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来週のドレス
2019/08/06
紫野楓へのお題は『猛毒にも似た君の声・移り香は如何ですか・思いの中に囚われる』です。
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今まで美しさについて考えていた時間の5割が彼のことを考える時間になってしまった。しかも残りの5割だって、彼の隣に並ぶ時のことや、彼にかっこいいって言われるために美しくありたいって思うようになっている。
やばいな、って思う。だってお洒落や美容は自分のためにするものだ。だろ?
言われなくてもわかる。俺、随分彼に囚われちゃったな。
でも彼氏、相変わらず愛想がないんだよね。俺がどんなに洒落込んでも「ん」の一言で終わり。なんだよ「ん」って。もっとこう、あるだろ!?
今日も変わらず俺がこんなに美しいのに!?
いいことはもちろんあった。食欲がときめきにシフトしたせいで、空腹でも空腹を感じなくなった。これはいけるわ、と思って調子に乗って夜飯を抜いたら翌日の肌が美しすぎて恋ってマジ最高かな。恋すると綺麗になるっていうのは、多分こういうカラクリがある。
でも嫌なこともある。
郁と街を歩いていると、彼がいなくなった隙に必ず誰かに声をかけられる。あんな奴より俺の方がずっと楽しいところに連れて行ってあげるだとか、あんな奴放っておいて俺たちと遊ばない? とか、あんな奴が買えないようなもっといいお洋服買ってあげるとか、あんな奴に貴女は不釣り合いだ、とか。あんな奴あんな奴って。
なんだお前ら、あんな奴、って。殺すぞ。
Tシャツのセンス以外は最高に可愛いだろ!? いやもう最近では毒されてしまったのか慣れたのかそのセンスの無さすら愛しい。超可愛いじゃん、俺の郁。なぜわからない? いややっぱ分からなくて結構。
だから俺あいつと街を歩く時は、女装するのやめようかなって思うんだ。俺が場違い過ぎるから、きっと他人が郁を変な目で見てしまう。ダサいTシャツはごめんだけど、でもあいつが好きそうな、あいつとシンクロできそうなファッションもやぶさかではないかなって。あいつのためのお洒落って、きっと、そういうこと。
俺全然嫌じゃないんだ。なんでかな。俺、郁が笑ってくれるのが一等好きだから。そのためなら自分の美学だってゴミ箱にスローアウェイできちゃうわ。
俺のことはいい、自分のことはいいってくらい、彼が好きで好きで仕方ないんだ。
「橘って、最近諸星と仲良いよな」
昼休みに郁のクラスに行こうと思ったらそんな声が聞こえてきた。郁は前まではノエルとしか話せなかったし、一匹狼って感じだったんだけど……最近クラスの奴らとちょこちょこ話をしているみたい。友達が増えてよかったね。ムカつくけど。
ああ、とかうん、だとか彼の十八番の適当な相槌が聞こえてくる。彼の席は最近した席替えのせいで廊下側のドアのすぐ横になっていた。俺はドアのかげから奴らの話に耳をそばだてる。
「どこ経由なの?」
「成り行き」
成り行きってなんだよ。姿は見えないけど、つまんなそうに適当な顔している郁が目に浮かぶ。
「あいつそっち系ってウワサがあるんだけど本当? 制服ダサいけど、最近授業中ずっと爪とか髪弄ってるし、手鏡とか持ってて若干気持ち悪いらしい」
菓子パンを開ける音。
「つーか女装してるってマジ?」
俺のウワサで菓子パンを食うなマジ。つーか菓子パンはやばいから食わない方がいいぞ。菓子パンというか一番罪なのはマーガリンだけどな。
「しかもロリータだって」
「なに? それ」
「メンヘラが好きそうな奴……ほら、こういうの」
「うっそ、きも」
笑い声。
きも、だって。いやあ。
悪くないなあ、そう言われるの。いいな。是非見せたい。街で偶然すれ違ってちょっと誘惑してみるのも悪くない。俺の美しさに酔いしれろ。
って。
前なら思えてたのかも。でも、この状況って、気持ち悪いって言われている俺と、郁が最近仲良いよなって言われてる。ってことは、俺と一緒にいることで郁に迷惑がかかってるんじゃないのかな。
郁、最近やっと知り合い増えたのに。それはムカつくけどいいことだし、邪魔したくない。
俺……ロリータやめようかな。
なんか心が痛くなってきた。学校で郁の近くに行かない方がいいかな、って踵を返そうと思ったけど。
「うるせえなあ」
郁の声が聞こえてきた。静まる教室。すごい迫力があったから、多分全然関係のない生徒まで郁に注目してしまっている。
「黙れよ、何も知らないくせに」
寡黙な郁の鶴の一声にみんなが押し黙っている。
「でも遊ぶ時に女装されたら引くだろ」
「引かねえよ」
「嘘つけ」
「逆にそうじゃない方が引くわ」
彼は言葉を止めた。はあ、と短いため息の後に椅子を引く音が聞こえる。
タバコ吸ってくる、と彼は言う。もっと小さい声で言え。あと吸うな。
俺と鉢合わせた彼は大きなタレ目を見開いて絶句する。赤い頬の郁に向かって、俺は一言ありがとうって囁いた。
俺、郁のことが大好きだな。
来週のデートどんなドレスにしようかな、って、彼と校舎裏へ向かいながら考える。
郁のダサいTシャツも、なんだか凄く楽しみだった。
終
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