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【我慢比べ】須藤慎弥

 ○ 雅 ○  春の嵐により、朝から台風並みの強い風が吹いていた。  ガタガタと窓が揺らされる音で目が覚めた雅(みやび)の枕元で、スマホがメッセージの通知を知らせる。  相手は彼女からだった。 「今日はやめとこ、…か」  高校も二度目の春休みに入り、あと一週間はのんびりと毎日を過ごそうとしていた雅は、彼女とのデートの約束がなくなった事に密かに安堵した。  付き合って一年ほどが経つ彼女との付き合いは、完全なる惰性である。  ある出来事を境に彼女への情は無くなり、目に見える愛情表現をしなくなった事から、恐らく彼女もそれを分かっているのではないかと思う。  雅はスマホを置き、再び布団にくるまった。  だが寝入った直後に、メッセージの通知音でまたしても叩き起こされる。 「あ……蓮(れん)だ」  今度は親友からだった。  この雨風の中、今から雅の自宅に二十分かけて歩いて来るらしい。  そうと分かれば寝てなどいられない。  急いで起き出して、念入りにシャワーを浴びた。  服を着替え、洗面台の鏡で自身の髪型をほんのりとだけセットする。  バッチリ決めていると親友に揶揄われそうだったので、若干にしておいた。 「デート前の女子かっての」  独り言を呟きながら、両親は仕事で不在の無人のリビングをウロウロする。  毎日飽きもせず雅を訪ねてくる蓮にも、雅と同じく一年ほど付き合っている彼女が居る。  蓮に彼女が出来たと知った翌日に、雅も無理やり彼女を作った。  ──ひどく退廃的な思いで。 「うーわ、びしょ濡れじゃん。 何もこんな日に来ることはないだろ」  少し遅れてやって来た蓮は、案の定、髪から靴までびしょ濡れだった。  あまりの暴風に、役に立たないと早々に悟ったらしい傘はきっちり閉じられたまま雅宅の玄関先に立て掛けられた。 「……雅、お前デートキャンセルだろ?」 「まぁな。 蓮も?」 「あぁ。 シャワー貸して」 「どうぞ」  勝手知ったるで上がり込んできた長身の蓮は、バスルームまで迷わず進んだ。  その大きな後ろ姿を見ながら、蓮はこの先を予知した。  シャワーを浴びた蓮はきっと、全裸で腰にタオルだけを巻いた状態で出てくる。  そして雅の部屋へ行き、二人は狂ったように何時間もセックスするのだ。  甘い言葉など一切ない、互いの欲をただぶつけ合うだけの、物悲しく単調な行為を──。  ○ ○ ○ 「………っ、…ふっ、……はぁ、…っ」  無音の室内に、二人の切ない吐息が響いている。  外はいくらか穏やかになったようだが、雨は依然としてまだ止む気配がない。  秘部から漏れ聞こえる、ぐちゅぐちゅと粘膜の擦れる音は都合良く雨音にかき消されていて、そのせいかいつもより羞恥心が和らいでいる気がした。 「お前いつまで付き合うんだよ」 「……っ、? 何…っ?」  最奥を突きながら首筋をべろりと舐め上げる蓮が、天井を虚ろに見上げていた雅の視界に入ってきた。 「女だよ。 いつまで付き合うんだって聞いてんの」 「そんなの分かんねぇよ…」 「気持ちがないなら別れろよ。 相手に失礼だと思わねぇの?」 「その言葉、そっくりそのままお返しします」 「…ふん、……生意気」  ここ最近の蓮は、こんな風な台詞をよく吐く。  自分の事は棚に上げて、雅には「彼女とは別れろ」と説得とまではいかない助言をしてくるのが無性に腹が立つ。  雅を散々貫いておいて、自らは彼女と別れる兆しを見せない。  助言を交わすと、蓮はたちまちイライラし始めて激しく雅を揺さぶった。 「んぁぁっ…! ちょっ、蓮、痛いって…!」 「お前には痛いくらいがちょうどいいだろ。 女と別れりゃもう少し優しく抱いてやるよ」 「バカ言う、な…! なんで俺が、別れなきゃなんねぇんだよ…っ」 「ならずっとこうだ」  組み敷かれても強気な雅を、どこか悲しげな瞳で睨み付けてくる蓮の気持ちなど、分からない。  蓮の苛立ちの理由もだ。  限界まで腰を曲げさせられて、激しく貫いてくる熱を何度も何度も受け止める。  広い背中に回した腕が痺れてしまい、感覚が無くなっても、必死でしがみついていないと壊されてしまいそうだった。 「んっ…ッ……っ…っ……」 「なぁ雅、いい加減観念したら?」 「…っ……何の話だよ…っ」 「頑固だな、マジで」 「だから何の話だって……ぁぁっ…!」  蓮が薄っすらと笑んだその瞬間、今一度最奥を突かれて二人の腰が痙攣した。  何度となく交わってきた賜か、二人の射精のタイミングはピタリと合っている。  腹内部に生々しい温かみを感じて瞳を閉じると、雅の胸元まで弾け飛んだ自身の精液の匂いがやけに鼻についた。  覆い被さる蓮の体重を受け止めてやると、雅は無意識にギュッとその大きな体を抱き寄せて、足を絡ませた。 「…………観念しろよ」 「イヤ」  何の事だか、ととぼけると、蓮から荒々しく唇を奪われた。  唐突なキスにも雅は驚く事なく、蓮の舌に自らのを這わせて無心で味わう。  お互い彼女がいるにも関わらず、こうして体を重ね始めて半年。  意味のない不安定な付き合いに時間と心を割き、出口の見えない暗闇に沈んでしまっている我が身に心底嫌気が差す。  こんな事をいつまでも続けていていいわけがない。  だが、悩んでも悩んでも、結局は蓮の手からは逃れられない。  好きだから。  蓮の事が、好きだから。  そして蓮も、雅との罪深い逢瀬に毎度心を痛めているはずだった。  それでも、やめられない。  とろけるような甘さを含んだ舌が、蓮の言わんとする事を伝えてくるのだ。  別れろよ、と無責任な事は言うくせに、大事な事は何一つ言わない不誠実な親友。  そんな蓮を好きになってしまい、何かを忘れたいともがき苦しみながら喘ぐ雅もまた、──無責任だった。 「週末、ダブルデートするらしいけど聞いた?」  後処理を終えた蓮は立ち上がって、疲労困憊でだらりと横になる雅に視線を寄越す。  あぁ、と頷くと、何故か蓮は鼻で笑った。 「泊まりって事も?」 「え、泊まりなのか? どこに」 「俺の親父の別荘」 「ふーん……」  彼女からその話を聞いたのはほんの二、三日前だった。  蓮カップルと雅カップルは、彼女同士も友人なため度々ダブルデートはしてきたが、泊まりがけは初めてだ。  深く考えていなかった雅には、悠然とベッドに腰掛けてきた蓮の、この薄ら笑いの意味が分からなかった。 「なんでニヤけてんだよ、蓮。 そんな楽しみなのか?」 「いや、お前ほんと何も考えてねぇんだなと思って」 「どういう意味だよ!」 「夜は別々に寝る事になんだろ。 俺の部屋からいかがわしい声が聞こえても知らねぇからな」 「あ、あぁ……そういう事…」  泊まりで、しかも雰囲気のある別荘で一夜を明かすとなると、若い男女のカップルの夜の過ごし方など容易に想像がつく。  ……と、ここまで言われて、雅はハッとした。  これまでなるべく考えないようにしてきた、蓮とその彼女との行為の音が別室とはいえ漏れ聞こえてくる可能性があるという事に、今さら気が付いて眉間に皺を寄せた。 「いいんだろ。 俺は「いつも通り」ミホを抱くけど」 「い、いつも通り…な」 「雅、お前はどうすんの」 「どうするって…そりゃ俺も……」 「楽しみだな」 「……………そうだな」  今の今まで雅の体を弄んでいた立派な体躯が、違う体を愛す想像などしたくなかった。  蓮は雅の激しい嫉妬心に気付いていて、わざわざ煽るような事を言っているのだ。  半年前に蓮から押し倒されて以来、雅は何かと理由を付けて彼女を抱いていない。  抱けるはずが無かった。  貫かれる喜びを知ってしまい、相手が他ならぬ蓮からの愛撫となれば、本当の快楽を知った雅には好きでもない女とのセックスなど少しも昂る要素はない。  それでも彼女と別れないのは、雅の意地だった。  蓮こそが観念して雅を選べばいいのに、それをしないから雅も素直になれない。  押し倒される前から、ふざけてキスをしたりはよくあった。  ただそれが普通じゃないと知って、途端に意識し始めた矢先に蓮に恋心を見抜かれた。 『俺に抱いてほしそうな顔してんな』  うっそりと微笑んで組み敷いてきた蓮に、何も言い返せなかった雅の負けであった。  けれど本心は、簡単には言ってやらない。  蓮がその気なら、雅も共に闇に堕ちてやる。  そうする事でしか、蓮を繋ぎ止めておく方法が見付からなかった。  本当はすぐにでも彼女と別れてほしいと願っているのに、雅はそれさえ言えない意気地無しだ。  分かっているのに。  お互いの気持ちだけは間違いなく通い合っていると、それだけは分かっているのに……。  ○ ○ ○  別荘に到着するなり、蓮の彼女であるミホは雅とその彼女の前で甘えた声を出し始めた。  鬱蒼とした森の中にポツンと立つ豪奢な二階建ての別荘は、確かに雰囲気がある。  だが到着早々そんなに早くその気になるものだろうか。 「ねぇ蓮〜〜部屋行こー」 「とりあえず昼飯食ってからでいいだろ」 「え〜やだぁ。 ちゃちゃっと一回だけやっちゃおっ?」 「キャーっ♡ ミホ大胆〜!」 「キヨカも雅くんと………ね♡」  無邪気に騒ぐ彼女達は、この別荘でのお泊り会を純粋に楽しみに来ているようだった。  気の重い雅は、歩む一歩一歩が足枷でも付いているかのように憂鬱で、出来るものなら来たくなかった。  夜を震えて待たなければと思っていたのに、尚も甘えるミホは蓮の腕から離れない。 「キヨカと雅くん、一時間くらい散歩してきて、お願い♡」 「分かったぁ。 楽しんでね、ミホ♡」  笑顔いっぱいなミホと、それほど乗り気では無さそうな蓮を置いて、雅と彼女のキヨカは気を利かせて今来たばかりの別荘を出た。  キヨカもミホ同様、興奮気味に色々と話し掛けてくるが雅の気はそぞろである。  普段は絶対に感じる事の出来ない、たっぷりのマイナスイオンを全身に浴びて気持ちが良いのに、心はどんよりと重たい。  まさに今、蓮がミホを抱いていると思うと呑気に散歩を楽しむ心境などでは無かった。 「〜……ねぇ雅、聞いてる?」 「あ、あぁ、うん。 聞いてる」 「じゃあ私いま何話してた? 言ってみて」 「え。 えー…っと…」  ほら言えないじゃない、と膨れるキヨカが鬱陶しい。  散歩をするにしても独りでしたかった。  惰性で付き合っているからか、本当に毎日が億劫だ。  どうでもいい話を延々聞かされ、好きでもないのにキスを強いられ、最終的には拒むけれどセックスを強要されそうになる。  蓮に張り合うようにして、身勝手にも要らぬ意地を貫いている雅の限界が迫っていた。  キヨカのためにも早く別れてやらなければとは分かっているけれど、それは蓮の同行次第だ。  寄り添おうとしてくるキヨカとさり気なく距離を取ろうとした、その時だった。 「うわ───っ」 「え、あっ、雅!? キ、キャーーッッ!!」  ぬかるみに足を取られた雅は、水しぶきを上げながらドボン──ッ、と湖の中へと勢い良く落ちた。  落下地点までの高さがあったせいで思いっきり水の中に沈み込み、味わった事のない水圧が一気に全身にかかる。  ヤバ、と思えたのは数秒だけだった。  落下する際に腕や足を細々とした木の枝で切ってしまったらしく、もがくと痛くてパニックになったのだ。  水中で暴れて大量に水を飲んだ雅は、この湖の水が綺麗で良かったと頭の片隅で思ったのを最後に、意識を手放した。  ──瞳を閉じると、こんな状況の夢の中にまで蓮が現れて、心が張り裂けそうだった。   ● 蓮 ●  いつになったら雅は素直になるのだろう。  蓮は何度もチャンスを与えてやっているのに、雅は強がってばかりで自らの首を締め、そのくせすべてを蓮のせいにしている節がある。  愛される体に作り変えられた雅に、もう女は抱けない。  それなのに彼女とは別れないと意地を張る。  歯痒くてたまらず、蓮もその意地に乗ってズルズルとミホとの付き合いを続けているが、そろそろ潮時が迫っていた。  本当に、歯痒い。 「蓮、……しないの?」 「……気分じゃねぇ」 「………………はぁ。 蓮、そればっか」  下着だけの姿で蓮を誘惑しようとしたミホは、ベッドに寝転んで膨れっ面をしている。  セックスを拒否したのはこれが初めてではない。  半年前、蓮は雅を抱いてから急に女の体を受け付けなくなったのである。  派手な勝負下着を身に着けたミホは、今日こそ蓮とセックスしたいと意気込んでいたに違いない。  別荘に到着早々、雅達を外に追い出してまで誘惑してきたミホに、蓮は冷めた視線を送る。  ──雅が観念してさえくれれば、別れられるのに。  どうしてこうなったのか。  告白してきたミホと軽い気持ちで付き合い始めた翌日、雅もキヨカと交際を始めたと聞いて「は?」となった。  中学時代からの親友である雅を恋愛対象として見た事は当然無かったが、その絶妙なタイミングでの交際宣言に疑問を抱いた。  それから数カ月、雅から送られる視線の熱さに気付いた蓮は、確認の意味を込めて遊びで雅の唇を奪ってみた。  数人の友人らとバカ騒ぎしていた中でのひとコマだったので、「何してんだ」と笑って返してくるかと思えば、予想とは違う反応をされたのだ。  頬を真っ赤に染め、無言で蓮の肩を押した雅の表情ですべてを悟った。 『……こいつ、俺の事好きなんだ』  いつからか蓮は無意識に雅を独占していた事をも自覚させられ、事あるごとに不意打ちのキスをしては雅の反応を楽しんだ。  雅の蓮への好意はあからさまだった。  そのため蓮は、雅からの「彼女とは別れた」宣言と「蓮の事が好きだ」という告白を待ち侘びているにも関わらず、いつまで経っても言ってこない。  蓮と張り合うようにして彼女との付き合いを続ける雅は、意固地になっているだけだと分かっている。  セックスの最中、背筋に甘い痺れが走るほど切なく名前を呼んでくる雅を、これ以上他の者と共有していたくなどない。  観念して「蓮がいい」と言ってさえくれれば、蓮は雅をドロドロに甘やかしてやるのに。  時折痛いほどに突き上げてしまうのも、意地悪な言葉を吐くのも、やめてやる。  早く俺のものになれよ、と何度も言いかけて口を噤む蓮も、雅と同等に意地っ張りであった。  ──ドンドンドンっ。  激しく部屋の扉を叩かれ、雅を甘やかしてやる妄想をしていた蓮の意識が覚醒する。  「蓮くん!」と慌てた様子で扉を叩いているのは、雅の彼女であるキヨカだ。 「エッチしてる最中にごめん! 蓮くん!! 雅が…っ、雅が…!!!」  扉を開けると、半裸の雅にそう詫びながらも必死の形相を崩さないキヨカに、胸騒ぎを覚えた。 「なんだよ、雅がどうしたんだ」 「雅が、湖に落ちちゃって…っあ! 蓮くん!」  キヨカが言い終わらぬうちに、蓮は別荘を飛び出した。  この辺で湖と言えばあそこしかない。  歩いて五分ほどのところにある、ぽっかりとそこだけ切り取られたかのような、まさに穴場的な水浴び場。  緑豊かな木々の間から射し込む陽の光が、まるでスポットライトを当てられているが如く美しく辺りを灯す。  そこは水が澄んでいてとても綺麗だけれど、海底に何かが潜んでいてもおかしくないほど何故かとても深い。 「…………あのバカ…!」  意地っ張りで強情な親友は、泳ぎが下手な上に大事な局面ですぐにパニックを起こす。  キヨカは「雅が落ちた」と言っていたので、恐らくそのいつものパニックを起こして派手に水をかき、いよいよ力尽きているのではないだろうか。 「………ッッ雅!!!」  全速力で走って湖に辿り着くと、雅がうつ伏せの状態でプカプカと水面に浮かんでいた。  蓮の全身から血の気が引く。  「嘘だろ…」と小さく呟いて、迷わず湖に飛び込んで雅を仰向けに浮かせた。 「雅! 雅!!」 「…………………」  頬を叩いてみても反応がない。  青ざめた顔をしているのは雅だけではなく、助けに来た蓮も真っ青だった。  何をどうすればいいのかすぐには分からず、いざとなった時にパニックを起こす雅の気持ちが痛いほどよく分かった。 「雅っ……雅…! お前俺に何も言ってねぇだろーが! こんなとこでくたばんなよアホ!」  くたりとなった雅を湖の縁まで運び陸に上がると、静かに横たえて見様見真似で人工呼吸をした。  出会った頃から見目麗しかった雅は、この期に及んでもひたすら美しい。  苦し紛れの悪態をつきながら心臓マッサージをし、躊躇なく唇から酸素を送り込んだ。 「雅! 分かった、…っ! 観念する! お前より先に俺が観念してやる! だから息を…っ、息をしろよ……! 頼むから…っ」  切々と想いを吐露する蓮の、幾度目かの人工呼吸で雅の指先がわずかに反応を示した。  それに気付かない蓮がさらに酸素を送り続けた結果、ようやく意識を取り戻した雅は顔を背けて苦しげに水を吐き出す。 「ケホッ………っ」 「雅……!!」  雅に馬乗りになっていた蓮は、思いっきりその愛しい体をかき抱いた。  心が寒気に覆われて、蓮自身も生気を失い掛けていた。  くだらない意地を張り合っていたせいで、こんな大事な場面でも甘い言葉を言ってやれない。  口を開けば、心配のあまり「バカ野郎!」と罵ってしまいそうで、口を噤むしかなかった。 「……………蓮……?」 「………っっ……」 「…………聞こえてたぞ…観念、するって」  雅の声に心の底から安堵して、さらに抱く力を込めた。  すると雅は、蓮に向かって弱々しくヘラっと微笑んだ。  人の気も知らないで。 「お前……っ」 「観念しろよ……男に二言は、ないだろ…?」  言い返したい気持ちでいっぱいではあったが、雅を永遠に失うかもしれないと恐れ慄いていた何分か前、蓮は確かにそう言ってしまった。  意地の張り合いに負けてしまったのは、奇しくも蓮の方だ。 「…………雅、好きだ…っ」 「………………俺も」  まだ冷たさの残る雅の唇を奪うと、脳が、そして心が、とろけるかと思った。  自覚してしまうともう無理だ。  幼稚な意地など張れない。  雅が恋しい。 雅のすべてがほしい。 「心配かけやがって」  蓮が観念したからか、ようやく雅も素直に頷いてくれてこの上なく嬉しかった。  力無く微笑み続ける雅にキスの雨を降らせ、びしょ濡れの体を力の限り抱き締める。 「ごめんごめん。 キヨカから離れようとしたら滑って落ちた。 ……悪かったな、お楽しみの最中だったんだろ」 「出来るかよ。 雅がいるのに」 「………え……?」  分かりきった事を聞くなと思った。  しかし雅は驚いた形相で蓮を見詰めている。  彼女が居るのに、放課後だけではなく休日も軒並み雅を優先させてきたのだ。  蓮はずっと、雅の意地がいつまで続くかと半分ゲーム感覚でその時を待っていた。  ──結局、先に白旗を上げたのは蓮の方だったが。 「雅を抱いた日から、女は抱いてねぇ。 毎日雅とヤってたんだから分かるだろ。 絶倫じゃあるまいし」 「………そ、なんだ…」  素直に白状すると、雅は嬉しそうに頬をピンクに染めて俯いた。  蒼白だった顔に生気が戻った事も嬉しかったが、やはり、雅が素直に感情を表に出してくれている喜びの方が大きい。  もっと早くからこうしていれば良かったものを、雅は本当に頑固一徹だ。  背中を擦ってやりながら、蓮はフッと笑った。 「お前が底無しの意地っ張りっつー事だけはハッキリした」 「…それはお互い様だろ」 「まぁな、それもハッキリしてんな」 「ふふっ…。 なぁ蓮、今夜どうすんだよ。 キヨカ達」  雅の笑顔に見惚れていると、考える事を拒否していた頭の痛い案件を問われて苦笑する。 「どうするもこうするも、俺達の事言っちまうしかねぇだろ」 「え、言うのか…?」 「じゃないと納得しねぇと思う…」 「そっか……。 あぁ…頭が痛いな……」  罪深い付き合いを続けてきた二人の代償は非常に大きい。  意地の張り合いの果ては、真実を打ち明ける事しか解決の道はないだろう。  二人は示し合わせたかのように見詰め合って苦笑し、同時に湖へ飛び込んだ。  追ってきた彼女達の声から逃げるように物影へと隠れ、抱き締め合う。 「いつまでも逃げてたら捜索願い出されるよ」 「その前に観念するしかないな。 俺はさっきしたから今度は雅がしろよ」 「えーーっ…」  そんなぁ、と唇を尖らせる雅を愛おしく思いながら、蓮は柄にもなく甘酸っぱい恋心に胸をときめかせた。  彼らはまだまだ未熟だ。  心も体も成長途中で、新緑の芽のように若々しく、美しい。  それがどんなに後ろめたい事でも、雅も、そして蓮も、いけない事だと分かっていながらの行為に、若さ故かただただ夢中だった。  湖に浮かぶスポットライトが二人を照らす、この日のための意地の張り合いの日々は果たして功を奏したのかどうか、それは二人にも分からない。 ──終──

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