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光あれ
お題
「絶望が世界を覆い尽くしても」
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梔子の花が散って四度目の春が死んでいく。
空は高くて日に日に色を増している。
ぼくは今だに花の下で膝を抱えて泣いています。
世界は息を吸って吐くごとに粒子になって消えていくようだ。音がするんだ。世界の端から大岩が砂になって、レンガが風化して、樹々が枯れる音が。花の散る音が。水の渇く音が。
ぼくの世界は今やぼくと梔子と、あなたの置いていった剣だけ。
ぼくには重くて抜けないよ。何度稽古を重ねても剣は怖い。ぼくはひ弱で、臆病で、意気地なしだから。あなたを助けにいけないよ。
ねえ、みんなどこに行ったの。どうしてぼくだけ生きているんだろう。分からない。分からないよ。
もう一度ぼくを助けて。ぼくに羽根をくださった時のように。ぼくの心はあなたがいなくなった時から止まったままだ。ぼくの中で唯一動くのは涙だけ。
四度目の梔子の花がポタポタ落ちていく。匂いと一緒にあなたの言葉を思い出した。
あなたはあなたの羽根をぼろぼろのぼくにくださった。ひとひらを千切ってぼくに分け与えてくださった。
あなたの声を忘れてしまったのに、言葉は今でも胸の中に残っている。
ぼくの小さな羽根を撫でながら、歌うように奏でられる言葉。
ツグミ。
あなたがぼくにくださった名前。
ツグミ、私の可愛いOisillon。
あなたはそう言っていつもぼくを抱き締めて撫でてくださった。
微睡みの中であなたの姿を思い出す。
大きな羽根でぼくを包み込み、頬に両手を添えながら、鼻先の触れ合う距離で笑うあなたが僕は……。
吐息交じりに掠れた声が溢れる。
例え絶望が世界を覆い尽くしても。
『ツグミが私にとって唯一の光』
唇が触れる。笑むあなたは誰よりも神々しい。
光あれ。
思い出した。
泣きながら空を見上げてもあなたはぼくの涙をぬぐいにきてはくださらない。
ぼくは光。
「ルミエ……」
花の根本に突き刺さっている刃を見た。ルミエがぼくにくださった剣だ。柄はあなたの好きな蔦の模様。鍔にはあなたがこっそり嵌めこんでくださった石がある。ツグミを守ってくださいますように、と。
ぼくは仲間がみんな死んでいってもこの柄を最後まで握れなかった。
こんなぼくでも、まだあなたの光になれるだろうか。
膝を抱えていた腕を解く。
久方ぶりに立ち上がって、長らく折りたたんでいた翼を広げると、散った梔子がはらはらと舞い踊る。香りがぼくを包み込んだ。
もう泣かない。
ツグミ。
耳元で鮮明に感じるあなたの声。
そう、こんな声だった。
仁王立ちして、両手で刀剣を引き抜いた。
ぼくが光であるように、あなたもぼくにとっての光だから。
「……今……いきます」
大丈夫。ぼくはまだ飛べる。
羽ばたいた空は孤独な世界の匂いがした。
終
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