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第68話 卒業式つづき

「春樹」    屋上で拓斗を見つけた時、拓斗はしわくちゃのへろへろな状態だった。 「ど、どうしたんだそれ、お前、大丈夫か!?」  拓斗はボタンが全部なくなった制服の前を風にはためかせて両手を大きく広げて見せた。 「なーんにもなくなっちゃった」  俺は拓斗に近づくとくちゃくちゃになってしまった髪を撫でて整えてやる。 「春樹はよく無事だったね。野球部のエースだったのに」 「俺は山科に助けられたよ」  拓斗が軽く唇を尖らす。 「ずるい、山科くん」 「ずるいって、何が?」 「春樹は僕が守りたいのに」  俺は苦笑して拓斗の制服の前をあわせる。 「お前の事こそ、俺が守りたかったんだけどな。ごめんな、何もできなくて」  拓斗は俺の手を取ると、そっと金色のボタンを手の平に乗せた。 「これ……」 「僕の第二ボタン。もらってください」  俺は拓斗の顔を振り仰ぐ。 「これ、たいへんだっただろ? こんなのすぐに取られそうじゃないか」  拓斗は俺の頭を撫でながら言う。 「僕はもう、君に守ってもらわなければいけない子供じゃないんだよ。知らなかった?」  俺はそれをよく知っていた。けれど、ついついそれを忘れてしまう。いつまでも俺が面倒みてやらないといけない小さな拓斗だと思ってしまう。  でも、そんなこと全然なくて。  拓斗はすっかり大人になってしまって。  俺たちは昔のままじゃなくなって。   「そうだな、拓斗。俺たちはもう、子供じゃないんだ。俺たちは変わったんだから」  拓斗は俺を抱きしめると、額をこつんと合わせた。 「ここで、君から一番大事なものを貰ったんだ。僕はこの学校で、この場所が一番好き」  俺は爪先立って拓斗の唇に触れた。 「拓斗、いつもお前が俺に教えてくれるんだな。何が一番大切か」 「なに、それ……」  ひらりと拓斗の鼻に雪が舞い落ちた。 「風花だね」  拓斗が晴れた空を見上げる。風に乗ってどこからか、真っ青な空を雪が舞う。 「僕、この世で二番目に雪が好きなんだ」 「なんで?」 「この世で一番大切なものをもらったのが、いつも雪の日だからだよ」 「そうなんだ」  拓斗が俺をぎゅっと抱きしめる。 「そうだよ、春樹。僕の一番大切な、きみ」 「俺はこの場所が世界で二番目に好きだ」 「なんで?」 「いつもお前がここにいてくれたから。世界で一番大事な拓斗が」  俺は拓斗を抱きしめ返す。俺たちは互いの体温で互いを温める。よく晴れた三月の空はどこまでも澄んで、俺たちはどこまでも空になっていく。 「そう言えば、春樹」 「ん?」  俺は拓斗の胸に頬をつけたまま答える。 「ここって漫画研究部の部室から丸見えなんじゃなかった?」  がばっと振り返る。屋上の柵まで走って校舎を見下ろす。漫研の部室の中、金子がオペラグラスでこちらを覗いていた。 「金子ーーーーー!! オペラグラス禁止だろうがあ!!」  俺の叫びに、金子はさっと壁の陰にかくれた。 「ふふふ。じゃあ春樹、行こうか」 「おう」  拓斗の手が俺の手を握る。俺は拓斗の指に指を絡める。  俺たちは歩き出す。新しい今日を。  俺たちは前に進む。もっともっと先へ、未来へ。  手をつなぎ、支えあい、いつまでも一緒に、いつまでも一番近くで。  俺たちは共に進む。

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