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第8話

 限られた者以外は何も知ることなくいつもの日常を終えて静まりかえった満月の夜。国王アルフレッドを先頭に高官である十人の臣下が、水晶が安置されている部屋へと足を踏み入れた。その中には当然ジェラルドの姿もあり、彼は今日の為に仕事を早く終わらせてリオンとシェリダンを数日ぶりに家に帰していた。そうしなければ深夜に王の元へ行く自分を訝しむだろうし、もしかしたら何が今日行われるのかを察してしまうかもしれない。彼らは聡い。故に年若いからといって侮ってはいけないのだ。  気は進まずとも覚悟を決めたアルフレッドは巨大な水晶の前に進み出る。差し込む月の光に照らされた水晶の表面にその手を乗せた。刹那、神々しいばかりの光が水晶から放たれる。ガラス玉のようにアルフレッドの姿を映すばかりだった水晶の表面に、もはやアルフレッドの姿はない。代わりにふわりと一人の姿が映し出される。美しい光に包まれるようにして映し出された姿を目の前にいたアルフレッドは勿論、その後ろに控えていた高官達も見ることが出来た。巨大な水晶が映す人物が誰の目にも見えるのは不正を防ぐ為だ。偽ることのできない水晶の儀。その表面に映し出された者が王妃となる。 「この子は……」  映し出された人物にアルフレッドは見覚えがあった。否、アルフレッドだけではない。この場にいる皆が一度は目にしたことのある人物だ。皆の視線が茫然と立ち尽くすジェラルドに向けられる。彼は目を見開いて水晶を見つめ続けていた。固まっていたと言ってもいいだろう。それほどまでに水晶は彼に衝撃を与えたのだ。しかしジェラルドは宰相だった。どれ程の衝撃を与えられようと、いつまでも茫然としていることは許されない。まして国の為とはいえアルフレッドに水晶の儀を勧めたのはジェラルドなのだ。彼は自らの王に跪いた。 「まずは水晶の儀をつつがなく終えられましたことをお喜び申し上げます」  眼下に跪くジェラルドにアルフレッドは多くの感情を秘めた瞳を向けた。そんなアルフレッドにその場にいた高官達が跪く。まるで詠唱のように声をそろえて、おめでとうございますと述べた。 「ジェラルド……」  アルフレッドは彼の名前しか口にしなかった。それでもジェラルドには続く言葉がわかっていた。アルフレッドが続きを口にする前にジェラルドは頷き、言葉を紡ぐ。 「ご安心くださいませ。通例通りに、明日陛下がお越しになるまではご本人にも何も申しません。今日は特に何も申しませんでしたので、明日は普通に出仕されるかと」  自然と相手を敬うように言葉を紡いだジェラルドに、アルフレッドは一瞬だけ瞼を閉じた。しかしすぐに王の顔へと戻り、彼が持つ優しさが奥へ押し込められたことを知る。 「任せよう」 「はい」  短い言葉だった。それで充分だった。ジェラルドはあの時、全てが終わったなら美味しい物を食べに行こうと、思ってはいても言葉にして二人に伝えなかったことに安堵した。伝えていれば、それは残酷な思い出になってしまっただろう。あの日ジェラルドが思い描いた束の間の休息は絶対に叶えられることはなくなった。〝きっとリオンは大げさに喜んで、シェリダンはほんの僅かに微笑んでくれるだろう〟そんなことはこれからも、二度とない。それを思い描くことさえも、許されないだろう。  水晶の儀を言い出したのは自分だ。国の為民の為を思えばそれは正しい判断だった。今でもその点に関しては後悔していない。  けれど――……。  けれど願わくは明日が来なければよいのに、とジェラルドは思わずにはいられなかった。

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