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『エンジェルジョーク』
2019.5.5
あなたは6時間以内に11RTされたら、天使と人間の設定で浮気と勘違いして喧嘩する騎郁の、漫画または小説を書きます。
◇本編とまるで関係ないパラレルワールドです。
こやつらが登場してくる作品は他サイトですが
(https://estar.jp/novels/25150476)こちら
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一週間前に天使になった騎一が突然俺の部屋にやってきたのもびっくりだったけど。
「天上に帰らせて頂きます」
外から戻った俺に開口一番神妙な顔でそう言ったことにも驚きだ。
俺は鞄を椅子に置いて背伸びをした。窓を開けて彼に言う。
「どうぞ」
「どうぞ!?」
「帰るんだろ」
目がしばじばする。最近ずっとそうだ。声も上手く出ないな。騎一は天使になってもごてごての女の格好をしていて最後に会った時と同じ服だった。でも服の色だけは白に変わっていた。
言葉も表情も姿もまるで変わってないのに背中の羽根だけ違う。天使の輪っかは室内ではあんまり見えないらしい。
「いやそこは理由聞こう? ね? なんで急にとか、なにがあったとか」
「いやいいよ」
「いいよ!?」
ベッドの上に座り込んでいる騎一の隣に静かに座った。
なんかよく分からなかった。この状況が。
なんなんだろうか。
何度も部屋で二人きりになったことはある。だから二人が気まずいとかもどかしいとかじゃないのに。騎一が隣にいることに現実味が感じられなかった。
これ夢かな。
「ちょっと妬きました」
騎一が唐突に言う。なんで敬語なんだよ。てか自分で言うんだ。
「八百屋さんの看板娘、ぜったい郁のこと狙ってるから笑っちゃ駄目だぞ。お前の笑顔は殺人級に可愛いんだから」
ずり、と騎一が俺に近付いてくる。
彼はいつものように俺の手を取ろうとしたけど、やめて自分のドレスの裾をぐちゃ、と握った。その手は元々白くて綺麗だったけど、今はもっと発光している感じがした。
「あと俺の姉貴とも喋んないでよ、必要最低限だけ! 姉貴も郁のこと可愛いって言ってたし、どんな行動を起こすか分からん。てか誰とも喋んないで。優月にぃとノエルはいいよ。でもそれ以外の人は駄目! 郁、可愛いんだからさぁ! 無防備だし。やばいと思ったらすぐに逃げろ。あと満員電車とか人ごみは駄目。もう面倒だから家にいてずっと、引きこもってて」
わりと廃人よりの自覚はあったけど、引きこもったら尚更廃人に拍車がかかりそう。
別にいいけど。
外はちょっと、まだ俺には明るすぎるから。
高校も行きたくないし、人の声も、聞きたくない。
「本当は俺が……」
守ってあげられればいいんだけど、と騎一が消え入るような声で言った。心臓がぎゅ、と痛くなる。話を切り替えるように、俺は鞄から林檎を一つ出して彼に差し出した。
そもそもこいつが林檎が食べたいとか言わなければ、外に出なくてもよかったんだけど。言動が矛盾してて面白かった。
外に出たの何日ぶりだろ。
「ありがと。なんか天上に無いんだよね、林檎。禁断の果実とか言うヤツかな。お菓子はあるんだけど。あんまり食べないようにしてる、美容の大敵だから。お菓子のほうがよっぽど禁断じゃね? 林檎は抗酸化作用があるから美容にも健康にもいいんだよ。皮ごと食べた方がいい」
天使になっても変わらないなこいつは。
人間だった頃と同じだ。いいな。
騎一が傍にいるだけで、なんでこんな落ち着くんだろう。
林檎を齧る音が聞こえた。うま、と彼が呟く。
「もっと外に出なよ」
さっき引きこもれって言ってたのはどこのどいつだよ。おかしい。
「ずっと部屋で一人で泣いてるんだもん、つい降りてきちゃったよ。ほんとはハロウィンにしか戻っちゃ駄目なのに。郁のせいで怒られるじゃん俺」
誰に怒られるんだろう。分からん。
俺にはなにも。笑顔でごまかした。反論する元気がない。
「そんな笑顔も可愛いけどな、郁は……」
騎一が俺の顔を覗き込んでくる。長い髪がさら、と揺れて俺の手の上で踊った。でも触感が無い。
「俺がそうさせてるんだと思うけど、その、もっと笑って欲しいな。俺、郁の笑顔大好きだから……俺のせいでないてばっかりなんだったらさ、その……好きな人ができたら、俺のこと忘れていいから」
あんなこと言っちゃったけど、と苦笑する。顔が歪んでいた。
「うるさい」
「うるさい!? 気遣ってるんだけど! 俺! この譲歩! 天使の優しさ! 俺マジ天使!」
うるさいこの天使。
なんで全然変わらないのに、お前は天使になったんだ。天使になったくらいで調子のってんじゃねえよ。人間でいてくれた方がよかったのに。
「要らない、そんなの」
騎一の顔色が変わった。分かったけど止められなかった。
奥歯をぐっと噛み締めてそっぽを向いた。目の下がびくびくする。鼻水を啜って眉間に皺を寄せたらああ、と騎一から顔を手で覆う。
かっ、と目を見開いた彼は困ったような顔で言った。
「郁は、ほんとに、可愛いなぁもう! 天使? あ、天使は俺だった」
あはは、と声を出す騎一を呆然と見ていた。
もっと言いたいこととか伝えたいこととかたくさんあるのに、なにも出てこない。
「俺ずっと見守ってるからね! 誰かにいじめられたら俺に教えて。雷落としてやるからそいつに、死ね」
お前は天使じゃなくて雷神だったのか。ほんと見てくれだけは天使みたいなのに、中身は騎一だ。
つーかどうやって教えたらいいんだよ。
お前はもういないのに。
「あーあ」
騎一は溜め息を吐いた。
「離れたくないなあ。いっそ殺すか、郁のこと」
冗談めかして笑う彼に、俺は静かに言い放つ。
「殺してくれ」
え、と騎一が目を見開く。
「それがいい」
「……冗談だよ、エンジェルジョーク……」
「死にたい」
「……郁」
「……お前のいない、世界、しんどい。疲れた」
「いるじゃん、ここに」
「うるさい」
またうるさいって言った、って彼は笑ったけど、全然面白くない。
分かってるよ。ほんとにやりきれないのはお前なんだよな。
分かってるけど、俺だって。
「離れ、たく……ない……」
我慢してたのに。
目から蒸留された血が透明な液体になってちょっと零れた。
しょっぱ。
視界が真っ白になった。包み込まれてる。
騎一の羽根、大きくて綺麗で、神々しい。人間じゃないみたい。
……やっぱり騎一は死んだんだ。
「ハロウィンにまた来るから、お菓子用意しといてよ。蕗ねぇンとこの! フィナンシェ、全部の味!」
笑顔が眩しくて目が痛い。
分かったって言ったら、なにかが口元に触れた気がした。赤い禁断の果実の味を感じる。
我に返ったら窓からは爽やかな風が吹き込んでいて、ベッドの上には白い羽根と齧りかけの林檎が転がっていた。
終
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