9 / 16

第9話

 貴族というのは優雅なものだと思われがちだが、王に仕える執務官達に優雅さというものは存在しない。プライベートは確かに優雅なものかもしれないが、仕事は多忙を極めている。宰相補佐であるリオンとシェリダンも朝早くに出仕して朝の業務に手を付けようとした。  いつもなら二人が来て少しした後に姿を見せるジェラルドが今日は二人よりも早く来ていて、手ずから紅茶を入れてくれた。今日は比較的緩やかだから、といつも通りに仕事をしだした二人の手を止めて備え付けられているソファへと誘う。用意されたクッキーはリオンとシェリダンの好物だ。紅茶も、二人が愛飲しているものである。どうしたのだろうか、と不思議に思うものの彼の瞳に見え隠れする悲しい色に深く尋ねることを躊躇われて、結局二人は何も訊くことなく久しぶりの穏やかな時間を談笑して過ごした。昼も近くなり、何度か入れられた紅茶の最後の一口をジェラルドが飲み干して、そっとティーカップをソーサーに戻した時、穏やかなティータイムは開かれた扉によって終わりを告げた。  突然開かれた扉にリオンとシェリダンは驚いたように振り返る。しかしジェラルドはそれがわかっていたように身じろぎ一つせず、決して嬉しそうには見えない笑みを二人に向けた。二人は混乱していたが、立ち上がったジェラルドに慌てて続き、自らも深く深く跪く。そう、彼らの前には高官のすべてを引きつれたオルシア国王がいたからだ。 「礼はよい。立て」  促されて三人は立ち上がる。ジェラルドは無言でリオンの手を掴み、彼を連れてアルフレッドの側まで移動した。手を引かれたリオンも、取り残されたシェリダンも何が起こっているのか理解できなかった。ただ取り残される恐怖にシェリダンが自らジェラルドの元へ行こうと足を踏み出した時、ジェラルドは跪いた。――自らの部下であるはずのシェリダンに。 「ジェラルド様!?」  なぜジェラルドが自分などに跪いているのか理解できなくて、シェリダンは混乱しジェラルドに駆け寄る。自らも膝を付いてその肩に手を置き必死になって顔を上げてもらおうとした。しかしジェラルドは頑なに顔を上げようとしない。そして次の瞬間、シェリダンは驚きのあまり硬直してしまう。自分よりもはるかに身分の高い高官達が一斉にシェリダンに向かって跪いたからだ。 「リオン、何をしている。そなたも跪きなさい。無礼だ」 「え? しかしジェラルド様……」 「いいから、跪きなさい」  シェリダンと同じように混乱して立ち尽くしていたリオンの言葉に被せるようにしてジェラルドが言う。訳が分からぬまま、リオンは上司の命令に従ってぎこちなくシェリダンに跪いた。その場で顔を上げているのは王であるアルフレッドとシェリダンのみ。この異常な光景にシェリダンは助けを求めるようにしてジェラルドに縋った。 「ジェラルド様! どうか顔を上げてください! これは一体……」  この理解できない状況から助けてほしい。シェリダンが叫ぶように言ってもジェラルドは顔を上げない。そしてついに、シェリダンに現実を突きつける言葉を放つ。 「シェリダン様、水晶の儀により王妃に選ばれましたこと、臣下一同お喜び申し上げます」  お喜び申し上げます、と口を揃えて皆が言う。シェリダンに跪きながら。

ともだちにシェアしよう!