。
「なんで?」
「なんで? って……くさいから」
「いいにおいだよ」
「そんなわけないじゃないか。汗くさいぞ」
拓斗はふわりと微笑むと俺に抱きつき首筋に顔を埋めた。
「君のにおいはぜーんぶいいにおいだよ。大好き」
俺は真っ赤になって口元を押さえた。拓斗が俺をぎゅっと抱きしめる。
「だから、嗅ぎます」
拓斗が俺のバッグを持って逃げ出す。
「あ、こら! やめろって!」
「やめませーん」
俺と拓斗はしばらくドタバタと走り回った。
やっと拓斗を捕まえて、ユニフォームを洗濯機に突っ込む。洗剤をいれて洗濯機をスタートさせた俺の背中に拓斗が負い被さる。
「あーあ。僕のユニフォームが」
「いやいやいや、これは俺のだから」
「まあ、いっか。ここにナマがあるし」
拓斗の手が服の上から俺の胸を撫で回す。
「っ! だから、ダメだってば!」
「そうだよね、お腹すいてるよね。ご飯にしようね」
拓斗はするりと俺から離れると台所に入っていった。いつもなら押し倒されてしまうのに。俺は拍子抜けして首を捻りながら洗面所で手と顔を洗った。
食後、片付けをしている拓斗が背中を向けたまま話しかけてきた。
「お風呂、先にすませちゃったら?」
「え? あ、あ? う?」
「もうお湯溜めてあるから」
「あ、ああ」
俺は驚きすぎて動けない。拓斗は俺に構わず食器を洗い続ける。
「あ、じゃ、じゃあお先に……」
「はい、ごゆっくり」
拓斗はやはり背中で返事する。拓斗が俺の目を見ずにしゃべるなんて。一人で風呂に入らせるなんて。驚きすぎて何を考えていいのかわからず、とりあえず風呂に向かった。
久しぶりに一人で風呂に入る。一人で体を洗い、一人で頭を洗い、一人で湯に浸かる。鼻まで湯に沈み、一人で茫然とする。
拓斗は何か怒ってるのか? 俺が怒らせたか? 帰宅直後はご機嫌だった。ユニフォームが原因か?
考えても答えはでない。俺はのぼせる寸前まで湯のなかでウンウン唸っていた。
「風呂、お先にイタダキマシタ……」
まだ台所でごとごと働いている拓斗に声をかける。
「はーい。僕も入ります」
やはり返事は背中越しだ。
「あの、拓斗さん?」
「なに?」
「なにか怒ってますか?」
「ん? ぜんぜん。じゃあ、お風呂いってくるね」
拓斗は俺と目を会わさず風呂場に入っていった。俺は首をかしげて思案にくれた。
ふと、洗濯機が止まっていることに気づく。ユニフォームを取り出して干す。この家に来てから自分で洗濯なんて初めてした。俺はそんなに拓斗に甘やかされていたんだな……。
ぼんやり思いながら部屋に戻った。
ベッドに寝転んで、ぼけっと呆ける。なんだか今の状況に頭がついていかない。
倦怠期。
それって、こんな風に始まるのかな……。
拓斗がほかほかしながら部屋に入ってきた。ベッドの上の俺を見つけると、くすくす笑った。
「どうしたの、ぼうっとして」
言いながら近付いてきて俺の側に腰かける。俺は拓斗の腰に抱きつく。
「春樹?」
「嫌いになっちゃやだ」
「うん?」
俺は拓斗を見上げる。拓斗の目は今はしっかり俺を見つめる。
「俺のこと嫌いになっちゃやだ」
拓斗はふっと笑う。俺の好きな笑顔。
「なるわけないじゃない」
「……でも飽きるかもしれない」
「飽きないよ」
「なんで言いきれるの」
拓斗は屈み込んで俺の首筋を舐めあげる。軽く歯をたてる。
「っ!」
「僕はいつも君に飢えてるのに。もっともっと欲しいんだよ」
「じゃあ、なんで……」
「うん?」
「なんで今日は冷たいの……」
拓斗は俺を抱きしめると、深く口付ける。舌を絡め俺の口腔を舐める。ぴちゃぴちゃという音が耳に気持ちいい。それだけで俺は立ち上がる。
そっと拓斗に手を伸ばすと、拓斗ももう立ち上がっていた。
唇を離した拓斗の手をぐっと引く。
「もう……きて」
拓斗は俺の服を剥ぎ取ると俺の後ろに指を這わす。つぷり、と俺の中に指が入ってくる。
「や……、それじゃない……」
俺の言葉は拓斗の上を滑っていき、拓斗は指一本で俺を追い上げる。
「あん、いゃ、たくと、あぁ、ん……」
拓斗は無言で無表情で俺を見下ろす。俺は拓斗の腕を握る。
「たくとぉ……」
ほろほろと涙がこぼれる。
拓斗は俺のものを口に含み、じゅくじゅくと吸い、舌を這わせ、軽く歯ではさむ。拓斗の指が俺のいいところを擦る。
「ひ……、やぁん!」
俺はあっけなく拓斗の口に吐き出した。拓斗はそれを飲み下すと、後ろから指を引き抜いた。
「さ、もう寝ようか」
あっさりと言う拓斗の台詞に俺の目から涙が止まらない。
拓斗を押し倒し、唇をあわせる。拓斗はそんな俺をやんわりと押しやる。
「もうだめだよ。おしまい」
「なんで! なんでしてくれないの!?」
「したじゃない、今」
「そうじゃなくて、拓斗のが欲しいのに!」
俺は拓斗のパジャマを剥ぎ取り、たちあがったままのものを握りこむ。
「春樹……、だめだよ」
「だめじゃない!」
俺は拓斗の上に腰をおろしていく。
「ふ……ぅん」
俺の中が拓斗でいっぱいになる。
拓斗の腹に手をつき、腰をふる。
「んっ、んっ、あぁん!」
喉をのけ反らせ、前後に動く。
「あん! あっ、あっ、たくとぉ」
拓斗のものを手に入れたのに、まるで一人でしてるみたいだ。俺は自分のものを握り扱きあげる。
「んあ、だめ、いくぅ!」
俺は拓斗の腹に吐き出す。
はあはあと荒い息を吐いていると拓斗が冷静にささやく。
「満足した?」
俺は力が入らず拓斗の上に倒れこむ。
「たくと……なんでしてくれないの」
拓斗は困ったような顔をする。
「君が疲れちゃうでしょ」
「疲れてもいいから! 壊れてもいいから!」
拓斗はますます困った顔になる。
「だけど、これから野球部の練習はもっときつくなるでしょ」
「いいから! 拓斗のしたいようにして……。お願い」
拓斗は俺の頬の涙を拭うと、俺を組み敷き、ゆっくりゆっくりと動き出した。
心の底から安堵の気持ちが沸き上がる。
ああ、俺はもうだめだ。拓斗なしではいられない体になってしまったんだ。
けれど、それが心地よくて、それが嬉しくて、俺はまた泣いた。
拓斗は黙って俺の涙を舐める。そうして俺の腰を持ち上げると激しく腰を突きいれる。
「ひぁん! あっぅ、はぁん!」
いい。よすぎて何がなんだかわからない。
「あっ、あっ、ああ! んっ、あ!」
拓斗が俺の中に放つ。それでもまだ動き続ける。
「っはん! ああ! たくと、たくとぉ!」
拓斗が俺の手を握り指を絡める。俺は強く手を握る。その指の一本一本から幸せが流れ込む。
「たくと、ああ、たくと……」
拓斗の名を呼び続ける。口の中も幸せでいっぱいになる。
「春樹……」
拓斗の声が耳に優しい。
拓斗が俺の唇をふさぐ。
「ん、ふぅん、ん」
拓斗を求めて声がとまらない。唇を離して、拓斗は俺を見つめた。
「春樹……、僕の春樹……」
拓斗の手が俺の頬を撫でる。
「ん……ん」
突然、拓斗が強く強く腰を打ち付ける。
「はぁっ! ん! あぁ、たくと! もっとぉ、もっとして!」
俺は髪を振り乱す。拓斗はますます激しく動く。
「たくと! あ、だめ!」
俺は熱いものを腹に吐き出し、拓斗は俺の中で果てた。
拓斗が俺の中から出ていっても、俺は拓斗にしがみついて離さない。
「春樹、お風呂いこ? きれいにしなきゃ」
「やだ。このままでいる」
「今日はどうしたの、甘えたさんだね」
俺は上目使いで拓斗をにらむ。
「拓斗が冷たくするからじゃないか」
「ええ? しないよお」
「した。俺は捨てられるかと思った」
拓斗は俺をぎゅっと抱きしめる。
「そんなわけないじゃない。僕は君を独占しないように、どれだけ我慢してるか知ってる?」
「……独占して」
拓斗が、ふふふとわらう。
「じゃあ、大会が終わったら、僕だけのものになってね」
「俺はいつだってお前のものだ」
拓斗はまた、ふふふ、とわらう。
「じゃあ、僕の言うことはなんでも聞ける?」
「聞く」
「じゃあ、お風呂行って、きれいにして、早く寝るよ?」
「ん。わかった」
拓斗に手を引かれ、風呂場にいく。
体についたお互いのものを流しあう。
「なあ」
俺は拓斗にたずねる。
「今日、なんで一緒に風呂入らなかったんだ?」
「だって、君の裸なんて見たら、我慢できなくなっちゃうもん」
「……我慢するなよ」
「今だって我慢してるんだよ」
俺は拓斗のものを触る。すぐに硬く大きくなる。
「あ、こーら。だめだって」
俺は拓斗のものを強く扱く。拓斗の肩に顔を埋めて軽く噛む。
「……っ!」
低い吐息と共に拓斗のものが俺の手に放たれる。
「もう、だめって言ったでしょ。言うこと聞くんでしょ」
俺は曖昧に笑う。拓斗は苦笑する。
「ほんとに僕は君を離したりできないよ……」
拓斗は俺の顎に手をかけ、口づけを落とした。俺はやっと満足して拓斗を強く抱きしめた。拓斗はいつまでも俺の背を撫でていてくれた。
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