61 / 68

第63話 幼馴染で模試を受け

 初冬です。  11月です。  大学受験生はそろそろ仕上げに入る頃です。  こんにちは、春樹です。  俺は今、模試の結果を前に腕組みした拓斗に睨まれているところです。 「春樹くん」 「はい」 「これはどういうことかな」 「え……っと」 「五百点満点中、百八十点ってどういうことかな」 「えーと、えーと」 「自分でどこが悪かったか言えるかな?」 「マークシートの解答欄を一段間違えたからです……」 「そう。それもご丁寧に五教科すべて! しかも序盤で一段飛ばししてるから、後半すべてバツ!」 「す、すみませぇん!」  拓斗の頭にツノが見える。腕組みしたまま指で二の腕をとんとんしてるのが、また迫力があって恐い。  はあっ、と深いため息をついて拓斗が腕組みをほどいた。 「答えはほとんどあっていたよ」 「ほんとか! やったな、俺!」  拓斗がキロリと俺をにらむ。 「答えがわかっていても、正しい場所をマークしていないと点数にはならないの」 「す、すみません……」  拓斗が再びため息をつく。 「春樹には落ち着きが足りないね」 「そうか? 俺は見た目ほど騒々しいわけじゃないぞ」 「見た目ほどは、ね」  俺の頭の先から爪先にまで、じろーりと視線を這わす。そんなに俺の外見はやかましそうなのか?心配になってきた。 「なんとかする、って言ってもマークシートの練習だけしても無駄な気がするし……」 「む、無駄って……」 「家ではできても、場所が変われば失敗しそうなんだよね、春樹は」  ぐうっと喉の奥で唸るが、反論すべき材料がない。 「よし。集中力アップの特訓をしよう」  拓斗はパソコンを起動させる。 「君は野球では集中できてるんだから、集中力がないわけじゃないんだ」 「はあ」  起動したパソコンで何やら検索を始めた。 「勉強中に集中力を使うことに慣れてないんだよね」 「そうかも知れません」 「うん。集中力をあげるには三大欲求を利用するといいらしいよ」 「ネットの記事ですか。信用できるんですか?」 「数多くの記事で同じことを書いてあるよ。あるいは常識なのかもしれないね」 「俺たちは世間知らずですからね」  拓斗が胡散臭いものを見る目で俺を見る。 「その中途半端な丁寧語はなに?」 「反省の表れです」  拓斗は三度、ため息をついた。 「人間の三大欲求とは! 食欲、睡眠欲、そして性欲!」  拓斗の集中力アップセミナーが始まった。俺は正座して拝聴する。 「先生、排泄欲は三大欲求に入らないんですか?」 「排泄欲は性欲の中に含まれます」 「ええええ!?」 「という説もあるし、逆もある。学術的な定義がある訳じゃないんだそうだよ」 「そ、そうなんだ……」  なんだか、やけにホッとした。 「そこで、排泄欲も活用しましょう」 「活用って何に?」 「もちろん集中力アップにだよ。『この問題が解けるまでトイレにはいかない!』みたいに」 「……体に悪くないか、それ」 「大丈夫だよ、少しくらいなら。もらしたら僕が掃除してあげるし」 「漏らさねえよ!」  拓斗がちょっと残念そうな顔をする。恐ろしいやつ……。 「食欲も同じ。『この問題が解けるまで食事はしない!』ってね」 「うん。それはできる」 「食べるものは低GI食品がいいんだって」 「なんだそれ?」 「お蕎麦とか玄米とか、まあ、食事のしたくは僕にまかせて」 「いつもご面倒おかけします」  拓斗はにっこり笑う。 「面倒なことなんて、なーんにもないよ。あと、睡眠欲は、春樹はいつでもしっかり寝てるから、おっけー」 「寝るのは任せろ」 「それで、性欲にもどるけど。今日から次の模試まで禁欲ね」 「え?」 「えっち禁止」 「あ、ああ、わかった」  禁止というか、いつも拓斗が俺を押し倒すわけで。俺が我慢できても拓斗はどうなのか? と聞きたいところだ。 「さっそく始めよう。じゃあ、春樹。がんばって」 「がんばってって、お前はどこに行くんだよ」 「夕飯の買い物だけど?」 「お前も受験生だろ、勉強はいいのか?」  拓斗は目を細めてにやりと笑う。 「僕の模試の結果、そこにあるから」  机を指差し、するっと部屋から出ていく。俺は指差された紙を捲ってみた。 「……オールA判定」 わかってはいたけれど、拓斗の成績なら大抵の大学は余裕だとわかってはいたけれど。なぜだか少し悔しかった。  数学の参考書に取り組む。授業は十月で終わり、拓斗のしごきで復習も終わっているので、俺でも七割がたは解ける。  ……解けない三割をどうにかしなくちゃいけないのはわかってる。  わかってるけど、解はわからない。  それでもやらなきゃ何も始まらない。  俺たちの学校は十月末に最後の定期試験があり、それ以降は希望者だけの補習講義になる。行きたくないヤツは学校に行かなくてよいのだ。  十一月の登校日。補習漬けの俺は、すでに推薦で合格が決まった橋詰に恨みがましい目を向けた。 「お前は家にいても補習に来ても結局、拓斗といちゃこらするんだから一緒だろ」  橋詰の言葉に、拓斗だけは嬉しそうににこにこしていた。  参考書を三ページ解いたところでトイレに行きたくなった。立ち上がろうとしたが、拓斗が言っていたことを思いだし、座り直す。今やってるこの問題が終わってから行こう。  ……という時に限って難問なのだ。俺は迫り来る破滅の危機と戦いながら数式を書き連ねる。必死に鉛筆を動かす。きっと目が血走っているだろう。  がりがりと音がするほど筆圧高く解を書き、飛び上がりトイレに走った。  必死に我慢したあとのトイレタイムは至高と言えたが、戻って答えあわせをすると、間違っていた。 「拓斗さんや、ちょっとメシが少なくないかのぉ」  食事も『腹へったけど、これが解けてから!』と我慢して、やっと臨んだ夕食。ナメコオロシソバは手のひらに乗るほど少なかった。 「一度にたくさん食べたら消化に血が回っちゃうでしょ? 少しずつ食べるのがいいんだって」 「ふうん……」  俺は二口でソバをすすり終え、未練がましく丼を見つめた。 「お腹すいたらまた作ってあげるから。ほら、勉強、勉強」  拓斗に背を押され、部屋に戻る。俺の腹はすでに『グウ』と鳴いた。 「あれ? 拓斗、美夜子さんの部屋に用事か?」  俺が風呂から上がると拓斗が美夜子さんの部屋の中、ぱたぱたと片付けものをしていた。 「うん。今日から僕、こっちの部屋で寝るから」 「え、なんで?」 「禁欲」 「そこまで徹底するのか?」 「あたりまえじゃない。さ、君は勉強にもどって」 「拓斗」 「なに?」 「腹へった」  俺は拓斗に作ってもらった一口大の玄米おにぎりを一飲みして世界史の参考書と語り合った。  へとへとに疲れるまで勉強してベッドに倒れこむ。手足を伸ばし大の字になってみた。冷えきった部屋の空気が身に凍みて俺は小さく丸まり、毛布を被る。いつもなら二人の体温で布団の中はすぐに温まるのにな。考えているうちにすとんと眠りに落ちた。  次の模試まであと五日。今日の朝食はバナナとヨーグルト。 「なあ、低GIってなんだ?」 「血糖値が急上昇しにくい食品だって。腹もちがいいし、じっくり栄養が吸収されるから長時間、脳に栄養が行きわたるらしいよ」 「なんかわかったようなわからんような」 「大丈夫。体にいいものばかりだからね」  拓斗が大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。俺はすべてを拓斗に委ねて勉学に勤しんだ。  丸一日、勉強をしていると自分の集中力があまり長続きしないことがわかった。がんばっても、一時間で一度気が抜ける。それから気合いを入れ直しても、三十分で気が抜ける。  あわせて九十分が集中力の限界だった。  大学入学試験の時間が長くても九十分だから、人間の集中力の平均はこんなものなのかもしれない。  俺は九十分が過ぎると台所に顔を出す。拓斗が食卓に座って勉強している背中を見て、やる気を取り戻し部屋に戻る。そうやって三日過ぎた。  ベッドが冷たい。  俺は枕に顔を埋める。いつもなら拓斗の暖かな胸に埋めるのに。  ベッドが広い。  広くて広くて迷子になりそうだ。  ベッドが冷たい。 「え? 一緒に食べないの?」 「うん。僕は僕のタイミングで食べるよ」  俺の夕食だけを準備して拓斗は美夜子さんの部屋に入っていく。思わず伸ばした腕を引き戻す。拓斗の背中はなんだか遠くて、触れたら身を切られるほどに冷たいのじゃないかと思えた。  明日が模試だ。  目が覚めると、拓斗はもういなかった。食卓に俺の朝食と弁当が用意されていた。 『がんばって』  小さなメモに拓斗の小さな文字。  俺はメモ用紙を胸に当てた。そこから身体中に暖かさが駆け巡った。  試験を終え、会場を出る。見回すが、辺りに拓斗の姿が見えない。まだ中にいるのかと戻ろうとしかけた時に、遠くを歩いていく拓斗の後ろ姿が見えた。俺は拓斗めがけて走り出す。 「拓斗ー!」  呼ぶと拓斗は立ち止まったが、振り返らない。 「拓斗……」 「試験、どうだった?」 「あ、ああ。できたと思う。マークシートも間違えてない」 「良かった」  拓斗はすたすたと歩き出す。俺は拓斗の手を握ろうとしたが、拓斗はコートのポケットに両手を入れてしまった。  俺は行き場をなくした手をぶらりと下げた。  無言で歩き、無言で家の門をくぐる。玄関の鍵を開けた拓斗が振り向いた。 「……春樹、なんて顔してるの」  俺は拓斗に見られないよう深く下を向いた。涙がぽとぽとと敷石を濡らした。  拓斗は俺の背を優しく押し、家に入らせてくれた。靴を脱がせて座らせてくれた。すべてが優しく暖かかった。 「春樹?」  拓斗が俺の顔を覗きこむ。俺は止まらない涙を拭う。 「たくと、もう一人で寝るのはいやだ」 「うん」 「一人でご飯もいやだ」 「うん」 「俺、もっとがんばるから、試験集中するから、だから」 「うん?」 「俺にさわって」  拓斗はそっと手を伸ばし、俺の頬に触れた。やわらかく俺の頬を撫でる。俺は拓斗の手を握り抱き締める。拓斗は片手で俺の背を抱き、耳元に口を近づける。 「もっと君に触れたい」  俺は拓斗の目を見上げ、小さく頷いた。  久しぶりに拓斗が部屋に帰ってきて、それだけで部屋が暖かくなった気がする。俺は拓斗に抱きついて、拓斗の首筋に顔を埋める。胸一杯に拓斗の匂いを吸い込む。  ああ、拓斗だ。  俺の拓斗だ。 「春樹、くすぐったいよ」  拓斗は俺をあやすように背中をぽんぽんと叩く。 「くすぐったくていい。このままがいい」 「僕はこのままじゃ嫌だ」  何がいやなんだろう。心配になって拓斗の表情をうかがう。拓斗はにっこりと笑っていた。 「君のすべてに触れたい」  俺の顔に血がのぼる。  拓斗の唇がそっと頬に触れる。  唇は額に、瞼に、唇に落ち、俺の唇を優しく吸った。  拓斗の腕が力強く俺を抱く。俺も拓斗の背中をぎゅっと抱き寄せる。  深い深い口づけの後、息を乱した俺の首に、肩に拓斗の唇は落ちてくる。  徐々に服を剥ぎながら胸へ、腕へ。  腹を舐め、腰に噛みつき、俺のものを舐めあげた。 「ん……っう!」  それだけの刺激で達してしまい、俺のものが拓斗の顔を汚した。  俺はあわてて拭き取ろうとしたけれど、拓斗はやんわりと俺の手を止め、顔についた液体を掬いとり舐め、こくりと飲み込んだ。ぞくっとするほどの色気。俺は拓斗から目を離せない。  顔中に散ったものをきれいに舐めとると、拓斗は俺をベッドにうつ伏せに寝かせ、うなじに噛みついた。 「ひあぁっ!」  そこから下へ下へ背骨をたどる。 「あっ……、あ、あん! ふぁあ!」  拓斗の唇に、舌に、俺は歓喜する。拓斗の両手は俺の脇腹をくすぐるように揉む。 「やぁっ……ああん!」  拓斗の手が、頬が、体温が、俺を溶かす。  拓斗は俺の腰を抱え込むと、後ろに舌を這わせた。同時に前にも刺激を与える。 「ひぃっ! あああ!たくとぉ、あん! もういやあ」  拓斗は俺を揉み、舐め解す。 「やだ、もう、もうだめえ!」  すっと拓斗の手と唇が離れていった。俺は腰をつき出したまま、ほっとしたような寂しいような気持ちを味わった。  拓斗は俺の太股をそろりと逆撫でする。 「あ……、くんん」  柔らかな刺激。甘く痺れるようなのに、達することはできない。拓斗は膝裏を、脹ら脛を、踵を、足裏を撫で、時に歯をたてる。  俺は少しずつ拓斗に食べられているような錯覚に陥る。 「たくと、たくと、きて……」  俺が呼ぶと拓斗は俺の腰を抱き、ゆっくりゆっくりと入ってきた。 「んっ、あぁ」  すべて収まりきると、拓斗は俺をぎゅっと抱きしめた。背中一面に拓斗の暖かさが広がる。 「あぁ、たくと、もうはなさないで」 「離さないよ。君を僕でいっぱいにするから」  拓斗はゆっくりと腰を引く。 「はぁ……」  少し引いたと思うとすぐに突き入れる。奥へ奥へとすすんでいく。  俺はすぐに精を吐いた。けれど俺のものは立ち上がったまま、たらたらと液をこぼし続ける。  拓斗のものからも液体が滲んだようで、後ろからぐちゅぐちゅと湿った音がする。  拓斗の息が次第に荒くなり、俺のうなじにかかる。  べろりと拓斗が俺の耳の裏を舐めた。 「ひゃあん!」  俺の後ろがきゅうっと締まる。 「ふっ……」  拓斗が低く息を吐き、抽挿を速くする。 「あっあっ、あん、はぁ」  俺の腰がもっともっとと欲しがり蠢く。拓斗がそれに答えて激しく突く。 「はうっ! あぁ! はぁん!」  激しすぎて喘ぎ声しか出ない。 「春樹」  拓斗が俺を抱く腕に力を込める。 「春樹、僕の」 「う、ん、ああ! たくとぉ」  拓斗は俺の中に放った。  拓斗が俺のなかからぬるりと出ていくと、俺はベッドに伏した。腕に力が入らない。俺の背中を撫でていた拓斗の指が、俺の後ろに入ってきた。 「やっあ、もう、だめぇ!」  俺の言葉を拓斗は聞いてくれない。  指は拓斗が放った液体をかき混ぜながら、その場所に辿り着く。 「ひあぁ!」 「もっと声を聞きたい」  拓斗はそこだけをくにくにと刺激してくる。俺はびくびくと何度も達し、けれど快感はやまない。 「あ! んぁ! やっあ! やめ……ああ!」 「もっとだよ」 「いやあ! あん! おか、おかしくなるう!」 「なって。おかしくなって。僕だけしか知らない君になって」 「んあああ! いやあ!」  何度も何度も何度も何度も。俺は達し、けれど嵐のような快感はいつまでも続く。 「あ! ああん! ふぁ、ふああ!」  俺はもう何もわからず、ただ頭を振り、枕を握りしめる。 「春樹……」 「たくとぉ、ひあ! たくとぉ」 「なに、春樹」 「ちょうだい、たくとの、ちょうだい」  拓斗の動きがぴたりと止まる。 「いくよ」  拓斗が一気に入ってくる。けれど、浅いその場所を刺激しつづける。 「ひあぁ! あっ! や、だあ!」 「どうしていやなの? 欲しかったんでしょう?」 「あ、あ、ああ! おくぅ、も……っと」  拓斗が俺の耳元でささやく。 「奥にあげたら、春樹は何をくれる?」 「なっ、んでも! うっ! はぁっ!」 「約束だからね」  拓斗はずん、と腰を進める。 「きゃあぁ!」 「春樹は奥が好きなの?」 「すきぃ! あん! あぁん!」 「かわいい、春樹」  拓斗の指が俺の髪を梳く。その指が俺の髪にも快感を与える。 「んあ! 拓斗、もう……」 「うん。もういこうか」  拓斗が俺のものを握りこむ。 「ああ!」  俺は拓斗の手に吐き出す。拓斗のものが俺の奥に吹き出す。  俺たちは重なりあってベッドにくずおれた。  拓斗の体を抱いて、拓斗の腕に頭を乗せてまどろむ。  拓斗は俺の背を撫でながら、そっと尋ねる。 「春樹、約束だよ。僕にちょうだい」  俺はうっすら目を開けてうなずく。拓斗は優しく微笑む。 「なにを? って聞かないの?」 「お前がほしいものはなんでもやるよ」  拓斗は俺の頬を撫でる。 「君が死んだら、君の体を僕にちょうだい」 「いいよ」 「僕が君を全部食べてしまうから」 「うん」 「それからすぐに僕も逝くから」  俺は拓斗を抱き締める。 「約束だよ」 「ああ、約束だ」  俺たちはそのまま深い眠りについた。

ともだちにシェアしよう!