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第2話
和樹は涼矢の髪をつかんで、その口に股間を押し付ける。整髪料できれいに整えられた髪が崩れるのも構わずに、喉奥までペニスで埋める。ぐ、と苦し気な呻き声が聞こえても、その手は緩めず、「もっと締めろよ」と言い放つ。「早くイカせてくれないと食事が冷める」
だが、そんなことは言わなければよかったと、すぐに後悔した。言葉とは裏腹に、涼矢の熱い口の中で限界だったのだ。だから声だって上ずってしまった。
涼矢が上目遣いで和樹を見た。涼矢は眉間に皺を寄せて、頬を紅潮させている。ペニスを奥深く咥えさせられて、笑う余裕などないはずなのに、和樹は何故か涼矢に笑われているように感じた。
「あ……出る、涼っ、イクッ……!」
約束通り、涼矢は一滴も漏らさずにそれを飲み干した。更にペニスの表面をきれいに舐めとった。そして、任務完了と言わんばかりに立ち上がった時には、もういつも通りの平然とした表情を浮かべている。ズボンの埃と皺を手で払うと、髪の乱れ以外に余韻もない。
「大して時間はかかりませんでしたから、まだそう冷めてはいないと思いますが、温め直しましょうか?」涼矢はテーブルの上の食事を視線で示した。
「ひとを早漏みたいに言うんじゃないよ」
「失礼しました」
和樹は下半身を露わにしたまま涼矢に近づき、その股間をグイッとつかんだ。硬い感触。「これ、どうすんの?」
「お気になさらず」
「……今日の予定は?」
「9時から本社でミーティング、12時から六本木で池島会長との会食がありますのでミーティングは11時30分には切り上げます。会長の承認はその場で得られる手筈になっておりますから、会食後はその足で成田に向かっていただき、シンガポール行きの」
和樹は涼矢の諳んじている言葉を遮った。「キャンセル」
「はい?」
「それ、全部キャンセルして」
涼矢はしばし和樹を凝視する。真意を推し量るように。「……ミーティングを遅らせることはできます。ただし最長30分」
「聞こえなかった? キャンセルって言ってる」
「池島会長と直接お会いできる機会は滅多に」
「もう会った。話もついてる」
「え……?」初めて涼矢の顔色が変わる。
「あの方はやっぱりすごいね。70歳過ぎて意気軒昂と言うか。移動の時間がもったいないって言ったら、ネットミーティングで事足りた。会長も喜んでたよ、無駄なランチしなくて済んだって」
「では、本社のほうは」
「それは植田に任せてある。昨日おまえ経由で渡しただろ、資料」
「あれは別件の」
「別件も今日のも全部入ってる」
「私は目を通しておりませんが」
「おまえはこの家の執事だろ? 会社のことは植田が俺の直下だ。それと、先に言うけどシンガポール行きもなし。池島会長が直接行くってさ」
「なっ……!」声を荒げそうになるのをこらえた。「どういうおつもりで?」
和樹はフフッと笑った。「ごめん、からかった」
「和樹様」
「キャンセルなんかしなくていい」
「当然です。ほら、そんなことなさってるから時間がありませんよ。とりあえずフルーツだけでも口にして」
「違う、おまえがキャンセルに走り回らなくてもいいって言ってるんだ」
「それはどういう」
「最初からスケジュールに入ってない。みんなに協力してもらって、おまえに嘘のタスクを入れさせたけど、最初からそんなものないんだ。本社ミーティングも、池島会長との会食も、シンガポール出張も、もうとっくに別の人間が対応してる」
「何故そんなことを」
「今日一日、オフにしたかったから」
和樹は涼矢の背中に腕を回し、キスをした。唇が離れた瞬間を見計らったように、涼矢が和樹を引きはがす。「冗談じゃありません。私だけじゃない、私が指示した者たちにも迷惑が掛かるんですよ。休みたいならそう言ってくだされば」
和樹が涼矢の口に指を当て、黙らせた。「そう言っても、休んでくれないだろ?」
涼矢がその手を払う。「なるべく週に一度はオフ日を作るようにして」
「それは俺のオフ」
「……」今度は指を当てずとも黙り込む涼矢だった。
「おまえに休んで欲しかったの、俺は」
「休んでますよ」
「嘘。休日でも結局書類整理したりしてるし」
「それはついでにやってるだけで」
「……ごめん、今の、ちょっと違う」和樹は涼矢を抱き寄せ、肩に顔を載せた。「二人きりで一日一緒にいたかった。……うん、だから、俺のわがまま」
和樹はそう言いながら、涼矢に体重を預けてくる。いつもなら平気で受け止めるが、驚きのあまり集中が途切れて、バランスを崩した。とっさに出した片手がテーブルに当たり、朝食の皿がカチャンと音を立てた。ハッとして振り返るが、幸い何かがこぼれたり皿が割れたりしている様子はなかった。
「……そろそろメイドが食器を下げに来ます。ずっと二人でここに籠もるわけにもいかないでしょう? 私がいつまでも戻らなければ皆が探すでしょうし」
「大丈夫」和樹はにっこりと笑った。「今日はみんなにも休んでもらったから。もう、ここにはだーれもいない」
「は? いや、でも、朝はシェフもメイドも」
「朝食ができたら、今日の業務は終了するように言った。明日の朝まで誰も屋敷の中に足を踏み入れるなって」
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