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第61話 幼馴染で宮参り

「「ただいまー」」  玄関から拓斗と美夜子さんの声がした。さすが親子、声のトーンがそっくりだ。そう言うと二人とも不機嫌になるだろうから、これは俺だけの秘密だ。俺は扉の影で一人笑ってから、玄関に出迎えにいった。拓斗は伊勢谷さんに抱かれたミトの頬をさわるのに忙しそうだった。 「お帰りなさい。お宮参りはどうでした?」  美夜子さんにたずねると美夜子さんは 「まだまだこれからよぉ」  と朗らかに笑う。 「え? でも伊勢谷さんの自宅の近くでするって……」  それで拓斗も今朝から出掛けていたのだ。大安の日曜日、空は晴れて言うことなしだったのだが。 「水天宮さんに行くから、春樹も来なさい」 「?????」  どうして俺も同行するのかわからず戸惑ってまごついていたが、美夜子さんは俺のことは完全スルーで 、伊勢谷さんからミトを受けとると台所に入っていった。ミトのお乳の時間のようだ。拓斗も惹き付けられたようについていく。  伊勢谷さんはいつものニコニコ笑顔で、俺の存在に気づいてくれた。 「美夜子さんがね、君たちがお宮参りした神社にも詣でたいって言うからね」 「俺と拓斗のですか?」 「そう。この近くの水天宮さんに安産祈願もしたからね、お礼参りも兼ねて」  なんだか神社関係の行事にもいろいろあるらしい。詣でる方も大変だが、きっと神様も大変なんだろう。 「でも、お宮参りって一度だけするものなんじゃ……」 「おめでたいことは何度やってもいいものだよ」  伊勢谷さんはニコニコとうなずいた。 「たーかーちゃーん! 神社いこー!」  俺の実家の前で美夜子さんが呼ばわる。その呼び声も小さい頃の拓斗とそっくりで、俺はひっそり笑う。いつもなら、そんな俺に気づいて絡まってくる拓斗は今はミトを抱っこして、ミトしか目に入っていないようだ。ちょっとさびしい。  美夜子さんも俺の母ちゃんのことしか目に入っていないようで、伊勢谷さんもちょっとさびしそうだ。  俺と伊勢谷さんは目が合うと、なぜか恥ずかしげに笑いあった。  水天宮は小さな神社だ。  うちから徒歩で十分ほど。みんな揃ってテクテク歩く。 「私と美夜ちゃんも水天宮さんでお宮参りしたのよ」 「ねー。なつかしいわよね、孝ちゃん」  母ちゃんと手を繋いで歩いている美夜子さんが適当なことをいう。 「懐かしいだなんて言って、そんな産まれて一ヶ月の頃のこと覚えてるわけないじゃないですか」  いつもツッコミは拓斗の仕事だが、今日の拓斗はデレデレでミト以外に注意が向かない。ツッコミも俺の仕事になった。 「やあだ、春樹。覚えてるに決まってるじゃなーい。私と孝ちゃんが初めて会った日なんですもの」 「え、そうなの?」  母ちゃんは笑顔でうなずく。 「アルバムに写真があるから、あとで見せるわ」    俺は母ちゃんにも赤ん坊時代があったのか、となにやら驚いてしまってツッコミの仕事も忘れ、一行はボケたおしながら神社についた。  正式参拝というものをするらしく、伊勢谷さんが社務所に申し込みにいった。お賽銭を投げてパンパン、とやるのではなく神主さんに祝詞をあげてもらうそうだ。  美夜子さんも伊勢谷さんも母ちゃんもスーツ、拓斗は制服。みんなきちんとした服装のなか、俺だけセーターにジーンズだ。 「いいのかな……」  ジーンズを見下ろしながらひとりごちると、 「気はこころ、よ」  母ちゃんが力強く言った。意味はわからないが頼もしい。  いつもは外から眺めるだけの拝殿に入り、椅子に座る。大河ドラマで武将が座っているようなやつだ。思ったより尻が沈みこみ、穴にはまったように身動きがとれなくなった。  そのまま座っていたり、立ってみたり、お辞儀したり、よくわからない祝詞を聞いたり。  祝詞のなか、『伊勢谷南斗』という名前だけは、いやにはっきりと大きく響いた。これなら神様もミトのことを覚えてくれたに違いない。  神事の間に眠ってしまったらしいミトを、拓斗が美夜子さんから受けとる。赤い着物を着たミトは安らかな寝息をたてていた。 「さあ、終わった、終わった。孝ちゃんのご飯食べに行こー!」 「いらっしゃいませー」  美夜子さんと母ちゃんはまた手を繋いで歩き出す。  俺の手にそっとふれたものに気づき目をやると、拓斗が俺の手を握っていた。 「どうした、拓斗? ミトをだっこしなくていいのか?」 「だって、ほら見て」  拓斗に言われて伊勢谷さんを見ると、天使を見つめる聖人のようなたたずまいで、とても声をかけられなかった。  俺は拓斗の手をぎゅっと握って引っ張ってやる。 「これからいっくらでも撫でられるさ」 「うん」 「それでいつか邪険にされたり、見下されたり、泣かされたりするんだ」 「僕のミトはそんなことしないよ!」 「ああ、そうか。それはうちの秋美だけか……」  肩を落とす俺を、拓斗は憐れみの目で見つめ、背中を撫でてくれた。 「いらっしゃい、ミトちゃん! お宮参りおめでとう!」  玄関先で秋美がグリコのポーズで俺たちを出迎える。 「ありがと〜、秋美ちゃん〜」  美夜子さんがミトの手を握り、振ってみせる。ミトは構わず健やかな寝息をたてている。 「秋美、お鍋温めて。ストウブは……」 「もう出来てるよ!」 「秋美ちゃん、料理の腕、順調に上がってるんだね」 「やだあ、拓斗くんたら。いいお嫁さんになるよ、だなんて」 「だれもそんなことは言ってな……」 「お兄ちゃんは黙ってて!」  かなりの喧騒のなか、ミトはちっとも気にせず眠り続ける。眠り姫か、はたまた大人物か。  ともかくもミトの未来は安泰な気がする。  大人たちが食事をしようと席についた途端、ソファに寝かされたミトが泣き出した。その勢いたるや。部屋中に数千匹の蝉がいっせいに泣き出したようで。 「はい、はい、はい〜。ミトちゃん、お乳ね〜」  美夜子さんがさっと席を立つ。拓斗が相好を崩してついていき、ミトがお乳を吸うのを見つめる。伊勢谷さんが遠目にその姿を眺めニコニコする。 「伊勢谷さん、もっと近くで見なくていいんですか?」  俺がたずねると伊勢谷さんはいっそうニコニコする。 「私は毎日見られるからね。今日は拓斗くんに場所を譲るよ」  そう言いつつも伊勢谷さんの視線はミトと美夜子さんから離れなかった。  晩餐も終わり、美夜子さんはミトをベビーキャリーに乗せ車の後部座席にシートベルトで固定した。 「じゃあまたね、美夜ちゃん」 「孝ちゃあん、一緒に行こうよう」 「うーん。料理教室があるからねえ」 「孝ちゃん、料理教室と私とどっちが……。ううん、なんでもない」  母ちゃんは美夜子さんをぎゅっと抱き締める。 「美夜ちゃんは、私の一番よ。美夜ちゃんのしあわせが私のしあわせ」  美夜子さんは涙目で母ちゃんを抱き締めかえす。 「孝ちゃん……大好き」  美夜子さんは何度も何度も手を振って、夜の向こうに帰っていった。 「そうそう。お宮参りの写真だったわね」  食後の片付けを俺と拓斗でしまっていると、母ちゃんが分厚いアルバムを二冊テーブルに置いた。俺たちはエプロンで手を拭き拭きアルバムを見つめる。 「ほら、これが美夜ちゃんと私」  指差された写真はセピア色に褪せていた。写真の中、うちのじいちゃんとばあちゃんに抱かれた赤ん坊と、拓斗のおじいちゃんとおばあちゃんに抱かれた赤ん坊。じいちゃんたちは若くって、かあちゃんたちは赤ん坊で。  なんだかしらないが、笑いが込み上げた。 「やだ、春くん、なに笑ってるの?」 「いや……、かあちゃんにも赤ん坊時代があったのかと思うと……」 「やだわ、この子ったら。私と美夜ちゃんは木の股から産まれた訳じゃありません」 「孝子おばさん、自分で木の股とか言うのはどうなんでしょうか」 「まあ、やだ。人を悪魔か何かみたいに言わないで」 「だから、それはかあちゃんが……」  かあちゃんはアルバムをぱたんと閉じると、もう一冊のアルバムを取り上げた。 「そんなこと言ってると、これを見せるわよ」 「なに、それ」 「え、春樹おぼえてないの? 僕たちのアルバム」  拓斗のにやにや笑いに冷や汗がとまらない。 「え……ぜんぜん覚えてない……、って、開けるの!?」  かあちゃんが当たり前、という顔をする。拓斗は飄々と言う。 「身綺麗に生きていればなにも恐れることなんてないんだよ」 「いや、それ! 恐れを為せって言ってるよな!」 「じゃあ、春くんの過去にタイムトリップー」 「かあちゃん! 拓斗の過去は!?」  騒ぐ俺の眼前に、大きく引き伸ばされた写真が一枚。アルバムの一ページをまるまる独占している。  その写真の中、小学三年生の俺が号泣していた。 「っ!!!?」  その時の事はしっかりと覚えている。  ある朝起きると、自分の布団がびしょ濡れで、世界地図のような模様を描いていたのだ。その時、俺は小学三年生。自我も発達し恥の概念も持っていた。で、朝から号泣した。  いや、覚えていない。覚えていないぞ、そんなこと。大丈夫だ。覚えてないどころじゃない。  俺の中では、そんなことは起こらなかった。起こったはずがない! と俺の脳が叫んでいる。 「そ、そんなの記憶にございません」 「自己防衛本能による記憶の欠損かもしれないね」 「そんな難しい言葉使わずに『忘れたい事実だったんだねえ』でいいだろ!」 「忘れたい事実だったんだねえ」 「抉るなよ! 抉るなよ、俺の心を!」  かあちゃんは俺の大声など聞こえなかったふうでアルバムのページをめくる。 「ほら、この日も春くん大泣きで」  開かれたページには俺の小学二年生の運動会の写真があった。スッ転んでグラウンドに突っ伏して泣いている。 「そうそう。大玉転がしで転んじゃって大玉だけが転がっていったんだよねえ」 「覚えてんなよ!」  かあちゃんは次々とページをめくる。そのたびに写真の中の俺は小さくなっていき、泣いている頻度はますます上がった。 「なんで泣いてる写真ばっかりなんだよ……」  ぶつくさ言う俺の言葉に、かあちゃんは、けろりと返す。 「だって面白いんだもの」 「自分の子が泣いてるんだろ、あやしたりしろよ」 「それは拓斗ちゃんの役目だったからねえ」  めくられたページの中、俺と拓斗のお宮参りの写真が出てきた。かあちゃんと美夜子さんの腕の中、やはり泣いている俺、俺に手を伸ばし触れようとしている拓斗。俺たちは当然のように寄り添っていた。  結局アルバムの中の俺は泣いてばかりで、拓斗はいつも俺を慰めていた。  かあちゃんがアルバムをしまいに行っても、俺は気恥ずかしく下を向いていた。拓斗はそんな俺の頭を撫でてくれた。  帰り道、拓斗がぽつりと言葉を漏らした。 「僕も、お宮参りの時のこと覚えてるんだ」 「ええ? そんな馬鹿な」 「うん。信じられないかもしれないけど。泣いている春樹を見て、ああなんてかわいいんだろう。僕は一生きみを守ろう、って決めたんだ」  拓斗を見つめる。拓斗は冗談を言っている様子もなく、俺を見つめる。 「大好きだよ、僕の春樹」  優しく唇が降ってくる。 「……ん」  拓斗の手が俺の腰を抱き、ぐいっと引き寄せる。 「ちょ、拓斗! ここ道……!」 「もう、我慢できない」 「もう、って、いつからっ……、あ、だめだってば!」  拓斗の手がセーターの中に侵入して俺の腹をくすぐる。 「アルバム見てるときから。春樹の泣き顔がかわいすぎて。今すぐ啼かせたい」 「や……っ、せ、せめて人が来ないところ……っ」  拓斗は俺の手を握ると、ずんずんと大股で歩き出す。家まであと十分、というあたりで建築中のマンションの防塵幕を掻き分けて中に入っていく。 「拓斗、もう少しでうち……」  俺の言葉は拓斗の唇にふさがれた。 「ふぅ、……んん」  拓斗の舌が俺の舌を舐めあげる。ぞくぞくと腰が揺れる。  拓斗は俺のジーンズに手をかけ、もどかしげに下着といっしょに引きずり下ろした。しゃがみこんで、俺のものを口に含む。 「あぁん!」  ぢゅくぢゅくと吸い上げながら、後ろに手を這わせ揉みほぐす。 「やぁっ、だめぇ、もう……あっ!」  前後から与えられる刺激に、俺はあっという間に精を吐いた。  拓斗は俺の背をコンクリートの壁に押し付けると、片足を持ち上げ俺の中に分け入ってきた。 「あぁん! たくと、ん! いいよぉ……はぅ!」 「春樹、ああ、春樹、可愛いよ」  拓斗は俺の唇にむしゃぶりつく。唇を吸い、歯列を舌でなぞる。俺は息苦しさに大きく口を開ける。拓斗は俺の舌を吸出し、かるく噛む。 「ん、はぁ!」  俺のものがふるりと揺れる。拓斗の腹に擦れて今にも達してしまいそうだ。  口が離れた隙に、俺は口を開く。 「ぁん、あ……たくとぉ、もう、もう……」 「うん。一緒に」  拓斗の動きが速くなり、俺の後ろがきゅうっと締まる。拓斗が俺の中に放つ。 「ひあぁん!」  腰を浮かせ、俺も吐き出す。  はあはあと息をととのえていると、拓斗が俺の頬を舐めた。ぶるりと震えが来る。 「やっぱり春樹は泣き虫だね」 「……うん。もっと泣かせて」  拓斗は俺の涙を舐め続ける。俺はだんだん追い上げられる。俺のものがまた立ち上がる。  俺は拓斗のものと俺のものを一緒に握りこむ。ぬるりとした感触にいっそう硬くなる。 「ん……ぁう」 「春樹……」  拓斗の手が俺の手を包み、ゆっくりと上下する。もう一方の手は俺の後ろを弄る。  俺も拓斗の後ろに手を回す。  そうして二人で高めあう。  口づけを繰り返し、互いの良いところを擦りあう。 「ん……ふ、たくと、ちょうだい」  俺は拓斗から手を離し壁に両手をついて腰をつきだす。 「たくとの、ちょうだい」  拓斗は無言で俺の腰をつかむと、ぐいっと腰を進めた。 「ああぁん!」  奥まで擦られ、高い声が上がる。 「ああ、たくとぉ、いいよぉ」  俺の中、拓斗のぬるみで、拓斗の熱さで、ずちゅずちゅとたまらなくイヤらしい音がする。その音が耳から俺を刺激する。 「はぁ、ぅん、あん、あん」  拓斗の律動にあわせて声がとまらない。もう力が入らなくて、俺は壁に体をもたせかける。  拓斗が壁に手をつき、より深く突いてくる。 「はぅん! たくと、すごいい、あぁん!」 「はっ、ああ、春樹、僕もいいよ」  拓斗に耳を舐められ、俺は壁に放ち、拓斗は俺の中に注ぎ込んだ。  壁に出来た染みを見つめる。 「俺、自販機で水買ってくるよ。これ流さないとな」  拓斗が俺を抱きしめる。 「ダメ」 「ちょっと拓斗、ふざけてないで」 「ふざけてない。これはこのままにするの」 「してどうするんだよ」 「記念にする」 「はあ!?」  拓斗は真面目な顔だ。 「君が泣いた記念にする」 「やだよ、忘れろよ」 「僕は君の事ならなんでも覚えていたいんだ」 「……忘れろよ」 「なんで?」 「恥ずかしいだろ」  拓斗は俺の顎に手をかけ、上向かせる。 「恥ずかしがってる春樹、かわいい」  そう言って唇を落とす。俺は拓斗の口づけがあれば、拓斗さえいれば、なにもかもどうでもいいような気がして。  拓斗の首に腕を回した。  そうして俺たちはいつまでも抱きしめあって、これからも思い出を増やしていくんだ。  新しいアルバムを、いつか一緒にめくるために。 「……けど泣いた事は忘れろ」 「いやだ」  拓斗はするっと逃げていく。俺は拓斗に追い付き、その手を優しく握った。

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