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【創始】世界王子

───歴史の始まりとは何処が起源なのだろうか。 生まれた瞬間から巡る運命の様な物なのか。 成し得ようとする強い信念を宿した時なのか。 それとも、 交わる事の無かった種族が人知れずに出逢った時だろうか───。 「───また君か。」 振り返った視界の先に立つ俺を見て、“彼”は呆れた顔を浮かべながら濡れた緑髪を掻き上げた。肩口に浮かぶ金の紋章が森の狭間から射し込む陽に反射して美しく輝いている。肘を上げて見えた腰元には王族らしい翡翠石が水面の蒼を映しながら顔を出していた。 ───誰か信じてくれるだろうか。 「…迷った。」 “彼”の吸い込まれる様な美しい容貌に目を奪われる。 エルフってのは容姿端麗だとは聞いていたが、初めて目にした時に思い知らされた。 森に愛され、森と共に生き、森と共に死する種族。短命な人族と違い、森が枯れるその時まで生き永らえる神秘の生き物。───故に、俺が生まれる遥か昔から彼等の身体は闇社会で高値の取引に利用されてきた。髪の毛一本で牛馬数頭の値打ちがある程だ。 「迷った、ねぇ…。何度も同じ場所で迷うハンターが居るとは驚き。才能無しかな。」 「……俺はハンターじゃない。」 「森に入る前にその腰裏に隠してる物を外してから来ておくれよ。火薬の匂いがプンプンする。」 「……………。」 水で顔を叩いた彼の言葉にピクリと指先が震えた。 「その真新しい銃で今度こそ僕を仕留めに来た、…って感じかな?」 「…別に…俺は…」 目の前に広がる湖の様に、彼の目には俺の全てが透けて見えるのだろうか。つい零した言葉も濁る。 「仲間はどうしたんだい?小一時間前はゾロゾロと群れていただろう?」 「……分かるのか。」 「僕は鼻と耳が良いのだよ。」 狙われていると分かっていながら彼は肩越しに笑いかけてきた。滴る緑髪を尖り耳に掛ける仕草に不覚にも心臓を叩かれる。落ちた水滴は光る肩で弾かれ、腕の筋を伝って水面へと還る。纏う全てが彼の美しさを際立たせているのか、彼自身が周囲を美に変えているのか…どちらにせよ、まるで一つの絵画を目の当たりにしている様だった。 「……仲間はいない。俺一人だ。」 「何故?」 「言っただろ、迷ったんだ。地図も作ってないし、この銃も俺のじゃない。盗まれたから質の悪い銃を預けられただけだ。使う気も無い。」 「今どき同じ道で迷うハンターとか居る?」 「方向音痴でよく仲間とはぐれる。」 「で、集まってくるんだろ?」 「来ない。」 「何故言いきれる?」 「嫌われてるから。」 「…!」 そこで彼の矢継ぎ早な質問は止まった。顔を逸らした俺を見て、彼は目を丸めた後に肩を小刻みに揺らし始めた。 「っぶ、くく…」 「…なんで笑う。」 盛大に爆笑しない辺り、まだ俺に対して警戒が解けていないのだろうと思ったのも束の間。不機嫌に返した自分を目にした直後、彼は美しい容姿を裏切る様な笑い声を湖で響かせた。 「ッアハハハハハ!な、え、なにイジメ?イジメられてるの君!」 「……………。」 「武器を盗まれた挙句に救援も期待出来ないとか!ほんとに能無しなんじゃないの!?」 「……(コイツ…)…」 頭が痛い。 見目麗しい姿形と言っても、中身は子供の様だと思った。 「はあ~笑った笑った。今日はよく笑った。」 彼はヒィヒィと零しながら白い肩口に水を被った。パシャリと跳ねた水滴も陽の光を浴びて輝きを増している様に見えた。 貶され様と罵倒され様と、彼の纏う雰囲気と姿をこの身で感じ得れば不思議な事にそれ程悪い気にはならなかった。まるで幼子を相手にしている様な気分だ。 俺は溜息一つを零して腰裏に装備していた銃を下ろした。カチャリとベルトを外す音に惹かれた彼の視線が再び自分へと戻る。 嘘はついたが、俺はこの場で彼を仕留めるつもりは無かった。この不思議で美しい存在を血に染めるなど出来やしない。 …初めて見た時から、自覚した。 「───せっかくだし…」 「…?」 「水浴びでもしてったら?」 「!?」 思わぬ誘いに俺はギョッとした。ベルトを外しかけていた手も止まる。 「え?なんでそんな驚く?」 「いや、なんでって…お前さっき迄俺の事警戒して…」 「銃さえ外してくれれば別に怖くないやい。それに君、汗臭い。泥臭い。」 「う…」 いや…まぁ…確かに、ここ迄来るのに2、3日は風呂にすら入れずだった。臭うのは当然。 「…この距離でそこ迄分かるのか…」 彼との距離は遠くもなく近くもない。湖の浅瀬で水浴を楽しむ彼と、木陰から現れた自分との距離。出会ってからこの距離を縮めた事は一度も無かった。 神聖な生き物が一枚の絵画の様に目の前に存在している湖へ、血腥く働いていた俺が無闇に足を踏み入れて良いのかと躊躇いを覚える。俺が戸惑うのを知ってか、彼はまたニヤニヤと笑みを携えながら細い指先で手招きしてきた。 「いいから、おいで。気持ちいいよ。」 幼子が遊戯に誘う程度の声調でありながら、指先で招く顔は誘惑に満ちている。微笑む口元から水滴が珠を作るのを目にして、俺は無意識に唾を呑んだ。邪な考えが脳裏を過ぎり、なかなか動かない俺を見た彼は次いで呆れ顔を見せ付けてきた。 「えー、まさか素っ裸な僕を怖がってる?なんも持って無いって!」 ホラ!と両腕を広げた相手の前面が晒し出された。白い肌に彫られたエルフの紋章と王族の証。女では無いのだから当然乳房も無い。だが、水に滴る細身の裸体は同じ男でも目のやり場に困る何かを窺わせた。 「っ…いや、俺は」 「能無し。」 「ぐ!?」 「へタレ。」 「んな…!」 「弱腰弱小へっぴり腰悪臭ハンター。」 …………コノヤロウ。 これでも俺は一流ハンターとして仕事をこなして来たつもりだ。資格もあるし、銃の腕前だってそこいらのハンターと比べたら勝つ自信しか無い。若造と罵る奴等だって結果で黙らせてきた。同業者から嫌われようと、俺にだってそれなりのプライドって物がある。 「お?お?やっと来た。脱げ脱げ~!」 「…っ…!」 あぁ、頭が痛い。 煽る声に踊らされる様に服を脱ぎ捨てる。皮脂が滲み出る身体が空気に触れたが寒くはなかった。俺は前を隠す事も無く、好奇の視線を送る相手の前から足を踏み出した。 未だニヤニヤとした笑みを浮かべている相手に男気を試されている様で、俺はムッと顔を顰めながら湖の縁へと足を落とした。 その時だ。 「はい確保ー。」 「は?───!?」 ゴポッ!と沸き立った水柱が周囲を囲む。反射的に身を退こうとしたが、踵が泥にめり込んで尻餅を付いた。 「なっ…!」 「……………。」 何のつもりだ。 …いや、彼の表情が冷たさを帯びていくのを目にして悟った。やはり俺への警戒心が解けた訳では無かったのだ。背後まで伸びた水柱はまるで蛇の様に蠢き、俺の体を完全に包囲する。 エルフの魔力に捕われたら最期。しかも相手は種の王。いくら手馴れのハンターと言えど、丸裸な人間に出来る事など皆無である。 「……っ、…殺す気か。」 「……………。」 触れてはこない。水柱はゆらゆらと俺の身体を警戒し囲ったままだった。逃げ場など何処にも無い。 「…殺すならさっさと殺せ。望み通り、俺は丸腰だ。」 水の檻で見え隠れする彼の表情に感情は無く。ただ冷たい瞳を携えたまま俺と視線をかち合わせた。 不思議な事に、俺の中に恐怖や不安といった負の感情は生まれなかった。驚きはしたものの、今から水責めで殺されると言うのに何故か冷静に事を待つ自分が居た。 ───彼を目にした日から、望んでいたのかもしれない。 この血腥い人生への終止符を。 今迄にない美しい存在を目にして初めて自分が如何に黒く汚れていたのかを知った。この手で殺めた同胞の仇を取るのが彼ならば、自分の命を捧げるに相応しいと…そう覚えたのだ。 本望だ。 「───早く殺れ。」 俺は瞼を落とし、次に来る一手を静かに待った。 だが、いくら待っても自らに死の制裁が下る事は無かった。 「………?」 不審に思って薄く目を開くと、水檻の向こう側で待機していた彼の表情が一気に崩れたのを見た。 「……………、…ぷっ…」 「…!?」 「ブヒャハハハハハハッ!!」 なんて汚ぇ笑い方だ。 「……………。」 「ひ、ひっひぃ…ひぃ~!…っ…『殺すならさっさと殺せ、俺は真っ裸だ』………だって!ブハッ!」 「…『丸腰』な。」 丁寧にキメ顔まで晒し、盛大に笑ってくれる彼から先程迄の冷たい空気は感じられない。と言うか完全に払拭されてしまっている。今迄聞いた事がない笑い声に呼応して水柱もグネグネと踊り始める始末。 「…てめぇ…」 「いやいやゴメンゴメン!だってあまりに真剣な顔して言うもんだから!アハハッ、人間ってのは面白いなぁ!」 面白い…? 「誤魔化すな。」 「…へ?」 「俺はお前の仲間を手に余る程殺めて来た。染み付いた臭いに、それこそお前が気付かない筈が無い。」 「………!」 「ハンターを憎まないエルフはこの世に居ない。王ならば尚更だ。」 俺達ハンターは、森から拉致されたエルフがどんな最期を遂げてこの世から消えて行くのかを知っている。森の加護を失い、寿命は縮み、生きている間に髪を抜かれ、爪を剥がされ、身体はバラバラに干されて闇市に葬られる。悪趣味な人間や魔道士達が大金を叩いて死した彼等を延々と瓶の中で愛でるのだ。 他種族と人間との争いで滅ぼされる国もある程に、俺と彼の間には切っても切れぬ『縁』がある。 「……殺す理由なら幾らでもあるだろ。」 「………ふむ。」 「俺はお前に殺されるならば本望だ。」 「…!」 返答を待たず、俺は再び瞼を落とした。 一思いに首を切ってもいい。 時間を掛けて息を止めるでもいい。 獣に食わせるでもいい。 ──最期に、この世と思えぬ美しく賢い生き物をこの目に出来た俺は幸運だった。 誰も信じないだろう。 この日この時この場所には、自らの行いを悔やむ程の光が宿っていたのだと。 「…命をくれるのか。」 「…っ…!」 閉じた瞼。耳に届いた言葉にどんな感情が潜んでいるのか測れない。怒りの様にも、笑っている様にも聞こえる。 不意に、俺の背中にピタリと張り付いた冷たい水柱にビクリと肩が跳ねた。皮膚を濡らし浸る様に広がる冷たさがやがて圧に変わり、徐々に自分の身体を前へ前へと押し込んで来る。 殺意とは違う、遊ぶ様な水柱の戯れに怪訝に思ったが、今度は確かな意図を持った生き物の如く俺の身体を大きく掬い上げて来た。 「ッぬわ!?」 バシャァン!! 思ったより随分とド派手な制裁だ。 身体は完全に彼との距離を詰め、座れる程の水深で四つん這いになりながら咳き込んだ。鼻から入った水に涙が滲む。 「げほっ、…!」 「人間は短命だからかな。命を粗末にしたがるよね。」 「っ、は…?」 「賢いのか愚かなのか、判断できない生き物だと誰かが言っていたな。忘れたけど。」 「な、にが言いたい…!」 苦しさに息を詰まらせながら見上げると、彼は既に自分の目の前に立って薄く微笑んでいた。 「嫌われ者の君を拷問し殺したとして、僕らに何が得られるのかを問う。」 彼の細い人差し指が四つん這いの俺の額にトン…と当てられた。 「君一人の命で同胞の復讐心が満たされるとでも?…ふむ、それは無いな。ならば煮て焼いて食ってみればとんでもなく美味いのか?…ふむ、それも無い。僕らは鬼族では無いからね。肉は食わん。嫌われているのだから、人質としての価値も無さそうだ。」 「……ぐ…」 「君は僕に殺されて本望かもしれないが、僕にメリットはなーんも無いね。故に、それはお互い愚かな選択肢でしか無い。」 人差し指が更に押し付けられ、俺は再びその場で尻餅をついた。腰迄の深さの水辺で、彼はゆっくりと膝を折り俺の目の前まで顔を落として来た。微笑むその顔は「他に何か案はないのか」と期待するギャンブラーの様で、それでも美しさを欠かさないのだから自分の方が動揺する。 「…もっと賢く生きよう。」 「…賢く…?」 「人とエルフの共存は、ここ数百年の歴史の中で誰も成し遂げた事がないと聞く。」 「……は!?」 「ハンターとエルフの王で成し遂げてみるのも面白いと思わない?」 「いや思わん。全く思わん。」 『面白い』の観点がズレているのでは。 「人ならばもっと賢く生きてみようよ。君は僕の隣で、僕は君の隣で。短命族と長命族が生む物が何なのか、人とエルフで創る物がどんなものなのか……想像してご覧よ。」 「………想像しろ、て言われても…」 「僕と君に必要なのは、その一歩を踏み出す確かな繋がりだと思うんだ。」 確かな、繋がり。 繋がり…? 誰かと繋がる事を、今迄想像すら出来なかった俺が? 「繋がりって…なんだ。」 「……なんだっていいさ。」 水滴が、弾く音がした。 互いを包む波紋が乱れる。 考え込んだ自分の視界が、揺らめいた水面の光の中を詰めた彼の瞳に覆われた。鼻先が擦れて思考を止められる。 「──っ、」 触れたのは互いの濡れた唇。 瞳孔開いた俺の視界を覆った彼の瞳は、確かめる様に下方へと落とした後に再び自分を瞳に映した。光の反射に煌めく金の瞳に吸い込まれる。 「…なんだっていい…」 囁かれた声は吐息で掠れ、二度目の“繋がり”を生んでくる。一度目の触れ合いから、今度は押し込む様な接吻に漸く心臓がドッと音を奏でた。 「お…い…、何してる…」 「…繋がりを探してる…」 詩的な表現を俺が理解出来る筈も無い。 繋がりとは。俺と彼との間に何が出来る。相対する立場で、いつ裏切ろうとも知れない関係───。 「…っ…!」 「──ン、…!」 水音が跳ねた。 濡れた両手で目の前の髪へ指を絡める。水に滴る翡翠髪は思ったより柔らかで、溶け込む様にして指肌を擽ってきた。角度を変えた顎先から、今度はこちらから相手の唇を覆い尽くす。噛み付きたい欲を押し殺しながら手に包んだ顔をゆっくりと引き寄せた。 「ハ、ァ…!」 「…く、そ…!」 零された吐息が熱い。重ね濡れた唇の冷たさを完全に拭われた。目の前で少しばかり歪んだ彼の眼に、頭の中で何かがプツリと切れたのを自覚した。 差し込んだ舌に彼の身体がビクリと揺れる。 冷たさ浸る湖に包まれる中で重ねた舌は熱く、捩じ込んだ熱で存分に相手の口腔を味わった。反射的に逃げようとする相手の身体を両手で繋ぎ止める。腰に滑らせた片手からは絹が張り付く様な濡れ肌を感じ、堪らずに腰裏を何度も愛撫しながら強く引き寄せた。 強引に。 自分の足の上に座らせてしまえばもう、───逃がさない。 「ッは、ァ待っ…待て!マテ!」 「ッ!?ぐっ…!?」 求めた繋がりに急いたせいか。不意に密着した互いの合間に現れた水柱に息を止められた。今度は完璧に鼻から水が入って盛大に嗚咽を漏らす。 「ごっ…お゛えっ!げほぉ!」 「っはあ、はあっ…!」 「ご…殺す気がお前っ…!」 「ッき、君がいきなりスイッチ入るからだろう!」 「押してきたのはそっちだろうが!」 「あ、あれは挨拶みたいなもんだから!」 「繋がりってこういう事じゃねぇのかよ!」 「脳筋か君は!交尾を繋がりと呼ぶな!野蛮人め!」 「こ…!」 ……萎えた。交尾って言うな。 「ま、全く…なんて奴だ…、ビックリしたわ。」 「………じゃぁ、お前が言う“繋がり”て何なんだよ。」 挨拶だ? あれがエルフの挨拶?聞いた事がない。だとしたら、盛った俺が完全に阿呆じゃないか。 「……………と…友達から、だろ。」 「………………。」 見れば目の前には真っ赤な顔。 目を逸らされて、重ねた唇の名残を指で擦り、お互い丸裸で俺の上から逃げずに居る美しい相手の存在を…友という枠に収めろと。 …………無理だろ。どう考えても。 「…お前、繋がりなら何でもいいって言ったよな。」 「……………はて?」 「いや、言った。言ったわ。とぼけんな。」 「い、言ったっけ?覚えてないな。口約した覚えは無いんだが…」 「ならば口約でも誓約でも何でもいい。…繋がってやる。お前と俺で、今迄に無い歴史を創ってやる。」 「……!」 「俺の命はお前にやると言った。どう扱っても構わない。……だから、お前の隣に俺以外を立たせるな。」 「え…、それは…どういう…」 「賢さならエルフのが上だろ。考えろ。…今ので完全に俺は吹っ切れたからな。」 「へ…?」 「絶対に逃がさん。」 繋がりが必要ならなんだっていいんだろ。 この手で目の前の光に触れても良いと言うのならば、俺は絶対に手放さない。ハンターってのは、狙ったら目も逸らさず、諦めず、この手で掴むまで刃を研ぎ続ける生き物なんだ。 お前が欲する“繋がり”が何なのか。 「───で、何から始めるつもりだ。」 「ん?」 ただ、目の前の生き物をこの手に包んでみて思ったのは…そんな無理難題の様に見えた夢物語も存外悪くないと言う事。 「人間とエルフの国作り。」 「そうだな。やはり仲良くなる所から始めよう。」 「どんな風に?」 本能的な欲求に情が絡んでいくのを実感する。 俺は両手で水中に埋まる彼の細腰を擦りながら鼻先を近付けた。スン、と吸い込んだ首筋から漂う森の香り。俺の邪な考えを隠した声を耳にした彼は真剣な顔で思考を巡らせている。 「そりゃ挨拶からだ。他種族で触れ合うのは理解を深めるのに必要な行為───」 挨拶、ねぇ…。 「手本が必要だろう。誰も成した事がないものを信じろというのはどの種族でも難しいよな?」 「…まぁ、それはそうだね。」 「…さっきのはエルフの挨拶と言ったな。」 「…繋がりを求める行為だよ。獣でもするだろう、スリスリっとこう…」 「愛情を示すのと一緒か。」 「エルフの場合は気を許していい?もっと仲良くなりましょー?って感じの挨拶であって…………て、おい、なんだ。引っ付くな。」 「お望み通りに。」 「!?」 ひんやりとした冷たさ滲む皮膚へと舌を這わせ、強張り始めた彼の首筋に唇を埋める。軽く吸っては舐め、また吸っては舐めるを繰り返しながら優しく腰を愛撫した。 「っ…ぅ、だから、違う…と言ってるのに…!」 手の中で身震いする相手の身体と紅潮を覚えた絹肌に、俺は込み上がる笑いを滲ませながら彼の顎先へ接吻を落とした。 「また鼻塞がれるのも嫌だから此処で止めておく。」 「っ…マセガキめ…!」 長命の相手にしてみれば幼子であろう自分。悠々とした態度で何度も笑われたが、こうして自分の手に収め舌で味わっただけで身を縮ませてくれるのを見ると堪らなくなる。 「…もっと可愛げな反応をしてくれると期待したのに、まさかの野獣。僕は哀しい。萌えたい。」 「…意味が分からん。」 ───今はまだ、誰も知らない。 この縮められた距離で新しい国が生まれ、未来永劫に語り継がれて往く事になるなど。 その間に、沢山の命が生まれ、また沢山の命が失われる事も。黒く染められた歴史が、光に塗り変わるまでに数えきれない程の“繋がり”が生まれ育まれていく事も。 ───歴史の起源とは何処からだろう。 生まれた時か。 運命を交えたパートナーと出逢った時か。 心に踏み込まれた時か。 信念を得た瞬間か。 それとも… 自分自身が、決断した時だろうか。 誰知らぬ“始まり”というものに巻き込まれて行くなど、今の自分が知る由もない───。

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