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黄海を泳ぐ②

「……うん、ありがとう」  玻璃の荒い息遣いがすぐ近くから聞こえてくる。荒いのに薄い。その呼吸すらもものの数分で背後から消える。振り返らないが玻璃と俺の距離がじわじわと離れていることは明らかだった。 「玻璃」  俺は少し強く彼の名前を呼ぶ。そこにそれ以上の深い意味などないかのように。  彼の息遣いが近づいた。 「……何、琥珀」  玻璃も何気ないふりを装った声色で俺の名前を呼ぶ。痛々しかった。聞くに耐えない。  俺は少し振り返る。肩の向こうに今にも倒れそうな彼の儚い笑顔があった。俺は心の中で躊躇しながらも、絶対に離さないという意思を込めて彼の手を取る。この暑さだと言うのに、まるで海の中の貝殻でも掴んでいるようにひんやりしている。背筋が粟立ち、嫌な汗が流れた。  彼の手を引きながら自分の速度で白い一本道を歩く。玻璃の戸惑いが汗の滲む手からありありと伝わってくる。 「もうすぐだから頑張れ」  玻璃と手を繋ぐのなんていつ振りだろう。離せと言われるんじゃないかと思った。もう俺たち今までみたいに手を繋いで歩けるような歳じゃないからって。気持ち悪いって、彼に拒絶されるのが怖かった。  思いがけず玻璃の青磁のような手が俺の手を握り返す。 「……ありがとう、琥珀は、いつだって……優しいよね」  弾む息の合間で玻璃が消え入るように言う。リュックの中の水筒の氷がカランコロン鳴っている。蝉の声も耳障りだ。玻璃の声が、余計に儚く聞こえてしまう。 「お前にだけだよ、そんなに善人じゃない」  くす、と玻璃が笑う声が聞こえる。俺の胸は明らかに激しく拍動する。 「琥珀だけだ、こんな、俺の我が儘、聞いてくれるの」  玻璃の我が儘ならどんなものだって聞いてやりたい。だから俺以外に気を許すな。玻璃は自分の体が弱いことに相当負い目を感じている。俺からすればそんなこと全然気にならない。苦しかったら俺が背負ってやる。泣きそうなら抱き締めてやる。それを全て突っぱねるなら、手を引いて一緒に歩いてやる。倒れそうになったら抱きとめてやるから。だからもっと自分に自信を持って欲しい。  そんなこと言えない。 「琥珀がいてくれて、本当によかった」  玻璃の素直なところも好きだ。  手を握り返す。

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